魔王の息子と勇者になろう【凍結中】

決事

第八話 自己紹介&悪魔といると事件がやってくる


精力は所謂精霊やエルフ達、魔法に高い適性がある、人間とは違った生体の者たちが体内で生成する力。
魔力は悪魔たちを生み出し、悪魔の体内に蓄えられる。
最後に神力。
これは前2つとは違った歴史を持つもので、大昔神から与えられた加護がいつしか神力であり、無力だった人が魔法を行使できるようになった。
そう伝えられている。

閑話休題。

「悪魔と出遭ったときは近衛兵に報告…知らないわけではないでしょう」

勿論。
でも、こいつと会った時はそんなこと、これっぽっちも考えなかった。
怒りで忘れていたから。
その後機会が無かったなんてことはありえない。
有り過ぎるくらいあった。
それでも報告しなかったのは、言う必要が無かったからだ。
学校に行くことになったのは最悪だが、それ以外の実害はなかったし、寧ろ毎日木を伐るのを手伝ってくれる。
他にも手伝うことはないか、と聞いてくる。
なんだか癪だが、理想の同居人だ。
それに…こいつの性格に毒気を抜かれたというのもある。

黙り込んだおれ。
王女は無言を肯定と受け取ったのか、氷のような冷たくおれを睨む。
おれ、睨まれるほど悪いことしたか?
あいつには目もくれず、おれの返事を待っている。

「実害は無いようですが、悪魔はいつ裏切るかわかりません。……あなたならお解りでしょう?」

悪魔を近衛兵に突き出さなきゃいけないことと同じくらい…それ以上に解っている。

「…こいつには、そんなこと考える頭は無い」

この悪魔の優しさ、賢さと、自分がどれだけ悪魔を憎悪しているかを。

「む、頭が無いとはなんだ。そんなことをする必要が無いから考えないだけだ」

案外おれ達は似た者同士だったらしい。

「だからと言って…」

弁護するようなことを言うおれに戸惑いを見せ始めた。
王女の言葉を先回りする。

「悪魔がそう言うからって全く証拠にならない。そうだよな」

分かってるんだ。
今までの暮らしが楽しかったって思い込もうとしていたけれど、偶にはハプニングがあったっていいじゃないか。
多分それが、こいつを引き留めた最大の理由だろう。
退屈しなくなったことには感謝している。

「悪魔、ありがとな」

暗にこいつが悪魔だということを肯定する言葉。
名前は知らないし、聞かなかった。
悪魔、と呼ぶしかなかった。
そもそもこんな時に言わなくていいことだけれど。
悪魔はそんなことなんて気にしなかった。

「うむ。……こういう時、人間はどう言うのだ?父は礼を言わなかった」
「どういたしまして。どういたしまして......そう言います」

その声は俺より早くそう言った。

「そうか。どういたしまして」
「どうしてありがとうって言ったか聞かないのか?」

聞かれても困るが。

「色々あったのだろう?」
「まあ、それはそうだが…」
「なら良いではないか」

ぐうの音も出ない。
王女は逡巡する。

「お名前を教えていただいても…よろしいでしょうか?」

結局口に出したのは名前を知りたい、ということ。

「そういえばそうだな。なんというのだ?」

悪魔はおれに尋ねた。

「お前こそ」
「「「……」」」

「お互い、知らなかったのですか…?」
「「……」」

「…ではお一人ずつ自己紹介をどうぞ」
「「……」」

相手の顔を見て譲り合う。
根負けしたのはおれだった。

「じゃあおれから。ヴァッツ・イリスラート、15歳。人には名前で呼ばれたくない」
「我はサタナス。人の貴族は名前がいくつも連なっているそうだが、魔王の息子とはいえ人の文化のように名前を連なっていないのだ」
「……」

おれと王女は沈黙した。

おれはサタナスが自分は魔王の息子だと暴露してしまったことに対して。
呆れと諦め、そして怒り。

王女は恐らくサタナスが魔王の息子だったことに対して。
驚愕と困惑。
これは笑い事じゃ済まない。

「…貴方が悪魔と一緒にいたことにも驚きましたが、よもや魔王の息子とは…。本当なのですか」

最後はサタナスに向けて、だ。

「それこそメリットが無いであろう」
「いいえ。メリットならあるでしょう。魔王の息子だと言って民を脅して金品を奪い取り、ものを渡せば助かると思った民を殺し、その民の家族の顔が絶望に染まってゆくのを見て楽しむという」

流石のサタナスも頬を引き攣らせた。
基本、無表情より少し柔らかめの顔を保っている奴としては珍しい。

「一応父は、人間へ危害を加える時は事前に申請を出すよう言ってあるのだが…」
「へぇ、王宮からの御触れみたいなものか」
「近いのはそれだろう。とは言っても、人の世界ほどしっかりしているものではなく、父が気付いたら罰を与える、くらいのものでしかない」
「拘束力はないということですか。では、人を襲っても罰を与えられていない悪魔も居る
ということ」
「そうとも言える」

