召喚してきた魔術王とか吸収してドッペルゲンガーやってます

走るちくわと核の冬

16.閑話 厄災の兆し

 大陸南方に大きく張り出した半島、その中央部聳え立つ連山の狭間に、その"教会本部"は存在する。
 イルミンスール教教会本部……聖地の守護という建前・・を掲げ建造されたその建物は、その堅牢さからどこか砦のような佇まいをしている。
 教えにより聖地、というより禁足地のような扱いになっているこの本部……そしてそれが建つ狭い盆地を訪れる者はほとんど居ない。
 むしろ険しい山々に囲まれた天然の要塞じみた立地故に、そして本当に要塞の如く警備が敷かれているが故に、無断で入ろうと思って入れる場所ではなかった。

 しかし、その警戒も無理はない。
 この本部の実態は教会の秘奥である最重要施設、通称"観測所"なのだから。
 この地の直下を流れる魔力の大河にアクセスし、その流れに溶け込んだ情報を紐解くために、莫大な資金と年月を掛けてこの施設は造られた。
 そしてその事実全てを秘匿し守護する理由は……この教会の最も根源的な教義である「ヒトの子らよ、世界の秩序を慈しみ調停せよ」という言葉に集約されている。

 ヒトによる世界、ヒトが幸福である世界、ヒトが怯えることのない世界を求め……彼らは剣を取り、魔力の限りを尽くし、そしてあらゆる知と神秘を求める。
 それは全てヒトのため。彼らは今日も祈る……居もしない「ヒトの救済者たる神」のために。
 彼らが最も恐れるのは、ヒト種を滅ぼしかねない脅威全てなのだから。




「"風読み"より緊急通達! 空間に異常な次元干渉波を観測、推定震度Lv.8以上! "魔界の魔力"の侵蝕兆候有り!」

「"地解き"からも通達です! ユグドラインの異常活性化を確認、魔力傾向から"神樹の理"が発動した可能性が高いとのことです!」

 普段は静かな"観測所"に、その日衝撃が訪れた。
 彼らが日夜監視を続けているあらゆる項目に、明らかな異常が現れたのだ。それもおそらく、彼らの最も忌避すべき兆候を示して。
 この報告はすぐさま観測所の隅々まで響き渡り、上層部を構成する"神官"たちにも大いに動揺が走る。

「お姉……いえ神官長様、この騒ぎは一体……?」

「怖いですお姉様ぁ……」

「大丈夫ですよ巫女たち、しかしまずは何が起こっているのかを知らねばなりません。すぐ司令部へ参りましょう」

 周囲に幾人ものうら若き少女を侍らせた女が、怯える彼女たちに厳かな声音で呼びかける。
 すぐに移動のため一同は行列を成し、その先頭を神官長と呼ばれる女は歩み始めた。
 見た目は周囲の少女たちよりいくらか歳上という程度。色素の抜け落ちたようなプラチナブロンドの隙間からは、特徴的な長い笹穂耳が飛び出している。
 纏った白い衣は折れそうな程に細い身体の上をゆったりと流れ、その裾は床を撫でる程に長く、しかし決して誤って踏まれぬよう背後に控えた少女らによって恭しく持ち上げられていた。

 一方で周囲の少女たちの容姿は、皆若く見目麗しいこと以外はてんでバラバラであった。
 髪の間からピンと獣耳を立てた者、肌の一部を鱗が覆う者、透き通る翅を持つ者や一見幼児としか思えぬ程背が低く小柄な者がいるかと思えば、ごく普通の人族も混じっていたりする。
 彼女たちはそれぞれ大きい分類こそヒト種ではあるものの、その種族の違いから長年に渡り対立を続けている場合も多々ある……はずであったが、従者のように静々と歩き列をなすその様子に、互いへの敵意や牽制は一切見当たらない。

