召喚してきた魔術王とか吸収してドッペルゲンガーやってます
10.ドッペルゲンガーと生活魔術
ドッペルゲンガーが「尋問室での作業」を始めてから、ちょうど丸一日と3時間が経過した。
幸いにも今の立場である魔術王は、元より「国のための研究」と称して普段からあらゆる執務をぶん投げて過ごしていたため、この程度なら余裕で時間を掛け専念出来たのだ。
昨日は夕刻まで作業を行ってから王宮に戻り、一晩休んで再び作業の続行。一応昼食のため一度戻ってはいるが、魔人としての体質により食事というものの必然性をあまり感じられないでいた。
肉体の維持は、潤沢な魔力さえあれば賄える。そして現在ドッペルゲンガーの保有する魔力は明らかに供給過剰であった。
特に必要性もない、無駄に豪華なだけの王の食事を義務的に胃に押し込むよりも……ドッペルゲンガーにとっては《存在吸収》こそが最高のご馳走である。
全身を巡る他者のモノだった魔力、脳を痺れさせる『情報』の奔流……己の本能を満たすそれは、あまりにも甘美だ。
そしてその"甘美な餌"が、この顎門に飲み込まれまいと目の前で震えているのだから、魔人の『食欲』は昂まるばかり……作業も実に捗るのだった。
騎士アシエの肉体と精神は限界に近付いていた。
彼の両の肘から先は、既にヒトの形を留めていない。
繰り返し繰り返し執拗に破壊されては、その度に効果の弱いポーションを塗り込まれる。通常のそれよりも粘性に富み、しかも刺激性の薬品まで加えられているため、傷口に染み込んでは強烈な痛痒をもたらす。
ヒトは一定以上の痛みに対し、脳がそれを遮断することで自らを防衛する機能を備えている。
しかし、およそ苦痛とは異なる痒みに対しては同じ機構は作動しない。
肉が裂かれ骨が砕ける痛みに疲弊した精神を蝕む、地獄のような痒み。そしてそれが落ち着く前に脳の安全装置は連続稼働に耐えられず、再び新たな痛みを受け入れてしまう。
アシエが今まで耐え抜けたのは、彼が偏に「己が身に降りかかる理不尽」に対し慣れていたから。
そして、その心の奥底に仕舞い込んだ暖かな夢に縋っていられたからだろう。
半日もあれば屈服させられるだろうと踏んでいたドッペルゲンガーにとってそれは「嬉しい誤算」であった。
——これほど強靭な精神力、どれだけ『上質な』魂なのだか——
魔術王の記憶を基に絶妙な加減で作業を続けながら、魔人はその空腹感を募らせる。
仮にも一国の王のモノであった記憶に、そのような「詳細な作業手順とノウハウ」が含まれているのは世間一般からするとトンデモナイ話なのだが……新たな記憶の主にとってはただのお得情報だ。存分にそれを活用していたのだった。
本日4度目の、意識喪失。
脳のブレーカーを落として夢の世界へと逃避したようで、ついに残された左脚への刺激に反応しなくなった。
しかし、だからと言って彼を休ませておく理由はない。
「……ふむ、またか……《操水》」
覚えたての生活魔術を発動する。
仮にも魔術師でありながら生活魔術のひとつもロクに習得していなかったのはある意味驚異的な事実であるのだが、そんな事実は気にせずとりあえず魔人は目的のために昨夜のうちにパラパラと本を読んで学んでおいたのだ。
……いくら初歩の初歩である生活魔術とはいえ、そんな一夜漬けで習得出来るのは《魔導の祝福》による大幅補正の効果なのだが……
尋問室の片隅に設えられた水槽に満たされた水の一部が、まるで吸い寄せられるかのように持ち上がる。
桶一杯分の水が空中で球を形成し、そのままふわふわと這うようなスピードでこちらへと手繰り寄せられた。
……はっきり言えばこの程度の動作はそこに置かれた桶を使った方が早い。しかし、レトルコンから引き継がれた筋力の値は哀しみのFだった。
つまり、桶で水汲みが出来ない。
昨日それに気付いて慌てて習得したのだが……はっきり言って、ドッペルゲンガーは「魔術の習得」という行為が大嫌いであると自覚した。
自ら学び、練習を行い、知識と経験を積み重ね築き上げることで形となす。それはこの魔人にとって、余りにも肌が合わない行為。
