月夜の太陽 〜人と人ならざる者達の幻想曲〜

古民家

第25話 看板娘

冬が本格的に到来したノルトの街。
どこの家でも、屋根には雪や氷柱が見て取れ、荷運人や馬車など以外は、出歩く人はまばらであった。

一見、寂しそうな街の様だが、この時期にのみ見られる風景がある。

ノルトの象徴、十字橋の真ん中から、上を見上げると、街の真上に一円を描く雲が現れる。

それは、家から登る暖炉の煙。

湖をぐるりと囲む様に建つ街の、どの家からも同じく煙が立ち登り、それはまるで経典に描かれる、天使の輪のようだった。

極寒の最中、それを見ようとする者は、余程の物好きか、噂を聞きつけた旅人くらいである。

そして、ここにその物好きならぬ、雑貨屋の店主がいた。

鉱山の件から半月が経とうとしていた。

 あれから、リィズが再びロキの店を訪れ、
贈り物を両親がとても喜んでいたことを報告しに来ていた。

その時にリィズが、ちゃんとしたお礼をしたいとのことで、店に招待したいとのことだった。

最初、ロキは断ったがリィズの両親も是非にとのことだったため、断りきれずに今日に至る。

「推しの強さは、リーに似てるかな…」

ロキは、ボソリと呟き、リィズ達の待つフローレンへ向かった。

角を曲がり、フローレンの店が遠目に見えて来ると、店の入り口の横に見覚えのある少女が立っていた。冬空の下、どのくらい立っていたのか、冷たくなった手を擦り合わせながらリィズが立っていた。

ロキに気付くと、リィズは息を白くさせながらを小走りに駆け寄ってきた。

「いらっしゃいロキさん!お待ちしてました。」

「こちらこそ、招待してもらって、どうもありがとう。」

店の扉を開くと、ワイワイガヤガヤと、いつも以上にフローレンの中は賑わっていた。

「お!主役のご登場だぜ!」

「へー!?あれが、噂の王子様かい?あら、中々いい男じゃないか、アタシが後20年若けりゃね〜。」

「おい!デンゼル!!酒だ!酒を持ってこい!この色男の酒代は、全部俺が持つぜ!」

「何が全部持つだ!テメェは、全部つけだろうが!」

店内には、先日の鉱山の件で動いてくれた店の常連達が、リィズを救った英雄を一目見ようと集まっていた。

「すまないねぇ、ロキ。こんなに騒がしくしちまって。あのバカ亭主が、話を広めちまってね。あんたの席はちゃんと用意してあるから安心しな。」

モーラは両手に酒のジョッキを持ちながら、ロキを席へ案内しようとした。

「モーラ…ありがとう。だけど、オレはあそこでいいよ。」

ロキは、まだ席のあるカウンターを指差した。

「まあ、今日はお前さんへのお礼が目的だからね。好きなところ座っておくれ。リィズも、空いた皿やグラスを運ぶのを手伝いな。」

そういうとモーラは、客達の中へ入っていき、リィズもモーラに続いた。

ロキは、フローレンのカウンターに座るともう一度店内を見た。

大衆食堂の色合いが強いここフローレンは、客同士の笑い声が絶えず、常に騒がしく賑やかな雰囲気だ。それも、デンゼルの作る旨い食事や、モーラやリィズの笑顔が有るからこそのものだった。

「おう!ようやく来たか、ロキ!」

デンゼルがカウンター越しに、身を乗り出す。

「やあ、デンゼル。呼んでくれてありがとう。」

「なに言ってんだ。リィズを助けてくれたことに比べれば、こんな事お礼にもならんぜ!」

デンゼルは、一度大きく笑うと、真面目な顔つきでロキを見た。

「………ロキ。実を言うとオレはお前さんに対しては、あまり良い印象を持っていなかった。リィズのことだって、ここでお前が鉱山に行くと言いだした時も、あの子がそんな所に行くなんて、誰も相手にしなかった。オレだってそうだ…。
  俺たちが捜索隊を準備して、街を出発しようとした時、お前が重症のリィズを背負いながら街道から歩いてくるのが見えた。
その時、オレはお前に対しての考え方を改めたよ。

もし、お前が先に出発してなけりゃ、リィズを失うことになっていたかもしれん。
本当にありがとう。」

そう言うとデンゼルは、ロキに深々と頭を下げた。

「…リィズが無事で良かった。それに、オレの印象が良くなったんなら、これ以上のお礼はいらないよ。また、旨いものを食わせてくれ、デンゼル。」

任せておけと言わんばかりに、力こぶを見せつけ、デンゼルは調理場へ戻っていった。

「ほら、あんたも注文しな。今日のお代は、うちの店が持つからさ。」

入れ替わるように、空いた皿をトレーいっぱいに乗せた、モーラがカウンターのそば
に寄ってきた。

ロキは、モーラの勧めで酒と料理を注文した。

賑やかな時間が過ぎ、客もまばらになってきた頃、ロキの所にリィズがやってきた。

「このいいですか?」

「…ああ、かまわないよ。」

リィズはロキの隣の席に座ると、クスクスとわらった。

「?」

「初めてお話しした時と同じだなって、そう思ったらおかしくて。」

「そうだったかな?」

リィズは、果実水を一口飲むと、ロキの方へ向きなった。

「改めて、助けていただいてありがとうございました。わたし、無事にお店に戻った時に、両親の泣きながら喜ぶ顔を見て、初めて自分が危険で無謀なことをしたんだなって思いました。」

