異世界で美少女吸血鬼になったので”魅了”で女の子を堕とし、国を滅ぼします ~洗脳と吸血に変えられていく乙女たち~
Ex6-4 シスターコンプレックス
散々体の中を蹂躙した千草の口が離れると、巫里はベッドに倒れて大きく胸を上下させた。
与えられたのは、今までの人生で一度も感じたことのない、異常と呼ぶべき未知の感覚。
柔らかでしっとりとした唇が触れた時も、長い舌が口内を余すこと無く弄んだ時も、そして生暖かい液体のような何かが喉や食道を拡張しながら通り過ぎていった時も――例外なく、巫里の体は快楽に打ち震えていた。
苦しげに聞こえた声だってそうだ、あれは痛みによるものなのではない、ただただ気持ちよくて思わず声が出てしまっただけ。
心は拒んでいるのに、体が抗えない。
それがとにかく悔しくて、巫里は腕で潤む目を隠しながら、力いっぱい歯を食いしばった。
「プライドって邪魔ですよね、人が幸せになれない理由の1つがそこにあると私は思います。受け入れてしまえば、楽になれるのに」
ベッドの縁に腰掛けながら、千草は巫里の頬を指先で撫でた。
「……あんたの思惑通りになってたまるもんですか」
そのおぞましいこそばゆさに、巫里は千草を睨みつけた。
まだ戦意は失っていない、そう主張するかのように。
しかし憎悪を向けられた所で、彼女が圧倒的不利な状況にあることは変わりない。
どうやら隙を見て千草を仕留めようと考えているようだが、その程度は想定内である。
「到底敵わないことはすでに理解しているはずなのに、それでも抵抗の意思を失わない強さは、一体どこから来るものなのでしょうね」
「あんたにはわからないわよ……私には、守るべきものがあるの!」
「あははっ、まるで少年漫画みたいなセリフですね。ですが、世の中そうシンプルに善と悪に別れているわけではありませんよ。私が強引な手段に出た理由は、先程も言った通りです」
千草はベッドの上で巫里に馬乗りになると、顔を近づけながら言った。
そして四方八方から影が伸びたかと思うと、巫里の衣服を瞬く間に脱がす。
気づけば彼女は、おそらく吸血鬼たちが用意したであろうレースの付いた下着姿になっていた。
訓練により鍛えられた腹筋や手足は、アスリートのように引き締まっている。
同じく色違いの下着姿になった千草は、そんな彼女の体を舐めるように観察した。
視線が体の上を撫でていくような気がして、巫里は露骨に顔をしかめた。
「仲間を傷つけられました。私にとって守るべきものを傷つけた、だから罰を下す。これのどこが悪だと言うのでしょう」
「人殺しの化物に説明したってわからないわよ」
「吸血鬼殺しの人間には理解できるとでも?」
「っ、あ……」
繊細な指先が太ももの内側を撫でる。
思わず甘い声を出してしまった巫里は、顔をそむけて悪あがきをした。
「わかっていますよ、話し合いなどした所で平行線をたどることぐらいは。ですから、私にできることなんて、半吸血鬼の素晴らしさを体に教え込むことぐらいしか無いんです」
「だからって、こんな……おかしいわよ、女同士で……!」
「慣れですよ。な、れ」
千草は耳元でそう囁き、そのまま彼女の耳たぶにキスをした。
さらには耳の縁を舐めあげ、わざとらしく音を立てて口づけを繰り返す。
「ん、あっ、やめっ、そんなとこぉ……っ!」
「どうせ3日間は逃げられないんですから、楽しんではどうですか?」
ちゅっ、ちゅぱっ、と千草の唇が触れ、音を鳴らす度に巫里は面白いように反応を見せた。
「ひううぅっ」
先程までの気丈な態度はどこへやら、耳への愛撫を繰り返され弱々しい声をあげる。
拷問のように痛めつけられるのならともかく、このような愛でられ方をされるとは想像もしていなかったのだろう。
訓練でも、痛みに耐えること以外は教えられてこなかったはずだ。
それに、体を動かすことでそれを発散してきた巫里は、ネットに入り浸りだった扇里に比べると知識も経験も乏しい。
「やめ、なさい……よぉ、そんな耳……ばっかりぃっ……!」
「あなたがそっぽを向くからでしょう? 嫌なら私の方を見てください」
見たら見たで別の何かをされるに決まっている。
だが耳への責めに耐えかねた巫里は、言われるがままに正面から千草と見つめ合ってしまった。
至近距離で赤い瞳に見つめられると、体が動かない。
不覚にも、一瞬だけ”綺麗だ”と思ってしまった自分を恥じ、顔が赤らんだ。
「こんなに可愛らしい女の子を、命がけの戦いに駆り出すなんて。とんだ人でなしも居たものです」
急に優しげな声色で言う千草。
目と目をしっかりと合わせながら言われると、敵だとわかっていても言葉が胸に染み込んでくる。
