ANVIL

東松 蒼璃朱

第三章 : 光があるから闇が認識出来る

「さてと、そろそろ帰るか。無事に魂を回収出来たし、しかも二つも。これが一石二鳥ってやつ?んー、ちょっと違うか?」
お兄ちゃんは回収した二つの魂を持って、悪魔の姿になり飛び立った。私もその後を続く。

『悪魔!人間の魂を元に戻せ!』
また人間?でも、悪魔姿の私達は特定の人にしか認識されない。それに、人間はそんなこと言わない。ということは、人間ではない。天使だ。
「お兄ちゃん、天使がいる!危ない!」
私が叫んだ時、お兄ちゃんのすぐ横を何かが通った。一センチでも左にズレていたら、かすっていたと思う。ギリギリセーフだ。
「チッ、いっつも俺達の邪魔をしやがって…。戦わずに逃げるぞ、玲音。」
「うん。…あ、左前にいるよ!急ごう!」
さっきよりもスピードアップして、一直線に魔界へ向かう。天使が何をしているのかは分からない。ただ、形を捉えてるだけだ。しかも動きが速い。光の様だ。
『俺はお前らに危害を加えたくない。二つの人間の魂を元に戻せと言ってるだけだ!』
「…戻せ戻せってうるせーな!戻す訳無いだろ!」
お兄ちゃんは魔力を魂に流し込み、少しずつ勇太君の魂を黒く染め上げている。私の思考が停止してる間に、あっという間に黒に染まった。
「これで戻しても無駄。戻した所で、自我の無い、ただ人を襲う化物になるだけさ。じゃあな。憎き天使さん。」
「じゃあ、この子は貰ってくぜ。二つの魂との物々交換みたいなものさ。それに、この子は天界に必要な存在だからな。魔界に返す日が無いと思え。」
後ろ…後ろに何か居る!いや、天使が居る!直接耳に入ってくる声。後ろを向くと、そこにはお兄ちゃんの「顔」があった。けど、生えてる羽根は天使の羽根。お兄ちゃんと同じ顔をした天使は、私が逃げられない様に、見た目がペット用の首輪を付け、手を掴む。
「お兄ちゃん逃げて!早く!お父様に!」
「…分かった、すぐ戻る。絶対助けに来る。」
お兄ちゃんは急いでる様子で、魔界に向かっていった。

「あれ?やけに素直ですね。悪魔のくせに。」
「良いから、早く離して!」
「ソーリー。強引な真似をしてすみませんね。」
案外簡単に手を離してくれた。自力で首輪を取って、お兄ちゃんが飛んで行った方向へと向かう。だけど、いくら飛んでも何かにぶつかる。段々、全身が硝子の窓に叩きつけられてる感覚に陥ってくる。
「あぁ、ここから出られる訳ないじゃないですか。まぁ、俺もだから手を離したんですけど。」
クスクスっと楽しそうに笑ってる天使に対して、私のイライラはもうすぐ沸点に達する。
「早くお兄ちゃんの所に行かせて!ここから出して!どーせ、魔力の結界とかでしょ!」
「魔力ではありません。天力です。」
「どっちでもいいから!早く!」
天使の不気味な笑顔に、背筋が凍る。

「残念ながら、あれが兄もどきの最後の言葉と思って下さい。紗音しゃいん、あなたをもう離しはしません。」

……へ?今何て…。
「兄もどきって何?紗音って誰?お兄ちゃんは私のお兄ちゃんなの!人違いです!」
「いえ、人違いなんかではありません…もう敬語は止めるか。元に光の攻撃を現在進行形で受けてるのに、ダメージを受けてる様子が無い。純血の悪魔…例えばあの兄もどきの悪魔が此処にいたら、すぐに気絶する程の光を浴びてるのに。」
「何?何のつもり?私を誘拐しておいて。」
「俺が誘拐犯から助けてあげたのさ!犯人扱いするな!紗音は俺の妹で間違いない。おかえり。」
警戒体勢の私をいきなり天使が抱きつく。何天使。いきなり誘拐しておいて。気持ち悪い。
それに頭がクラクラする。天力という名の光を体に入れられてるのだろうか。
「これは、悪印!悪魔め、紗音の記憶と体を悪魔のモノにするなんて、許さない。」
天使は私のうなじに手を当てている。そこは、お兄ちゃんといつも一緒に居るという契りみたいな印…悪印がある所だ。
「お願い止めて!…印を取らないで!」
勿論、天使が悪魔の言う事を聞いてくれるはずも無く、悪印は取られてしまったのだと分かる。うなじが焼けるように熱い。

その時、急に何かが流れ込んできた。風景。此処は白い世界、天界。天使の羽根が舞い、神秘的な光景。
『本当に女神の子か?黒い羽根とか。生まれる場所間違えたんじゃねぇの?悪魔の子。』
『うわっ、悪魔の子が来たぞ!関わると呪われるらしいぜ。此処に居ちゃいけねぇ!』
『天界のイメージが崩れてしまう。下界で暮らす様にさせてあげるだけでも感謝しなさい。紗音、名前だけ光の子。悪魔の子はこんな所に居てはいけません。私を殺す気ですか。』
天使やお母さんの声は罵声のみ。天界に受け入れなれない天使。

「違う。こんなの私じゃない。人違い。私が女神の子?私の出身地は天界?そんなの誰かの記憶か、私の記憶が捏造されただけ!」
「悪印を消して、本当の記憶が戻ってるだけだ。安心しろ。人ならざる者は全員、生まれた時からの記憶がある!」
頭を抱え込む私に、天使は「安心しろ。」なんて言ってきた。
生まれた故郷に安心出来る場所が無いなんてこと、あるわけない!
でも、また記憶が流れ込んでくる。今度はフラッシュバックのように。

『あれ、子供が倒れてる。おーい、聞こえるかー?あれ天使の子?でも何で羽根無いの?そうだ!俺と一緒に暮らそうぜ!君が堕天してでも。俺は、君の兄ちゃんだ!あ、今日の天気は雨だから、君の名前は玲音な!よろしくな、玲音!』
『夜斗ー、その子新入り?すげー可愛いじゃん。魔界へようこそ。宜しくな、お姫様。』
『玲音ちゃん、一緒に遊ぼ!学校も一緒に行こ!私達、友達だからね!絶対だよ!』
お兄ちゃん…夜斗お兄ちゃんが、私に優しくしてくれたんだ。悪魔の皆も私を歓迎してくれる。

「分かった。違う、思い出した。私は女神の子でありながら、捨てられた天使。そう、私の名は紗音。天使の私は夜斗お兄ちゃんに助けられて堕天使になった。力の強い天使に産まれた気分はどう?…光音らいとお兄ちゃん。」

「お、俺の事やっと名前で呼んでくれたか。光音に紗音。俺達は光の子という事を自覚しろ!」
光音お兄ちゃんが光の槍を持って私に襲いかかってくる。槍とはいえ、悪魔や堕天使にとっては退魔の剣。アレにやられたら、私はもう、夜斗お兄ちゃんに会えない。そんなの嫌だ!
堕天使と悪魔が武器を強引に生成する方法は、自分の腕を自分自身で傷付ける、自傷行為。
闇を集めれば武器生成は出来るが、ここは天界。光が作り出した影を光で消してる世界。
そこに闇など無いのだ。
「痛っ、でもこれ位、何ともない!」
傷口から出てきた闇は、やがて剣に形を変える。
私は光の槍を目がけて、斬りかかった。

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