slave sword fighter and a sword of destiny
第23話
今日はスペシャルに昇格して初めての試合。
試合も基本メインイベント扱いで特別仕様。賞金も最低額で剣闘士時代の5試合分の賞金がたった1試合で入ってくる。
だが危険もその分増してくる。相手もスペシャルクラスの剣闘士達。
本日の対戦相手も同じスペシャルの剣闘士だ。
「本日のメインイベントっ! スペシャル同士の殺し合い! まずご紹介しますは、奴隷剣闘士から昇りつめ、先日スペシャルへと昇格した不屈の剣闘士ギルバードォォォ!!!」
スペシャルになったことで試合の登場の仕方も変わる。奴隷時代のような錆び付いたゲートではなく、登場の仕方も剣闘士が選べる。
俺は普通に選手ゲートから姿を現す。俺の姿が見えると闘技場からは大歓声が巻き起こり、薔薇の花びらやおひねりを包んだ紙包みが投げ込まれる。
「続きまして、乱暴なる剣闘士キラー・ビッザー!!」
マミのアナウンスと同時に対戦相手側のゲートからドスン、ドスンと地響きがする。
現れたのは2mを超える巨漢……否、太りに太った肉の塊だ。
「ぶっっふうう~~~」
スキンヘッドの頭部にたるんだほほ肉、上半身は裸に刺付きの肩パット、凶暴なノコギリ刃のついた剣を片手にズシン、ズシンとゆっくりと歩いてくる。その外見から俺は対戦相手が力任せの一撃必殺型と見た。
ビッザーの姿を見た観客たちは盛大にブーイングの嵐。花びらの代わりにゴミが投げ込まれる。どうもこの選手は嫌われ者のようだ。
「おめぇが奴隷上がりで調子に乗ってるギ……ギル……なんだっけ?」
「ギルバードだ。別に調子に乗った覚えはない」
ビッザーは剣で俺を指さし挑発しようとするが、肝心の俺の名前を言えていない。
「なんだとぉ、お前のその生意気な口を一生きけなくしてやるぅ。いやぶっ殺すからもう喋れねぇか、ブハハハハ」
コイツは人の話聞く気ないみたいだな。そんなやつでもこの闘技場では勝てば正義、勝てば英雄になるのが闘技場の唯一のルールであり、それに従うのが剣闘士だ。
「こいつ、こんな嫌な奴だけどこのランクだけあって実力はちゃんとあるから気をつけてね」
マミが俺にそっと耳打ちする。
そして
「それでは試合を開始します! シングルマッチ通常戦! 乱暴なる剣闘士キラー・ビッザー選手対不屈の剣闘士ギルバード選手の一戦ですっ!!」
マミの開始の合図と同時に暴風が吹いた。
「がはっ!?」
暴風の正体はビッザーだ。試合開始と同時にその巨体からは想像できない俊敏さで俺に体当りしてきた。俺は吹き飛ばされ観客席の壁に激突する。
ミスラのブレストプレートに防具を変えていなければ背骨かどこかやられていたかもしれない一撃だ。
「ブハハハ、俺がデブだからってぇ、動きが遅いとでも思ったかぁ?」
ビッザーは俊敏さを自慢するように素早い動きで反復横跳びを披露する。
俺はフリツの剣を杖に立ち上がる。
「行くぞぉ!!」
「チッ!!」
ビッザーが距離を詰めてのこぎり刃の剣を振り下ろす。壁際に追い詰められたままの俺はそれをフリツの剣で受け止める。ビッザーの一撃は重い。だが、耐えられないほどではない。
「ほれ、ほれ、ほぉれぇ!!」
「馬鹿の一つ覚えみたいにっ!!」
ビッザーはミンチ肉でも作るかのように何度ものこぎり刃の剣を叩きつけてくる。
確かに動きは俊敏だが、目で追えないほどではない。致命傷を避けるように受け流しながら反撃のチャンスを狙う。
「どどめだァ!!」
「今だっ!」
ビッザーが大きく剣を振り上げた瞬間、俺はビッザーの股の間をスライディングで通り抜ける。
「むっ? どこいったぁ?」
「ここだよデブ!!」
横薙ぎにフリツの剣を振るう。濡れた布を何重にも巻いた木を切ったような感触とともにビッザーの左足を膝下から切断する。
「あ? なんで俺の左足がない?」
ビッザーは最初斬られたことを理解できずに切断された左足部分を見つめる。
斬られたことを思い出すように左足の切断部分から血が噴き出し、ビッザーは侍従を支えきれなくなり転倒する。
200kgはありそうな巨漢が転倒し砂煙を上げる。
「ぐおおおお!! いでぇ、いでぇ! 俺の足がああああああ!!」
あまりの痛みにじたばたと暴れるビッザー。
「豚にとどめだー!」
「息の根を止めろー」
「三枚におろせー」
観客席からは止めコール。
こっちは命懸けで戦っているのに気楽に言ってくれる。
「さてさて、どうするどうする~?」
マミも残酷なシーンを渇望する顔で俺に問いかけてくる。
ビッザーもとどめコールに怯え始める。
「い、命だけは……痛いのは嫌だああああ!!」
勝手なやつだ、人のことを切り刻んでやると言っておいて自分は痛いのは嫌か……と、その瞬間。
「ふんっ!!!」
最後っ屁のつもりかビッザーがのこぎり刃の剣を俺に向けて投げる。
残心を解いていなかった俺は飛来してきた剣を打ち払い、空高く跳ね上げる。
「あっ!?」
観客、マミ、ビッザー、誰かが、もしくは全員が声を上げた。
跳ね上がったビッザーののこぎり刃の剣はくるくると回転しながら、転倒しているビッザーの頭部へと落ちていく。
ビッザーは逃げようとするが、その巨漢と左足を失くした事で満足に動けず、のこぎり刃がビッザーの顔面に喰いこむ。
ビッザーは両手で顔面にくい込んだ己の剣を抜こうとして力尽きた。
「えっあっ……不屈の剣闘士ギルバード選手、見事スペシャルクラス、デビュー戦で勝利を収めましたーっ!!」
歓声鳴り響く。
俺は歓声を背に受けて控え室へと続く石畳の通路を歩く。
控え室で剣を拭き、防具と身なりを整える。
スペシャルになった特典として無料で治療魔法を受けることができる。
奴隷剣闘士時代は薬一つ貰えず、剣闘士時代は賞金の半額近くが治療費として持って行かれた。
治療を終えて帰宅する途中ふと思い立って闘技場の3Fへ。
貴族のみが入れるVIP室には足を踏み入れることはできないがVIP層と呼ばれるこの3Fにはスペシャルなら自由に移動できる。
ここからは闘技場を見下ろせる。巨大なスペース、その中のちっぽけな剣闘士、勝てば歓声、負ければ罵声。
観客という両極端な審判員の目が何千、何万も光り、その目に見下される剣闘士という名の晒し者。
俺は見下され、そして見下ろすところまで来たんだな。
俺はどこまで登れる? どこまで行ける? 誰もいない闘技場を見下ろしながら俺は自問自答した。
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