陰キャラな妹と陽キャラな幼馴染の仲が悪すぎるんだが

ウィング

第24話 相合傘は恥ずかしい

   月曜日、学校へ一番行きたくない曜日。
   だが、後二週で二学期が終わるかと思うと、全然苦に思えなかった。
   朝食をぱぱっと作り終え、叶美に「行ってきます」を言って家を出た。

「おっはー! 今日雨だけど傘いらないの?」
「……普通に家の前にいるとか怖すぎるんだが……」

   口を開いて唖然とする俺に、にこやかに微笑みながら那月が話し掛ける。
   傘の件は有難い──あれ、傘無いな。
   玄関に傘立てがあり、いつもならそこに黒い傘が置いてあるはずが無かった。

「おーい、叶美? 傘知らねーか? 無くなってんだけどさ」
「分かんない。少なくとも叶美じゃない」

   どういうことだろう。
   両親がこんなことするとはありえないし、叶美でもない。
   当然俺のはずがないんだ、一体誰が……。
   なんて、考えるだけ無駄か。
   長年の付き合いだ、流石に那月の考えることくらいもう理解している。

「さ、傘返せ」
「藪から棒に酷いなー。まぁ事実私が隠したんだけどね!」

   朝っぱらからイライラさせてくる那月を尻目に俺は、催促するように手を出す。
   相変わらずニヤニヤしている那月は、一歩も動こうとしない。
  
「おい那月。早く返してくれよ。でないと、遅刻するじゃねーか。お? 無視か、いい度胸じゃないか!」
「わかったわかった、場所教えてあげるよ」
「最初っから教えろや」
  
   普通なら心で留めるはずのセリフを、思わず口に出してしまった自分を見直すとやはり俺は、イライラしてるんだなあ。
   かと言ってストレス発散する暇もないし……ん? 待てよ? このまま那月にストレスぶつければいいんじゃね?
   うん、そうだわ、それが一番だわ。

「場所はね、ジャーン! この中です!」

   そういって両手で俺の視線を誘導した先には、ゴミ置き場があった。
   こいつあれだ。俺を怒らせようとしてるんだな、きっと。
   わかりやすい挑発に乗ったら負けだぞ俺。
   那月だってわかってるはずだ、そんなことをしたらお互いに遅刻して学校に遅れてしまうことくらい。
   そしてそうなってしまえば、長時間の説教を食らわされることも。
   次何かあったらブチ切れると自分で自分を理解しながら俺は、いつになくいい笑顔で、

「今、傘返してくれたら許すよ?」

   そういった──

「──まさか、《《三人》》も遅刻してくるとは……。濡れているし。たるんどる!!」
「「「すみません!」」」

   職員室に呼び出され、俺と那月、後師匠を加えた三人が正座をさせられた。
   師匠がここに加わるにはある事情があったのだ。

   ……俺が那月に傘を返せと言った直後、那月の後ろからぴちゃぴちゃという効果音が聞こえてきた。
   不思議と気になり俺達は、振り返って誰かを確認する。
   すると、傘を振り回しながら陽気に歩く師匠の姿があった。
   いると思わない師匠の姿に、気が動転した俺は声を荒らげる。

「な、何してるんだ!? この時刻そのスピードで学校へ向かっていたら、遅刻まっしぐらだぞ!?」
「ん? あ、蒼眼サファイアの家はここでしたか。探してたんですよー」

   俺の荒らげた声に対してビクッとするかと思いきや、少し緩い感じで返される。
   呆気に取られてポカンと口を開ける俺に、みっともないと言って那月が俺の顔を軽く叩く。
   それで気を取り直し、少し距離のある師匠を手招きして自分の元へ呼び戻す。
   いつになく笑顔の師匠に不安を感じながらも俺は、少しキツめの言葉を放つ。

「俺達の通う高校はな、遅刻厳禁をモットーとしていると言っても過言じゃないくらいに遅刻に対し厳しいんだ。転校して間もないから知らんかもしれんが、遅刻はしない方がいい。走ればまだ間に合うから走れ」

   説教じみたセリフを口走る俺。
   我に返ると恥ずかしくなって「いや、これは……」と、弁明を図ろうとすると……。

「何言ってるんですか? 我が弟子である蒼眼 サファイアよ、これを渡しに来たんですよ」
「マジかよ……!」

   手を前に差し出し、その手の中には傘があった。
   那月が勝手に捨てた俺の傘の代わりを受け持ってくれるってことか?
   神が舞い降りた……!

