秋雨と君と煙草

氷麗

秋の嵐

ざあざあと、地面に弾ける雨音が。
目の前が、白く霞む程の激しさが。
体温が徐々に奪われる冷たい雫が…。


10月の末。
季節外れの台風は、今年最後の悪足掻き。
とでも言うかの如く大暴れしていた。


激しく降り続ける雨の中、頭から足先まで
ぐっしょり濡らしながら、引っ越し用にまとめた
最後の段ボール箱を、自動車のトランクに押込み
女性は、一つにまとめた長い髪を両手で絞って
水気を切ると、車に乗ってエンジンを掛けた。

ワイパーを全開に動かし、視界の悪い道を
思い切り飛ばして走る。


彼女は普段、そんな運転をするタイプではないが
引っ越し業者のトラックが、先に着いてしまうと
困るという焦りから、自然と右足に力が入っていた。


この悪天候のお陰か、他の車は殆ど走っておらず
道は空いていた。

今まで彼女が住んでいたのは、都心の駅から徒歩で
10分程度の場所だったが、今度越すのは
都心から車で30分はかかる少し入り組んだ場所。


強い雨が車のフロントガラスを叩く。
信号を待っている間、高速で動くワイパーの音だけが
忙しなく。水滴で霞んでは、ハッキリと浮き上がる
視界が、なんだか夢と現実を行き来しているような
不思議な気分にさせる。


「ニャーン」

助手席に座っている、彼女の愛猫もち。
灰色の毛に、しま模様のアメリカンショートヘア。
もちは気持ち良さそうに伸びをしている。


今回の引越しは、もちを飼うためだった。
以前の部屋はペット禁止だったので、
近くでペット可の物件を探したのだが、猫を
飼っていい部屋は中々見つからず、少し職場から
遠くなるが、もちと暮らせる部屋を見つけた。


信号が青に変わり、左折する。

道が狭くなり、一軒家が道の両脇に並んでいる。
この住宅街の奥に、新居のアパートがある。
先ほどよりスピードを落として、ゆっくりと
進んで行く。


二階建ての青いアパート。
彼女が生まれた年に建てられたので、築年数は
22年でそれなりに古い物件だ。

前の部屋と違って、追い焚きも、オートロックも
浴室乾燥機もない。

ただ、今までそんなに重宝していたわけでは
無かったので気にならない。



どうやら引越し業者の方はまだ到着していない
らしい。車を駐車場に止めてエンジンを切る。
駐車場には屋根が付いているので、ドアを開け
雨と風で冷えた、重い空気を吸い込んで吐いた。


ポケットから取り出した煙草を咥え、ライター
で火をつける。

息を吸いながら火をつけると、タバコの先は
赤く、強く、熱を持つ。


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