チェガン

林檎

欠けた感情

  「んで、いきなりどうしたんだよ」

  そういったのはヒュースだ。
  先ほど、アドルに引っ張られそのあとは無言のまま廊下を歩いていた。

  「質問に答えてくれよぉ〜。」
  「...。」

  それでも、答えないアドル。ヒュースは諦めアドルの後ろを着いていく。
  すると、いきなり歩みを止め後ろを向いたアドル。

  「どうしたんだ?」
  「...お前は、どれだけチェガンを使ったら体がおかしくなる?」
  「それを聞きたかったのか?」
  「まずはこれに答えろ」

  そう言うアドルはヒュースから目をそらさないで見る。

  「わかんねぇ。でも、1時間は使ったことある。その時は次の日とか身体中が痛かったから。それが限界なんじゃねぇかな」

  考えながら言うヒュース。
  1時間。
  長いような短いような時間だ。

  「お前のは普段から使えるものなのか?」
  「使おうと思えば使えるぞ。今だって、壁を壊そうと思えば壊せるしな」

  「怖いからやらないけど」と言い足しにししと笑った。
  こいつに俺が負けたと思うと正直信じられん。
  だが、戦闘になるとこの笑顔が嘘のように思える。
  それに、ソフィアとの連携が言葉を交わしていなかったが取れていた。
  意外に頭が切れるのか?

  「お前はどうやってあいつと連携していた?」
  「あいつ?」
  「ソフィアと言うやつだ。」

  そう言うとヒュースは眉間に皺を寄せ口を尖らせた。
  いきなり不機嫌になった。なんでだ?

  「あいつと連携した覚えないし!そもそも!あいつと戦うことすら嫌なんだ!!変な事言うのはやめてくれ!!」

  そういうヒュースは本気で嫌そうな顔をしている。
  嫌っているのか?

  「...そうか...」
  「おう!」

  なんなんだこいつ?一見馬鹿に見えるが...。

  「んで、結局このことを聞きたかったのか?」

  元の顔に戻り問いかけるヒュース。
  切り替えが早い気がするが。

  「いや、これではない。ここはどこか広い場所はないのか?」
  「広い場所?食堂とか?」
  「いや、お前のチェガンを使っていいような場所だ。」
  「なんで?」

  ちょっと表情が険しくなった。
  何か探っているのだろう。

  「お前と力比べというものをしてみたい」
  「力比べ?」
  「そうだ。」
  「なんでだ?」
  「俺がやりたいと思ったからだ。」
  「自由だな」

  そういうヒュースは周りを見渡し考えている。
  これだけ大きければそう言う部屋があってもおかしくはないだろう。
  そして、考えていたヒュースはいきなり笑顔になりアドルの方に顔を向けた。

  「だったら、外はどうだ?」
  「外だと?」

  外なんてそんな所で戦ったら森の中とはいえ不味いのではないのか。

  「んじゃ、そうと決まれば行くか!」

  ヒュースは先ほどと同じ笑顔で出入口に行こうとする。が、さすがに大騒ぎになられたらたまったものではない。

  「待て!外で暴れてみろ!大騒ぎになるぞ!」

  ヒュースの腕を無理やり掴み止める。

  「大騒ぎに?ならねぇーだろ。今までだってならなかったんだから」

  は?今までもって...。
  
  「ここにゲートが開く度に俺達はベーゼを殺してるんだぞ?だが、何も無かった。だったら大丈夫だろ」

  何が大丈夫なんだ。
  こいつはやっぱり馬鹿だ。能無しだ。

  「なら聞く。なぜ、騒ぎにならない。」
  「知らねぇ」

  馬鹿だ。
  こいつは一体なんなんだ。普段はこんななのか?馬鹿丸出しなのか?

  「知らないけど、アルカやカルムとかなら知ってると思うけど聞くか?」
  「...。」

  アルカ。あいつは本当に周りのヤツから慕われている。 なぜだ。あいつは人を馬鹿にするようなやつだぞ。
  まぁ、何か色々抱えていそうだが。それでも、なぜこいつはそんなにあいつの事を信頼出来る。
  いや、なぜ他人をそう簡単に信じることが出来る?

  「アドルはなんでここに居るんだ?」
  「は?なんだ急に」
  「だってよ。今は女の方じゃなくてお前になってるだろ?だった、逃げようと思えば逃げれるだろう。なんでここに残っているんだ?」

  何を急に言っている。
  逃げないのかだと?ふざけるな。

  「なぜオレがお前らから逃げなきゃならねぇ。逃げる理由がねぇだろ。ふざけるな。」

  そう言うとヒュースは少し驚いたような表情をしている。
  そっちから聞いてなぜ驚く。意味がわからん。

  「くっ!ははははは!!」

  いきなり腹を抱えて笑い出すヒュース。今度はアドルが驚いた。
  どうしたこいつ?ついに頭がイカれたか?

