チェガン

林檎

プロローグ

 「何が......起きてるの?」

  昨日までは普通の日常。
  お父さんが仕事から帰ってきて一緒に夜ご飯を食べて、一緒に寝た。
  いつもの日常だったのに。
  今、俺の目の前には真っ赤に染まったお父さんが横たわっている。
  お腹から血を流し片方の足はない...。
  そして、お父さんの近くには鉄で身を包んだ『何か』がお父さんを見下ろしている。
  そして、静かに手を上げる。その手には剣が握られていた。
  何が起こっているのか理解できない。
  体が動いてくれない。
  誰でもいい。お父さんを。助けて。
  この状況を...何も分からないこの状況を...!
 
「だ...誰か...」

  振り落とされる手を見ているしか出来ない。
  やっと出た声も誰にも届かない。
  体は言うことを聞いてくれない。
  
  鉄に身をまとった何かは振り上げた手を目の前には少年に思いっきり振り下ろした。

   その瞬間を目をそらすことも出来ず、ただただ目の前で起こっている事を見ている。すると、動かなかった体が何かによって後ろにそらされ目の前には地面に刺さっている剣があった。

  「怖かったな少年。逃げるぞ」

  後ろには自分を軽々持ち上げるお父さんくらいの男の人が立っていた。
  そして、そのまま反対側へと走っていく。

  「ま...まって!お父さんが!お父さんがまだあそこに!!」

  状況が分からない。だが、お父さんがあそこにいるのだけは分かる。いや、それしか分からない。
  助けなければ。今だったらまだ助かるかもしれない。
  助けないと。あのままだったら。

  「少年。人間とは簡単に死んでしまうのだ。今、この状況こそがそれを物語っている。」

  そう言う男の人は周りに目を向けた。
  その視線に釣られるように男の子も周りに目を回す。

  そこは今までに見た事もない。本当の「絶望」が映し出されていた。

  何十人の人が倒れ。辺りは真っ赤に染っている。建物などは崩されており原型を残していないものもある。
  そして、その「絶望」の中を悠々と歩く者達が沢山いる。
  先程、自分たちを襲ってきた鉄の塊のようなものや蜘蛛みたいに足が何本もある物。鳥みたいに空を飛んでいるのもいる。

  「な...なんで...こんなことに...」

  少年の独り言に男の人は静かに答える。

  「絶望に落ちる時間が来たんだ」
  「絶望...に?」
  「そして、人間達がこれに抗うために強くなる。その時が今。」
  「わかんない...分からないよ...」
  「今は分からなくてもいい。ただ、これだけは伝えておくよ」

  男の人は少年を下に降ろし目線を合わせた。

  「君は1人になってはいけないよ。」
  「1人?」
  「この世界は変わる。変わらなければならない。そのためには仲間を集めなければならない。自分と同じ「力」。『チェガン』と呼ばれる力を持った仲間を集めるんだ」

  そう言い残し男の人は来た道をもどっていく。
  少年はそれをただただ見ているしか出来なかった。

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