チェガン

林檎

思い

  リヒトは言い争っている二人の方に向かった。
  途中で二人はリヒトに気づいてか言い争いをやめた。

「おめーから近寄ってくるなんて珍しいな...ガブから何か吹き込まれたか?」
「そんなんじゃないよ、ちょっと世間話をしただけ」

  少し笑いながら答えた。

「ふん...んで、お前が意味なくこいつに近づくわけねぇーよな?」

  アルカは微笑を浮かべながら言った。
何か、感づいたのかもしれない。

「うん...ちょっと、まだ質問したいんだけどいいかな?」

  少年の方に確認の意味も込めて顔を向けた。

「...お前にならいい」

  小さな声でそう答えてくれて安心した。

「俺なら、ダメなのかよ...」
「当たり前だ」
「コイツ...」

  アルカが今にも痺れ切らしそうな顔をしていた。
  怒る前に質問に移りたいと思い急いで本題を切り出すことにした。

「あ...あの!質問いいかな?!」

  少年はリヒトは方を少し確認したあと、小さく頷いた。

「あなたは、二重人格で、エレナのもう一人の人格なんだよね?」

  リヒトはしゃがんで少年と目線を合わせながら聞いた。

「あぁ」
「なら、あなたにもちゃんとした人格があるんだよね?」
「...何が言いたい?」
「あなたの名前はなに?」

  一番に質問したかった事はこれだ。

「...は?」

  少年は毒気が抜かれたのか間抜けズラだ。
  ちょっと笑えてしまった。

「名前だよ、あなたにもあるんじゃないの?」
「俺は...エレナのもう一人の人格...名前なんてねぇーよ」
「なら、私が考えてあげる!」
「何言ってんだテメー...名前なんて要らねぇーよ」
「人間には名前は必要だよ?かけがえの無いものなんだよ!名前は」

  名前は自分がここにいるという証だよと言うと、少年俯いてしまった。
  考えているように見える。

「あなたはちゃんと、ここに存在する。なら、その証として名前...決めさせてよ」

  リヒトは笑顔でそう告げた。
  少年は目線だけをリヒトに合わせたが、すぐに逸らしてしまった。

「何赤くなってんだテメー」
「え?私赤くなってるかな?」

  アルカがいきなり変なことを言うから少し驚いた。

「オメーじゃねぇーよ」
「え?」

  顎でアルカは少年を指した。

「...。」

  包帯で口元を隠してるから詳しくは分からないけどほんのり赤くなっているようにも見える。
  少し可愛く思えてしまった。

「なんだか、可愛いところもあるんだね。」
「...うるせぇー...」

  素直に告げるとそっぽを向いてしまった。
  その動作が子供じみているためどうしても可愛く見えてしまう。
  先程まで殺気立っていたが、今はこんな表情まで出してくれたことに喜びを感じた。

「名前...決めていいかな?」
「...好きにしろ」
「なら、俺が決めてやろう!」
「オメーはだめだ」
「何でだよ!」
「胡散臭いからじゃないかな?」
「笑顔で言うんじゃねぇーよ」

  コツンと頭をどつかれてしまった。

「じゃ〜...名前は...」

  少し考えていると、頭の中に自然に言葉が出てきた。

「アドルフォ!どう?カッコいいでしょ!」

  二人が変な目でリヒトを見ている。

「な!何よ!!」
「おめー、どっからその名前が出てきた?てか...意味、分かってんのか?」

  アルカが変な顔しながら尋ねた。

「なんか、頭の中にぽっ!と出てきたの!意味は...あるの?」
「はぁ〜...どこからどこまでも馬鹿だなお前...」

  深いため息とともにいつもの毒舌が飛んできた。
  嫌味を言わないと話せないのかこやつわとムカついた。

「アドルフォってオオカミって意味だ」

  リヒトが怒りを抑えようと頑張っているところで、アルカは意味を教えてくれた。
  頭の中に自然と出てきた言葉にはそんな意味があったのかと軽く考えた。

「オオカミか...意外にあってるんじゃない...?」

  後ろからいきなり声がかかって驚いた。

「っ?!...が...ガブ...」
「僕の存在...忘れないで...」
「わ!忘れてないよ!」
「おー!ガブはいいと思うのか?その名前」
「うん...この人...いろんな人に噛み付くから...丁度いいんじゃないかな...」

