脇役転生の筈だった
20
文化祭まで残り1ヵ月を切り、更に仕事の量が増えてきた頃、クラスの出し物である『コスプレ喫茶』の準備中に兄が来た。
「咲夜!
手伝う事はないかい?
可愛い咲夜の頼みなら何でも聞くよ。
そうだ。
咲夜に会いに来る前に咲夜の好きなマカロンを買ってきたんだ」
兄はそう言って差し入れのマカロンを私に手渡してきた。
……大学はどうしたのだろうかという疑問があったがどうせそれを言ってもはぐらかされるだけだろう。
「ありがとうございます、お兄様。
ですが、教室の方へは来ないでいただけると…」
「な、な、何でだい、咲夜!?
も、もしかしてあの害虫共のせいかい!?
だとしたら大丈夫、僕がちゃんと駆除するから!
二度と咲夜の前に現れないようにちゃんと駆除するから!
だから冗談でもそんな事を言わないでくれ!!」
……少しどころか結構引いた。
我が兄ながら怖すぎる。
害虫共って…。
駆除って……。
しかも、天也と奏橙を指さす…いや、男子を指さしていくのをやめようよ……。
「……悠人先輩、聞こえてるんですが…」
「…害虫って言うの辞めませんか……?」
天也と奏橙がそれぞれ顔を引き攣らせながら進言するが兄はそれを気にした様子もなく私の肩を掴んでいる。
「お兄様、私の言葉が足りず申し訳ありません……。
当日に楽しんでいただくためにも知られたくないんです…。
私はお兄様に楽しんでいただきたいのです……」
「さ、咲夜!!
…………………か」
……か?
兄が震えているかと思えば何か枷が外れたかのようにバッと顔を上げ私は兄の腕の中に引き寄せられた。
「……へ…?」
そんな言葉は誰にも聞かれる事なく兄の声でかき消される。
「可愛い!!
可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い!!
可愛すぎて辛い!!
咲夜天使!!
いつも以上に可愛い!!
このまま持ち帰りたい!!」
……兄が壊れた。
マカロン、机に置いといて良かった。
これじゃあ、きっと潰れちゃってただろうし。
兄の暴走はまだまだ続いている。
「咲夜、僕のためにそこまで考えていてくれただなんて!!
咲夜は天使よりも可愛くて優しい!!
絶対に誰にも渡さないからね!
大丈夫、咲夜は僕が一生養うよ!
可愛い咲夜を見た男の目はくり抜くから!!
咲夜に触れた男は僕が殲滅してやるからね!!」
……兄の暴走がここまで怖いと思ったのは初めてだ。
何故兄はシスコンになってしまったのだろうか?
私はどこで失敗したのだろうか……?
ふと思い出したのはゲームのシナリオの事だった。
……私を殺そうなんて考える奴がいたら絶対、私より先に兄にやられるんだろうなぁ……。
と、思ったのだ。
ただ、天也と奏橙が危険なんだよね。
「……咲夜、悠人先輩どうするんだよ…」
教室の中央で未だに暴走中の兄を見て、全員の作業が止まっていた。
そして、そんな兄に抱きしめられたままの私。
そこに、先生が入ってくる。
ガラッ……ガンッ!!
先生に見捨てられた。
先生は中央にいる私と兄を見て、固まっていたがすぐに、勢いよく戸を閉めてしまった。
……助けてくれてもいいと思うんだ。
ガラッ……。
先生は再び入ってきた。
「……何やってんだ。
クラスを間違えたかと思ったぞ……」
「……先生、助けてください」
……本当に助けてほしい。
………兄の魔の手から。
「……まぁ、その…なんだ?
………強く生きろよ、海野…」
見捨てられた……。
完全に見捨てられた…!!
「可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い」
怖い!?
呪いみたいだ。
私もそんな兄の様子に顔を引き攣らせるが兄はそれに気付かない。
「お、お兄様!
お兄様、そろそろ離してください!」
私は兄を引き離そうとするが兄は全く離れなかった。
……これが力の差というものなのだろうか?
「あぁ……咲夜の声も可愛い……。
鈴みたいに透き通って綺麗な声だ……。
しかも髪がサラサラだし……」
……兄が変態のように思えてくるのは何故だろうか?
それよりも、誰か見てばかりいないで助けてはくれないだろうか?
「……悠人先輩、そろそろさく…」
シュッ…と天也の顔の真横を通ったのはカッターだった。
…どうすればあぁなるのかは分からないが……。
カッターが見事に壁に突き刺さっていた。
……カッターって壁に突き刺さるんだぁ……。
と他人事のようにしているのは実感がわかないというだけである。
「……その口で僕の可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い咲夜の名を呼ぶな、害虫」
兄は冷たく言い放つ。
「お、お兄様!?
何を言っているんですか!?」
「咲夜は気にしなくていいよ。
害虫を駆除するだけだから……ね?」
いやいやいや!!
ね?じゃないよ!!
怪我でもしたらどうする気だったの!?
