チェガン

林檎

困惑

  みんなが席につき話を聞く体制を作る。
  リヒトもアルカの隣の席に座り姿勢を正す。

「んじゃ、まずはアドルをどうするかを言おう」

  その言葉により、ここの空気が固くなったように感じる。
  それだけ緊張していると言うことだろう。

「アドルはまず、最初の女の方に戻ってもらう。そして俺達がそいつを仲間になるように説明、勧誘する。」

(エレナを勧誘...)

  リヒトはあまり気が乗ってはいなかった。 
  エレナに危険な目にあっては欲しくなかったんだ。もし、エレナが過去を忘れているのであればこのままの方がいいのではないかとリヒトは考えていたのだ。
  それを見抜いたのか、唐突にアルカがリヒトに問いた。

「リヒト、お前は嫌か?」

  いきなり名前を呼ばれて驚いた。

「え...いや。あの...」

  いきなりのことで言葉が出なかったのもあるが、まだ自分でもどうしたらいいのか分からない。
  だから、言えなかったのだ。

「お前は女の方とは親しいらしいからな。このままそいつには過去のことを忘れてたまま、今まで通りに過ごしてほしいって思いがあるのかもしれねぇー。」

  リヒトは俯き考えていた。
  何が正しくて何が間違っているのかを。

「俺は、そいつの幸せを願ってんなら真実を知った方がいいと思ってる。」
「どうして...」
「それがあいつにとっての幸せだと思うからだ」

ーー幸せ?

  アルカの言葉には引っかかった。
  エレナの過去の記憶はアドルが預かっている。それは、エレナが辛い思いをしないようにするためだそうだ。
  なら、記憶を思い出すことは逆に辛いのではないだろうか。
  幸せにはなれない。
  リヒトはアルカの考えに初めて、本気で違うと思った。

「違うよ...」
「あ?」

  アルカは聞き取れず聞き返した。
  すると、リヒトはアルカの顔を見て言った。

「そんなの!!間違ってるよ!!」

  みんなは突然のことに驚いていた。
  アルカを抜いて。

「辛い過去なら!忘れたいほど嫌な過去なら!思い出さない方がいいんじゃないの?!今がエレナにとっての幸せならそれで、いいじゃない!わざわざ辛い過去を引っ張り出さなくてもいいんじゃないの?!」

  自分でもこんな言葉が自分の口から出てくるなんて思っていなかった。
  だが、1回出てきてしまうと不安な気持ちなども一緒に出てきてしまう。
 そんな気持ちが言葉に出てしまう。、
  
「辛い過去なのならこのままアドルに預けたままの方が!!...」

  リヒトは自分の言葉に疑問を抱いた。

(アドルに...辛い過去を預けたまま?)

  リヒトが少し静かになったところで今まで黙って話を聞いていたアルカが口を開いた。

「自分の言葉で自分の間違いに気づくなんてな」
「え...?ど...ういうこと?」

  自分の出した言葉なのに理解ができなかった。いや、理解はしていた。だがそれを自分で違うと思い込んでいたのだ。

「お前がどれだけあの女を大事にしているのかよく分かった。だが、今はお前の意見に耳を傾ける暇はない。悪いが文句なら後でゆっくり聞く。今は黙っててくれ」

  アルカが淡々と口にした言葉にリヒトは怒りを覚えた。

「アンタは...本当に何も考えないんだね...」
「...。」

  リヒトはアルカの肩を衝動的に掴み、自分の気持ちをアルカにぶつけてしまった。

「アンタは人の気持ちとか考えないの?!アンタは人の心とか理解しようとしないの?!辛い!怖い!そんな気持ちがエレナやアドルに今あるんだよ?!それをこれからもずっとずっと付き合っていかなきゃいけない!そんなの嫌だよ!エレナやアドルが辛い過去を思い出さないでやっていける方法とか!考えようよ!」

「人の気持ちを優先していたら何も出来ないだろーが!!」

  今まで黙っていたアルカが口を開いた。
  その言葉に驚き、リヒトは黙った。

「お前は何もわかっていない!!人の気持ちを優先するだけが守ることじゃねぇー!!合理的に考えなければ物事が上手く回らなくなる!最悪の場合、死ぬかもしれねぇーんだぞ!そんなこともわかんねぇーで素人が口出すんじゃねぇー!!」

  アルカはリヒトの顔から目を逸らさずに言った。
  表情からはふざけた感じなのを全く感じさせない。
  だが、それでもリヒトはエレナには辛い過去を思い出して欲しくない。
そんな思いがリヒトの心を占めていた。

