slave sword fighter and a sword of destiny
第7話
「ほう、モンスターと奴隷の試合か………久々だな」
ダントーイン帝国闘技場VIP層、最上階スペースから闘技場を見下ろす一人の女性。
女性にしては褐色の肌に筋肉質な肉体、豊満な胸がなければ男と見間違えたかもしれない。
燃え上がるような真紅のショートヘヤーの髪から牛のような二本の角が生えている。
彼女の名前はゼル。ダントーイン帝国三騎士の一人赤のゼルと呼ばれる女騎士だ。
数多くの戦場を渡り歩いてきた帝国騎士でその真紅の髪は敵の返り血で染まったという噂も出ている。
「まあ………瞬殺だろうな」
人とモンスターの力の差はそれほどなのである。
一部の武芸者を覗いて多くの人は魔法の支援を得て初めてモンスターと対等に戦えるのだ。
今回の試合の人間側は奴隷剣闘士だ。魔法の支援もないとはっきり告知されている。
あのジュンベルトのような情けない姿を晒さず死んでくれるといいなとゼルは思った。
「うおおおおおおおおおおお!!!」
異様なほどの大きな歓声。
奴隷剣闘士が出場する下級試合でモンスターと戦う試合が組まれることなど稀らしい。
憐れな奴隷が逃げ惑い最後に無残にモンスターに食い殺されることを観客達は期待しているのだ。
「普通じゃ死んじゃうわよ。本気を出してね」
「………」
試合会場でマミが俺に囁く。
俺はマミの声も耳に入っていないように魔法障壁で閉じ込められたモンスターを見つめる。
甲虫を全長六mほど巨大化させた化物。背中からは二本の触手が生え、障壁を壊そうと触手の鞭を唸らせ、魔法障壁にぶつけている。
「確かに魔法の支援もなしにまともにぶつかれば死ぬな………」
観客席の方に視線を向ける。あの無数の観客の中にジュンベルトの一族が居て俺の死を待っているのだろうか。
今回の試合の賭もどちらが勝つかというより、俺が何分生き延びられるかが賭けの対象となっている。
試合開始と同時に魔法障壁は消され俺とモンスターの戦いが始まる。
極度の緊張感が俺の全身を走る。
いつもとは違う感覚に身が包まれる。この感覚は知っている。
子供の頃から極限の状態に陥った時体の中から溢れ出す何か、それが何かわからない。
ふと空を見上げる。
空は晴天雲一つない快晴だ。
「ふ………死ぬには良い日だ」
「それでは試合開始ーっ!」
マミの開始宣言と同時にギュワンと魔法障壁が消える音が聞こえる。
モンスターは魔法障壁が消えたことを確認するとその二本の野太い触手で襲い掛かってくる。
「くっ! 重い………なっ!」
それを今日の試合のために渡された剣で受け流し、攻撃を回避していく。
触手も結構な硬度を誇っているのか剣で受け止める度に金属同士がぶつかるような音が響く。
受け止める度にずしりと重い衝撃が両腕を襲う。
「くそっ! 武器が小さすぎる」
触手の攻撃を掻い潜り反撃を試みる。こちらの攻撃も命中するが武器が軽すぎて致命傷を与えられない。
時間はかかるが………地道にダメージを重ねて失血死を狙うしかないか。
一進一退の攻防が続く中、致命的な出来事が起こった。
パキィンッ!!