今回は初回であったこと、対象が生活魔術という最も難易度の低い学習であったこと、そして何より《魔導の祝福》の効果があったが故に辛うじて成し遂げることが出来た。
だが、次はあり得ないし絶対に手を出さないとドッペルゲンガーは心に誓う。
さて、《操水》で手繰り寄せた水の塊を、ドッペルゲンガーは既に3回行ったように、アシエの頭上で解放し頭から浴びせようとして……ふと、気が変わる。
彼が顎を上げた状態で気絶しているのを良いことに、気まぐれにその水を「顔に押し付けた」のだ。
「……ッ、ガッ!ボガァ……ッッッ!?!?」
突然の苦しみに意識を取り戻し、拘束を引き千切らんばかりに暴れるアシエ。しかし顔を覆う水を振り払うことは出来ず、鼻から侵入した水に更に苦しむ。
意識の混濁と混乱により、彼の弱い魔術抵抗が機能したのは約1分後……水を支える生活魔術が破壊され、彼は水を吐き出しながら何とか荒い呼吸を繰り返す。
その、今までよりひどく必死で弱々しい様子に……ドッペルゲンガーは本能的に1つの結論に達し、ほくそ笑んだ。
「ククッ……アシエ、お前"泳げない"んだな?」
ドッペルゲンガーのその言葉に、彼は気丈にも反論しようと顔を向けて……ヒィッ、と息を漏らす。
目の前に浮かぶは、先程と同じ水の球。魔術で持ち上げられたそれは、餌の匂いを確かめる獣のようにゆらゆらと動く。
「……ぁ、おいやめ、やめてくれ……頼む、それだけはやグボガァッッ!?」
ガボガボと気泡を吐きながら、水の中で必死に首を振るアシエ。先程までの気丈な様子はどこへやら、今はあまりにも哀れな姿だ。
……ほんの30秒程で、再び魔術が破られる。この魔術にしてはとても長持ちした方だが、それでもこれでは効果が薄い。
ドッペルゲンガーは暫し考え……そして嗤いながら、取り出した「上部が人の顔程も広がった漏斗」を彼の喉奥へと突き入れた。
アシエがその身を淡い光の粒子へと変えたのは、それから僅か2時間後のことであった。
幸いにも今の立場である魔術王は、元より「国のための研究」と称して普段からあらゆる執務をぶん投げて過ごしていたため、この程度なら余裕で時間を掛け専念出来たのだ。
昨日は夕刻まで作業を行ってから王宮に戻り、一晩休んで再び作業の続行。一応昼食のため一度戻ってはいるが、魔人としての体質により食事というものの必然性をあまり感じられないでいた。
肉体の維持は、潤沢な魔力さえあれば賄える。そして現在ドッペルゲンガーの保有する魔力は明らかに供給過剰であった。
特に必要性もない、無駄に豪華なだけの王の食事を義務的に胃に押し込むよりも……ドッペルゲンガーにとっては《存在吸収》こそが最高のご馳走である。
全身を巡る他者のモノだった魔力、脳を痺れさせる『情報』の奔流……己の本能を満たすそれは、あまりにも甘美だ。
そしてその"甘美な餌"が、この顎門に飲み込まれまいと目の前で震えているのだから、魔人の『食欲』は昂まるばかり……作業も実に捗るのだった。
騎士アシエの肉体と精神は限界に近付いていた。
彼の両の肘から先は、既にヒトの形を留めていない。
繰り返し繰り返し執拗に破壊されては、その度に効果の弱いポーションを塗り込まれる。通常のそれよりも粘性に富み、しかも刺激性の薬品まで加えられているため、傷口に染み込んでは強烈な痛痒をもたらす。
ヒトは一定以上の痛みに対し、脳がそれを遮断することで自らを防衛する機能を備えている。
しかし、およそ苦痛とは異なる痒みに対しては同じ機構は作動しない。
肉が裂かれ骨が砕ける痛みに疲弊した精神を蝕む、地獄のような痒み。そしてそれが落ち着く前に脳の安全装置は連続稼働に耐えられず、再び新たな痛みを受け入れてしまう。
アシエが今まで耐え抜けたのは、彼が偏に「己が身に降りかかる理不尽」に対し慣れていたから。
そして、その心の奥底に仕舞い込んだ暖かな夢に縋っていられたからだろう。
