世界を渡る私のストーリー

鬼怒川 ますず

山と海の悲哀2

   俺は元々この世界の人間じゃなかった。
 大学のサークル仲間たちと海に行って泳いでいたら、足が攣ってしまって溺れてしまい、気づいたらなぜか赤ん坊だったという。
 言うなれば異世界転生だ。
 最近流行りの小説だとかで少しばかり目を通したことがある、それと展開が似ていた。
 転生した場所が現代でもなければ過去でもない、どこか違う聞いたこともない言葉や言語が交わされている世界だ。
 俺は赤ん坊なのに意識があることに驚き、元の世界で俺が死んだのだと理解して、それでもその事実を受け入れた。

 俺は異世界に転生したのだと。
 そして第二の人生を、豪華な部屋で横たわる美人の母と、小太りでも優しそうな父から始まることに胸を躍らせていた。

 貴族から始まる第二の人生、多くのフィクションで見たことがあるシチュエーションに成長しながらも期待していた。

 そんな将来への期待は、俺が5歳の頃に終わった。
 俺の家が没落した。
 ただ没落したのではない、長年争っていたライバル貴族の謀略に父は嵌められてしまい、領地も地位も没収されたのだ。
 それだけならまだよかった。
 でも地獄はここから始まった。

 俺たち家族は全員、身売りに飛ばされてしまったのだ。
 つまり、奴隷になってしまったのだ。
 どうやら、父とその貴族との争いはどうも過激だったらしく、相手はもう歯向かえないようにこのような手を打ったのだろう。
 もちろん、5歳の息子でも容赦はしない。
 
 よくこういう場面で「命があるだけマシ」という輩がいるが、俺にとっては死んじまったほうがマシだった。
 身売りされてからあったことはないが、聞いた話では母は廻され、父は過激な拷問を受けて、痛みに耐えきれずに死亡したとか。
 5歳の俺も、16になるまでずっと暴力と最底辺の環境でこき使われた。
 買った貴族が奴隷を殺さないだけ本当にマシだったのか、むしろ殺してくれた方がまだ良かったと思えるほどにクソッタレな奴だった。
 掃除が上手くないと殴られ、足で踏んだパンを食わされ、クソッタレな貴族の子供には蹴られたりして骨が何度も折れたりした。
 それでも死ねなかったのだから、俺は結構頑丈だった。

 死ぬのがマシ、そう思える奴隷生活から脱するチャンスがあった。
 貴族が俺を連れて外出し、一瞬の隙をついて俺は足枷を外して逃げ出した。
 そして、俺は体力の無い身体を酷使して、山奥に逃げ込んだ。
 何の当てもなく逃げたので、俺には初めての山での生活となった。
 山での生活は色々と不便であったが、奴隷とは違って自由なので比べて楽な生活だったと思えた。
 生活はそれ以下からまだ生き物としてマシなものとなった。
もっとも、原始的であり、人里に姿を現せないほどではあったが。

 クソ貴族の元から山へ逃げ込んで6年も経った。
 22になった俺は、貴族から逃げた事件も落ち着いてほとぼりも冷めたころだと思って人里へと下りた。
 山から下りたことはなく、近くの村人との交流も無かった。そのため少しばかり不安ではあった。
 もっともその少し前から山に入り込んだ山賊やら盗賊、冒険好きな者を見つけては物々交換を行っていて、そこから衣服や物を調達して身支度を整えられるほどになったのだから、人里に下りても大丈夫だろうと思ったのだ。
 不安を裏切って、人里へ下りてから2カ月後には山の周辺の村々では顔が利くようになっていた。

『山一番の怪人』
『山賊ですら恐れる風貌の大男』
『山の主』

 様々な異名をつけられるほどまでなじめた俺は、あのクソ貴族が見世物を見る感覚で面白半分で来るのではないかと不安になってしまう。
 まぁ、来なかったんだが。

 さて、山の主と呼ばれるほどに『体格も大きくなり』、『筋骨隆々』になって、背も長年動いていなかった反動なのか、山を駆けめくった一気に伸びて190程までになった俺。
 生まれてから5年で途絶えてしまった人の温かさを直に味わいながら、俺は新たな人生を始めていく。





