朝起きたら女の子になってた。
誓い
「愛?」
そんなこと急に言われても分からない。というか、なんでこんなにリクエストが恋人っぽいやつばっかりくるんだ。まぁ、さっき、恋人ができたんだけど……。
「『熟年夫婦モード』というものがありまして」
「心を読むな。というか熟年って、おばさんじゃん」
「それは違う偏見ですね。もし、5歳で10年間付き合ってたら15歳ですよ?」
「レアケースだ。それに5歳って、小学校にも入学してないじゃん」
「保育園か幼稚園で『わたし、ゆうくんのおよめさんになる〜』って言ってると思います。例え、中学生になっても、高校生になっても、大人になってもあかりちゃんはゆうくんのことを想い続けます」
「重い。愛が重いよ。てか、あかりちゃんとゆうくんって誰だ」
「知らないです」
「知らないのか」
「それよりもーー」
花凛が話を逸らそうとした時、近くから男女の大きな声が聞こえてくる。
「あかり!俺もずっと好きだった。小さい時周りからラブラブ〜とか言われて、からかわれるのが嫌で、あかりに酷いこともしてきたと思う。でもあかりはそんな俺を想い続けてくれた」
「ゆうくん……」
んん??
なんですか、これは?
「だって言ってくれたじゃん。ゆうくんのお嫁さんになるって言った時に『大きくなってからも俺を想ってたらな』って」
「はは、それまた随分と昔な話だな」
「私、それ聞いて嬉しかったんだよ? そんなこと言ってくれるってことは、ちゃんと女の子として見てくれてたんだって」
「それはお前が男っぽい格好してたからだろ」
「うん。だから、中学生になってからはゆうくんの彼女に相応しい女の子になろうって」
「そのおかげで小学生の時を知らない奴らはお前に惚れる奴が多かったな」
「え、そうだったの?」
「え、マジか」
マジかって言いたいのはこっちだ。なんで実在してるんだよ。花凛の表情見たけど呆然としてたぞ。
「全然気づかなかった」
「あかり、それはお前、失礼だぞ」
「何が?」
「この前、お前に告ってた奴いたろ?」
「確かにそんな事があったような……? でも、ゆうくん以外の男の子と付き合う気も好きになることもないよ?」
「マジかよ……あかりがそいつに脈ありだと聞いた時、焦ったのに……あいつめ」
「でも、そのおかげでゆうくんは私に告白してくれたんだよね?」
「ま、まぁ、そうなるな」
「じゃあ、その人は私たちの恋のキューピットだね」
「ぶふっ……キューピットって」
あかりちゃんは腹を抑えて笑っているゆうくんに優しげな目線を向ける。それに気づいたゆうくんは頬をかく。
「じゃあ、改めて。……ゆうくん、告白してくれてとても嬉しかったです。これからもずっと、年寄りになっても、一緒にいさせてください。不甲斐ない私だけど、ゆうくんの……んんっ!」
んん?