巫里自身にそういった耐性が無いことも災いしたのだろう。
一瞬、彼女は警戒を解き油断してしまった。
そこに千草の唇が降り注ぎ、半開きの隙間から舌が滑り込んでくる。
「む、ふぅっ……は、んちゅ……んふぅ、はぷ、ぷちゅ……っ」
人生二度目のキスは、一度目の乱暴なものとは異なり”巫里を気持ちよくしてあげよう”と、まるで恋人に向けるような慈愛が篭っていた。
そのギャップに、思わず身を預けそうになってしまう。
気を確かに持て、と自分に言い聞かせながらどうにか踏みとどまったが、しかし肉体の反応までは止められない。
顔を傾け、深く唇を重ねながら、丁寧に丁寧に舌全体を愛撫していく千草の動きに、巫里は少しずつ頭がぼおっとしてくるのを感じていた。
「ぁん……む、ぁ、にちゅ……ちゅ、んぉ……お、ぅ……じゅぱぁっ……」
気づけば、巫里の中から抗おうなどという気持ちは完全に失せていた。
あれほど強く嫌悪感を抱いていたはずだというのに、与えられる生の快楽がそれを上書きしてしまう。
だからこそ、悟ったのだ。
千草の言う通り、変に抵抗したところで無駄だ、と。
こういった行為に限れば、経験も技術も、圧倒的に千草の方が上であることは間違いない。
何度か力づくで押しのけられないか試してはみたが、何故か両手足にそこまで力が入らなかった。
何かしらの対策が講じられていると考えるのが自然だろう。
すなわち、ここから逃げることは不可能なのだ。
だったら、無駄な抵抗にリソースを割くよりかは、快楽を享受しつつ、自分の意思を強く持つことに全ての力を注ぐ方が賢かろう。
「ん……はぁ……ふふ、随分と大人しくなりましたね。諦めた、という雰囲気でもありませんし、無駄な体力を使うことを避けましたか」
「そ、そうよ……変に抵抗したって、どうせ得体の知れない力で組み伏せられるだけだもの。だったら、三日間楽しむだけ楽しんで家に帰るほうが利口だわ」
「そうですか、そういう考えなら私も遠慮なく行かせてもらいます」
今まで遠慮してたのか――と巫里は内心戦々恐々としていたが、顔に浮かべた不敵な笑みは崩さない。
先程のキス程度の快楽ならば、表情を作る程度の余裕はまだ残っている。
この調子で三日間耐えきれば、と作戦を立てる巫里だったが、
「んひううぅぅぅううううっ!」
千草が彼女の右手を取り、その手の甲をぺろりと舐めた瞬間に、何もかもが頭から吹っ飛んでいった。
巫里は思い切り背中を仰け反らせながら、足の指をピンと伸ばして体を震わせる。
「はっ、はひっ、ひ、いま、の……は?」
「”印”ですよ」
「しる、し?」
彼女はここで初めて、自分の手に見慣れぬマークが浮かび上がっていることに気づいた。
ハートに悪魔のような羽の生えた、悪趣味なタトゥー――いつの間に、一体何の意味があって。
訝しむ巫里の疑問に答えるように、千草は上機嫌に言った。
「体に魅了のための魔力が満ちたことを示すサインで、触れられると強烈な快感が与えられるんです。どうですか、すごかったでしょう?」
すごかったなんてものじゃない、ただの一舐めだけで脳細胞がいくつも死んで、馬鹿になってしまいそうな感覚だった。
今でも視界がチカチカしており、体は余韻に震えている。
「……ぜ、全然、すごくなんてないわ。余裕よ、余裕」
「ふふふ、無理してますね。本来は魅了状態にある女性しか味わえない快楽ですから、心が堕ちていない巫里が味わうとどうなるのか興味があったのですが、感じ方は通常時と変わらないようで」
素直でない巫里を咎めるように、千草は彼女の手の甲をつねった。
すると面白いように喘ぎ、のたうち回る。
「ひあぁっ!? んぁ、ぁおっ、はあぉおっ! そ、そぉ……れっ、やめ、ひぇえっ!」
さらに千草が爪で手の甲の印をカリカリと掻くと、その度に巫里は肌を紅潮させ、じわりと汗ばみながら、大きく体を跳ねさせた。
ギシギシとベッドがきしむ。
手の甲でお手軽に弄ぶのも千草にとってはそこそこ楽しかったが、だが場所としてはいまいちインパクトが薄い。
そこで彼女は、印に人差し指を当てた状態で目を閉じ、その指先に魔力を集中させた。
そしてバチッ、と雷光が走ったかと思うと、人差し指の動きに合わせて印が移動を始める。
「あっ、あっ、あっ!?」
「手の甲だけじゃつまらないでしょう? 別の場所でも遊んでみましょうか」
腕のラインをなぞり、まずは巫里の腋に停止した。
そしてくぼみに印を合わせると、温かくしっとりとしたそこに指を沈ませていく。
「んおぉぉ……こ、こんな、場所ぉっ……!」
ただそれだけで、巫里は声を震わせた。
千草は彼女の手を取ると上にあげ、印が刻まれた腋をむき出しにする。
千草はそこに顔を近づけると、いたずらっぽく笑いながら言った。
