召喚してきた魔術王とか吸収してドッペルゲンガーやってます
5.ドッペルゲンガーは愚王らしい
考察したいことはたくさんあったが、魔人……ドッペルゲンガーはひとまずこの地下研究室を出ることにした。
理由は単純。己の目で世界を見て、外の空気を吸ってみたいと思ったからだ。
もちろん魔術王の記憶にそれらの情報はあるが、やはり百聞は一見にしかず、実際に味わってみなければ。
広い部屋を抜け、外へと向かう廊下に出る。
その廊下はひどく薄暗い。いつもなら魔力による灯りで煌々と照らされているはずが、どういう訳か足元の非常灯だけになっている。
そして長い廊下の向こう、この区画のセキュリティである結界に張り付かんとばかりに、1人の初老の男が立っていた。その背後には、何人かの近衛兵が控えている。
ああ、確か宰相の…………キュイーヴルだと判断。記憶の奥の方に埋もれていて時間がかかってしまったらしい。
結界の外に警備の者が控えているのはいつも通りのようだが、宰相が近衛兵まで連れてここに来るのは記憶にない事態だ。
……何かあったのだろうかと、歩きながらドッペルゲンガーは思案する。
ぬるりと結界を抜けて(セキュリティはドッペルゲンガーを王族と判断したようだ)外に出た瞬間、宰相の些か甲高い喚き声が耳に響いた。
「お待ちしておりましたぞ陛下! 至急王宮へお戻りくだされ、緊急事態なのですぞ!!」
口の動きからずっと喚いていたことも、記憶から彼の声が人一倍耳障りなことも分かっていたにもかかわらず、少なからぬ耳へのダメージに顔をしかめる。
そしてドッペルゲンガーは取り込んだ王の精神をなぞり振る舞うべく、鷹揚に頷いてから口を開いた。
「そうか、ならばその件はそなたに一任しよう。余は休む」
「せめて状況くらい問うてくだされ!!」
上へと向かう昇降機の中で、宰相が早口で状況をまくし立てていた。
普段の王であれば完全に聞き流すポイントのようだが……ドッペルゲンガーとしては興味があったため、聞いてない振りをしつつ耳を傾けている。
曰く「王都防衛の要たる守護結界が突如消失したのですぞ!」ということらしい。
なるほど、それは一大事だ。この世界では魔物が跋扈しヒトを襲う。王都周辺にも、それなりの数の魔物が生息するはずだ。
それが王都に侵入すれば……市民の被害は相当なものになるだろう。結界の存在を前提に配置された兵士では、この大きな王都全域をカバーするのは不可能なのは明白であった。
それにしても……と、ドッペルゲンガーは考える。何となく、結界消失の原因に心当たりがあるような。
「宮廷魔術師連中の報告によると、叡智の塔に蓄えられていた莫大な魔力が空になった可能性があるとか。全く、あんな量の魔力がどこに消えると!?」
「あー……」
「む、陛下は何か思い付いたのですかな?」
「いや……その魔力、だがな」
「……陛下?」
「全て、余が使った」
「陛下ァ!?」
「王族に継承された儀式魔術のために必要であったからな」
「なななナな何ですとォーッ!?!?」
正確には魔力を使い込んだのは「今のレトルコン」ではない。だが、そんなことは誰も知らないしドッペルゲンガー本人も気にしていない。
しばらく目を白黒させていた宰相だったが、しばらくしてジト目になって尋ねる。
「……陛下、つい忘れておりましたが……今朝宝物庫から大量の希少素材が消えたとの報告も……」
「うむ、全て儀式の触媒に消えたから間違いではないな」
「…………ちなみに、何の儀式だったのですかな? そして、その成果は……」
「……あー……」
まさか魔人召還を行った挙句成り代わられ……成り代わったとは言えまい。
「……うむ、詳しくは言えぬが儀式は完全に失敗した。成果は無いぞ」
「…………こ」
「こ?」
「こンの、愚王がぁぁァァァッ!!!」
解せぬ。と、王に擬態したドッペルゲンガーは机にかじりつきながら、幾度目かの同じ呟きを漏らしていた。
目の前に積まれた書類は減ることなく、むしろ時間と共に増えて行く。処理しても処理しても終わる気配がない。
