平凡騎士の英雄譚

狛月タカト@小説家になろう

第一章4\u3000\u3000『出発の朝』



 太陽が顔を現し、空が明るくなり始めた頃。

 早朝という事もあって、城門前は人がまばらで空気も涼しい、と吐き出す息が白くなるのを見てラウルは思った。
 第二騎士団の証である黒の騎士服に騎士剣を靡き、暗めな茶髪は心なしかいつもよりも整っている。
 黙っていればそこそこ整っていると言えなくもない顔をしているラウルは、端から見れば立派な騎士である。

 城門前で合流との話だったが、未だ誰も来ていない。
 今日は晴れそうだな、と空を見上げながら待っていると、馬車がラウルの前をゆっくりと横切り――止まった。
 馬車から白のローブが降り立ち、金色の髪がふわりと浮き上がる。

「おはようございます、ラウルくん」

「おはよう、ユリアさん」

 挨拶を交わし、馬車に目を向ける。
 御者台から降り立ったユリアと同じローブを纏う背の高い女性が、ユリアの横に立つ。
 深い藍色の髪を一つに纏め、その怜悧な眼差しでラウルを射抜く。

「フィーネと申します。ユリア様の身の回りの御世話をさせて頂いております」

「ああ、よろしく、フィーネさん」

「フィーネ、様はいらないって言ってるでしょ?」

「そんな訳にはいきません。ユリア様は今となっては教会にとってなくてはならない存在なのですから」

「もう……私は前みたいに接して欲しいのに……」

 意外に子供っぽく頬を膨らませるユリアに対し、困ったように眉を下げるフィーネはユリアの前だとその冷たい印象も柔らかくなるらしい。
 今のやり取りから察するに、どうやらフィーネはユリアが聖女と呼ばれる前からの親しい間柄であるらしい。

 聖女というのは、二人の間の関係性まで変えてしまう程のものなのか。
 特にマグナ教に対して信仰心があるわけでもないラウルは、その辺りの機微が分からない。
 他にも聖女御一行の紹介があるかと思いちらり、と馬車に再び目を向けるが、続いて降りてくる人はいない。

「もしかして、二人だけなの? こう言っちゃなんだけど、馬車は立派な割には同行者は少ないんだな……」

「はい、教会からは私とフィーネだけです。あ、でもフィーネはすっごく強くて頼りになるんですよ」

「それにしたって、神託を重視しているのならもっと大所帯だと思っていたんだけど……」

 聖女御一行、というには少しばかり貧相な印象を持ってしまう。
 だからこそ王国に人員を要請したのだろうが、教会の意図に疑問が浮かぶ。

 フィーネの実力は分からないが、立ち振る舞いから相当できると踏んではいるし、治癒魔術を使えるというユリア、何よりもジークムントという王国の切り札。
 実際の陣容はラウル以外豪華な顔ぶれでいささか過剰戦力と言わざるを得ないが。

「それは――」

 ユリアが何かを言いかけた所で、大通りから人影が見えた。

「――と、来たみたいだな」

「待たせてしまったかな、すまない」

「おー、待ったぞ超待ったからなんか買って来いよ」

「ラウルくん、そういうのはダメですよ?」

「ジーク良く来てくれた! 歓迎するぜ」

 悪ふざけをユリアに注意され、勢いよくあっさりと手の平を返すラウルに苦笑を浮かべるジークムントは、近衛騎士団である証の白の騎士服を汚す事を厭わずにユリアの前で片膝をついた。

