平凡騎士の英雄譚

狛月タカト@小説家になろう

第一章1\u3000\u3000『登城命令』

 

 ――剣戟が鳴り響く。

 鋭く尖った刺突は、いくら刃引きされたとはいえまともに受ければただでは済まない。
 それを必死に受け流したかと思えば、すぐさま次の斬撃が繰り出される。
 明らかに防戦一方で技量の差は歴然であるが、押されている側の年若い男――ラウル・アルフィムは、相対する男が本気を出していない事を分かっていた。

 しかし、それを分かっていたからといって差が縮まる事にはならず、むしろ分かっているからこそ手加減されても攻めに転じる事ができない自分の技量に唇を噛む。

 何とかして男の隙をつけないか――と思考を巡らせていると、体重移動をする際に生じる隙が視界に映る。
 反射的にそこに飛び込むように切りかかった瞬間――ラウルの視界を青い空が一面覆い尽くした。

「――剣技だけなら並以下だな、魔術を使えて並。それが今の実力だ、ラウル」

 ラウルが手も足も出なかった男――ケルヴィン・ローレンツはラウルをそう評価した。
 ユーティリス王国第二騎士団長であるケルヴィンは、戦いに身を置き武人特有の空気を醸し出す歴戦の騎士である。
 第二騎士団訓練場の朝の恒例となっているケルヴィンのしごきに今日はラウルがぶち当たったのだ。

「ありがとうございました。――いやあ、団長強すぎですよ」

「お前なあ……見え透いた誘いにホイホイ乗っかるなよ」

「俺平凡なんで……誘いだとか気付きませんでしたよ」

「自分で平凡だと認めるな。そんなんだから周りから『平凡騎士』だなんだと揶揄されんだろうが」

「はあ、確かにそうかもしれませんね。でもその渾名は俺が認める前から呼ばれてましたよ?」

 ――平凡騎士。
 そう呼ばれだしたのはいつからだったろうか。
 叙勲式で騎士となった後、ラウルはその魔術の適性の豊富さに注目を浴びていた。
 きっと優秀な騎士となるであろうと噂されたのも今では苦い思い出である。
 あの頃はその評価に有頂天となり、自分の力を過信していたと今となって思う。

 しかし、すぐにその評価は改められる事となった。
 剣技は才能がなかったのか、ある一定の技量に達するとピタリと止まった。
 ならば魔術を伸ばそう、と躍起になったが、それも中級魔術を何とか使えるようになった以降、上級魔術には手が届かず。

 比較的早熟だった為、同期の中では実力が上だったのも一人、また一人と時が経つにつれ追い抜かれていく。
 一番堪えたのは、後輩に追い抜かれた時だろうか。
 あの時はさすがに一人枕を濡らしたものだ。

 騎士団の中で強くも弱くもないラウルの実力は、騎士の基準となった。
 ラウルに勝てれば中の上、圧倒すれば上。
 そんなラウルを騎士たちが陰で『平凡騎士』と呼ぶようになったのは、ごく自然な流れなのかもしれない。

 しかし、自分の実力は自分が一番分かっているもので、他者の評価は正当なのだと受け入れるようになったら気持ちが楽になった。

 人間、誰しも越えられない壁はあるものなのだ。

「揚げ足をとるな。いいか、自分で自分の限界を決めちまったらそこで終わりだ。まだ若いんだからこれからだろう――腐るなよ、ラウル」

 そうしたラウルの心情を見透かすように、ケルヴィンは眼を細めて言った。
 その視線から逃れるように、ラウルは起き上がる。

「さて、ではこれで――」

「まだまだ相手をしてやろう、かかってこい」

 しごきが足りないとばかりに続行するケルヴィンに、思わず顔が引きつった。
 仕方がない、と向き直り、ラウルは打ちかかっていく。

 今日も今日とて、訓練場には剣戟の音が響き渡る。



 いつもの日常と違う変化が起こったのは、昼下がりの事だった。

「え、なんで、俺が……」

 思えば、朝から嫌な予感はしていたのだ。

 今日に限って毎日食べているチーズを切らしていたり、いつも訓練場へ向かう道にいる野良猫に引っかかれたり、挙句の果てにはケルヴィンのしごきにぶち当たるなどツイてない。
 実に仕様もない事なのだが、そんな些細な日常の変化でその一日の運の良さを気にしてしまうのがラウルの性分なのだから仕方がない。


 騎士という誇り高い職務をしている以上、どうしても危険な任務をこなす事は避けられない。
 平凡であるがゆえに、運というのはラウルにとって大事な要素なのだ。
 それこそ魔獣討伐任務で予想外の凶悪な魔獣と遭遇する事だって、ある。
 実際にそれで討伐部隊が壊滅した事も過去にあるそうだ。