  いいのか急に、不安になってしまった。
  自分で名付けておいてなんだが、意味が意味なだけに何となく罪悪感が芽生えてしまった。

「お前って...時々、言葉にトゲがあるよな...」
「そうかな...」

  アルカが少年に向き直した。

「んじゃ!お前は今日からアドルフォ!通称アドルだ!これから、お前を俺達の組織、『シャイン』に迎え入れてやる。感謝しろ」

  腕を腰に当て、すごく偉そうに言い放った。

「勝手に決めんな。俺がいつここに入りたいと言った。」

  眉間に皺を寄せ、アルカに向けて睨んでいる。

「確かに...アルカさん...この人をホントにここに...迎え入れるんですか?」

  ガブはアルカの近くに行っていた。

「当たり前だろ?こいつがもし暴れでもしたら市民が危ねぇーし。あいつらがあんだけ怪我をしたんだぞ?それだけ、戦闘能力が高いってことだ。」

  確かにそうだ。この子がもう暴れないなんてそんなことはわからない。
  この状況ならシャインの仲間として一緒に行動した方が安全なんだと、リヒトは納得した。

「それに、チェガン持ちをこのまま野放しにする理由もねェしな」

  口元は笑みを浮かべているが、目は笑っていない。
  何を考えているのかわからない顔をしている。
  だが、この子がチェガンと言うものを持っているのかわからない。
  頭の中で色々考えているとガブとの会話を思い出した。

(確か、エレナのチェガンは黒色だって言っていた。だったら、やっぱり持っているんだ。その力がもしこの少年の事だとしたら...)

「え?!」

  リヒトは自分の考えにビックリしすぎて声を出してしまった。
  
「ど...どうしたの?」
「え?!あ...その...」

  なんとか笑ってごまかそうとした。
  流石に恥ずかしく顔を下げた。
  絶対、アルカに馬鹿にされると思い、目線だけアルカの方へ向けると意外にも真面目な顔をしていた。

「お前...話したな?」
「うん...だって...聞いてきたから」

  二人は目だけ、お互い見て話している。

「はぁ〜...記憶を消すっていうのに...消すものを増やしてどうすんだよ...」

  ため息混じりにアルカそう言った。

「だって...消すなら...大丈夫って言ってた...」
「あまり、教えるな!こいつの記憶が消しにくくなる」
「ま!待って!私!記憶を消したくない!」

   自分の気持ちをそのまま声に出して伝えた。 
  せっかく色々な人と話ができて、エレナのことも沢山知れた。
  それを忘れるのは絶対に嫌だったのだ。

「はぁ〜...だから、言っただろ...こいつに無駄なことを教えると、絶対にこういうと思ったんだ...だから、教えたくなかったんだよ...」

  アルカが困った感じにため息混じりで言った。

  リヒトはこの人たちの力になりたいと思っていた。
  こんなすごい人たちが隠れながら生活をしている。本当は街のみんなはこの人達に感謝して過ごしてもいい。
  みんなにこの人たちの存在を知って欲しいと思っていた。

「オメー...余計な事考えてんじゃねぇーだろうな」

  考えていることを読まれた感覚になり、思わず身震いしてしまう。
  アルカがこっちに近づいてきてるのがわかる。
    今までとは違い、重い空気だったため怒っていると安易に予想できる。

「お前...」

  目の前にいることは分かる。が、顔を上げることが出来ない。
  この感覚は〈恐れ〉だ。
  体を動かそうと言うことを聞いてくれない。 
  その中、アルカの声がこの広い屋敷の中に静かに響いた。

「もしかして、俺達の存在をこの世界の人たちに知って欲しいとか、そんなこと考えてんじゃねぇんだろうな」

  驚いた。
  まさか、ここまで読まれているとは思わったのだ。
  リヒトは思わずアルカの顔を見てしまった。
  何も言えなかった。
  アルカの顔は怒ってる顔でもなく、かと言っていつもみたいにニヤニヤした顔でもない。
  なんの感情なのかわからない。
  恐れのあまり体は言うことを聞かず、声すらも出すことが出来ない。これが、〈殺気〉なのだろう。

「お前...俺に対してそんなになってるんだぞ...そんなんで、俺達の世界に入ってきて...どうするつもりだ...」

  先程よりは体にまとわりつく重い空気は軽くなった気がした。が、声色が重くリヒトの耳に響く。

「お前には、俺達の世界は危険すぎる。以後、俺達には関わらせねぇーよ...そのためには、記憶を消すしかねぇーんだ」

  確証はない。だが、先程までとはちがう。この感じはさっき感じた〈殺気〉では無いと確信できた。
  リヒトの手は自然にアルカの頬に触れた。

「な...なんだ?」

  目を見開いて、驚いている。
自分でもなんでこんなことをしているのか分からなかった。
でも、自然に言葉が出てくる。

「アルカが、どんな思いでこんなことをしているのか、私にはわからない...でも、アルカが辛いのはわかった」

  自然に出てくる言葉。
  その言葉に自分でもなんでこんなことを思っているのか、なぜこんな行動を起こしているのかわかった気がした。
  
「あなたが、大事な人を失っている。これ以上、人を失わないように頑張ってる。私の記憶を消そうとしているのも、私が悲しい思いをしないため」

  最初はすごく嫌な人。それが、第一印象だった。
  だが、一緒に行動しているうちに分かってくるものがある。
  詳しくは分からないが、アルカが過去に何かあったのは間違いないと思う。
  それを恐れているのだ。
  だったら、自分のやることは決まっている。