「遠慮なく傘もらいます!」
「なんか誤解してません? 傘をあげるではなく、《《一緒に入る》》が正しい答えです」
「なっ……」

   にこやかな表情のまま淡々と告げる嬉しくも恥ずかしいセリフ。
   頬が微かに赤みがかっており、今緊張しているのは俺だけじゃないんだと知らせてくれた。
   だからといって俺の緊張が紛れるわけでもない。
   傘は捨てられている現状、相合傘であろうと断るのは不自然だろう。
   師匠は普通に可愛い。
   一緒の傘に入るとか緊張でやばい事になりそうだが、ここは流されるがままにいこう。

「では、遠慮なく入れて──」
「だめえええええええええ!!」

   肩をビクッとさせる俺。
   理由は簡単、目の前で大声を出す美少女がいたから。
   そう、那月が。
   想定外のことだったのか、俺だけでなく師匠も目を丸くさせている。
   だめとか言われても原因が那月なわけだし、そもそもなぜだめなのかもわからない現状で師匠を頼らない理由なんてない。
   ……あれ、そういや那月のことを美少女と表現したのって久しぶりじゃないか?
   いや今はそんなこと関係ないか。

「だめったって、第一にお前が俺の傘捨てたのが問題なんだろうが。傘あればなんで拒否ってんのか知らんが、師匠の傘に入れてもらわねーよ」
「捨てたのは……一緒に相合傘したかったんだもん! だから、一緒に相合傘して!」
「んん!?」

   師匠が傘を突き出しているのを隣に那月は、ピンク色の少し大きめの傘を俺の前に差し出す。
   なんか突然モテモテルートへ突入したな。
   まじかよ、絶対狙ってきてる那月と、たまたまの師匠だったらどう見ても師匠のが有利だが、長年の付き合いというやつで那月を選びたくなってしまっている自分がいる。

「モテ男……辛いなあ」

   はにかみながら呟いた自分のセリフにハッとする。
   フラグをたててしまった、と。
   こういった事を言うやつは大抵いい思いをしない。
   ラブコメ主人公ルート突入したかと思いきや、墓穴を掘ってしまうという在り来りな行為に出てしまった自分が腹立たしい。
   少しでもモテ期を楽しめたし、良かったとしよ……、

「モテ男君が最後に選んでくれるのは、この私だって分かってるから!」

   はにかんだ様子もなく、憤った様子もなく、少し目尻に涙を溜めて叫んだのは那月だった。
   今にも泣き出しそうな表情で見つめてくる那月を見て俺は、訳が分からなくなる。
   一体俺が悪いのだろうか……那月が涙脆いだけなんだろうか……。
   なんてことを考えていると、次は那月ではなく師匠が口を開いた。

「モテモテ男の蒼眼サファイア君。早く入って学校へ向かいましょう。もう遅刻確定ですが」
「何故そこまでハキハキ喋ることが出来るんだ? 俺は今、涙目になっている美少女とはにかんだ表情をする美少女から相合傘を誘われて、どう答えようか悩んでるっていうのに」
「それは、我が選ばれることが確定しているからです。こんな劇的な形で出会って、振られるなんて考えてませんので」
「強気かよ……」

   感嘆の声を漏らす俺。
   気づきながらも尚、はにかんでいる師匠と、泣きそうな那月。
   俺の選択で必ずどちらかが傷ついてしまうだろう。
   だが……。

「俺はどちらかを選べない」
「「えっ?」」

   俺の一言で場が静まる。
   三人しかいないんだが。
   ピンク色の傘を突き出す那月と、黒色の傘を突き出す師匠。
   俺は二人の傘を手に取り、

「二人で俺を傘の中に入れてくれないか?」
「「はあ?」」
「二人が傘をさす間に俺が入る。そうすれば俺は傘に入れてもらえるし、二人は俺に対して傘をさせる。ウィン・ウィンの関係だな」
「それ……我でなければきっと嫌われですよ? 上から目線がすぎる気がします」
「だよね。私も思った! でも、気にしないよそんなこと」
  
   嬉しいが心に刺さるな……。
   それでも二人が俺の意見に賛成してくれたんだ、良い風に変わっていくだろう。

   遅刻確定の中、俺達三人は人気のない道路を塞ぐようにして歩いていた。

「おい、これ邪魔じゃないか? 絶対歩行者が見たらキレるだろうな」
「そう言われましても……。自分自身で言ったんですから、そこは責任取ってください」
「そう言われてもな。じゃあまず、お前達二人の傘を重ね合って間から雨が入らないようにしようか。でないと、濡れるからさ」

   そう、現在俺は那月のさす傘と師匠のさす傘の丁度真ん中に立っている。
   傘と傘を重ね合わせない限り、間ができ、俺は雨にうたれていた。
   なら普通に重ね合わせてもらえば? と、思うかもしれないが、どっちが上でどっちが下かで揉めていた。
   おかげで濡れたまま学校へ到着したのだ。

「──おい、聞いているのか!? 先生の話をちゃんと聞かないなんて、いけない事って分かるか? 高梨よぉ」
「あぁ、すみません先生。ちょっと回想に入ってました」
「お前は説教三時間追加だ馬鹿やろおおおお!」
「なあにいいいいいい!?」

   師匠と那月が教室に戻る頃が二時間目くらい。
   だが、俺は五限目から戻ることとなった。
   なんだこの学校、絶対叶美には行かせないようにしよう。
   心にそう誓いながら、教室に戻るとテストが置いてあった。



  

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