 俺の人生がようやく始まってから1年が過ぎたころ、商人として山の食べ物や物品を持って海沿いの村に赴いた。
 そこで、内陸ではなかなかお目にかかれない新鮮な海産物を食べたり、戻った時に売るように干し物や塩漬けを手に入れていた。
 俺的にはこの世界に来て初めてかもしれないそれらに舌太鼓を打って、仕事のほかにも色々と海でしかできないような体験をして村での滞在を満喫していた。
 そんなんだからか、俺はうっかりと危ない目に合う。
夜遅くの事だった。知り合いの家で悪酔いしてしまうような安い酒を飲み合って、宿に戻るその道中、何を思ったのか無性に泳ぎたくなって海に向かってしまった。
服を脱ぎ捨てて、俺は海に入り込む。
海水はとても冷たく、気持ちよかった。
そんな冷たさを身体で浴びてすぐに酔いが覚め、しっかりした頭でなんでこんなことをやっているのか可笑しくなってしまったが、それがいけなかったのか。

足が攣った。
そのせいで俺は体のバランスを崩して、もがいてしまう。
急いで浜の方へと戻ろうとするが、酔っていた俺は沖まで泳いでいたようで、必死に戻ろうとしても間に合わない。
おれはそのまま海中に沈んでいってしまう。
息も出来ず、身体も動かず、朦朧とする意識の中で、俺は人生の終わりを感じた。
不思議なことに、二度目の死に方も溺死なのでそこまで恐怖は感じない。感じるのは己がこのような運命を辿ってしまうという、どうしようもなく逆らえないものに対する不満のみだった。因果は巡るというが、まさか死因まで巡ってくるとは思わないだろう。
 ふと、そんなつまらないことを考えながら、俺はどんどん沈んでいく。
 もう助からない。
 この世界に奇跡なんて起きない。
 それも俺だけに起きるものではないのだから。
 しかし…。

 何も見えないはずの目で、暗い海の中で動く影を見た。
 それは、魚のような、美しい少女のような姿。
 そこから先の記憶は消えていた。

 目が覚めた時、俺は浜辺で横になっていた。
 仰向けで寝ていた俺の視線の先で綺麗な月が辺りを照らし、静かな静寂に時折聞こえる波の音がなんとも心地よい気持ちにさせる。
 ボーっと、俺がそう思っていたのも束の間、すぐ近くから声が聞こえた。

 「大丈夫?」 

 そう声を掛けられ、すぐに俺は声のした方へと顔を動かす。
 そこにいたのは、とても綺麗な少女だった。
 茶色く綺麗な長髪に、まるで貴族の娘のように綺麗な肌。
 目鼻は整っており、芸術のような美貌を携えていた。
 歳は15歳くらいだろうか。
 一瞬だが、俺はそんな少女に心が揺らいでしまう。
だが、そこまで見ていながら奇妙なことに気づいた。
少女は服を着ておらず、胸を貝殻のようなもので隠している以外は何も身に着けていない。
そして、どうしてこのような少女がこんな村の、海辺にいるのか疑問に思った。
 疑問に思うのと同時に、体が上手く動かないことに気づき、先ほどまで溺れていたことを思い出す。
 まだ起き上がれず、俺は少女の顔を見ながら尋ねた。
 
 「お嬢ちゃんが助けてくれたのか…?」
 「そうだよ、困っていたからね。困っていたら助けるのは当たり前だしね」
 
得意げに鼻高々に語る少女を見て、俺は少し恥ずかしくなる。
 こんな子供に助けられるとは、思ってもみなかったからだ。
 とにかく、助けてもらったお礼を言うことにした。

 「ありがとうな、お嬢ちゃんのおかげで助かった」
 「良いって良いって、私人助けが趣味なんだしさ」

 少女がそう言って照れたように手を振るので、俺は可愛いもんだと思いながらも徐々に手足に感覚が戻ってきたので上体を起こす。すぐ近く、いや腕の付け根ぐらいの背の少女が俺を見上げてちょっと驚く顔を見て、そしてふと下半身の方へと視線を向けた。
 俺も少女同様に、目を見開いて驚いてしまう。

 「さ、魚の尾だと!?」
 「で、でかいねおじさん!!」

 お互いに相手の特徴口に出した。
 俺は巨漢で、あいつは人魚。
 なんとも不思議な出会いだった。

 俺が彼女と出会った初めての夜。
 どちらも驚きながらお互いの特徴を口に出した、不思議と気持ちの良い夜だった。

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