半日もあれば屈服させられるだろうと踏んでいたドッペルゲンガーにとってそれは「嬉しい誤算」であった。
——これほど強靭な精神力、どれだけ『上質な』魂なのだか——
魔術王の記憶を基に絶妙な加減で作業を続けながら、魔人はその空腹感を募らせる。
仮にも一国の王のモノであった記憶に、そのような「詳細な作業手順とノウハウ」が含まれているのは世間一般からするとトンデモナイ話なのだが……新たな記憶の主にとってはただのお得情報だ。存分にそれを活用していたのだった。
本日4度目の、意識喪失。
脳のブレーカーを落として夢の世界へと逃避したようで、ついに残された左脚への刺激に反応しなくなった。
しかし、だからと言って彼を休ませておく理由はない。
「……ふむ、またか……《操水》」
覚えたての生活魔術を発動する。
仮にも魔術師でありながら生活魔術のひとつもロクに習得していなかったのはある意味驚異的な事実であるのだが、そんな事実は気にせずとりあえず魔人は目的のために昨夜のうちにパラパラと本を読んで学んでおいたのだ。
……いくら初歩の初歩である生活魔術とはいえ、そんな一夜漬けで習得出来るのは《魔導の祝福》による大幅補正の効果なのだが……
尋問室の片隅に設えられた水槽に満たされた水の一部が、まるで吸い寄せられるかのように持ち上がる。
桶一杯分の水が空中で球を形成し、そのままふわふわと這うようなスピードでこちらへと手繰り寄せられた。
……はっきり言えばこの程度の動作はそこに置かれた桶を使った方が早い。しかし、レトルコンから引き継がれた筋力の値は哀しみのFだった。
つまり、桶で水汲みが出来ない。
昨日それに気付いて慌てて習得したのだが……はっきり言って、ドッペルゲンガーは「魔術の習得」という行為が大嫌いであると自覚した。
自ら学び、練習を行い、知識と経験を積み重ね築き上げることで形となす。それはこの魔人にとって、余りにも肌が合わない行為。
今回は初回であったこと、対象が生活魔術という最も難易度の低い学習であったこと、そして何より《魔導の祝福》の効果があったが故に辛うじて成し遂げることが出来た。
だが、次はあり得ないし絶対に手を出さないとドッペルゲンガーは心に誓う。
さて、《操水》で手繰り寄せた水の塊を、ドッペルゲンガーは既に3回行ったように、アシエの頭上で解放し頭から浴びせようとして……ふと、気が変わる。
彼が顎を上げた状態で気絶しているのを良いことに、気まぐれにその水を「顔に押し付けた」のだ。
「……ッ、ガッ!ボガァ……ッッッ!?!?」
突然の苦しみに意識を取り戻し、拘束を引き千切らんばかりに暴れるアシエ。しかし顔を覆う水を振り払うことは出来ず、鼻から侵入した水に更に苦しむ。
意識の混濁と混乱により、彼の弱い魔術抵抗が機能したのは約1分後……水を支える生活魔術が破壊され、彼は水を吐き出しながら何とか荒い呼吸を繰り返す。
その、今までよりひどく必死で弱々しい様子に……ドッペルゲンガーは本能的に1つの結論に達し、ほくそ笑んだ。
「ククッ……アシエ、お前"泳げない"んだな?」
ドッペルゲンガーのその言葉に、彼は気丈にも反論しようと顔を向けて……ヒィッ、と息を漏らす。
目の前に浮かぶは、先程と同じ水の球。魔術で持ち上げられたそれは、餌の匂いを確かめる獣のようにゆらゆらと動く。
「……ぁ、おいやめ、やめてくれ……頼む、それだけはやグボガァッッ!?」
ガボガボと気泡を吐きながら、水の中で必死に首を振るアシエ。先程までの気丈な様子はどこへやら、今はあまりにも哀れな姿だ。
……ほんの30秒程で、再び魔術が破られる。この魔術にしてはとても長持ちした方だが、それでもこれでは効果が薄い。
ドッペルゲンガーは暫し考え……そして嗤いながら、取り出した「上部が人の顔程も広がった漏斗」を彼の喉奥へと突き入れた。
アシエがその身を淡い光の粒子へと変えたのは、それから僅か2時間後のことであった。
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