脇役転生の筈だった

紗砂

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「咲夜様、おはようございます。
すぐにハーブティーをお出し致しますので少々お待ちくださいませ」


下に降りるとすぐに天童さんがお茶を出すために厨房へ一旦戻る。
さすがに1週間も同じことを続けていれば察したようだ。


「咲夜様、お持ちいたしました。
今朝はローズヒップティーとなっております」

「えぇ、ありがとうございます」


私は出されたお茶をそっと口に含む。
ローズヒップ特有の香りがふんわりと口の中に広がり心地良い。


「天童さん、紹介しなければならない者がいますから夜、時間を空けておいてくださるかしら?
今日が無理でしたら明日に致しますが……」

「いえ、問題ありません。
お時間は何時頃に?」

「天童さんの仕事が終わり、一段落つきましたらお願いしますわ」

「かしこまりました」


清水と真城に今日のうちに紹介出来るようで少しホッとしつつ私は他の5人が起きてくるまでゆっくりと待つ。
ふと時間を見ると6時30分になるところだった。
そろそろ天也が起きてくるだろうと思いお茶を用意するように伝えると珍しく2人がきた。
天也と奏橙だ。


「あら……奏橙、珍しいですわね」

「…まぁ、天也に起こされたからね…」

「当たり前だろうが。
流石に今日くらいはさっさと起きろ」


2人は笑い合いながら席につくと先程頼んだばかりのお茶を飲む。


「咲夜、ドイツへ行きの飛行機は何時に出発?」

「朝、8時ですわ。
奏橙は寝ている時間になりますわね」


自分で口にしておきながら少し寂しくなってくる。
それは奏橙と天也も同じらしく少しだけ顔を歪めていた。


「いざとなれば奏橙は置いていくさ」

「大丈夫だよ。
さすがに起きるから」

「必要ありませんのに……。
今生の別れというわけでもありませんし、半年程度しか向こうにおりませんもの。
その気になればいつでも会えますし電話も出来ますから」

「咲夜がよくても俺が会いたいんだ」


そんな天也の言葉に私は少しだけうるさくなった心臓の音と朱のさした顔を隠すようにカップを傾けた。


「…明後日会うのだからいいでしょう」

「明後日からは会えなくなるだろう。
それに、その日を逃せばしばらく会えなくなる。
勿論、電話やメールはするがそれだけじゃ足りない」


至って真面目に言ってのけた天也のせいで心臓の音はうるさくなるばかりだ。


「2人共、僕が居ること忘れてない?
イチャイチャするのは2人きりの時にしてくれないかな?」


そんな奏橙の声で私は現実に引き戻される。


「わ、忘れてなどいませんわ。
それに、その様な事もしていませんし奏橙に言われたくありません!」


奏橙だって紫月とイチャイチャしているじゃないかとばかりに言うと奏橙は笑顔で否定した。
そんな奏橙に対し私は更にムキになる。


「紫月を見る時、甘く蕩けたようなだらしない表情を浮かべているじゃありませんの」

「そんな顔してないけど。
もしそうだとしても天也だって同じじゃないか。
天也が咲夜を見ている時の顔、だらしないくらいに頬を緩ませて……」


私はキョトンとした顔になり、天也は赤面し慌てて否定する。
そんな天也が可愛らしく見え、思わず弄りたくなるが我慢した。
今は奏橙を揶揄う時間だと。


「奏橙と紫月はよく2人きりで自分達の世界に入り込んでいるじゃありませんか」

「そうかな?
天也と咲夜の方が多いと思うけど…」

「「多くない!(ありませんわ!)」」


思わず声を荒らげてしまうがコホンと咳払いをすると話を戻した。


「もう……奏橙のせいで話が脱線してしまいましたわ……」


多少の文句を口にしながらもその口元は自然と弧を描いていた。
だがそれは私だけでなく、2人も同じだ。


「まったくだ。
奏橙が揶揄うからだ」

「いや、2人がイチャイチャし始めたからでしょ」


「おはようございます。
今日は起きるのも速いんですのね」


紫月は奏橙を見て少し驚いたあと、嬉しそうに目を細めた。