「なにっ!?」
武器が折れてしまった。
「ぐふっ!?」
武器が折れてしまったことに気を取られた隙きを狙って丸太のような太さのある触手が俺を突き飛ばす。
「がはぁっ!!」
俺は盛大に吹き飛ばされ、砂煙を上げて闘技場の壁際に激突する。
「おおっとここまで連勝に連勝を重ねてきた奴隷剣闘士ギルバード! 武器を破壊され万事休すか!?」
まずい………急いで起き上がろうとするが頭を打ったのか、激しい目眩を伴う脳震盪で足腰に力が入らない。
吹き飛ばされた時に負った傷口から流れ出た血が片目に入り視界も万全とはいえない。
モンスターはゆっくりとこちらに近づいてとどめを刺そうと触手を振り上げる。
観客達からは殺せコールが響く。マミはがっかりした様子でため息を吐いている。
触手が振り下ろされる。俺は折れた武器を掲げて受け止めようと悪あがきをする。
迫りくる触手、何故か俺にはスローモーションで迫ってくるように見えた。
モンスターの奴、猫が弄ぶように俺を甚振るつもりだろうか。
そう思った刹那! 観客席から闘技場へと何かが飛んできて、モンスターの触手を断ち切り、俺の目の前にその何かが突き刺さった。
「まさか……なんで………ここに………!?」
目の前に刺さった物を見て驚愕する。
そこにあったのは剣の形をした鉄塊………あの旅の剣士フリツが持っていた大剣だった。
観客席を見回す。観客達もどこから剣が飛んできたのかと周囲を見回す。
俺の見える範囲にはフリツも、そして剣を投げ込んだと思われる人物も居ない。
ギシャアアアアアア!!
断ち切られた触手の断片から緑色の体液を撒き散らしながらモンスターが叫ぶ。
そうだ、まだ試合は終わっていない。
俺は投げ込まれたフリツの剣を握る。
「!?」
俺の中に何かが走る。
観客席がどよめく。
「嘘だろ………」「あんな鉄塊を持ち上げるなんて………」「ぶったぎれー!!」
俺は巨大な剣を背負いモンスターの前に立つ。
「ななななんとーっ!! 観客席から巨大な剣が飛んできて奴隷剣闘士ギルバードの窮地を救ったーっ!! その剣を持ち上げて奴隷剣闘士ギルバード、モンスターの前に立つ! まだ戦う気力は残っているようですーっ!!」
盛り上げ結構。
この剣はしっくりと来る。
これまでの剣は軽すぎて力を込めると手からスッポ抜けそうだった。
「これなら………力を思う存分出せる………」
胸が高まる。興奮して痛みが引いていく。
「お前が………お前が! この剣の、最初の獲物だっ!!」
俺は無意識に笑みを浮かべてモンスターへと走り出した。
ギシャアアアア!!
モンスターは雄叫びを上げて残ったもう一本の触手を振りかざす!
「遅いっ!!」
一閃………横薙ぎに剣を振るい、触手を二枚に裂く。
「うらああああ!!!」
体を半回転させ遠心力を載せて剣を振るう。
丸太のように太い触手は抵抗を感じさせること無く根本から切断される。
二本の触手を断たれたモンスターは逃げ出そうとする。だがここは闘技場、逃げる場所など無い。
逃げるモンスターの足を羽根を切り刻んでいく。
「これでトドメだあああああ!!」
剣を掲げて飛び上がり、モンスターの首部分に振り下ろす。
巨大な鉄塊の剣は熱したナイフでバターを切るようにほとんど抵抗なくモンスターの首を切断する。
「巨大な剣を軽々と振り回し、魔法の支援もなしにモンスターをも屠る! これはとんでもないスターが現れてしまったーっ!!」
ワアアアアアアァァァ
観客は割れんばかりの歓声。
今日ばかりは誰もが俺を応援している気分になる。気持ちいい。
「にっ………人間が………人間が逃げ惑うモンスターを追い詰め倒しただと………」
帝国闘技場VIP層の一角。奴隷のギルバードを見下ろしゼルが体を震わしている。
「眼の前で見ているのに信じられないよ………」
ゼルの横に立ち、ゼルと比べると小柄な中性的な顔立ちの蒼い色の鎧を着た青年騎士が感想を述べる。
「アトロ………だが事実あの人間はモンスターを倒した。魔法の支援も無しにだ」
ゼルが横に居た蒼い鎧の騎士アトロに声をかける。
「あの人間の実力かそれともあの投げ込まれた鉄塊が魔剣なのか………」
「試合が終わったみたいだし声をかけてみよう。勝利を称えることにすれば僕達が声をかけるのもおかしくない」
「ああ、そうだな………」
ゼルはギルバートを見下ろし生唾を飲み込みながらアトロに答える。。
ゼルとアトロ、帝国が誇る三騎士の赤と蒼の騎士がギルバードの元へと向かった。
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