つくも使いと魔法と世界―壊れた右腕に思わぬ使い道があったのですが……。

夜月 照

1章5 『例の物』

「いよっす! お前たちぃ! おっつかっれさまー!」
 
 
 葵の声が店に響いた。どうやら一度帰宅していた葵さんが戻ってきたようだ。
 
 
「お疲れっす。葵さん聞いてください。今日、誠の奴――」
 
 
「――あーあーあーっ! カジっちそれは言わない約束!」
 
 
「そんな約束は知らん!」
 
 
「そんなぁ……」
 
 
 ショウトたちのやり取りを見て、葵は興味があるのか目を見開き、ニコニコしながら話の続きを待っているようだ。その姿はまるでエサを待つ子犬のように可愛らしい。
 『待て』が出来ないのか葵が口を開く、
 
 
「カジくん今日はやけにテンション高めだねぇ。 そんで、そんでぇ? まこっちゃんがどったのぉ?」
 
 
 その言葉を聞いて誠は泣きそうになりながらこちらを見て横に首を降っている。よほど昼間のスリーパーホールドが効いたのだろう。流石に可哀想だと思い、
 
 
「なんでもないです。 今日も平和な一日でした」
 
 
 そう言って自分で陥れようとした誠を庇うかのように話を終わらせようとした。その時、あの異様な物の事を思い出し続けて口を開く。
 
 
「そういえば、葵さん。今日納品された荷物の中に変な物が入ってたんですけど……、ちょっと持ってきます」
 
 
 隠し事をされているからか、頬っぺたを膨らましムスっとしている葵にそう言うと、別に保管していた『例の物』を取りにバックヤードへと向かった。
 



 『例の物』を取ってレジに戻ると誠はコブラツイストを掛けられていた。
 
 
「痛いっ! 痛いっちゃー! もうしませんから許してくださーい!」
 
 
「まこっちゃん。流石に仕事中にそれはやっちゃーダメっしょ」
 
 
 おそらく、今日の出来事がバレた……、いや、自白を強要されたのだろう。しかし気にせず声を掛けた。
 
 
「お取り込み中すみません。そのままでいいんで見てください」
 
 
 その言葉にすかさず誠が反応する。
 
 
「――ちょっ、カジっち! それなないっちゃ!」
 
 
 しかし、ショウトは誠の言葉を無視して話を続ける。
 
 
「これです」
 
 
「えっ? 無視ですか!? この状況で無視ですか!?」
 
 
 あまりの驚きに誠は独特の口調がなくなっている。
 
 
「誠……、本当に五月蝿いから少し黙ってくれ」
 
 
 誠は真剣に話すショウトを見ると、律儀に痛みに耐えながら口を閉じた。だが表情は七変化のように様々な変化をしている。
 
 
「いや、誠、五月蝿いから」
 
 
「何も言ってないですよね!? 何がうるさいって言うんですかね!?」
 
 
「――顔」
 
 
「カジっち、ひどい……」
 
 
 すると、見かねてか苦笑いの葵が口を開く。
 
 
「カジくん……。そろそろ本題いいかな? この体勢なかなかキツいんだよねぇ」
 
 
 葵の言葉に再び誠は反応した。
 
 
「えぇっ! 葵さんまでっ! そんな言うなら止めて下さいっ! キツいのはオレっちの方です!」
 
 
 その言葉を聞いた葵は、やれやれと言った表情になり技を解いた。それを待って再びショウトは口を開く。
 
 
「すいません。それじゃ、気を取り直して……。これを見てください」
 
 
 ショウトは先程取りに行った『例の物』を葵に手渡した。
 
 
「これは……」
 
 
 真剣な眼差しで葵は『例の物』を見つめている。
 その表情を見る限りだと何か知ってそうだ。そう思ったショウトは葵に問いかけた。
 
 
「何か知ってるんですか? それは何なんですか?」
 
 
 すると、葵は険しい表情を緩めニッコリ笑った。
 
 
「やっぱり! 何か知ってるんですね!」
 
 
 『例の物』の正体が気になっていたショウトは、珍しくテンションが上がり葵に詰め寄る。
 
 
「……ない」
 
 
「へ? 今何て言いました?」
 
 
「ごっめーん! わかんにゃいや!」
 
 
 葵はそう言って申し訳なさそうにペロッと舌を出した。
 
 予想を反した回答に、テンションが元に戻る。
 
 
「そうですか……、じゃあオレ上がりなんで帰りますね」
 
 
 そう言い残し、帰りの支度をするためにスタッフルームへと向かった。
 
 
「もう十時半か……」
 
 
 支度を終える頃には、時計は二十二時三十分を指していた。普段ならとっくに帰宅している時間だ。
 スタッフルームの電気を消しドアノブに手を掛けようとした瞬間、勢い良くスタッフルームのドアが空いた。
 