「私は、支えたい。あなたを、ほかの人も!私が出来ることは全力でやる。」
  
  思っていることを全部。包み隠さず伝える。

「私は、絶対に潰されない。あなたが守ってくれるから」

  すごい力を持っている。それは、便利な力。でも、それ故に辛いことや苦しいことが沢山あるのかもしれない。
  自分にはその苦しみはわからない。
  だからこそ知りたいし、支えたいと思っていた。
  やれることはあまりないがそれでもアルカ達と一緒にいることを許して欲しいと思い、一生懸命伝えた。

「...最後は人任せかよ...」

あっ...

  アルカはリヒトの手を払い、階段を上って行ってしまった。
   払われた手は少し冷たく感じた。

「君...無茶いうよね...」
「え?!」

  ガブからいきなり声をかけられた。
  いつも後から話しかけてくるため驚いてしまう。

「む...無茶だってことは...分かってるよ...でも、ここまで知ったのに、何も出来ないまま記憶を消されて、また、何も知らないまま助けられるなんて...嫌だ」
「でも...はっきり言って僕は、アルカさんの方が正しいと思うよ...?」
「え...?な...なんで...」
「アルカさんは、『失う』って、言葉にはすごく敏感なんだよ...」
「...。」
「だから、誰も、アルカさんの前ではその言葉を極力使わないようにしている...アルカさんは...戦闘員じゃないから自分では...戦えない...僕も一緒...だから...結局人任せになる...自分は何も出来ない...そんな思いがある...」

 (自分は何も出来ない...)

「だから...君があなたが私を守ってくれるって言葉で...結構...心にきてるところもあると思う...」
「...え?...う...うそ..」

 助けたいと思った矢先に傷つけてしまったのだろうかと、すごく焦った。

「でも、アルカさんは強いから...多分...潰れてはないと思うよ...だから...安心して...」

  そう言われてもそこで、そうですかと言うことは出来るわけがなかった。

「おい...俺のこと忘れてはねぇーだろうな?」

  重い空気のなか少し軽い感じの声が隣から聞こえた。

「あ...忘れてた...」

  ガブって正直なんだなと思ったが、口にはしなかった。

「おい...」
「てゆーか、君ってまだ女の方には戻らないの?僕達ならもうあの子に、被害をださないよ?」
「信用出来ねぇー」
「まぁ〜...だよね...」

  ガブは少し考えている。

「ひとまず、今日はこれでお開きにしようか...君はひとまず...家に帰った方がいい...親が...心配する」
「え?あっ...」
  時間を確認するためスマホを出した。そしたら、スマホの結晶画面には21:08と表示されていた。  いつの間にこんな時間になっていたのかと思いガブの方をみた。

「送っては行けないけど...気をつけて...」
「う...うん...」

  ここから家に無事に帰れるか不安だがそれより先に先程の失態をどうにかしたいと思った。

「あの...私...アルカに謝りたいんだけど...ダメかかな?」
「今はダメ...アルカさんの頭でも今日は色々ありすぎた...多分...パンク寸前...」
「...パンク...するの?」
「当たり前...アルカさんの頭の中がどうなっているのかは...想像出来ないけど...今日は...もう...何も考えたくないほど...消耗してると思う...」

  頭が良すぎるのも大変なのだろうと、少し他人事のように考えてしまう自分に嫌気が指した。
  先程のまで助けたいと思っていたのに、その矢先に傷つけた。
やはり、自分には何も出来ない。
そう感じてしまった。
  だが、このままにするわけにはいかない。

「あの...明日...来てもいいかな??」
「来れたら...来てもいいんじゃない?」

  一応、道順は覚えている。なんとか来れるだろうと軽く考えていた。

「ここは...見つからないように...なってるから...道案内なしでは来るのは...難しいと思うけど...」
「それって...遠まわしに、来るなって行ってない?」
「君は...ここに来るべきではないとは...思っているよ。」
  
やはり。そう思わざるを得なかった。

「でも、アドルに...エレナに会いたいって思ってたら...この屋敷を見つけること...出来るかもね...」

  その言葉に目を見開いた。

「じゃぁ〜ね...」

  背中グイグイ押された。

「まっ!待って」
「また、明日...」

パタン...
扉が締まり、鍵がかけられてしまった。

「また...明日...?」

確かに、そう聞こえた。

ぐっ

  リヒトは拳を強く握った。
  ここに来るべきではない。
分かってる。
でも、みんなの支えになりたい!
  そう強く思い、最後に残してくれた『約束』を胸に、歩き出した。

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