リィズは、少し下を向きながら言葉を続けた。

「でも、あの時思ったんです。みんなに対して、私は何ができるんだろうと…」

リィズは、顔を上げ再びロキを見つめた。

「ロキさん。ロキさんのお店で働かせてください!」

「なんだって!?」

リィズのロキを見る瞳は真剣だった。

「オレは君を雇う気は無い。」

「でも、ロキさんが外に行っている間は店番が必要でしょ?それにわたし、接客や掃除は得意よ。」

「そんなこと大きなお世話だ!」

「わたしはロキさんの力になりたいんです!」

いつのまにか2人の声は、店中に響くほど大きくなり、他の客もモーラ達も2人を見ていた。 

「あ、いや、これは…」
「やだ、わたし…」

一瞬静かになったと思いきや、一斉に店中に歓声があがった。

「おお!もう夫婦喧嘩か?」
「見せつけてくれるよ、まったく。」
「オレのリィズちゃんが、嫁に行っちまう〜」
「今日は祝う事が多いな〜!」

「バ、バカヤロウ!ウチのリィズはやらねぇぞ!!」

調理中だったのか、片手にミートハンマーを持ちながらロキに迫るデンゼルの姿は、ベアホッグよりも恐ろしく映った。

「はいはい、あんたは調理中だろ!」

いなす様に、モーラはデンゼルの首根っこを引っ張り、調理場へ押し込んだ。
手をパンパンと払うと、モーラはリィズに迫った。

「リィズ。あんたは昔からこんなんだったよ。父さんが、包丁を磨いていたらそれを真似して、手を切りそうになったり。わたしが片手に20枚も皿を運んでたら、それを真似して、4、50枚も皿をダメにしたりしたっけね。」

「そ、そんなことあったかな〜」

リィズはヘラヘラと、モーラから視線を逸らした。

「だがね、あんたはいつも私達の為にしようとしていた。それは、あのボンクラ亭主もわかってるよ。だから、あんたが鉱山へ行った時も、この腕輪をくれた時も、私も父さんもあれだけ喜んだんだ。」

「う、うん。」

「ふぅ。……ロキ。」

モーラはロキに視線を移すと、ロキの目を見て言った。

「あんたには、リィズを助けてくれたこと、誰よりもすごく感謝してる。だけど、この子はこういう子なんだ、アタシらはこの店のことしかわからない。外の世界なんて考える余裕すらできやしないし、満足に学校なんてところにすら行かせてやれない。アタシもダンナも、この子にはもっと沢山のことを知ってほしいと思ってるんだよ。
だからさ、ロキ。迷惑な事は承知しているけれど、どうかこの子の望みを叶えてくれないかい。」

調理場から、「オレは反対だー!」と声が聞こえてきたが、モーラがそれを片手でいなした。

「はぁ……。まったく、オレ、今日は頼みごとの為に呼ばれたのか?」

「やっぱり、ダメ、ですか?」

リィズは、懇願するような眼差しで、上目遣いをしてくる。

(うわ。何処かで見た気が……)

「わかった。わかったから、その目はやめろ。」

「うわーい!!やったー!!」

「はっはっはっ!リィズも、アタシ直伝の技を習得したみたいだね!昔は、これで結構いわせてたからね。」

(なにをだよ…)

リィズやモーラの懇願により、ロキはリィズを雇うことに決め、その日の宴は幕を降ろした。

店を出た時に、ロキはふとモーラの言葉を思い出した。

「昔は、これで結構いわせてたからね。」

じゃあなんで、唐変木やらボンクラやらと詰ってるデンゼルと結婚したんだろう?

ロキは、そんなことを考えながらフローレンを後に、自分の店への帰り道を歩き出した。

その頃、フローレンの中では……

「ねぇ、母さん。」

「なんだいリィズ。早く、空いた皿とグラスを洗っちまいな。」

「昔、モテてた母さんは、なんで父さんと結婚したの?」

「な、なに言い出すんだいこの子は!」

「あ、母さん照れてる〜。」

「うるさいねぇ!もういいから、あんたは早く自分の部屋にでも行きな!」

モーラに追い立てられ、リィズはクスクス笑いながら階段を上がっていった。

「まったく……」

「リィズは上がったのか、モーラ?」

リィズと入れ違いに、デンゼルが調理場から出て、モーラに話しかけた。

「そうだよ。」

「そうか。なら、お前ももう休め。」

「なに言ってんだい、明日の仕込みがあるんだろう?アタシも手伝うよ。」

「今日は、特に忙しかったからな。それに、お前には身体をいたわって欲しいんだ。お前ともう1人の子にもな…」

「な、何を…」

そう言うとデンゼルは、調理場へもどっていった。

モーラは、ハッとしてお腹をさすった。

「まったく。いつもは唐変木でボンクラなのにね……」

(そんなところに惚れたなんて、あの子にも恥ずかしくて言えないよ。)

賑やかひと時が過ぎ、静かになった店を見渡したモーラは、エプロンを畳むと店の奥へと消えていった。

雪の降るノルトの街の一画にある、食事処フローレン。
そのドアノブに準備中の看板がかけられ、店の灯りが静かに消えた。

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