 
「カジっち! 大変っちゃ! 葵さんが……、葵さんが倒れたっちゃ!」
 
 
 誠がいつもに増して焦っている。表情からもその緊張が伝わってくる。同時に嘘を言っている訳ではないと言うことは直ぐに分かった。その様子を見ておのずと心拍数が上がる。
 
 
「はっ? ……嘘だろっ? なんでっ!? どうしてっ!? 何があった!?」
 
 
「さっきの……、あれの封を開けたんだっちゃ! そしたら急に……」
 
 
 誠は言葉を詰まらせ、それだけ言うとうつ向いてしまった。
 ショウトはその言葉を聞くなり、葵の元へ急いだ。
 
「葵さん!」
 
 葵の姿を確認するなり呼び掛けたのだが返事はない。ただ呼吸はある。どうやら意識を失っているだけのようだ。
 その姿にとりあえずは安堵したが、まだ大丈夫と決まった訳ではない。
 
 
「――誠! 救急車は呼んだのか!?」
 
 
「まっ、まだだっちゃ! 直ぐに呼ぶっちゃ!」
 
 
 ショウトの後を着いてきた誠にそう言うと、誠はレジの側には備え付けられている子機で救急車の手配を始めた。
 
 救急車を待つ間、誠は急遽店を閉店し、ショウトは葵に呼び掛け続けた……。
 
 しかし、葵の意識は戻る事なく到着した救急隊員たちによって救急車に乗せられていった。ショウトたちはその姿をただ呆然と眺める事しか出来なかった……。
 
 救急車が去った後、店内に戻るとさっきまで葵さんが倒れていた場所の側には破れたラッピングと『例の物』らしき古そうな本が落ちていた。
 
 それを確認するとショウトは躊躇なくその本に近づいた。
 
 事の発端はこれを見せたから……、自分が報告さえしなければ……、そう思うと胸が締め付けられる想いだった。
 
 
「……っ、くそっ!」
 
 
「カジっちは悪くないっちゃ……、それに、ほら良く見てみるっちゃ。あの本にはなにも書かれていないっちゃよ」
 
 
 誠は心情を察してか、ショウトの肩に手を置きそう言った。
 しかし、その優しさは今のショウトにとって自分を責めるには充分すぎる程の材料に違いなかった。
 ふと、誠の言葉と自分の目に映る映像の違いに気付く。
 
 
「何も書かれていないだと?」
 
 
 そんなはずはない。実際に目の前にある本は、デザインなのかタイトルなのかどちらにせよ読めない文字がでかでかと書かれているように見える。
 
 
「うん。そうっちゃ。ほらやっぱり何にも書かれていないっちゃ」
 
 
「待て待て! どう見ても何か書かれてるぞ! ……中は? 中は見たのか?」
 
 
「何言ってるっちゃ。オレっちには何にも見えないよ。もちろん中も葵さんと一緒に見たっちゃ」
 
 
「で? どうだった?」
 
 
「中も白紙……いや、厳密に言うと茶紙だったっちゃ。自由帳って感じだったっちゃよ。ねぇカジっち……、もう気味悪いよ。そんなのほっといてもう帰ろうよぉ」
 
 
 さっきの出来事がトラウマになっているのか誠は力なくそう言って本から目を背けてた。
 
 だが、ショウトはその事実に納得出来ない。そんな非科学的なことがあるわけがない。そう思うい本を拾い上げた。
 
 
「カジっち! 何してるっちゃ! 危ないっちゃ!」
 
 叫ぶ誠を横目に、本を開く。
 
 
「やっぱり白紙なのか?」
 
 
 そう口にした瞬間、本は淡く光を放ち白紙だったページに次々と象形文字のような表紙同様読めない文字が浮かび上がった。
 
 
「なんっ、何だよこれ!」
 
 
 予想外の出来事に驚き慌てて本を閉じた。
 すると、本から放たれていた光は何事もなかったかのように消え、再びただの古びた本へと戻った。
 
 
「おい! 誠! 今の見たか?」
 
 
「今の? 何言ってるっちゃ。怖いこと言わないで欲しいっちゃ」
 
 
「そんな訳ないだろ! 今確かに! っ……」
 
 光っただろ!と言おうと思ったショウトだったが、誠を困らせるだけだと思い、出かけていた言葉を飲み込む。
 
 
 「それよりカジっち体は大丈夫だっちゃ?」
 
 
 「体? ……あぁ、特に変わりはないな……」
 
 
 確かに体に変化や違和感はない。これのせいで葵が倒れたのであればショウトにだって同じことが起こっても不思議ではない。だが何も起こらないのであれば……、
 
 
「誠。オレこれを持って帰って調べてみる」
 
 
「えっ? いやいや危ないっちゃ! 何かあったら大変っちゃ! 止めた方がいいっちゃ!」
 
 
「大丈夫だって。何かあるんならもう起きてるはずだろ? それにほら、今持ってても何も起きてないしさ」
 
 
「それはそうだけど……」
 
 
「大丈夫、大丈夫。じゃあオレ先に帰るな 戸締まりよろしく」
 
 
 そう言って、不安そうに見つめる誠を振り払うように店を後にした。

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