月夜の太陽 〜人と人ならざる者達の幻想曲〜

古民家

第18話 困窮な出会い

ノルトの街を象徴する青い湖。

その湖をぐるりと囲むように立ち並ぶ街並みは、その利便性を高めるため、十字に交差する橋が架かっている。

商人や旅人などで賑わう収穫祭が終わると、橋の上には街の人々が往来が多くなる。

   寒い冬に向けて準備をするため、食料や薪の備蓄、その他必需品などの需要が高まる時期となる。 
そのため、嗜好品や贅沢品などは消費が下がり、取り扱う者にとっては、まさに寒い冬の到来である。

そのどちらも扱いのある雑貨屋、ここ『ジャック•オ•ランタン』も例にもれず、開店休業中の状態である。

ロキは頭を悩ませていた。
何せシュトルゲンから帰ってきて、店の売り上げはスズメの涙ほどしか無い。

店の運営どころか、自分の食い扶持すら危うい状態だ。

「まずい……このままだと飢え死だな。
……よし。」

ロキは、閑散とした店内を見渡すと立ち上がり、店の扉に書き置きだけ貼ると、商店街の方へ歩き出した。

街には所々に暖をとる用の焚き火が焚かれ、その周りに幾人かが集まっている。

ロキは特に気に留めず通り過ぎる。

この街で交流があるのは指で数えるほどの人数しかいない。

その僅かな交流人のいる店の前まで来ると、ロキは看板を見上げ複雑な面持ちで扉を開き、店の中へ入っていった。

『食事処  フローレン』

店の中に入ると、既にテーブル席はほとんど埋まっており、空いているのはカウンター席ぐらいだった。

ロキはさらに気重になったが、仕方なくカウンター席に向かう。

席に座るとすぐにカウンターの中の男性が話しかけてくる。

「やあ、ロキじゃないか。ここに来るのは久しぶりだな。収穫祭の時は見かけなかったが、どうしていたんだ?」

親しげに話しかける男性は30半ば辺りで、がっしりとした体躯をしており、背の高さだけならロキよりも高い。
そして、トレードマークの顎髭をいつも生やしているこの男性がフローレンのマスター、デンゼルである。

「もう、アンタ。そんなことよりもメニューを早くを渡しな!」

全体的に膨よかで、大らかな雰囲気を持つ女性が水と一緒にメニューを持ってきてくれた。
マスターの妻、モーラである。

「おお!すまんな。さ、今日は何を食べてってくれるんだい?今日は、キノコとシャケのホワイトシチューがオススメだ。」

明るく温かみのある夫婦を前に、気がひけるロキ。

「いや、その、すごく言い辛いんだが…」

「なんだい!?もしかして、金欠かい?
なら、ツケでいいさ。ねぇ、アンタ?」

「またかロキ?あんまりツケ払いしてると、後々大変なことに…」
バンッ!!

頭をモーラにトレーで叩かれ、とっさに頭を抱えるデンゼル。

「な、何すんだモーラ!」
「うるさい!アンタだって、酒場にツケがあるだろ?」

「な、なんで知ってんだ?」

「さあ、ケチくさいこと言ってないでさっさと作ってやんな。」

モーラに頭の上がらないデンゼルは、渋々調理に取り掛かり出した。

夫のデンゼルが料理を担当し、その妻のモーラが配膳をそれぞれ分担している。

「すまないモーラ。代金は近い内に必ず持ってくるよ」

「まあ、困った時はお互い様さね。それにしても、いつもこの時期なら収穫祭で、フトコロは暖かい方じゃないのかい?」

「実は収穫祭には出ていないんだ。訳あってシュトルゲンの方に行っていたんだ。
それで…」

「まあ、詮索はしないけど、危ないことはやめとくんだね……、あ、ほら上がったよ。ゆっくり食べてきな。」

暖かいシチューが体を中から温める。
しっかりと火の通った野菜や鶏肉は、噛めば解ける様に崩れ、口の中に旨味が広がる。

あらかたシチューを平らげる頃には、他の客もまばらになって来た。
そんな中、客の多さに隠れていたが、モーラ以外にも配膳をしている女の子がいた。

年は12、3という感じか、モーラたちに比べると随分と若い。

「おい、ロキ!」

いきなりカウンター越しにデンゼルが凄む。

「な、なんだよ。料理は美味いぞ。」

「おう、ありがとよ。……じゃなくてだな。お前、リィズに色目なんか使いやがったら、ただじゃおかねぇからな。」

「リィズ?配膳の子のことか?」

名前が出たことで、リィズがカウンターに駆け寄ってくる。

「なに、父さん?もしかしてこちらのお客さんのオーダー通ってなかった?」

「呼んでない。いいからお前は母さんを手伝ってこい。」

「なによ!どうせ如何わしい話でもしてたんでしょ?」

小さいながらも、父親に食ってかかる様はモーラ似かな、とロキは内心思った。  

「アンタ!まだ、オーダー終わってないよ。とっとと手を動かしな。リィズ、アンタは少し休んでな、客もだいぶ減ったしね。」

モーラはまた配膳に戻り、デンゼルはオーダー分に取り掛かった。

「ここいいですか?」

リィズがロキの隣の席を指差して尋ねる。

「ああ、構わないよ。」

そう聞くとリィズは、三角巾とエプロンをカウンターに置くと、椅子に座った。

ショートカットに切りそろえた髪は艶やかで、綺麗な茶色をしていた。
ロキは、デンゼルとモーラをそれぞれ見やり、改めてリィズを見た。

「似てない」

自然と感想を口にするロキ。

「あ、やっぱりお客さんもそう思います?
よく言われますけど……」

言い慣れてる様でリィズは、クスクス笑っていた。

「私、リィズ。お客さん、お父さん達と知り合い?お父さんがツケで料理を出すなんて珍しいし、食材の仕入先?……ひょっとして借金取りとか!?」

「……俺はロキ。問屋でも高利貸しでもないよ。小さな雑貨屋をやってる。」
「雑貨屋!?」

食い入る様に顔を近づけてくるリィズに、ロキは少し仰け反る様な格好になってしまった。

「もしかして、街の片隅にあるやたら古いお店の!?」

「古いは余計だ。…なんだ知ってるのか?」

リィズは少し考えるような仕草をしてから、ロキに質問をした。

「儲かってないの?」
「うるさい…」

「じゃあ私がお客さんになってあげる。」

リィズの突拍子もない言葉に、目を丸くするロキは、匙をゆかに落としてしまった。

店の中は客足も少なくなり、フローレンの昼営業が終わった。そして、それを知らせる看板が、準備中に変わるカランと乾いた音が響いた。

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