 その事を聞いてからラウルは自分にそんな災難が降りかかりませんように、と一日一日を大事に過ごしているのだが、今日に限ってそんなラウルの願いは脆くも崩れ去った。


 訓練場で訓練をしていると、国王陛下から直々に登城せよとのお達しがなされたのだ。


 一介の騎士には登城する事など滅多にない。

 王城が職場である近衛騎士や衛兵であれば慣れたものだろうが、そうでなければあそこは官僚、名家の巣窟なのである。

 ラウルのような主に外での任務が多い末端の騎士にとっては王城から呼び出しを食らうというのは、何かやらかしてしまったのかと不安になるのも致し方ない。


 現に周りからは同情の眼差しを向けられ、登城命令を伝えてくれたケルヴィンもまた、不憫そうな目でラウルを見つめている。


「……まあ、お前に限って変な事はしてないとは思うが、やった事に対しての償いはしっかりしてくるんだぞ」

「団長それ全然慰めになってませんし俺の事も全く信じてませんよね!?」

「冗談だよ。俺も詳しい事は聞いちゃいないが、そんな物騒な雰囲気でもなかったから大丈夫だろ。まあ何かしら事情があるだろうから心の準備だけはしておけ」

 上司から信用されてない事への悲しさから思わず涙目になるが、そんなラウルの肩を叩き悪戯に成功したガキ大将のように笑うケルヴィンに肩を落とす。

「勘弁してくださいよ……こんな下っ端騎士にどんな用があるんですかねえ……」

「それは行ってから聞くしかねえだろ。ほら、さっさと行って来い」

 ケルヴィンはしっしっと払う仕草をして、騎士の訓練に目を向けた。

 向けられた騎士達ももうラウルから視線を外し、自身の訓練に打ち込み始める。
 ケルヴィンの鬼教官っぷりを知っているからこその統率された動きだった。


 今回ばっかりは自分もそこに加わりたかったな、と後ろ髪を引かれる思いで訓練場の出口に足を向けた。





 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※





 王城を訪れたのは叙勲式以来だったな、と遠い目で思いふける。

 アフィリム家は代々騎士を輩出する家系であるので、叙勲式に関しては大した緊張感もなく終えた気がする。

 むしろ初めて王城に入った時の方が緊張していたのは良き思い出だ。


 騎士剣を預かって貰った後、謁見の間の扉の前に立ち尽くしたまま緊張を隠そうと別の事を考えていた。
 脇を固める近衛騎士に訝し気な目を向けられてもこればっかりは見逃してほしい。

 頭の中で王族に対する接し方を反芻して、深呼吸を数回繰り返し、ようやく落ち着いたラウルが意を決した様子を見た近衛騎士が扉を開いた。

 目線を下げたまま縦に伸びる真っ赤な絨毯を真っすぐに歩き、玉座の前の段差が視界に入った所で歩みを止め、片膝をついた。

「第二騎士団所属二等騎士ラウル・アルフィム、只今参上致しました」

「――うむ、よく来てくれた。面を上げよ」

「……はっ」

 顔を上げた先の玉座に腰かけているのは、このユーティリス王国を治める国王――フォルス・ヴァン・ユーティリス、その人である。

 老いのせいか皺があるが、それがまた精悍な容貌に威厳を増す要因ではないだろうか。

 横に視線を移すと、脇を固める人々が誰もかれもが国を動かす重鎮である事が伺える。

 そんな中にいる自分だけがひどく浮いているような気がして、そわそわしそうになる衝動を押さえつけ、ラウルはフォルスを――否、フォルスの方向を真っすぐに見て、声を発する。

「陛下、私のような一介の騎士に謁見をお許しになられた訳をお話し頂いてもよろしいでしょうか」

「そうだな。まずはお前を呼び出すきっかけを作った張本人に説明させよう」

 フォルスがラウルの背後に目線を移すと、音もなく横に同じように金髪の男が片膝をついた。

「ジークムントよ。ラウルを推薦してこの場に呼び寄せたお前が説明してやれ」

「――御意に」

 鷹揚に頷くフォルスを横目に、今しがた隣にきた男――ジークムント・シュトルムを睨む。

「……どういうことだ、ジーク」

「やあ、ラウル。久しぶりだね」

「久しぶりだね、じゃねーですよ。こんな恐れ多い場に引っ張り出してくれやがった説明を早くしやがりください」

 見知った顔を見つけた安堵からか、見知った男がこの一連の流れの原因と知って不満が湧き出たのか、あるいはそのどちらもなのかもしれない。

 いずれにしろ、緊張の糸が切れたラウルの口から出たのは丁寧語が入り交じるなんとも不思議な言葉遣いだった。

「あはは、相変わらずで安心したよ。僕としても、ラウルのように気心の知れた相手がいいからね」

「何だこいつ説明しろって言ってんのに何一つ相手に伝えようとしないのに悪意がないのが尚タチが悪りい」


 思わずラウルは頭を抱えた。

 そうなのだ。ジークムントというのはこういう男であった。
 良く言えば温厚、悪く言えばとことんマイペース。しかし騎士としての技量は超一流。

 光るような金髪と金色の双眸に恐ろしく整った顔。
 物語の王子様を地で行くこの男がこうしてラウルに親し気でいるのは、叙勲式の頃から変わっていない。

 平凡を地で行く男であるラウルとは対照的であるのに、こうして友好的に接される度にジークムントの輝かしさが強調され、そしてラウルの平凡さが際立つ。

 ラウルがいつしか平凡である事を受け入れるようになったのはジークムントの影響が大きいのは言うまでもない。

 最初は妬みもしたし、負けてられるかと追いかけようともしたが、それも諦めた。
 

 何しろ彼は――英雄と呼ばれる騎士なのだから。



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