月夜の太陽 〜人と人ならざる者達の幻想曲〜

古民家

第7話 シュトルゲンへ(下)

「ロキ。そろそろ変わりましょうか?」

「ああ、ありがとう。じゃあ頼むよ。」

ロキは、手綱をアリシアに握らせ、荷馬車の方に移った時だった。

ガタンッと、一瞬馬車が揺れ、大きな衝撃が走った。

それは唐突だった。
馬車が横転し、ロキは荷物と一緒に外に投げ出され、体中に激痛が走る。

(目の前が暗い、頭をやったか?)

朦朧とする頭を持ち上げ、アリシアの安否を気遣う。
「ア、アリ…シア。」

霞む景色に、白銀の長い髪が見える。
が、同時に黒い大きな影も…

「なんだまだ生きているのか、しぶといな。」
太く、低い声は大きな影から発せられた。

「だ、誰だ……、ア、アリシアを返せ」

「男はいらん。さっさとやってしまえ。」

「な、に……ぐはッ!!」

更に激痛がロキの背中に走る。痛みは体の深くまで達し、熱い液体が口から溢れる。

(ダメだ、このままだと…オレは…また)
薄れゆく意識の中で、ロキはアリシアやカサンドラの顔を思い出そうとし、意識が途切れた。



「やったか?」

「へい。手ごたえがありましたぜ。
それより、ドグのお頭そのオンナはどうするんです」

ドグと呼ばれた大男の脇には、気を失ったアリシアがぐったりとしていた。

「特に金目のものは無いからな、せめてこいつは、高い値で売ってやるさ。」

「お、お頭……あ、あれ…」

手下の1人が、指を震わせながら頭の後ろを指している。

「なんだ?どうした……!!」

手下が指差す方に振り向くと、ドクは目を疑った。
今しがた死んだはずの人間が、立ち上がろうとしている。

「ど、どういうことだ、おいテメェ、やったんじゃなかったのか?」

「そんな、たしかに胸を串刺しにして手ごたえも……!」

盗賊達の目の前には、倒れたはずのロキが起き上がり、ドグの方へ近づいてきた。
衣服はもちろん、頭部や腕、そして胸は真っ赤な血で染まっていた。

そしてなによりも、盗賊達を畏怖させたのは、その容姿である。髪の色が茶色から銀髪へ、そして蒼い目はその片方が血よりも紅い色を呈していた。

その姿、まさに異形。



「う、うーん。……ここは?」

アリシアが気付くと、置かれている現状を把握しようとしたが、頭をぶつけたかのか意識がハッキリとしない。

そして、目の前にはロキの面影を残している銀髪赤眼の男性。

「ロキ、なの?」

「すまない。後は、たの…む」

バタンと倒れこむロキ。
駆け寄ろうとしたアリシアは、まわりが異様なことに気づいた。

バラバラになった荷物と、何人かの死体。
1人は大きく、ロキの倍はありそうだった。

「一体何が…」

アリシアは、ロキを抱き起こすとロキの状態を確認した。
全身は血塗れだったがそれにしては傷が浅い、一番出血ひどい胸もほとんど血が出ていない。

「この血はロキのではないの?それにこの髪……」

アリシアは、目を覚まさないロキを、横倒しになった馬車のところまで運び手当をした。



暗い部屋の中で、ロウソクの赤い火が頼りなく揺れている。
ロウソクは一面壁に沿って並べられ、何かの薬物だろう鼻をつく匂いと一緒に、わずかに鉄の匂いが混ざる。

(血の匂い…?)

部屋の真ん中に2人の影が見える。

1人は、体格から男のようだ、台座らしきものに向かって何かブツブツと言っている。
もう1人は、男の半分くらいの背で長い髪を後ろでまとめた少女のようだ。少女は男から少し後ろに下がったところで、震えていた。

突然、台座が紅く光り出しそこから影が伸びる。

(ダメだ。これはダメだ。)
直感が言う。

次の瞬間、目の前は真っ赤に染まり、少女の悲鳴が部屋に響く。

そして、世界は黒に沈んでいく。




「う……うう…」

頭がひどく痛み、身体中もだるい。
視界もまだぼやけてハッキリとは見えない。

「ロキ……私がわかる?」

「……アリシア。」

ロキは、視界が明らかになっていく中で、
目の前にアリシアの顔を捉えた。

綺麗な白銀の髪や顔は、泥で汚れていたが
薄い青みのあるアクアマリンの瞳は、涙で滲んでいた。

「良かった、気が付いて。もう目が覚めないかと思ったわ。」

「すまない。不安にさせて。……ツ!」

ロキは体を起こそうとしたが、身体中が軋む。

「まだ無理しないで。出血は止まってるけど、他のところはまだわからないわ。」

「……盗賊は?」

「わからない。私が気づいた時は、周りは死体ばかりで、あなたは……その…倒れていたから。」

(多分、アリシアは見たんだろうな。)

「すまないが、このまま眠らせてもらうよ。」

「わかったわ。ゆっくり休んで…。ロキ…ありがとう。」

意識が途切れる直前、暖かい雨が唇に落ちてきた気がした。


翌朝、ロキは目を覚ますと、自分がアリシアの膝を枕に眠っていた事に改めて気付いた。
アリシアはまだ眠っている。

(参ったなあ。これじゃあ動けない)

アリシアの寝顔を見上げるロキ。

白銀の髪と白い肌、薄い桃色の唇から小さな寝息が漏れる。

(こうしてみると、とても……)

「うーん…、あれ私?」

「お、おはよう」

「キャッ!」

目を覚ますとロキの顔が間近にあり、アリシアは急に飛び起きた。
その反動でロキは、暖かい膝枕から冷たく硬い岩肌に滑り落ちた。

「イタタタ…」

「あ、ごめんなさい、ロキ。痛かった?」

「大丈夫……何ともない。」

(あの状態になると、まる1日は体の痛みが引かないんだが、今回は運が良かった。)

「盗賊達には何があったの?」

「……オレがやったんだと思う。」

「思うって、ロキ、あなたは覚えてないの?」

「ハッキリとは覚えてない。ただ、身体中が熱くなって、アリシアを守ろうとする感情だけは強くあったよ。」

「あなたの力なの?でも、あなたはダークストーカーの感じがしないのだけど。」

「………オレは、混血さ。ただ、物心着いた時には、両親はいなかった。オレを育ててくれたのは先代のオーネスト様だよ。」

「先代って、カサンドラのお父さん?
じゃあカサンドラとは……」

「まあ、幼馴染みたいなもんかな。
オレはよくリー…、カサンドラにいいように使われていたけど。」

「そうだったの。」

「それより早く行こう、このままだと血の匂いに野犬や魔獣が寄って来ちまう。それに、運良く馬車は無事なようだしな。」
  
2人は横倒しになった馬車を立て直すと、
再びシュトルゲンへ向けて、馬車を進めた。

アリシアの中に、ロキが何のダークストーカーなのか疑問が湧いていた。

そして、ロキとアリシアはシュトルゲンの街で、ある事件に遭遇する事になるのだが、その時アリシアはロキの血について知る事になる。


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