月夜の太陽 〜人と人ならざる者達の幻想曲〜

古民家

第16話 家族

ロキが目を覚ますと、すでに太陽は高く登っており、日の光が眩しく部屋に差し込んでいた。

ゆっくりと起き上がると、少し痛む腕を反射的に押さえながら、ベッドを降りる。

部屋を見渡すと、小さな机とその上に古い手鏡があった。

ロキは、鏡を手にするとおもむろに自分の顔を覗いた。

そこには、茶色の髪と蒼い目の青年が写っている。しかし、髪は乱れ、目は少し充血し、疲労がうかがえた。

ロキは足取り重く、1階に降りていくと、
アリシアとロゼッタの話し声が聞こえた。

「ロキ様!お目覚めになられたんですね!」

階段を降りてくるロキに、先に気付いたロゼッタが駆け寄り、嬉しそうにロキの目を見つめた。

ロゼッタは、ロキの様子を確認すると安堵したが、すぐあとに悲しげに俯いた。

「ロゼッタ?何かあったのか?」

「……おばあちゃんが……」

ロキは、ザリュの一件から10日が過ぎており、その間ずっと眠っていたということ、そしてアリシアを探すために、力を使ったフレイアがもう長くないことを、2人から聞いた。

「ロキ……フレイアが話したいことがあるそうよ。」

再び階段を登り、フレイアの部屋の前に立つロキ。ノックをしようとするが躊躇われた。

「大丈夫ですよロキさん…、どうぞお入りになって…」

部屋の中からフレイアの声が聞こえ、ロキは部屋に入った。

フレイアは、ベッドから上体を起こし、ロキを見ると小さく笑った。

「お目覚めになられて何よりです。あなたには本当にお世話になってばかりですね。」

「…………」

「……私のことを聞いたのですね。」

「……あの時の?」

「そうです……本来はそれほどの体力の消耗は無いのですが、私の残りの時間を奪うには十分でしたね。」

悲しく笑うフレイアは、今にも消えてしまいそうな印象を受ける。

「オレにできることはありますか?」

「いえ…あなたには十分以上のことをしていただきました。私には感謝しきれないほどです。……だけど」

「だけど?」

フレイアは少し俯き、何かを考えているようだった。
そして、顔を再びあげるとフレイアは、窓の外を見ながら、小さく囁いた。

「……アリシアに……」


フレイアの部屋を後にしたロキは、再度1階に降りていった。
1階にはロゼッタが台所で夕食の準備をしていたが、その背中は寂しく、ロキが降りてきたことも気付いていないようだった。

「ロゼッタ…アリシアは?」

話しかけられて、初めてロキに気付くロゼッタ。

「あっ、その、アリシアは、外の庭にいると思います。」

それを聞くとロキは、何も言わず外へ出た。

日は傾き、もうすぐ城壁の向こうへ太陽が沈もうとしていた。

庭には多種の野菜やハーブが育てられており、手入れがしっかりされていることが伺える。

その中に、白銀の髪が風に揺れていた。

「……アリシア」

「…………お礼がまだだったわ。ロキ、今度も助けてくれてありがとう。もうダメかと思っていたから、あなたがきてくれた時、本当に嬉しかったわ。」

後ろを向きながら、ロキに礼を告げるアリシア。

「私、あんなに会いたがっていたはずなのに、あの人がもうすぐ死んでしまうというのに、母だと実感できない。」

「アリシア……」

ロキは、アリシアの肩にそっと手を置く。
アリシアもロキのその手を握ると、少しロキに寄り添った。

「ロキ様!!アリシア!!」

家の中からロゼッタの悲鳴のような叫び声がし、2人は直ぐに家に戻った。


飛び込むように家に入ったロキとアリシアは、直ぐにフレイアの部屋へ階段を駆け上った。

部屋に入ると、ロゼッタはフレイアの腕に手を添えて状態を診ていた。

フレイアに意識は無く、細い呼吸を繰り返していた。

「ロゼッタ!?」

「ダメ、脈が弱くなってきてる!このままじゃ!」

何度も癒しの香を焚くロゼッタ。
しかし、フレイアは意識を取り戻すことがなく、呼吸はさらに細くなっていく。

「イヤ!しっかりしておばあちゃん!お父さんもお母さんも、お姉ちゃんも居なくなって、この上おばあちゃんまでいなくなったら、グスっ…本当に1人になっちゃうよ!」

泣きながらフレイアの手にすがりつくロゼッタ。

すると、その声に反応するかのようにフレイアの目が少しだけ開いた。

「おばあちゃん!」

ロゼッタに目線を向けると、フレイアは小さく微笑んだ。

「……泣かないで…。ロゼッタ。遅かれ早かれ……こうなる事は分かっていたでしょう…」

「でも、でも!」

次に、フレイアはアリシアに目線を向けると、同じく悲しそうに微笑んだ。

「……アリシア…どうか許して…。」

そういうとフレイアは、静かに瞼を閉じた。

「おばあちゃんーー!!」

フレイアの手を強く握りながら、泣きじゃくるロゼッタ。

「アリシア……これを…」

ロキは、俯くアリシアに1通の封筒を差し出した。

「これは?」

「フレイアさんが、アリシアに渡してほしいと……」

アリシアは、封筒を受け取ると中身を引き出すと、そこにはフレイアがアリシアに向けた手紙が入っていた。

アリシアは、フレイアの手紙を開いた。


アリシア

この手紙を読んでいるということは、私はおそらくあなたのそばにはいないのでしょうね。

母親らしいことは何一つしてあげられなかった私を、きっとあなたは許せないでしょう。

アリシアが私の元からいなくなってしまってからずっと、私はあなたのことを忘れたことはなかった。

そして、いつの日かあなたをこの手で抱きしめることを夢見て長い時をすごしてきた。

アリシア

あなたが産まれた朝 あなたの母となりました。

あなたが泣いたその時に、あなたを守りたいと思いました。

あなたが遊んでいる時に、あなたの思いを知りたいと思いました。

あなたが笑ったその時に、あなたと笑いたいと思いました。

あなたが腕の中で眠ったその時に、あなたの存在の重みを知りました。

あなたが居なくなってしまったその時に、世界が全て色褪せました。

あなたの側に居てあげられないことが、悲しくて、悔しくて、ただただ泣きました。

そして、あなたと共に生きていきたかった。

愛しい私の娘へ

フレイア


手紙を読み終えたアリシアは、その大きな瞳から大粒の涙はじめた。

そして、今はもう話すことも、笑うこともないフレイアの前まで行くと、その身体にそっと手を回し優しく抱きしめた。

「………お母さん。ようやく…会えたね」


アリシアとロゼッタを残し、部屋を出た。
すぐに、部屋の中から2人の泣き声が聞こえ出し、ロキは1人1階に降りっていった。


           



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