「ユリア様、遅れてしまい申し訳ありません。ジークムント・シュトルム、参上致しました」

「ジークムントさん、そんなかしこまらなくても大丈夫です。これから共に過ごすのですから、もう少し柔らかく、ね?」

「――はい、分かりました」

 苦笑を浮かべ返事をするジークムントに満足したのか、ユリアはこちらに向き直り笑顔を向ける。

「では、早速出発しましょうか!」

「それはいいけど、どこに向かうんだ?」

 良くぞ聞いてくれたとばかりに、ユリアは北東の方角に指を差し向けた。

「まずは王都から北東にある――マイアトという都市を目指しましょう」





 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※





 一行を乗せた馬車は王都を出て、北東方面に続く街道を走っていた。

 これから向かう先のマイアトは王国北東部の交通の要衝である。
 北からに東にエレノス山脈が連なり、北東部自体山脈に囲まれる立地なので人が行き来する事は少ない。
 その代わり土地が豊かで穀倉地帯が多く、王国の食糧事情には欠かせない場所、いうのがラウルの認識だ。

 御者台ではフィーネが馬を駆り馬車を走らせてくれている。
 神官というのは馬を操る訓練も受けているのだろうか。とはいえ、王都までの二人旅はそうでなければ移動が困難であっただろうし、当然と言えば当然かもしれない。

 揺れる馬車の中、これからの目的についての話をする為にラウルは口を開く。

「それで、魔剣を回収するって言っても魔剣って聖魔戦争の遺物、だっけ? 本当に実在するかどうかも分からない物を探すってのも骨が折れそうだよなあ……」

「千年前に起こったとされる聖魔戦争は教会でも語り続けられています。聖マグナ教は聖魔戦争に勝利した側――人族が戦争後に興した宗教なのですから」

 聖魔戦争――千年前、人族と魔族が争ったと言われる戦争。幾度も血で血を洗い、いつまで続くか分からない闘いの中で、何人もの英雄が生まれた。
 英雄達は戦争に終止符を打つ為に人々を鼓舞して戦い、戦い続け、そして力尽きた。
 そのおかげで聖魔戦争は人族の勝利で終わり、魔族はいなくなったと言われている。
 その時の英雄が使っていた剣が聖剣として今も残っている――現に、その聖剣を所持している男が目の前にいるのだから。

「――この聖剣デュランダルも、聖魔戦争の遺物だね。正直、僕が持つには重すぎる剣だよ」

 腰に靡いていた剣を鞘ごと両手で持ちながら、ジークムントは複雑な表情を浮かべて言った。

「聖剣は人族の英雄が使っていた剣、そして――魔剣は魔族が使っていた呪われた剣、と伝えられていますね」

「呪われた魔剣に、大いなる災いと……不吉な言葉が続くなあ」

「魔剣を回収する事で、災いをどう防ぐ事ができるのかは分からないですけど、情報が不足している私達はまず実際に魔剣を見つける事が重要だと思っています」

「しかし、その肝心の魔剣の在り処は分かるのですか?」

「ええ。幸いな事に、神殿の書庫の文献に一つだけ、魔剣について記された記述がありました。それが今向かっているマイアトの更に奥にそびえる――エレノス山脈に眠っている、と」

 そう言ってユリアは遥か遠くに見えるエレノス山脈に目を向けた。

「魔剣、か……触っただけで呪われたりしてな」

「その可能性はもちろんありますが、聖剣と同じくして生まれた剣であれば契約をしなければ呪われる事もない、と思います」

 ユリアはちら、とジークムントに視線を向けながら言った。
 その視線を受け、ジークムントは自嘲気味に言葉を引き継ぐ。

「……契約をすると、体の一部に契約紋が現れるんだ。剣が所有者として認めれば、の話だけど」

「へえ、契約紋ねえ……契約ってのは強制ではないよな? 有無を言わさず契約されたらそれってただの呪いとさして変わらないだろ?」

「そのはずだよ。両方の合意がなければ、契約は成立しない――とは言っても、聖剣に認められて契約を拒んだという例は聞いた事がないけど」

 確かにそうかもしれないな、とラウルも思う。
 聖剣に認められるのは強者だろうし、契約をすることで更に力を得られるのなら断る理由もないだろう。

「にしても、エレノス山脈か……そりゃまた、物騒な場所に行くんだな」

 遥か遠くには、高く連なる山々が悠然とその威容をを誇っている。
 ラウル達が向かう先というのは、なかなかに危険な場所らしい。



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