戦闘員No.25の活動日誌

とろろこんぶ

救出作戦

「…心中でもするつもりですか」
「いや、なんでそうなる」
面白い子だな。

「ですけど、私は捨て身で任務を遂行しようと…それで、あなたも私の元に来たってことは…」
「その捨て身ってやめろ」

クロの鼻をつまむ。わたわたとクロが暴れた。
「なにするですか!」
「ほんとに総督に似てるな…」
「…そうですか?」
「からかうと暴れる所とか、自分に優しくない所とか、人に優しすぎる所とか」

クロは唇を噛んで俯いた。
だから、尚更俺は助けたくなる。放っておけなくなるんだ。

「お前は人質を助けてくれ。俺はお前を助けるから。」
「え…?」
「魔法に専念してくれ。俺がお前の腕やら脚やらになって動くから」
「でも、失敗したら?建物だってどんどん危険になっていくんですよ!?」

クロは俺の服を掴んだ。
そんなクロの腕を掴んだ。

「俺は、お前といる」
そうしないとクロが死んじまうなら、それくらいのリスクは構わない。

クロはキラキラした眼で俺を見上げた。
「戦闘員、さん…」
「さ、行くぞ。早く片しちまおう」
俺は座り込んだクロを引き上げ立ち上がらせる。意識したつもりはないけど、にやっと笑っていた。

「…はい!」
クロもにやっと笑った。
初めて見せた笑顔だった。挑発的で、不敵で、そして年相応に魅力的な笑みだった。


「あそこに非常階段があります。人質が動けるならばそのまま脱出していただき、不可能なら魔法を使います。」
「そうだな、なら人質の確認からするか。」
「同意です」

という訳で、俺たちは館内へ入った。人質は数十名で、殆どが眠っていた。起きている人にクロが聞いてみたところ、ガスで眠らされたらしい。直感は当たった。

「…クロ、俺。出れない」
人質の前に出られない。これはAndersの仕業だってことになっているから、戦闘員の俺が出たら怯えるに決まっている。
その旨を伝えたのたが…

「知ったこっちゃないですよ。ほら、行きますよ!」
クロは問答無用で俺の手を引いて人質の元へ行った。

「皆さん、大丈夫です!今から避難に移ります。」
「あ、あなたは…?」
「魔法少女です。助けに来ました。」

怯えている人質にクロは優しく答えた。 人質はすっと視線を俺へと移した。
 Andersの覆面を被った俺に。
明らかに、怯えきっていた。

「…えっと、」
「彼は私の仲間です。」
口を開いた俺に重ねてクロがそう言った。言い切った。

「でも、その覆面、Andersの…」
そら、やっぱりそうなった。
俺が出るべきでなかった。
こればかりは、どうしようも…
「今回の事件はAndersは関係ありません。」

…ほ?
えぇぇえぇえぇぇぇえぇえええぇぇえええぇぇ!?
なにばらしちゃってんの鉄の魔法少女さん!?わざと総督は自ら罪を被ったのに!?

「ほら、覆面が違うでしょう?」
たしかに、と声があがる。完全に警戒は解けてないが、怯えは消えた。

「今から脱出にかかりましょう。動ける方は着いてきて下さい。動けない方は…」
クロがこちらをちら、と向いて、俺がうなづいた。
「大丈夫、俺がサポートする。」
「…はい!」

クロはすっと腰にてをやり、細いその剣を抜いた。顔の前で強く握りしめ、口を開いた。

「Graviteco Operacio!」

呪文と共に、眠っている人質の身体がふわりと宙に浮いた。
「楽にして下さい。私が必ず地上までお届けします。」
「クロ、脱出ルートは?」
「どこでも構いません。地上にさえ繋がっていれば…非常階段とか」
「それじゃあ遠すぎる。来い」

