恋物語 〜想いは時空を超える〜

雪姫

御影 平光と御影 火那子の再会

行ってみると、台所はまさに戦場そのものでした。
何かを焼く音やお皿同士がぶつかり合う音、人の声が飛び交いもう何がなんだかわからないほどです。

「何か手伝えることあるかしら?」
「いいえ志筑様、お気になさらないでください」
お刺身を並べる女性に声をかけるものの、あっさりとふられてしまいました。
他にも何人かの方に声をかけましたが、皆さん私が手伝うことを許可してくれません。

ハァと息をついて、仕方なく自分の部屋へ戻りました。
そこで鏡にうつる自分の姿を見て、初めて給仕の皆さんが許可しない理由をさとりました。

私は婆やに着付けてもらった着物のままだったのです。
おろしたての着物を汚しては婆やに叱られてしまうでしょう。
なので私は部屋で大人しくしていることを決めました。









部屋にこもってどれくらいたったでしょうか。
いつの間にやら机に突っ伏して寝てしまっていた私は廊下を走る足音で目覚めました。

ダッダッダッダッダッダッ!!!
足音がこちらに向かってきていることを感じた私は急いで乱れた髪を直します。


「志筑様っ!!」
ガラッと襖が開いて、婆やが息荒くこちらを見つめてきました。
「は、はい!?」
声が裏返ってしまいましたが、寝ていたことはバレていないようなので、密かにホッと息をつきます。

「旦那様がそろそろお着きになるそうですよ!」
「ま、まぁ!すぐ行きます!」
パッと立ち上がって部屋を出ようとすると婆やに止められました。

「えっと…?」
「そのお顔と髪で行くおつもりですか?」
確かに父と会うのにこの姿はみっともなく思えます。
「お座り下さい。」


婆やに座らされてから約20分。
先ほどとは見間違えるような私が鏡にうつっておりました。
黒髪は艶やかな光を放ち、まとまって絹のように床に垂れ下がっていますし、桃色の頬に真っ赤な紅色の唇がとてもはえております。

「いつ見ても婆やの腕は素晴らしいものね」
「志筑様の美貌があってこそでございます。」

今度こそ部屋を出て、この家で1番広い大広間と呼ばれている客間に向かいました。
大広間には人がたくさん集まっており、皆さん父の帰りを待っているようです。


「志筑。」
「母上様、遅くなりました。」
前から上質な着物を着た母が歩いてきたので、頭をさげて会釈をします。

「何をしていたのだ?」
「身支度を整えておりました。申し訳ありません」
私がもう1度頭をさげると母は「気をつけなさい」と言って婆やを見ました。
「織子、用意が遅くはないか」
「申し訳ございません。以後気をつけますゆえ。」
そう言って深々と頭を下げた。

婆やは私のせいで怒られても一切私を責めません。
それがいつもとても申し訳なく感じるのですが、婆やに言っても「良いのですよ」としか言わないのでどうしようも出来ず、ただうつむくことしかないのです。


「まぁ今日は良い。
   平光様は志筑の着物姿がお好きのようだから」
「有難く思います」
ひらみつとは父の名前です。
御影 平光。この名を知らぬ者はいないほど。

「火那子様、旦那様がお着きになられました。」
ひなことは母の名です。
射るような強い瞳を持つ母にこれほど似合う名は他にはないと私はいつも思います。

次女の女性が母に呼びかけると、母は素早く着物をひるがえし玄関へ歩いていきました。
私と婆やも、慌てて追いかけます。


玄関では丁度、父が履物を脱いでいるところでした。

「只今帰ったぞ!」
「平光様、お帰りを心よりお待ちしておりました。」
「おぉ火那子!また色香が増したんじゃないか?」
「平光様のことが待ち遠しかったものですから」

愛し合う父と母を見るのはなんとも言えないくすぐったさがあります。
少しうつむいていると、父が顔を上げて頬をほころばせました。
「志筑!!大きくなったなぁ!」
「父上様、ご無事でなによりです。」
「少し火那子に似てきたな、お前も美人になるだろう。今からとても楽しみだ」
「お褒めに預かり光栄です」

私は久方ぶりに見るたくましい父に抱きつきたい思いでいっぱいでしたが、母がいる手前でそのようなことはできません。
必死に思いを押し殺しました。

父はそんな私を見て、嬉しそうに微笑むと大広間に向かいます。
「お食事のご用意は出来ております。」
「では、宴にしようではないか!」

母がパンパンと手を鳴らすと一斉にお料理が出てきました。
高級なものばかりでどれも美味しそうです。
母は父の御猪口に上質なお酒を入れてから、自分のにも注ぎました。

「さて火那子、乾杯をしよう」
「はい。では… 平光様のご無事を祝って、乾杯!」
次々と御猪口をあわせる音が響いて、皆さんごくごくとお酒を飲み干します。


実は、私はこの時佐久良 飛鳥のことが気になって仕方ありませんでした。

父や母、家臣の方々が顔を赤くさせる頃を見計らって、私は廊下へと出ました。


コメント

コメントを書く

「歴史」の人気作品

書籍化作品