「確かに...私は素人だよ...こんな事に口を出せる立場じゃないのは分かってる。でも......」

  アルカは目を見開いた。
  目の前には涙を流しながら自分の意見を必死に伝えようとするリヒトの顔があったからだ。

「合理的に考えたら私の考えは間違っているのかもしれない。いや、間違ってると思うよ。でも...それでも...エレナにはもう悲しい顔をして欲しくない!もう、悲しい過去を思い出して欲しくないの!...分かってよ...分かってよ!!!」

キーーーン

  (な...なんだ?今、頭の中に何かが...。)

  アルカは頭に違和感を感じながらリヒトを見た。
  歯を食いしばりながらなにかに耐えているような表情をしている。

「お願い...だから...アルカなら...分かってくれるって...理解して...くれるって...だから!!」

  リヒトは自分の涙を袖で拭いながら必死に伝えた。

「何か言ってよ!!アルカ!!」

  アルカは口を閉ざしたまま開こうとしない。
  そのことに対しても苛立ってしまう。
  それほどまでに心に余裕がないのだ。

「バカアルカ!!」

  そう言ってリヒトは部屋を出ていった。

「待ちなさい!!」

  そのあとをすぐにカルムが追いかけ出ていった。
  残された、ヒュース、アルバ、ガブ、アドル、アーノは動かないでいた。もちろんアルカもだ。
  すると、ガブが立ち上がりアルカに近づき声をかけた。

「行かないんですか?...」

  少しの沈黙のあと、ヒュースがアルカの目の前に立ち俯いていたアルカの顔を無理やり上げさせた。

「なんて顔してんだよ..」

  アルカは涙を流している訳では無いが今にも泣き出しそうな顔をしていた。
  その表情は悲しみのような、怒っているような複雑な思いが入り交じっている。

「アルカらしくねぇーよ?いつも俺たちに命令しているアルカはどうしたんだよ。こんなんだったら俺。従いたくねぇーよ。」

  そう言うとヒュースは手を離し元の場所へともどった。

「今回はアルカさんが正しいのでは?それでしたらいいと思いますが...」

  心配そうに口を開いたのはアルバだ。

「それに、あいつはなんか自分の意見は間違ってるって分かってたみたいだし。ただ、自分の溢れ出るどうしようもない気持ちをアルカに止めて欲しかったように見えたけどな。」

  ヒュースの言葉にこの場にいるみんなが一斉にリヒトのある言葉が頭の中に浮かんだ。



「合理的に考えたら私の考えは間違っているのかもしれない。いや、間違ってると思うよ。」


  ヒュース以外のみんなが顔を見合わせた。

「あいつは心のどこかでは理解していた。でも、それでも大事な奴には幸せであってほしい。悲しい過去を思い出さないでほしい。そう願った。」
「ですが、自分の言葉は間違っえいるのかもと迷いがあった。」
「まだ...理解したくても...できない...今まで...色々なことがありすぎた...流石に...頭がいっぱいだったのかも...」

  3人はリヒトについて考えている。
 その中でアルカは今の自分の中にある『感情』について疑問に感じていた。


(何なんだ。俺は悲しくも何も無い。だが、辛い、苦しい。何故だ?まるであいつの気持ちが入ってきたみたいな...。)

  その時、ガブが思い出したように言った。

「そう言えば...この周辺って...あの子が1人で出歩くのは...まだ...危険なんじゃ...」

  アルカ達はその言葉に目を見開いた。

「確か...ここのゲートが開くのって1週間に1回だったよな。」
「あぁ〜、だがまだ今週は開いてねぇ〜...」
「もしかしたら...今日が...」
「...クソっ!!」

  アルカの声で四人は一斉にドアへと走り出した。
  三人がドアから出ていき、それをついて行こうとガブがドアの方に行ったら、1人。いないことに気づいた。

(あれ...アドルは?)

٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。

  リヒトは部屋から飛び出したあとまっすぐ森へと走っていった。
  アルカの声が頭の中にこびりついて離れない。

「わかって!分かってる!!分かってるのよ!!」

  頭の中の声に言い聞かせ考えを打ち消そうとするがどうしても離れない。

(ばか...バカ!!)