いや、それ以外に言えないだろう。

「貴族の方は意外とその御触れが効いているようで、そういうことはあまり聞かないが、下級の者たちは良くそういうことをすると聞いている」
「そうですか…。話が逸れてしまいましたね。しばらく王宮で傍に居てほしいのです」
「さっきも言った通り、無理だ。」「よし、引き受けよう」
「勝手に引き受けるな!」

こいつはもう……
っ‼
会話に完全に意識を持っていかれ、男のことをすっかり忘れていた。
いつの間にか男の隣に、貴族の従者の身なりをした若い男が立っている。
 
ガタンッ
 
立ち上がった拍子に椅子が音を立てて倒れた。
慌てて直ぐにそれを直し、二人に声を掛ける。

「今すぐ出るぞ!」

急いでドアに向かう。

「マスター!ツケで!次払う!」

早歩きしながらマスターの前で早口に告げる。
彼はおれを見て頷いた。
ドアに付いているベルが鳴る。
入って来た時のような歓迎の音ではなく、追い立ててくるような激しい音が鳴った。

ドアを開けて外に出ると、怒鳴り声が遠くから――聞こえるのだからあまり遠くではないが――聞こえてくる。

「もう追っ手が⁉」

王女が悲鳴に近い声を上げた。

「…仕方ない。何とかして、あいつ等を撒いて家に帰るぞ」
「囮があれば暫くは大丈夫だな」

囮?

「何言ってるんだ!今協力してくれる奴なんていないだろ!それより早く......っ!」

サタナスは心底不思議そうに言う。

「作れば良いだけの話ではないか
     
我の魔力を付与する
                 
        そして我の魔の力に応えよ       
      
      我が逃げる間、身代わりを頼む」

ポンッと音がして王女が現れた。

「な、何…⁉貴方は⁉」

王女は驚きで最後まで続かない。

「それは後だ!走れ!」
 

「も、申し訳ありません…」

王女は育ちの良さからか、ぶつかった人にいちいち頭を下げて謝る。

「いいから走ってくれっ!」

まだ追いつかれてはいないが、こちらに向かって来ているだろう。
囮がいつまでも引き付けられるわけがない。
追っ手は奴から、王女のおまけにおれとサタナスが付いていることを、もう伝えられている筈だ。 
しかし、家まで付いてこられても困る。
どこかで撒けないものか…。
そろそろ山へ登る道が見えてくる。
それまでにどうにかしなければならない。

「お、坊主…っ!」

いつもお世話になっている木材の取り扱い店のおやじ。
振り返ると、囮とこちらに別れて追いかけて来たらしく、3人ほどが見えた。
おやじはそいつらを見て察したようだ。
おれ達が彼の前を通り過ぎた時、ニヤッと笑ったかと思うと、店の中に運び込もうとしていたのだろう木材を左右どちらにも転がした。

つまり、おれ達の方と、追っ手たちの方へ。

「何だ!」
「ど、どうしたんだ!」

祭りで人が多い分、混乱が大きい。
この混乱に乗じて逃げろということだろう。
今度木を売る際、報酬が普段より少なくなること間違いなしだ。
礼を言うだけで勘弁してくれるといい
のだが。

「今のうちに!」

叫んでから振り向くと、サタナスが王女をお姫様抱っこしていた。
読んで字のごとくそのまんま。
王女も目を丸くしている。
…丸太を避けられなかった王女を助けたのだな。
あのサタナスに下心なんてものがあるとは思えない。
というか、全く無いだろう。
うん。
流石のサタナスもおれの考えていることが何となく分かったらしく、不機嫌そうに睨んできた。
…無視無視。

おれは己の体のみで、サタナスは王女を抱えて山道を駆け上がった。
 

「まあ!この小屋はイリスラート様がお建てになったのですか?」

王女は何故だか嬉しそうに俺の家――彼女に言わせれば小屋――を見上げた。

「王宮なんかと比べ物にならないだろ」

なんせ技術はもちろん、おれ一人が住むために作ったのだから。

「とてもお上手です。成人したら家作りを職業とするのですね」

…変なことを言われた気がする。
サタナスもそれを感じたらしい。

「自分の住む家を作ったからと言って、家作りの職に就くというのは…いささか早急ではないか?」
「そうなのですか?十も過ぎればもう職を決めるものだ、と女官長が仰っていたのです…」