  「お前!最高!!!本当に!」
  「...馬鹿にしてんのか貴様」

  いつもの癖でナイフに手を伸ばそうとしたが定位置にない。
  そう言えばとあの晩ソフィアに取られたままだった。クソっ。

  「何を笑っている。殺すぞ」
  「わりぃわりぃ。いや、馬鹿にしたわけじゃねぇよ。ただ、思った以上にお前は俺達を信じてくれてんだなって思ってな」

  はぁ?俺がお前らを?何馬鹿な事言っている。そんなわけないだろう。なぜ他人を信じなければならない。冗談じゃない。

  「ふざけたことを言ってんじゃねぇ」
  「俺はふざけてないぞ?本気だ!」

  ...尚タチが悪い。

  「それに、事実だろ?」
 「どこがだ。俺がなぜお前らを信用しなければならない。なぜお前はそんな馬鹿な考えをした。」
  「バカってなんだよ!酷いな!」

  今はそこはどうでもいいだろう!
  こいつの頭のネジはどっかに飛んで行ったのか。

  「お前が逃げないからだよ」
  「はぁ?」

  本当にわからねぇ。馬鹿の言葉は同じ馬鹿にしか通じないようになってんのか。

  「お前はどんなことをしてでも女の方を守んだろ?最初、俺たちに襲ってきたみたいに」
  「当たり前だ。エレナに何かがあれば俺は殺す」
  「なのに、お前はここの屋敷にいる。」
  「何が言いたい」
  「お前は俺達がエレナちゃんに何もしないって信じてるってことだろ?」

  ...は?
  何を言っているんだこいつは。

  「ほら!お前は俺達を信用してくれているってことだろ!」

  なんなんだこいつは。何を考えている。こいつの頭の中はどうなっている。
  ありえない。俺が他人を信じるなど。
  俺が信じているのはエレナのみ。あとは...。まぁ。もう一人。信じてやってもいいが...。

  「ありえないな。ここに居るのはお前らを信じているからではない。うぬぼれるな」
  「じゃぁ、なんでここに居るんだよ?」

  なんで。理由などない。
  エレナが自分で来るのだ。それを止める理由はない。

  「理由などない。」
  「ふ〜ん」

  興味無さそうな返事をし歩き出すヒュース。

  「どこに行く?」
  「今からお前とやるのはちょっと無理だな。」
  「はぁ?なぜだ」
  「そう言えば俺。この後用事あったんだよ。悪いな」

  本当に悪いと思っているのか。軽くこっちに手を合わせ、そのまま行ってしまった。

  「...意味わかんねぇやつ」
  「確かにお前には理解は難しいかもな」

  ビクッ!!

  勢いよく後ろをむくとそこには1番毛嫌いしているアルカがいた。

  「何故ここにいる!」
  「たまたまだ。お前がこんなに廊下のど真ん中で話してたんだろ?俺はそこを偶然通っただけよ」

  偶然だと。この男の場合はその言葉すら怪しい。何もかも計算して行動しているようなやつだ。信じられん。

  「お前...俺だって偶然とかあるんだからな...。」

  呆れながらいうアルカ。

  「ところで、お前はなんでこんな所にいたんだ?ヒュースに何か用事があったのか?」
  「特にない」
  「その割には話し込んでたんじゃねぇか。あいつは思ったことをそのまま口にするからなぁ。時々、大事な情報を漏らしてしまわねぇか心配だわ。」

  なんの話しをしている。
  アドルはアルカと一緒に居たくないためそのまま歩き出した。

  「それにしても、まさかお前が俺達を信じてくれてるとはな。照れなくてもいいだろう」
  「はぁ?!」
    
  やはりこの男は油断ならない。
  話、聞いていやがった。

  「テメ!」
  「別にここを通ったのは本当に偶然だし、最初の会話は知らない。でも、後半の会話だけちょ〜と『聞こえてな』」
  「聞こえただと。聞いてたの間違いだろ」
  「人聞きの悪い言い方するなって」

  ヘラヘラしながら言うアルカに怒りが込み上げてくる。
  本当にこいつは殺してしまってもいいのでないか?

  「怖いことばかり考えんなよ?たまには楽しいことでも考えてろよ」
  「知らん。そもそも、何が楽しいのかも知らねぇ」

  アルカは少し驚くと考える素振りを見せた。

  「楽しいことを知らない...か...。」
  
  なんなんだこいつ。何を考えている。

  「お前は他にはどんなことを知らないんだ?」
  「何故それを言わなければならない」
  「情報収集だ。」
  「…楽しいや喜ぶ感情はエレナが口にしている時に耳に入る程度だ。」
  「エレナちゃんは知ってるのか」
  「...お前がエレナの名前を呼ぶな」
  「いや!これは仕方がねぇだろ!」

  「たくっ」

  溜息をつきながらアルカはアドルの隣を通り過ぎようとした。

  「おい。」
  「なんだ?」
  
  不思議そうな顔をしてこちらに向き直るアルカ。

  「それだけか?」
  「...何が?」
  「お前がここにいた理由だ。これで終わりなのか?」

  アルカは瞬きしながらアドルを見る。
  何を黙っているんだこいつ。
  すると、いきなりこいつは腹を抱えて笑い出す。

  「くっ...ひひ...。」
  「はぁ?」

  なんなんだここの奴らは、いきなり笑い出す奴らばかり。(笑わない奴もいるが)本当にこいつらは何を考えるんだかわからん。

  「おい。なぜ笑う」

  怒気の含んだ声が廊下に響く。それでも、アルカは尚笑ったままだ。
  今だったら殺せる気がする。

  「いや。なんでもねぇーよ。本当にここを通ったのはたまたまだ。そこは信じてくれよ」

  「じゃーな」と片手を上げながら歩いていった。
  今日は本当に疲れる日だ。
  一人残されたアドルは屋敷の奥へと姿を消した。

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