 それはこのイルミンスール教会の内部においてすら異質だ。
 教義において"ヒトの調停者"たるために、信者たちには一応あらゆる異種族との交流こそ奨励されてはいる。しかし見た目や文化の違いというものは根深く、また過去の戦乱の歴史から忌避感を持つ者は多い。
 それでも彼女たち"巫女"同士にそういった負の感情が一切なく、また周囲からも"そういう意味で"蔑視されないのは……育てられてきた特殊な環境と、与えられた"お役目"故のことである。


 司令部と呼ばれるその部屋は、ひどく騒然としていた。幾人もの尖った耳を持つ下級神官たちが駆け回り、床には乱暴に数式が書き殴られた紙片が撒き散らされている。
 ここですらそんな騒ぎなのだから、それぞれ専用の別室にて仕事中であろう"観測手"たちへの負担は大変なものだろう……と、到着した神官長は考えて眉を顰めた。
 とりあえず、即座に駆け寄って来た上位神官からの報告を一通り吟味する。

「……つまり、新たな"魔界生物"が来訪した可能性が高い、と?」

「はい神官長、空間への魔力侵蝕の形式は間違いなく符合します。それもとんでもない規模の。……しかし、それに対する"神樹の理"の異常発動は、たった一回分しか観測されませんでした」

「一回分? そんな、しかしこの侵蝕量は……」

 彼女は改めて手元の資料に目を落とす。
 そこに記された数値は、控えめに言って並の魔物数万体分に相当する。それも純度の劣るこの世界の魔力に換算しての計算で。
 それだけの魔力の塊が降って来たにもかかわらず、それに与えられた"理"はただの一度きり。……それはつまり。

「…………新たに誕生した魔物は、たった一体ということですか。これだけの、魔力を所有する……」

 合計値が同じ魔力総量とするならば、1の魔物10体よりも10の魔力を持つ一体の魔物の方がはるかに恐ろしい。
 これはこの世界における、魔物の強さの仕組みを表す常識であった。

「ええ、これだけで"厄災指定"どころか"大厄災"に分類されても不思議はないでしょう。すぐに降誕した場所を特定すべく、大陸全土の支部に緊急の伝令と調査員の派遣を」

「いいえ、それでは間に合わない可能性があります。……今すぐ実行されたその"理"に接続して、解析を行いましょう」

「……ッ、そんな、よろしいのですか?」

 目を見開いた上位神官が、神官長の背後に控える巫女たちをちらりと見る。……ひどく、憐れみを帯びた表情を浮かべて。

「構いません、むしろ"そのための彼女たち"なのですから。……巫女たちよ、世界を侵す災いを我等が神の名において祓うため、貴女たちの力が必要になりました。今こそ存分に"お役目"を果たしなさい」


「「「「「はいお姉様、全ては秩序ある世界のために」」」」」


 そう一様に跪いた巫女たちを一瞥してから、神官長は長い髪を靡かせ振り返る。そして。

「これよりユグドラインに直接接続し、巫女による儀式を用いて"神樹の理"を紐解きます! 時は一刻を争います、すぐに祭壇を開きなさい!!」


……………………
…………
……

本部の巨体な建物の中心部は、天に突き抜けるような円柱状の大広間になっている。
 またその床は平面ではなく、中心に向かいすり鉢状に堀り抜かれている。広間の面積が見渡す程に広大なため、入り口との落差はかなりのものだ。
 更にその一番底には、ひとつの大きな大きな魔法陣。直前に触媒で描かれたものではなく、特殊な金属を打ち鍛え伸ばして細工のような緻密さで加工し、床に直接埋め込まれたものだ。
 その円の外周、敢えて一箇所だけくり抜いたように欠けている凹みに、鍵となる金属片が挿入される。
 途端、床全体から溢れるように光が灯る。地下深くの魔力の流れに根を下ろすように触れているその魔法陣は、わざと一部を削らなくては常時発動してしまうのだ。