目に見えて落ち込んでしまった。

「王族が庶民のことを知らないなんて当たり前だろ」

励まそうとしたが裏目に出てしまったらしく、王女は

「いいえ。王族が治める民を知らず、何を知るというのです⁉」、

と声を高くして言った。
語尾はもうほとんど叫んでいた、と言って過言ではない。

「……申し訳ありません。知ったような口を利き…」
「……誰かと間違えてないか?」

おれは王女に謝られるような地位は持っていない。
そもそも地位と呼べるようなものは無い。
と言ってみるも。

「間違えてなどおりません!」

彼女は頬を膨らませた。

「イリスラート様はわたくしの…っ‼…いえ、なんでもありません」

口を押さえたと思ったら、直ぐに頭を下げる。
…忙しい王女様だ。
何と言おうとしたのかは、気付かなかったことにしよう。

「わたくしの、何なのだ?」

今まで黙って聞いていたサタナスの発言。

「サタナス、頼む」

頭を下げたままの王女を見つつおれは言った。

「うむ。これが〝聞かれたくないこと〟、なのだな。了解した」
「ああ」

物分かりが良くて助かる。

「よし、着替えたら出るぞ」
「今…ですか?少し時間を置いた方がよろしいのでは?」
「今、もう夕の刻だろ?一番盛況な時間帯だ」
「先程よりも人が多く、紛れやすいということだな」
「それもあるし、さっきの今でそんな動きをするとは、あちらさんも思っていない」

と、思う。
サタナスも王女も納得したようだ。

「服の大きさは…うん。あまり変わらない、かな。少し大きめなのは我慢してくれズボンで変装だ」
「お貸しいただけるのに、文句など一言もございません!」

王女さまは焦ったように首をふるふると振った。
 

「そうだ。追っ手の目を欺くのならば…王女がズボン、イリスラートがスカートを履けば良いのではないか」
 

ピシッ
 

空気が凍った。

「そうだな。サタナスが!履けばいいんじゃないか?」
「おお、それもそうだ。我とイリスラートが履けば良いのだな」
「あ、あの…サタナス様。わたくしのズボンはその通りとして、イリスラート様はお嫌なのだと思います…」

おれの顔色を窺うように恐る恐る進言した。

「分かったか、サタナス!そういうことだ。おれは絶対履かない!」

――という会話が交わされ、おれもサタナスもズボンを履き、まだ準備中の王女待ちをしている。
おれの家は部屋が一続きになっているため、二人して家の外で立っていた。

「履きなれないから苦労しているんだろう」
「イリスラートが手伝ってくればいいではないか」
「……」

黙殺してやった。
不敬罪どころの話ではない。
男として罪人の烙印を押されてしまう。

「これで…よろしいでしょうか?」

やっと扉が開き、王女が出て来た。
しかし……

「フードを被った連れが二人もいると流石になぁ…」

彼女にもフーデットケープを貸してやったのだが。
今日以降、街へ下りる時に避けられてしまいそうだ。

「仕方ない。サタナス、お前が帽子被っとけ」

被っていた帽子を手に取り、フードを取っていたサタナスの頭に載せた。

「お前はどうするのだ?」
「このまま行くさ。俺の髪は追っ手に見られてないし大丈夫だろう」
「そうではない。銀髪であることはこの国では特別だ、と言っていたではないか。今後大丈夫なのかと聞いている」
「大丈夫さ。異国の血が入っているとでも言っておけば。実際事実だしな」
「そういうものなのか?」

サタナスはおれではなく王女に訊いた。

「ええ、まあ…。異国に居てもおかしくはないでしょう。銀髪は、修練すればとても強力な魔法が使えるようになる、という証なのです」
「では、遠慮なく借りるとしよう」
「あ、ちゃんと魔法掛けておけよ」
「分かっている」

おれがそういえば、と漏らすとサタナスは此方を向いた。

「どうしたのだ」
「いや、固定する魔法には詠唱、必要ないんだな、と」
「詠唱なしで魔法を使用できるのですか?魔王の息子、流石です…」
「相手の足を地に固定するのに便利だからな」

サタナスがまだ言い終えないうちに、王女がペンダントを握りしめて身構えた。
サタナスはそれを不思議そうに見た。

「勿論、人に使う必要などないが、偶にいるのだ。
父の決めた事に納得せん輩が。攻撃系魔法くらいは魔法陣無しで出来なければ、話にもならない」
「そう…ですか。悪魔の世界はレベルが高い…」

王女は悔しそうにそう呟き、まだ警戒の色を見せながらも足を進めた。
そして、おれ達を通り過ぎたところで振り返って、付いて来ていただけますか?と言った。

「王宮とやらを見たいからな」

溜息を吐き、仕方ない、おれも――と言おうとして戦慄した。
 

走馬灯のように色んなものが頭を巡った。
久しく忘れていたことだった。
忘れよう。
捨てよう。
消去しよう。
そう思っていた記憶だった。
 

王宮――あいつが居る。
あいつの魔窟だ。

「……サタナス、送ってってやれ」

少し王宮を見たら帰って来い。

「な、何故⁉一緒に来てはくれないのですか!」
「イリスラート。それは、喋るな聞くなと言ったことと関係あるのか?」
「そうだ」
「どうして⁉」

王女は今や泣きそうな顔をしている。
 

「おれは王妃を見ると――近くに感じると」
 

コロシタクナルンダ
 
 
 
 

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