秋雨と君と煙草

氷麗

秋の嵐

吸い込んだ息を、ふうっーーっと吐くと
フワフワした白い煙が風に流され、
屋根に守られた範囲を越えたところで、
雨に打ち消された。


煙草の吸殻が3本目に達した頃。
引越し業者のトラックが、アパートの駐車場に
ゆったりと入ってきた。

彼女は、咥えていた4本目の煙草を箱に戻し
車を降りると、引越し業者の人と一緒に階段を
昇り、部屋の鍵を開けた。

掃除したてで、ワックスの効いたピカピカの床。
玄関脇にあるスイッチを押すと、部屋の照明が付き
何もない空っぽの空間がよく見渡せる。


アレコレと指示出される指示に従って、
大きな家具を配置して、段ボールを全て部屋に
納めた引越し業者は、段ボールは後日回収します。
とだけ言って、さっさと帰って行った。


テレビや冷蔵庫や洗濯機にベッド。
段ボールの山の中で、主張する家具たちが
殺風景な部屋の中では目立つ。


段ボールの開封を後回しにして、彼女はまず
台所側にあるベランダの窓を開けた。

重たくて冷たい空気が、部屋に流れ込んでくる。
窓越しに聞くぼやけた音と違う、ハッキリと
リアルな雨の音が耳に届く。

自分が生きている感じがした。


冷蔵庫はもう使えるか、開けてみる。
手を突っ込むと、冷たい空気に包まれた。
彼女は、唯一の食品である缶ビールひとケースを
空っぽの冷蔵庫に、きっちり並べた。

冷えてないビールを一缶だけ残して、冷蔵庫の
扉を閉める。


プルを引くと、プシュっと気の抜ける音がして
手前に倒すと、カシュンと金属らしい心地の良い
感覚が指に伝わった。


開けっ放しのベランダに座り、ぬるいビールを
一気に飲み干す。

アルコールが巡り、体温が上がると、
肌寒かった冷気が心地いい。


さっき吸いかけてやめた煙草を取り出して、
火をつける。ふうっーーっと吐いたのが、
煙なのか、息が白くなったものなのか…。

もちは遊んで欲しそうに彼女の右側に擦り寄り。
ニャーンと甘え声を出した。


右手に持っていた煙草を、左手に持ち替えて
もちを撫でてやると、満足そうにゴロゴロ
喉を鳴らして目を細める。


猫は気分屋だと言われるが。
存外、分かりやすい。
何をして欲しいのか、好きか嫌いか。
分かりやすく態度で表す。

犬のように、ただ尻尾を振ってくるより
ずっとハッキリしている。




彼女は目を閉じた。
薄っすらと涙を浮かべて。

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