月夜の太陽 〜人と人ならざる者達の幻想曲〜

古民家

第33話 戦場に咲く花

血盟城の一室、アルヘイムの華姫と呼ばれたティファナ王女の自室には、王女をはじめノルト領主、雑貨屋の店主、そしてメイド2名を加えた5人が会していた。

「というわけで、お父様はこのアルヘイムのあり方を根本的に造り変えようとされています。」

話し終えたティファナは、一口紅茶を口にした。

「ヴァレス王も思い切ったことをなさるわね……」

「誰かさんとよく似てるよな。」

「あら、誰のことかしらね。それに、使用人が勝手に口を挟むなんて無礼千万よ。」

ロキが軽口を叩くと、ジロリとカサンドラが睨んできた。

ティファナはロキに向かってニコリと微笑むと、その笑顔にロキは少し照れるように頭をぽりぽりとかいた。

「それでティファ、今回私を呼んだのはこの件について相談だけなのかしら?」

ティファナは一度目を伏せ、真剣な眼差しをカサンドラに向けた。

「3日後に父の即位20周年の記念式典パーティが開かれます。その席は、私達王族をはじめ?各地の盟主や有力な貴族の方々が一同に集まります。」

「そういえばだいぶ前に、招待状が来てたわね。」

ティファナは少し苦笑いしながら続けた。

「あなた方にお願いしたいのは、兄上とバラム侯の動向を探って頂きたいのです。」


◇◆◇◆ーー 3日後  ーー◇◆ ◇◆


王宮の大広間は華やかな雰囲気に包まれていた。壁には国王を祝うための季節の花々が飾られ、いくつもの大きな円テーブルには四季折々の食材を使用した料理が並べられていた。

そのテーブルを華やかに着飾った多くの貴族やその身内に連なる者達が取り囲むように集まっていた。

そして、記念式典パーティは表向きであり、社交界における情報交換、もしくは密約などのやり取り場ということを、ここにいる誰もが承知している。

その会場にロキはカサンドラと共に出席していた。

遡ること数時間前。

カサンドラとロキ、そしてアンナマリーは、ティファナが用意してくれた控え室にいた。

「嫌だ…」

間仕切りに向かってロキは拒否の言葉を口にしていた。

記念式典パーティの場にカサンドラと共に出ることを半ば強要されたロキは、そんなところには行きたくないと反対していた。

「出席用の服にも着替えているのに、今更往生際が悪いわよロキ。」

間仕切りの向こうから、カサンドラが我がままな子供に言い聞かせるように返事を返した。

シュルシュルと、衣服の擦れる音がかすかに聞こえ、カサンドラは式典用のドレスに着替えながらロキと会話をしていた。

「それに……、あなたは私の護衛でしょ?私の行くところへ……護衛が付いてこないでどうするのよ。……アンナマリー、もう少し優しくやって頂戴。」

「だめです!コルセットはキツ目にしておかないっ…と!」

「あうっ!」

着替えを手伝っているアンナマリーは、容赦がなさそうで、カサンドラの声が小さく漏れる。

「さて、あとはメインですねー。」

「ア、アンナマリー…少しまって……。」

「ダメです。もう、あまりお時間がないんですから、最後まで行かなくてわ。」

「あ、あなた、何か楽しそうじゃなくて?」

(普段と立場が逆だからな〜)

「あら?カサンドラ様……少し大きくなったんじゃありませんか?」

「う、うるさい!早くしなさい。」

こっちは、もうどうでも良いかのように着替えを続けるカサンドラに、ロキは諦めのため息をついた。

もうすぐ式典が始まる。
相手は海千山千の貴族達、何かあれば自分だけのことにはならない。
ロキは自分がうまく立ち回れるのか、不安が頭から離れずにいた。

「さあ、出来ましたよ!」

間仕切りが横に流れ、そこには式典用のドレスに着替えたカサンドラが立っていた。

夜空のように濃紺。
肩から胸元まで大きく開いたデザインは、彼女の色白の素肌と紅い髪を際立たせた。

「す、少し肌を見せすぎでないかしら。」

「大丈夫、お似合いです!カサンドラ様の魅力を見せつけるにはこれくらいでないと!ロキさんも、そう思いますよね?」

アンナマリーは、ロキに向かって力強く拳を作ってみせた。

「え?あ、ああ…そうだな。似合ってるんじゃないか。」

(そこは綺麗だと!)

カサンドラには見えないように、アンナマリーは口ぱくでロキに促した。

「き、綺麗だ。」

ぎこちない言葉にアンナマリーはガクリとうなだれ、カサンドラの方に向き直る。

カサンドラは、少し恥ずかしそうに頬を赤らめていた。

(おや?あれで照れますか…)

アンナマリーは、ニヤニヤしながらカサンドラの方を見た。

「な、なによ。」

「いえ、なんでもありませんよ。カサンドラ様よかったですね。」

ふん、とそっぽを向くカサンドラ。
ロキはそんなカサンドラをみて、子供っぽいと心の中で呟いた。

そして現在。

ロキとカサンドラは大広間の前まで来ると、衛兵によってその大きな扉を開いた。

ギィィィィィー

わざと大きな音がする扉は、誰かが入ってきた知らせとなり、広間中の注目を集める。

扉をくぐると扉の内側にいる衛兵が大きな声を上げる。

「オーネスト侯爵様〜!ご入室〜!」

カサンドラはロキの腕に手を掛け、ゆっくりと広間の中央へ歩いて行く。

周りからヒソヒソと声が聞こえてくる。

(カサンドラ…)
(何も言わずに堂々と歩いて)

耳元でカサンドラが囁く。

ロキはカサンドラの言うまま、広間中央のテーブルに向かって行く。
 
テーブルの前に貴族達が何人か居たが、カサンドラの姿が近くなると散り散りに去っていった。

「なんだ?」

「魔女とは関わりたくないだけよ。それとロキ、ここにいる間は気を抜かず、私達は見られていることを忘れないで。」

「ああ、わかってる。」

華やかな場所に似合わず、ここでは品定めや駆け引きが横行する渦の中。

その渦に飲まれないことがまずは必要だと
、広間に入る前にカサンドラやティファナに言われたことを、ロキは思い出していた。

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