俺は館内を出て、窓ガラスの前に立つ。クロはちゃんと着いてきていた。何人も浮かばせている反動か、額に汗をかき息をきらしていた。

「戦闘員さん、なにを…」
「下がってろ。」
俺は腰を落として、腕を引き、拳を握りしめた。
そのまま、勢いよく窓ガラスを叩き割った。

バラバラバラとガラスがくだけ、外から風がふきこんだ。

「え、えぇぇえぇぇえ…!戦闘員さん!?」
「大丈夫だ、支給されたこのグローブで俺へのダメージは軽減されてる。」
「なんつう馬鹿力…」
「ほら、早くおろしてやれ」
クロは呆れたような顔をしていたが、俺がそう言うと真剣な顔に戻りうなづいた。

「皆さん、ここから脱出してください。」
「えっ、ここから?非常階段とかは…」
「時間がないんです。大丈夫、私が皆さんをこのように浮かばせますから」

それでも、人質は迷ってるようだ。当然だ、この高さから飛び降りろなんて。それはクロもわかっていたのかもしれない。だからか、クロは窓にぎりぎりまで近づいて、手をゆっくりと下に下ろした。

浮かばせていた人質がひとり、またひとりとゆっくり地上へ降りていく。戦闘時の荒々しいやり方とはてんで異なる、丁寧な魔法だった。

『ニコ、聞こえる?僕だ』
「総督?」
通信機から総督の声が聞こえてきた。
『車を手配した。これで人質を安全な場所まで避難できる。』
「車…?運転は?」
『僕がやるけど』
まじかハイスペック中学生だな。
「今クロが映画館の窓から避難させてる。移動させてやってくれ。」
『オッケー、また連絡する』
そこで通信はきれた。クロはもくもくと作業を続けていた。

かなりの時間を要して、
クロは意識のない人質全員を地上へ下ろした。
クロは肩で息をして、汗だくだった。しかし、表情は決して崩さない。
「次は、皆さんをおろします。下で待機していれば、車が来るはずです。それに乗って避難して下さい。」
人々は戸惑ったが、クロに歩み寄る。ひとり、ひとりと地上に降りていく。クロは相当消耗していて、少し作業が粗雑になりつつあった。急落下したり、揺れたりする時さえあった。

「怖いよぉ。」
小さな女の子の番になった時、その子は泣き出してしまった。
慰めようと俺が近づくと女の子はますます泣いてしまった。

「大丈夫、です」
クロはしゃがみこんで女の子と目線を合わせた。
「絶対に助けます。」
クロは言い切った。

いつしか、ドクターが話していた。
先導者に求められるのは、カリスマ性だと。どんなに信念を貫こうが、讃えられるべき偉業をなそうが、人に注目されなければ所詮自己完結にすぎないと。

クロは、もってる側の人間なのかもしれない。人を導く事が出来る人間なのかもしれない。
俺が選んだ、彼のように。

「だから、私を、信じてくれませんか?必ず無事に送り届けます。」
女の子はまっすぐ見つめる黒の目を見つめ返し、小さくも確かにうなづいた。
「ありがとう」
クロはふらつく体をなんとか動かし、女の子を、丁寧に浮かばせる。
「クロ」
よろめいたクロの背中を支えた。彼女はこちらを見る余裕もないようで、荒い息をしながらも女の子を外へ非難させた。

「…終わっ…たぁ…」
女の子が地上につくやいなや、クロは体重を俺の方へとかけてきた。
「お疲れ。大丈夫か?」
「疲れましたけど、なんとか全員避難出来て良かったです。」
「そうだな。」
「それより、早く私達も脱出しましょう。」

そうだ。早く逃げないと。クロを休ませないと。意識はしっかりしているが、呼吸や顔色は心配だ。この様子だとこれ以上魔法を使うのは危険だろう。何処か安全なルートを探して…

『ニコ君!大変な事がわかった!』
通信機から慌てたドクターの声が聞こえた。
「ドクター?人質は…」
『確保した。それより、魔法少女さんと君、今どこ?』
「どこって…まだ映画館だけど、」
『脱出するんだ、早く!』
どうも様子がおかしい
『今、モール内に新たな爆弾反応が検知された!それもいくつも…はや…』

どおおおおおぉぉおおぉん!!!

2回目の爆破音と、通信が途切れるのと、クロが倒れるのが、

全て同時だった。

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