そして蝉時雨のように途切れることのない宰相の説教が喧しい。目と耳で異なる情報が入って来るという、ドッペルゲンガー的には本来喜ぶべきこの環境に、何故か目眩を覚える。
ついでに言うと、王の記憶をいくら閲覧しても意味の読み取れない書類がたくさんあるのだ。これでは仕事にならない。
その度に『習慣的に』あくせくと働く手近な者に押し付けようとして……それを阻止する宰相の喚き声が響き渡る、その繰り返し。
「愚……陛下、さっさと手を動かしてくだされ。今回の結界消失の対策とその真実の隠蔽は、とにかく事を急ぐ必要があるのでございます。故に王命扱いの書類が大量に必要で、そのためには陛下自ら」
「宰相よ」
「は、はい。なんでございましょう陛下?」
王が痺れを切らし声を荒げた。ドッペルゲンガーが、ではない。王レトルコンの『ロールプレイ』として、その短気で我儘な性格がそうさせたのだ。
「この件はあくまで"事故"として全てを有耶無耶にする……というのがこれらの書類の目的、であるな?」
「……はい、端的に言えばそうでございますな。具体的には調査隊を結成し、時間を稼ぎながら状況の偽装を」
「ならば良い方法があるではないか。とりあえず適当に…………うむ、入れ」
ちょうどその時、執務室に訪れる者がいた。報告や書類の追加で人の出入りはひっきりなしであったから、今更何人来ようと不思議ではない。
扉が開いて入って来たのは、騎士隊の鎧を着た1人の男。平凡な顔……目を逸らせば3秒後には完全に忘れてしまいそうな程に没個性な顔をした男だ。彼は入ってすぐにキビキビと跪く。
「ご報告申し上げます! 王都防衛の新たな部隊の再編成が——」
「そやつを即刻捕らえよッ!!」
「…………は?」
ドッペルゲンガーは立ち上がってビシリとその騎士を指差し、高らかに声を張り上げた。
その横で全てを悟った宰相が、無言のまま頭を抱えて蹲った。
突然のことにその他全員がポカンと硬直する中、ドッペルゲンガー扮する魔術王は朗々と言葉を続ける。
「そやつこそがこの度の事件の下手人、国家転覆を企む忌まわしき逆賊なるぞ! 今も余の命を狙って来たのだ、何をしておる捕らえよ!!」
理由は単純。己の目で世界を見て、外の空気を吸ってみたいと思ったからだ。
もちろん魔術王の記憶にそれらの情報はあるが、やはり百聞は一見にしかず、実際に味わってみなければ。
広い部屋を抜け、外へと向かう廊下に出る。
その廊下はひどく薄暗い。いつもなら魔力による灯りで煌々と照らされているはずが、どういう訳か足元の非常灯だけになっている。
そして長い廊下の向こう、この区画のセキュリティである結界に張り付かんとばかりに、1人の初老の男が立っていた。その背後には、何人かの近衛兵が控えている。
ああ、確か宰相の…………キュイーヴルだと判断。記憶の奥の方に埋もれていて時間がかかってしまったらしい。
結界の外に警備の者が控えているのはいつも通りのようだが、宰相が近衛兵まで連れてここに来るのは記憶にない事態だ。
……何かあったのだろうかと、歩きながらドッペルゲンガーは思案する。
ぬるりと結界を抜けて(セキュリティはドッペルゲンガーを王族と判断したようだ)外に出た瞬間、宰相の些か甲高い喚き声が耳に響いた。
「お待ちしておりましたぞ陛下! 至急王宮へお戻りくだされ、緊急事態なのですぞ!!」
口の動きからずっと喚いていたことも、記憶から彼の声が人一倍耳障りなことも分かっていたにもかかわらず、少なからぬ耳へのダメージに顔をしかめる。
そしてドッペルゲンガーは取り込んだ王の精神をなぞり振る舞うべく、鷹揚に頷いてから口を開いた。
「そうか、ならばその件はそなたに一任しよう。余は休む」
「せめて状況くらい問うてくだされ!!」
上へと向かう昇降機の中で、宰相が早口で状況をまくし立てていた。
普段の王であれば完全に聞き流すポイントのようだが……ドッペルゲンガーとしては興味があったため、聞いてない振りをしつつ耳を傾けている。
曰く「王都防衛の要たる守護結界が突如消失したのですぞ!」ということらしい。
なるほど、それは一大事だ。この世界では魔物が跋扈しヒトを襲う。王都周辺にも、それなりの数の魔物が生息するはずだ。