そんな紫月の表情に釣られるように奏橙も少しだけ頬を緩ませる。


「紫月、おはよう。
僕だって今日くらいは速く起きるよ」

「俺が起こしに行ったからだろうが…」

「あら、そうですのね」


天也の声はスルーされていた。
最早2人の世界に入り込んでしまっているらしい。


「おはよう」

「おはようございます。
魁斗が起きてきたということは愛音もそろそろ起きてきそうですわね」


魁斗は私を見ると何故か苦笑した。


「やっぱり咲夜、起きるの早いんだな…」

「初等部から同じ時間に起きていますから慣れてしまいましたもの」


兄のせいで…と最後に小さく付け加えると私は微笑んだ。


「魁斗、取り敢えず座ったらどうだ。
それとも、ずっと立っている気か?」

「あ、いや…」


魁斗は天也に指摘されすぐに席につき、お茶を貰った。
その頃になり、愛音も来ると朝食を食べ始める。

今日で最後…そう思うとやはり寂しく感じる。

そんな最後の朝食だったせいもありいつも以上に賑やかな朝食になった。


そして、しばらく別行動となると私は厨房に行き、皆にお土産を用意する様に伝えた。


「皆さんに1本ずつ、ザクロのジュースをお土産としてご用意してくださるかしら?」

「承知しました。
ご到着の際お渡しすればよろしいでしょうか?」

「えぇ、お願い致しますわ」


そして私は厨房を離れると愛音と一緒に最上階に来ていた。
……つまりはジムへ行くのだ。


「さて、愛音行きますわよ」

「うぇ!?
ほ、本当に行くんですか!?」

「行くに決まっていますわ。
そうでなければ何のためにここに来たと……。
行きますわよ」


私はそう言うと躊躇う愛音の背を思い切り押した。
それにより自然と落ちていく愛音。
叫びながらもジムの方へと渡った愛音を見ると私もジップラインでジムへと飛んだ。



「咲夜!
あれは、あれはないです!
すごく怖かったです!!」

「仕方ないでしょう?
ここに来るにはジップラインかスタッフ専用エレベーターしかないのだから」


少しだけ恨みのこもったような視線を私へと投げかける愛音だったが、しばらくすると、諦めたようにたずねてきた。


「何で階段を付けなかったんですかぁ……」

「お父様曰く、『それでは面白くないだろう?』だそうですわよ」

「なんですかそれ!?」


まぁ、本当はスタッフ用のところから行けたのだけど…と心の中で言うと愛音を置いて中に入り電気を付ける。


「取り敢えず、ランニングマシンからやりますわよ」

「は、はい!」





10分後そこにはグデッとした愛音がいた。
私はそんな愛音の様子に思わず頭を抑える。


「……ま、まさかそんなにも体力がなかったとは思いませんでしたわ…」


呆然と呟くとため息をつき、スポーツドリンクを持って愛音に近づく。


「愛音、大丈夫ですの?
少しでもいいので飲んでください」

「……う、うぅ……あ、ありがとうございます……」


キツそうに上半身を起こした愛音は私からスポーツドリンクを受け取ると一口飲み、さらにもう一口、口に含んでから私に返した。


「愛音は少し休んでいるといいですわ。
私はもう少しやって来ますから」


ぼーっとしている愛音に苦笑しながらそう言い離れると私はそこから更に10分程やってから汗を拭って愛音と共にエレベーターから下に降りた。


「……さ、咲夜ぁ……最初から、エレベーターを……」

「あら、それでは面白くありませんでしょう?
取り敢えず、汗を流しに行きますわよ」

「はいぃ……」


やっと体力が回復してきたのか少しだけ楽になったようで先程よりも顔色がいい。


「愛音はまず体力をつけるところからですわね。
私が協力……と言いたいところですが……申し訳ありませんわ」


さすがにドイツからでは無理がある。
私は愛音を最後まで見てあげられないという事に申し訳なく思いながら残り短い航海を楽しもうと急ぐのだった。

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