月夜の太陽 〜人と人ならざる者達の幻想曲〜

古民家

第6話 シュトルゲンへ(上)

オーネストの屋敷を出発して2日目。
ロキとアリシアはシュトルゲンの街に続く街道を荷馬車でむかっていた。

「昨日は運良く民家があったから良かったが、今日は街道の難所と言われる峠越えだ。この分だと半分くらい登ったところで野営になるだろうな。」

ロキは手綱を引きながら、後ろで座っているアリシアに声をかけた。

「そう。だったら麓に戻って野営した方が良いんじゃないの?足場の悪いところだと、馬も休ませられないし。」

「まあ、そうなんだが……」

「まあ、いいわ。私は守ってもらう側だし、文句は言わないわ。」

確かに広くて足場の良好ところでは、馬の休憩や野営には適してはいるが、盗賊や獣も襲い易い場所とも言える。

逆に、足場の悪い所や広さの無いところでは、警戒する範囲が小さくなり、もしも襲撃があったとしても、余程無謀な盗賊でもない限り、麓よりも安全だといえる。

(まあ、もしも襲撃されても盗賊や獣の程度なら、なんとかなるしな)


収穫祭での買い出しの後、ロキとアリシアは屋敷に戻り、それぞれ出発の準備を始めた。
その夜ロキは、昨日と同じように中庭に出ていたカサンドラに、アリシアのことや彼女から聞いたハンターのことなどを質問した。

「ごめんなさいね。私もハンターについては良くは知らないの。あなたやアリシアのような異形の者を専門に狩る者たちとしか知らないわ。」

ハンターについては明瞭な答えはわからなかったが、少なくともアリシアとの出会いについては、ロキは聞くことが出来た。

2年前、ある貴族の汚職案件を調べていた時に、人身売買が行われていることをカサンドラは突き止めた。

そして、貴族邸へ憲兵団が乗り込んだ際にアリシアを含む数人を保護した。そして、アリシアは1人だけ動けないまでに衰弱していたため、カサンドラは自分の屋敷で介抱し、そのまま屋敷に客人待遇で住まわせていた。
 
そして1年前、ある事件が起きた。

それは、アリシアの部屋を掃除しようとメイドが部屋に入った際、いきなり襲われたという。
メイドは、悪魔が居たと半ば混乱状態だったが、カサンドラの機転で事なきを得た。

その時、カサンドラはアリシアには何かがあるのではと思い、アリシア自身から事情を聞き、彼女がダークストーカーである事を知った。

馬車が峠の中腹辺りに到着する頃には、太陽は山々の方へ沈み、空の半分以上に夜の帳がかかりはじめていた。

ロキは荷馬車を止め、焚き火を起こして野営の準備を始めた。
秋の山の空気は、冬ほどでないにしろ日が落ちると格段に気温が下がる。
山の上と下では温度差があるため、山越えの経験の無いものが、この時期に軽装で臨と凍え死ぬということが多くなる。

「少し…冷えるわね。」

「寝る頃には、もっと冷えるぞ。多目に重ね着して丸くなるように寝る方が良い。」

「ロキは山越えの経験があるの?」

「まあ、あまり寒い時期にすることはないが、仕事柄いろいろな街に行くからな。」

「シュトルゲンの街には行ったことはあるの?」

「いや……シュトルゲンは初めてかな。北側の方には行かなくてね。基本的には、ノルトの東西の街や村、遠出だとロマ王国の方に出向くくらいだ。」

「色々な所に行っているのね。私は…ノルトの街しかほとんど知らないから……」

「.........」

「ねぇ。ロキの知ってる街のことを教えて。」

それからロキは、自分の見聞きした街や人々、普段の雑貨屋の仕事のこと、カサンドラにどれだけの貸しがあるかなどをアリシアに聞かせた。

アリシアも自分の知らない世界のことに興味を引かれ、ロキの言葉に聞き入っていた。

「それでパドのやつ、自分の娘のご機嫌伺いのために…......、寝たのかアリシア。」

荷物を背にし、小さな寝息を立てるアリシア。いつの間にか眠ってしまったらしい。

ロキは、荷台にある毛布をそっとアリシアに掛けてやると、自分も毛布にくるまり焚き火の炎越しにアリシアを見ていた。

(年が一桁の頃にノルトに連れてこられて、それからリーと出会うまで、ずっと屋敷の地下に幽閉同然だと聞いたが、あまり人見知りはしないのかな?)

焚き火がパチパチとなり、火の粉が夜の闇に舞う。

(いや......リーがいたから今のアリシアがあるんだろうな。オレにとってジルがそうなように。)

夜は更に深く、空に星が瞬き、冬の到来を教える星座が東の空に広がる。

目の前で眠るアリシアは安らかで、白銀の長い髪は、炎に照らされ、まるで金糸のように光り輝いていた。

ロキは、遠くで鳴く夜鷹の声を聞きながら目を閉じた。



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