私は気になってプリクラ機から頭を出すと硬直した。
「沙雪、まさか……」
花凛も同じようにプリクラ機から頭を出すと硬直した。
「「ん、ちゅっ」」
「「……」」
中学3年生ぐらいの背丈の男女二人はお互いの手を絡ませながら激しいキスをしていた。ゲーセンの中央で堂々とするとは中々ハードなカップルの誕生ではないか……。でも、幸運なことに辺りはプリクラ機だらけで中央と言っても入り組んでいて他の人には誰にも見られていない。ここにいる私と花凛以外には。
「んっ、ゆうくん、胸触っちゃ、やっ……」
「ちゅ、ずっと触ってみたかった。これがあかりの……」
「あ……ゆ、ゆうくん、この続きはどこか二人になれるところじゃないと恥ずかしい……今だって見られてるんだから」
あ……気づかれてたし、ばっちし見られた。
「ま、マジか」
ゆうくんはあかりちゃんからさっと離れると私たちの方を見る。花凛に視線を送った後、私に視線を向けた時にごっくんと唾を飲み込んだような気がした。
「可愛い……」
「ゆ、ゆうくん!?」
あかりちゃんのびっくりした声に正気に戻った私たちは、さっと顔を引っ込める。そして、花凛と見つめ合う。
「「ふふふ、男はケダモノだ♪」」
その時、プリクラ機からシャッター音が鳴った。
**********
「と言っても、沙雪も元男の子でしたから、あのゆうくんみたいに私はがっつかれていたのでしょうか?」
ゲーセンを出て、プリクラ機で撮った写真を見て微笑んでいる花凛の買い物に付き合っていると、そんな質問が飛んできた。
「ノーコメントで」
「まぁ、沙雪となら私は受け入れていたかもしれません。結局、恋した方が負けなのですから」
「どうして?」
「嫌われたくないからです」
「それは違うと思う」
「それこそどうしてですか?」
「だらだらと付き合うのは違うと思うし、いちゃいちゃすることだけがカップルだったら、恋人なんて作らない方がいい。恋人ってやっぱりお互いが支え合って生きていかないといけないし、悪いことするなら片方が止めないといけない。そうやって成長していくんだと思う」
私がらしくもない言葉を言うと、花凛は写真をしまって優し気な表情をして私を見つめてきた。
「やはり、正解でした……」
「え?」
「沙雪を好きになることができて勝ち組です。だから、今からすることは私からの誓いです」
そして、花凛はキスをする仕草をする。
「これは私からの誓いです。ーーこれ以上、あなたに辛い思いはさせません」
「ッ!?」
内心を見透かされているようでドキッとした。でも、これ以上は踏み込ませられない。これは私一人だけの問題だから……。
「私はあなたに救われて、今ここに立っているんです。勝手に助けておいて私には何もさせない気ですか? それだと沙雪が先程言った『お互いが支え合って生きていかないといけない』というのは嘘ですか?」
「それは……」
「私も勝手に救いますからね。それに沙雪には笑っていて欲しいですし、心から私と一緒にいたいって思って欲しいです」
「……」
「それに私は沙雪の隣で歩いていきたいです」
最上級の微笑を浮かべて私に笑いかけてきた。自分は沙雪といて今幸せだと訴えてくるように。対して、私も我慢の限界だった。
********
「好き……好きです。こんな中途半端な私を好きになってくれたのも嬉しい。男の子だった時の私も受け入れてくれて嬉しかった」
「はい……」
花凛はブツブツと言う沙雪を抱きしめた。
「でも、私は怖かった……。父さんは三人を守っていけって言ってたけど、お姉ちゃん一人救えなかった奴が三人なんて守っていける訳なんてない。父さんが亡くなった時、母さんは誰にも見られないように泣いてた……。紗香だって、『お父さんは?』って不思議そうな顔で言ってきた。だから、もう何が何だか分からなくなって気づいたら自殺しようとしてた……」
「ッ!?」
花凛は自分が知らない間に好きな人が亡くなりかけたことを知って、どうしようもないほどに恐怖を感じた。
「でも、気づいたら紗香が隣にいた」
この時点で花凛は察した。おそらく妹さんは……。
「『お兄ちゃんもいなくならないで!』って。私に咽び泣いて。本当に私には勿体ない娘」
「?」
妹のはずなのに何故か娘。どうしたらそうなってしまうのか意味がわからない。
「だから、紗香は私が守っていくって決めた」
「……」
呆れた。
沙雪が女の子になって妹を娘扱い。聞いていたら居た堪れなくなってしまった。
「あの沙雪?」
「うん……」
「告白は保留にします」
「え……」
絶望したような表情をする沙雪に何とかしてあげたいと思うが我慢する。
「聞いていたら何だか悲しくなってきました。なので、一週間あげます。その間に気持ちが変わらなければもう一度……ですので、今日はもう帰りましょう」
「……うん」
何か言いたそうな表情をしていた沙雪だが、結局は口を噤んだ。
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