それが王都に侵入すれば……市民の被害は相当なものになるだろう。結界の存在を前提に配置された兵士では、この大きな王都全域をカバーするのは不可能なのは明白であった。
それにしても……と、ドッペルゲンガーは考える。何となく、結界消失の原因に心当たりがあるような。
「宮廷魔術師連中の報告によると、叡智の塔に蓄えられていた莫大な魔力が空になった可能性があるとか。全く、あんな量の魔力がどこに消えると!?」
「あー……」
「む、陛下は何か思い付いたのですかな?」
「いや……その魔力、だがな」
「……陛下?」
「全て、余が使った」
「陛下ァ!?」
「王族に継承された儀式魔術のために必要であったからな」
「なななナな何ですとォーッ!?!?」
正確には魔力を使い込んだのは「今のレトルコン」ではない。だが、そんなことは誰も知らないしドッペルゲンガー本人も気にしていない。
しばらく目を白黒させていた宰相だったが、しばらくしてジト目になって尋ねる。
「……陛下、つい忘れておりましたが……今朝宝物庫から大量の希少素材が消えたとの報告も……」
「うむ、全て儀式の触媒に消えたから間違いではないな」
「…………ちなみに、何の儀式だったのですかな? そして、その成果は……」
「……あー……」
まさか魔人召還を行った挙句成り代わられ……成り代わったとは言えまい。
「……うむ、詳しくは言えぬが儀式は完全に失敗した。成果は無いぞ」
「…………こ」
「こ?」
「こンの、愚王がぁぁァァァッ!!!」
解せぬ。と、王に擬態したドッペルゲンガーは机にかじりつきながら、幾度目かの同じ呟きを漏らしていた。
目の前に積まれた書類は減ることなく、むしろ時間と共に増えて行く。処理しても処理しても終わる気配がない。
そして蝉時雨のように途切れることのない宰相の説教が喧しい。目と耳で異なる情報が入って来るという、ドッペルゲンガー的には本来喜ぶべきこの環境に、何故か目眩を覚える。
ついでに言うと、王の記憶をいくら閲覧しても意味の読み取れない書類がたくさんあるのだ。これでは仕事にならない。
その度に『習慣的に』あくせくと働く手近な者に押し付けようとして……それを阻止する宰相の喚き声が響き渡る、その繰り返し。
「愚……陛下、さっさと手を動かしてくだされ。今回の結界消失の対策とその真実の隠蔽は、とにかく事を急ぐ必要があるのでございます。故に王命扱いの書類が大量に必要で、そのためには陛下自ら」
「宰相よ」
「は、はい。なんでございましょう陛下?」
王が痺れを切らし声を荒げた。ドッペルゲンガーが、ではない。王レトルコンの『ロールプレイ』として、その短気で我儘な性格がそうさせたのだ。
「この件はあくまで"事故"として全てを有耶無耶にする……というのがこれらの書類の目的、であるな?」
「……はい、端的に言えばそうでございますな。具体的には調査隊を結成し、時間を稼ぎながら状況の偽装を」
「ならば良い方法があるではないか。とりあえず適当に…………うむ、入れ」
ちょうどその時、執務室に訪れる者がいた。報告や書類の追加で人の出入りはひっきりなしであったから、今更何人来ようと不思議ではない。
扉が開いて入って来たのは、騎士隊の鎧を着た1人の男。平凡な顔……目を逸らせば3秒後には完全に忘れてしまいそうな程に没個性な顔をした男だ。彼は入ってすぐにキビキビと跪く。
「ご報告申し上げます! 王都防衛の新たな部隊の再編成が——」
「そやつを即刻捕らえよッ!!」
「…………は?」
ドッペルゲンガーは立ち上がってビシリとその騎士を指差し、高らかに声を張り上げた。
その横で全てを悟った宰相が、無言のまま頭を抱えて蹲った。
突然のことにその他全員がポカンと硬直する中、ドッペルゲンガー扮する魔術王は朗々と言葉を続ける。
「そやつこそがこの度の事件の下手人、国家転覆を企む忌まわしき逆賊なるぞ! 今も余の命を狙って来たのだ、何をしておる捕らえよ!!」
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