「私の大バカ野郎ー!!」

  そう叫びながら森の中を無我夢中で走っていた。

ーーー。

  どのくらい走ったのか。リヒトは立ち止まり乱れた呼吸を落ち着かせるため体を休めた。
  だが、先程の会話がリヒトの頭の中を駆け回る。

「...私が間違えてる...暗い過去だって...忘れてはいけない...そうかもしれないのに...でも...」

  自分でも本当に何が正しくて何が正解なのか分からない。どうしたらいいのかわからない。
  リヒトは木の根元に座った。

「自分には何も無い...何も...できない...」

  座り直して自分の足に顔を埋め考えた。

(もう...いや...こんな自分...大嫌い)

  涙を抑えきれず目をこすっているといきなり声をかけられた。

「見かけねぇー顔だな。誰だお前?」

  聞き覚えのない声に少し体を強ばらせた。
  少しだけ顔を上げ確かめた。
  そこに立っていたのは半袖のパーカーを着て、顔を前髪が長く、寝不足なのかクマが出来てしまっている。背丈はアルカとあまり変わらない男の人だ。

「え...と...」

  なんと答えればいいのかわからないリヒトは言葉を詰まらせた。

「言えねぇーのか?」 

  威圧感がすごくリヒトは動けなかった。

(怒った時のアルカと少し似てる...動けない...)

  震えていると男はそっぽを向いて歩き出した。

「どんなやつかは知らねぇーが、ここはあともう少しでゲートが開く。死にたくなければさっさとここからされ」

  それだけを言ってまた歩き出した。

「ま...待って!」

  リヒトは咄嗟に立ち上がり男の人の裾を掴み歩みを止めた。

「おい!なんの真似だ!」

  その男の人の目は鋭く、一瞬足がすくみそうになったがなんとか踏ん張った。

「ゲートってなに?アナタはこの世界で起こっていることを知っているの?」

  いきなり質問された男の人は瞬きをしたまま止まっていた。

「いきなり口を開けたかと思ったらなんだお前...こっちの人間なのか?」
「え?こっちの人間って...」

  そう聞こうと思ったら急に地面に影が出来た。

「何?!」

  咄嗟に上を向いたらそこには今まで見たことがない空間があった。
  大きな丸いものがあり、その中はよくアニメかなにかで使われる言わばブラックホール見たいなものが目の前にあった。
  だが、自分たちが吸い込まれるわけではなかった。逆に、中からは鎧を着たものが二体。片手に剣を持っているものが二体。あとは、色々な形のロボットみたいなのが数体。       
  ゲートが出てきた。

「な...なにこれ...」

  目の前には今まで見たことがない者達が自分たちへ迫ってくる。
  恐怖で何も出来ないリヒトの前に先程の男性が楽しそうに笑っている。

「おいおい...これは最高じゃねぇーか」
「な...なにが...」

  この状況と合わない声と言葉に驚き聞いた。

「何がって、目の前に倒したいやつが何体もいる。探す手間は省けるし、ここは人っ子一人いねぇー。全力でやれるってもんだ!!」

  そう言うと男性はいきなりゲートから出てきたものに突っ込んでいった。

「待って!!危ないよ!!」

  リヒトが止めようと動こうとしたら後ろの方を掴まれ追いかけることができなかった。

「大丈夫よ。あの子に任せなさい。」

  優しい声が取り乱したリヒトの心を落ちかせた。

「か...カルム...さん?」

  後にはカルムさんがリヒトの肩を支えてくれている。

「なぜ、カルムさんがここに?」
「それはこっちのセリフよ。流石に一人で外に行くの危険です。気をつけなさいね」

「はい...てか!あの人一人で大丈夫なんですか?!」

  リヒトは先程の男性を指差し言った。

「時間稼ぎくらいはできるわ」

(時間稼ぎ?)

  その時、リヒトの頭の中にはアルカの姿が出てきた。

(来るわけない...喧嘩したあとだもん...来るわけがない...)

「みてご覧。『チェガン』はあんな力もあるのよ」

  リヒトはカルムさんの指さした方に目を向けた。
  そこには信じられない光景があった。
  先程の男性の周りには今までなかった木や枝があり、先程出てきた者達が身動き取れない状態だった。

「なに...あれ...」

  見ていると、男性が触れた小さな木がどんどん大きくなり化け物たちを捕らえているように見えた。

「これはあの子の力よ。触れた植物を急成長させることが出来るのよ」

(す...すごい...)

  リヒトはそのすごい才能を目にして純粋にそう思った。

「でも、あの子の力は殺傷力はないの。だから、ベーゼ達を捕らえることは出来ても倒すことが出来ないのよ」
「倒すことが...できない?」
「そうよ」

  それではどうすればと考えていると後から足音が聞こえた。
  二人はその足音の方向を見るとそこにはアドルが立っていた。

「あ...アドル?」
「なんだあれは」

  指さした方には化け物たちが男性を襲おうとしている。

「あ!」

  リヒトが見た時、木が切り落とされ襲われ、捕まえの繰り返しの状況だった。

「あの子の力にも限界はあるわ。どうしましょう」

  カルムさんがそういい、考えているとリヒトはいい考えを思いついた。

「私にいい考えがあります!」
「あら、それはどんな考えかしら?」

  カルムは少し口元に笑を浮かべたあとそう言った。
  

「これは、アドルに頑張ってもらわないといけないけど...」 

  アドルの方を確認の意味で見るとアドルは小さく頷いた。

「問題ない」
「ありがとう!」
 
  アドルなら出来る。そう信じてお願いをした。



「もっと練習しないとダメだなぁ〜」

  状況と言葉があっていないことを言ったのは植物を成長させる力をもつ男性だ。
  植物を成長させることは出来るが操れる訳では無い。ので、相手を捕らえることで精一杯の様子。

