Waif of Boundary

ねこてん

1-3

「やぁー、もう一日も終わりだけどさー、何でも初日って長く感じるよねー」
「…私はあっという間だった気がするよー…」
斜陽が射しつつある中、朝制服姿で歩いた道を優と小雪が今度は私服で登っていく。放課後の学校を訪れるというのは元々優が発案したことなのだが当の発案者の足取りはどこか、重い。
「元気出しなよー、優…いや、いいんちょー」
「…言い直さなくていいし…。…その「委員長」が不安なんだよー…」
弱々しい口調でうつむきがちに歩く。普段あまり見られないその姿からは憂鬱というか、不安のような何かが見てとれた。


時間は少し遡る。
入学式も無事終わり(校長の話はやはり長かった)、教室に戻ると最初のホームルームを行うことになる。皆無難に自己紹介を行い(小雪が奮起したが流石に川野を越えるテンションを発揮する者はいなかった)一通りクラスメイトの顔をお互いに見知ったことにした後、クラスの委員を決めることになった。
余所で話題になるような変わった委員会がある学校な訳でもなく。優もどの委員ならやれるかなくらいの心持ちで黒板を走るチョークの軌跡を眺めていた。
「…っと。各委員と人数はこんなものね」
書き上げた担任が皆に向き直る。
「じゃあクラスの委員長から決めようか。やってみたいひとー」
あまりにも軽いノリの川野が挙手を促すがクラスの反応は様々だ。あまり関心なげに黒板の方を見やったままの者、目を合わせないよう顔を伏せ気味にする者、ちらちらと周りを気にする者。少なくとも積極的に手を挙げる者はいなかった。
無理もないよね、と優は思った。確かに委員長を務めればただ一生徒として高校生活を送るだけではできない経験もできるだろうし務め方によっては先生や同級生からの評判も上がるだろう。しかしながら評判は上がるだけでは済まないものだし。概ねの生徒にとってのイメージは『クラスで面倒な仕事を押し付けられる役どころ』みたいなものだろうし。相当自分に自信があるか、もしくは意欲的な性格でもなければ『やってみたい』と名乗り出る生徒はそうそういないだろう。
「まぁ、そんな簡単には決まらないのはわかるけどね。進行とかも任せたいし、いつまでも誰もなしってのは困るし…推薦とかもなしー?」
やはりクラスからは芳しい反応はない。よく知らない同士での推薦は無理がありますと優は思った。
しばし待った後、考えあぐねたのか面倒になったのか担任教師がぽん、と手を叩く。
「じゃあ先生が指名してもいい?その結果を元に決めるってことで」
一瞬、教室の空気が固まった気がした。初回だし仕方ないよねー、と一人頷く川野の性格は粗方皆が把握していたが、一方でこの担任がどんな斜め上の観点で委員長を選ぶか想像が全くつかない。クラス中に不安がゆっくり、しかし確実に広まるのを誰もが感じた。
「実はこんなこともあろうかと入学式の最中はずっと誰にやってもらおうか考えてたのよ。役に立ってよかったよかった」
校長の話は聞いてなかったんですね、というツッコミを入れる者もおらず、生徒達が固唾を飲んで次の発言を待ち構える中、ふっと優は何か、不吉な予感を感じた。
推薦するにしても、よほどどうでもいいことでもなければ何かしらの根拠があって決めるはずだ。そしてクラスの委員長は生徒にとっても担任にとっても重要事項に違いない。当然、判断材料は必要、と少し考えればわかる。
問題はその材料をどこから持ってくるかということで。思い当たるのは中学時代の内申書ぐらいしかないけれどもそれで決めたようにも思えない。と、なると判断材料になるのは入学式前のホームルームに入ってから今までの言動だろう。自己紹介とか。
そして優には自己紹介以上に性格を表すような言動をした生徒に心当たりがあって。
「じゃあクラス最初の委員長はねー」
川野は名簿を見るでもなくまっすぐ教室の真ん中辺りを平手で指し示し、そして。


「…そして私が選ばれたと。あー、お節介さんだったー!」
「何だかんだで優は世話焼きさんだからねー」
頭を抱える優を眺めながら小雪はけらけらと愉快そうで。それでも優に睨まれると楽しそうな様子は隠さないまでもぽんぽんと、肩を叩いてくれる。本人としては慰めるつもりというか、なだめるつもりというか。
「それでもさ、私は優が委員長でよかったと思うよー」
「…何でさー」
だって、と間を置いてから。
「優は困った困ったって言ってるけどさ、それでもちゃんと役目に向き合おうとしてるじゃん」
「…それは」
それは、なんなんだろう。意欲とか責任とか。そういうものとは少し違うような。でも「励むべき」みたいに背中を押すものは確かにあって。それが何かはわからないけれども。
「…投げ出すわけにはいけないよ。クラスの皆も任せてくれたんだし」
「そこで『押し付けられたー』ってならないのが優の心配なところで、いいところでもあるんけど」
少しだけ、彼女には珍しく困ったように笑う。
「まぁ、お仕事の役には立てないだろうけどさ。できることならするし相談ならいくらでも乗るよー。『相棒』に困ってるとか」
「『相棒』かぁ…」
それはそれで悩みどころなのだけど。ふっと前方を見て間もなく目的地が近いことに気づく。口ばかりではなく足も動かしていたからか今朝ほどは時間がかかったようには思えなかった。
「とりあえずそれは明日考えるよ。それより…ほら、もう少しだよ」
優が示した先には東高の校門が待っていて、そのまま校庭を突っ切って反対側、そこが優が小雪に見せたかった「在校生たちも愛するもの」だった。
    

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