 淡い光に下から照らされて、魔法陣の各所に配置された巫女たちの姿もまた浮かび上がった。待機していた他の少女らも召集され、全部で17人。その全身に、膨大な魔力が絡みつく。

「あっ……ぁぁあぁああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛っ!!!!!」

「やっ……お姉様ッ、おねぇさは゛き゛ゃ か゛か゛か゛か゛っ゛し゛っ゛ぬ゛っ゛ぅ゛!!!!!」

「……は……ははっ……あし……て……わた、し……き、に……は、は、は、ひ、は……」

 響き渡ったのは、幾重にも重なる断末魔と、メキメキという異音。小枝を戯れに折るような、家鳴りのような、あるいは巨木が倒れるような、そんな音が彼女たちの全身から聞こえて来る。
 その様子を、神官たちが固唾を飲んでただ見守っていた。目が離せない……否、目を離してはならない・・・・・・・・・・と、彼らは皆自責の念に囚われているのだ。
 しかしただ一人、神官長たる女だけは恍惚と薄く微笑みを浮かべて……。

 しばらく経ち、魔力の輝きが唐突に消え去る。予め仕込んでいた魔力の干渉を受けないバネとゼンマイによる機構により、挿入されていた金属片が排出されたのだ。
 こうでもしないと、誰もこの魔法陣を停止させることが出来ない。その身を犠牲にすれば別であるが。
 そして後に残されたのは重苦しい沈黙と、17個の"美しい木像"だった。
 精巧という言葉が裸足で逃げ出すような、髪や睫毛の一本まで継ぎ目のない木で構成された、苦悶の表情を浮かべる愛らしい少女の姿をした木像。

「…………解析、一部成功しました」

 広間の隅で水晶球を覗き込んでいた神官の一人から絞り出されるような声が響いて……それでようやく、停まった時が動き出すように慌ただしく、神官たちによる解析結果の吟味が開始された。
 ユグドラインマップに製図器具を当てながら計算を行う者、たくさんの魔物の絵姿が記された古書をひっくり返す者、怒鳴り合うように議論を重ねる者……そして直接の関係はないが、血走った目で儀式の様子を記録する者。
 しばらくして、未だ魔法陣と立ち並ぶ木像に黙したまま目を向け続けていた神官長へ結果が伝えられた。

「まず降誕地点ですが、サルナズーラ王国の……おそらく王都に近い場所だと思われます。甚大な被害が予想されます。……そして」

 神官の持つ紙が震え、ゴクリと喉の鳴る音が混じる。 

「こ、降誕した魔物は既にカタチを得ています。これほど早い安定化はおかしいのですが……しかも種別は"魔人種"、種族名も既に与えられており『ドッペルゲンガー』と……」

「……聞かない言葉ですね? しかしサルナズーラは共通語の国でしたか……それで、種族特性は?」

「いえ、そこまで取得することは叶いませんでした……あの神官長、これはっ」

「ええ、これは間違いなく"魔界より降誕せし魔人"……つまり"魔王へ至る"可能性を得た存在であることは間違いありません」

「っ!! 直ちに全支部への通達を行います。しかし……果たして有効な対策などあるのでしょうか?」

「ええ、あります。近隣の支部への通達に"早急な巫女の補充"を書き添えなさい。この際多少幼くても構いません。とにかく大量に必要になります」

「巫女、を? しかしこれ以上の解析の意味など無いと……」

「いいえ……"勇者召喚の儀"を執り行います。多少侵蝕は加速しますが、この際えり好みする余裕はありませんから」

「あの異界の勇者を!? そんなことが本当に……」

「ええ、だから"大量の魔術触媒"が早急に必要なのです。……あぁ、それと」

 神官長は妖しい微笑みを浮かべ、魔法陣を指差す。

「"37"と"46"、それから"72"と"73"の双子は、私の寝室に飾っておきなさい。残りは……そうね、確か良い薬になるのでしょう?」

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