「お兄様、そろそろ作業に戻りたいのですが………」
「わかったよ。
咲夜、僕は外で待っていることにするよ」
「ありがとうございます、お兄様」
兄は名残惜しそうにしつつも私を離し教室を出ていった。
そして暫くの間、教室に沈黙が流れる。
その沈黙を破ったのは天也だった。
「……咲夜、悠人先輩の病気悪化してないか?」
「……申し訳ありませんわ…。
私でもお兄様が怖いと思いました…」
再び沈黙が流れ、奏橙が発言した。
「悠人先輩も行ったし…作業に戻ろうか」
その声により皆は作業を再開する。
………本当に兄のせいで申し訳ない…。
ちなみに私と愛音を含めた女子がメニューを考えていた。
「飲み物は決まりましたし残りはお菓子などですよね…」
時間がかかりすぎるのも駄目だし…。
材料費がかかりすぎるのも駄目。
さて、何があるか……。
「クレープはどうですか?」
そう提案してきたのは愛音だった。
だが、クレープか…。
「クレープなら他のクラスが外でやるそうですよ?」
「そう…ですよね……」
クレープならいくつか種類をおけるし、生地は前もって作っておけるか。
……って…これ、生地でまく必要無くない?
お皿に広げれば盛り付けとかも綺麗に見えるし…。
それに、そうすればまく時間の短縮にもなる。
他のクラスがクレープを出しているとはいえお皿に広げたりはしないだろうから大丈夫じゃないか?
「私はいいと思います。
クレープは通常、巻いてあるでしょう?
ですが、生地を巻かずにお皿に広げ盛り付けをすれば珍しさもありますし…。
どうでしょうか?」
「「それです(わ)!!」」
その2人の勢いに推され仰け反ってしまう。
「味は、イチゴとチョコに致しましょう。
あとはプチパンケーキとかどうでしょう?」
「中にメープルなどを入れるのもいいですよね!」
「持ち歩きも出来るようにカップにいれて販売するのはどうでしょうか?」
「そうですね!」
それからは色々と論議を重ねていた。
……私を抜いて2人で、だが。
私、ここにいる必要ないんじゃないかなぁ、などと思っていた頃、天也が声を掛けてきた。
「咲夜、こっちを手伝ってくれないか?」
「そうですね。
愛音、蘭菜さん、あとはお願いしてもよろしいでしょうか?」
「勿論ですわ」
「任せてください!」
大丈夫そうなので私は席を立ち、天也の手伝いに向かう事にした。
奏橙と天也が2人で決めているのは費用の事だ。
「悪い、咲夜。
費用なんだが……1人5千で30人だから15万だろう?
その割り振りが決まらないんだ」
…あぁ、そういう事か。
テーブルとイス、食器類は食堂から借りてくるとして……。
その申請も必要だったよね。
なら、それは早めにしないと……。
「それは、後で個々の係の責任者に希望を聞いてみましょう。
その希望に沿って決めればいいと思いますわ。
テーブルやイス、食器類の貸出申請はもう行いましたか?」
「いや、まだやってない」
「では、私が行って来ますわ」
「俺も行く」
「じゃあ、2人に任せるよ。
僕は希望を取っておくから」
と、いう事で私と天也は2人で職員室に向かっていた。
担当の先生に申請を出すためだ。
「…咲夜、マナー違反にはなるが……。
文化祭終了後のパーティーのパートナーになってくれないか…?」
私はそれに驚き持っていた書類を落としてしまう。
慌てて2人で書類を集めると、天也はもう一度、パートナーになって欲しいと言ってきた。
「…駄目か?」
「………少し驚いただけですわ。
ですが…何故いきなりそんな事を……?」
「何故だと思う?」
私の問に天也は笑ってそう言った。
あれだろうか?
天也の友人が少ないのが関係しているのだろうか、そう考えてはみたものの私でなく愛音を誘えばいいのに、という考えに否定される。
それとも、愛音を誘ったが既に先約がいたのだろうか?
だとしたら辻褄が合う。
それが表情に出ていたのだろうか?
「おい、その可哀想なものを見る目はやめろ……」
と言われてしまった。
「咲夜、頼む。
パートナーになってくれ」
「…分かりましたわ。
精々、足を踏まないように気を付けます」
「…ダンス、苦手なのか?」
「………私が何故他の方とのダンスをお断りしていると?」
……私は何故かダンスだけは出来ないのだ。
だからこそ、いつも兄にエスコートを頼んでいた。
……まぁ、誘われ無かったというのもあるが。
兄と踊れば苦手なのは他の人にバレないし、兄が他の男子から守ってくれていたのもある。
「はっ…ははっ!」
天也に笑われたため睨みつけてやると更に可笑しそうにした。
イラッときてむこう脛を蹴り上げてやろうかと天也の背後へまわると天也はようやく笑うのを辞めた。
「悪い、咲夜がダンスが苦手なんて思わなかったんだ。
咲夜でも苦手なものがあるなんて思って無かったからな」
「後でむこう脛を蹴り上げてさしあげますわ」
「それだけはやめろ!!
…ダンスも俺がリードするから大丈夫だ」
天也は私から顔を背けてしまった。
私が顔を覗き込むと天也の顔が赤く染まっていた。
…どうやら照れていたらしい。
そのまま会話も特に無く職員室まで行き、提出をし教室へと戻った。
準備が終了すると同時に兄が入ってきた時には本当に呆れたが。
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