「こういう時『あいつ』がいれば何とかするんだろーけど...でも、なぁ〜」

  ボヤきながらも相手を捕らえることを疎かにしない。
  ある意味すごいことを平然と行っている。
  すると、目の淵に男性の姿が見えた。

「お前はなんだ?」
「俺の名はアドルフォ。不服だかお前の助太刀をする」
「不服なのかよ。まぁ〜いいけど...」

(見たところ、前衛タイプ。どこから湧いて出たのかは知らねぇーがまぁ〜いい。)

「んじゃ、俺が捕らえるからその隙に頼むって...」

  言い終わる前にアドルは化け物に飛びつき次々倒していく。

「人の話は聞けよなぁ〜...俺も人の話はまともに聞かねぇーから人のこと言えねぇーか...」

  文句を言いながらもアドルの足場を作ったり相手を捕らえたりと初めてとは思えない程の良いコンビネーションを見せる。

「すごい...」

  リヒトはアドルに男の人が捕まえている化け物を切ってとだけ伝えたが、ここまで男性がアシストが上手とは思っておらず目を離せずにいた。
  そうこうしているうちに化け物を全部倒した。
  倒した途端その場から溶けて無くなるため、化け物がいた痕跡が残らない。

  「おぉ〜お見事」 

  男性が手を叩きながらアドルに向かって言った。

「あなたも凄かったですよ!え...と...」
「俺の名前聞きたいのか?」

  そう聞かれると気恥しいがリヒトは素直に頷いた。

「俺の名前は...」

  そういうと途中で視線がリヒト達の後ろに移動していた。
  なんだろうと思い、後ろを見たらアルカ達がいた。

「あっ...」

  先程のこともあり気まずくなり目を合わせられない。

「アルカじゃねぇーか。久しぶりだな」
「あ〜、なんでお前ここにいんだ?」
「野暮用でな。あと、偶然ここにゲートが開いたからちょっとだけ暴れた。後始末よろしく」

「ちょっとかこれ?」 

  アルカは周りを見渡し言った。
  化け物の痕跡は残ってはいないが、その代わりに木が悲惨な状態になっていた。
  足の踏み場がない状態だ。

「つーか、なんでおめぇーがここにいんだ?アドル」
「お前に答える義理はない」

  目を合わせず一言だけ言い放った。
もう、その言葉には慣れたのか何も言い返さない。

「嫌われてんのな」
「しらね」

  アルカが素っ気なく言うと男性はある人を見た。

「そう言えば、この女。俺見たことねぇーが新人か?あと、あいつも」

  アドルとリヒトに指差し質問した。

「まぁ〜な。だか、困りに困ってんだわ」
「ほぉ〜?どんな風に?」
「それがよ〜、1人は俺の言うこと全然気かねぇーわ。もう1人はわがままで俺たちのルールを全然守ろうもしないわで」
「わがままで悪かったわね!!そもそもアンタが人のことバカにするから悪いんでしょ!!」

  黙って聞いていたリヒトだったが、ここまででも我慢の限界だった。

「俺は事実を言ってるだけだけどなぁ〜」
「にやけ顔するな!!腹立つ」
「元からこういう顔だから仕方がねぇーだろ!!顔にまで文句つけんな!」

  二人のいい争いを外で見ていた男性が物珍しそうに見ている。

「珍しいこともあんだな。あのアルカが言い争ってる」
「確かに、珍しいわね。あの子があんなにムキになるだなんて」

  カルムが隣でそういった。

「お前はあいからわずなのな」
「褒め言葉として受け取っときますわね」
「どーぞご自由に」
「そうさせてもらうわ」

  二人がそう話していると、ガブが男性に近づき聞いた。

「野暮用って...なに...?」

  男性は少し驚き後ろにいたガブを見ると息を吐いた。

「...驚かすな。そっちもお変わりがないよーで。」
「そんなつもり...ない...」
「そーかよ...」
「うん...」

  静かな会話は、言い争っている二人の声と木々の音で消えていった。

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