第一話 そして死んだ……

「ああ、自由になりたい」

夏の暑い日差しの中、カラッと晴れた太陽の光を浴びながら、俺、坂上宏人はそう呟いた。

辛くてつまらない人生を二十年も過ごしてきた。
学校に通えばイジメにあい、家に帰れば家庭内暴力が待っている。
そんな日々を二十年もの間、続けてきた。

それでもなお、俺は家を出て行くことができなかった。
外に出て、新しい発見を見つけようとする事は出来なかった。

才能がない。勇気がない。失敗した時の挫折が怖い。周りの目が痛い。

そんな葛藤が、恐れが俺の足を前に進ませることを止めさせた。

せめて……せめて何か一つでも、周りの人間よりも優れたものがあれば俺は歩いて行けたのに。

そう思わずにはいられなかった。

一浪して入った三流大学。
当たり前のようにボッチで友達の出来なかった俺は、隅っこでまるで影のように静かに授業を受け、幽霊のように家に帰る。

そして待っているのは理不尽な暴力であった。

死ぬのが怖くて生きているだけの日々に、俺は意味を見出せなかった。

前に進むことも戻ることもできず、ただ立ち止まった俺に手を差し伸べてくれる人間なんて居らず、今日もまた、俺はいつもと変わらない大学への道を歩く。

まるで登山でもしているかような重い足取りで一歩一歩と大学へ向かう。

そんな時だった。
横断歩道の向こう側から女子高生三人組が仲良く渡ってきていた。
俺はつい、自分の顔を見られたくなくて、笑われたり話題にされたりしたくなくて、顔を逸らす。
そして……。

「ん？……お！？」

女子高生達が歩く車線の奥から一台のトラックが猛スピードで走ってくるのが見えた。

(おかしい……、止まる気配がまるでない)

最初はちょっとした違和感だったのだが、それはすぐに霧散する。
偶々光の反射が消え、窓越しにチラリと見えた運転手はハンドルに頭を預けていた。あれでは前が見えない。

(居眠り運転か！)

咄嗟にそう思った俺の足は気づいたら前へと進んでいた。

「危ない！」

そう叫びながら女子高生へと突っ込んでいく。

「えっ？え？」

しかし、彼女達はトラックには気づかず、突然叫んで走ってきた俺に驚きその場に立ち止まって狼狽えてしまう。

間に合え、と心の中で叫びながら俺は左と真ん中にいた女の子の胸ぐらを強引に掴み、こっちら側に引っ張っって放る。

優しくする時間なんてあるわけがない。そして最後、右側の女の子の手を掴み、俺の後ろ側に引っ張った瞬間、体に衝撃が走る。
意識があるのに目の前が真っ暗になった。
ただ、なんとなく自分が空中を舞っていることに気づき、暫くして地面にドッ、ドッ、と二度跳ねてから暫く地面を転がり、仰向けで止まる。

「グッ、グフッ、ゴハァアアアア」

おそらく血であろうものを吐き出した後、ゆっくりと目を開け首を傾ける。
視界がぼやけてほとんど何も見えないが、何か地面を水のようなものが流れているのがわかる。

その時突然、頭の中で、

「あ、これ、死んだ」

という言葉が浮かんでくる。
本能が言っているのだ。これは無理だ、助からない、と。

（俺……死ぬのか？　こんなところで終わるのか？）
（ふざけんな！　ふざけんなよちくしょう‼）
（納得できない！　納得なんてできるわけがない‼）
（こんなところで終われない！　終わっていいわけがない‼　俺はまだ何もしていない、生きている意味を何一つ残していない‼）
（くそ！　ちくしょうぉ……）

「ブハッ！」

最後に盛大に吐血をして俺の意識はそこで途絶えた。