「体を動かしたあとだからか、少し汗臭いですね」
さらに腋に顔を埋め、すんすんと鼻を鳴らす。
「そんな恥ずかしいこと言わないでよぉっ!」
「恥ずかしいから言うんじゃないですか、スパイスのようなものですよ」
「変態じゃない……」
「今からここで気持ちよくなる巫里に比べたら、足元にも及びませんね」
そう言うと、舌を伸ばして印の上を滑らせた。
「はぉっ、おぉおおん……ん、ふうぅっ、ひううぅぅううっ!」
にゅるりとした長い舌が肌を滑るたび、巫里の脳内に快楽がほとばしる。
逃げるように体をよじるも、腕をしっかりと抑えられているため身動きが取れなかった。
ぺちゃぺちゃという湿った音が繰り返される。
千草はわざと唾液を多めに出しながら、彼女の腋にまぶしていった。
そしておもむろに顔を離すと、腕を下げる。
巫里の腋は、ぬらついた状態のまま閉じられてしまった。
「はぁ……はぁ……な……なに? どうしたら、いいの?」
「そのまま前後に動かしてください」
「嫌……って言ったら?」
「強引にさせますよ、いかなる手段を使ってでも」
「ううぅ……」
巫里は露骨に顔をしかめながらも、言われるがままにするしかなかった。
ぴったりと腋を締めた状態で腕を前後させると、にゅちっ、にゅちっと千草の唾液が絡み合って粘着質な音が鳴る。
「んふっ、ふううぅんっ……!」
不本意ではあったが、印の影響でその行為にすら快感を覚えてしまう。
音が響く度に、合わせるように巫里の口からは色っぽい吐息が漏れた。
「ふうぅっ、はぉっ、おふ、ひゅうぅっ」
自らの腋から漂ってくる唾液の匂いすらも、今の彼女には官能的な香りであるかのように思えた。
にゅちっ、にゅちっ、にゅちゃっ――嗅ぐ度に体が熱くなり、相乗効果で自然と腕の動きも早まっていく。
「おおぉっ、んぁ、あはっ、はぁぁっ、ふんうぅっ!」
「自分で自分の腋を擦りながら気持ちよくなるなんて、変態以外の何者でもありませんね、巫里」
彼女の痴態を前に千草も興奮しているようで、頬を赤らめながら耳元で囁いた。
すると巫里の動きが止まる。
「う……」
「いいんですよ、止めないで。ああ、それとも滑りが悪くなってきましたか?」
「ち、ちがう……私は、あんたに言われたから……」
「ええそうです、だから私の言葉はただの独り言です。何も気にしなくていいんですよ。それよりほら、腕を上げて。また舐めてあげますから」
よほど先程の感触が気に入ったのだろう、巫里は悔しさを表情ににじませながらも、ゆっくりと腕を上げ、腋を露わにした。
また千草はそこに顔を近づけると、鼻を鳴らす。
「さっきよりもずっと酷い匂い」
「だから、わざわざ言わないでって……」
「いちいちリアクションする巫里が悪いんですよ」
「そんなのっ……んああぁっ!?」
彼女の抗議を遮るように、千草の舌が伸びる。
「あっ、あふうぅっ、ふあぁんっ!」
ナメクジのようにねっとりとしたそれが印を舐めあげる度に、巫里はもはや口元に笑みすら浮かべながら喘いだ。
巫女と言うからには彼女は処女だし、運動ばかりに打ち込んできたせいか知識も乏しい。
思っていたよりも抵抗が見られないのは、彼女の無知ゆえに、なのかもしれない。
たっぷりと唾液を塗りたくり千草が顔を離すと、今度は自ら腋を締めて動かし始める。
「本当に気持ちよさそうですね」
「そ、そうよぉっ、はぁんっ、気持ちいいのっ! こんなのぉ、あんっ、気持ちいいに決まってるじゃないのぉっ!」」
「半吸血鬼になれば、もっともっと気持ちよくなれますよ」
「ふううぅん……いぃ、いいぃ、これだけで、いいっ、我慢するぅっ!」
「そうですか。まあ、別にそれでもいいんですけどね」
実を言えば、千草には巫里を急いで堕とすつもりなどさらさら無かった。
ゆっくりでいい、早く終わるならそれでも構わないが、時間がかかるならかかるでそれも楽しいだろうから。
それよりも本命は――
◆◆◆
「あれー、おっかしいなー」
エリスは、ベッドの上で横たわる扇里の体を舐めるように観察しながら、首をかしげる。
千草と同じように魔力は注ぎ込んだ、魅了はされていないが肉体は半吸血鬼になる準備が整っている。
それは間違いないのだ。
だが、なぜか――扇里の体をどれだけ調べても、印が見つからない。
「失敗した? いやいや、そんなことは無いと思うんだけど」
「……私の体に、何したわけ?」
「気持ちよくなるための細工。タトゥーみたいなのが体のどっかに浮かび上がるはずなんだけ、ど……」
エリスはふと、異世界に居るラライラライのことを思い出した。
確かに彼女の場合、印は”舌”に表れたはず。
つまり、必ずしも体の外側に出るわけではないのだ。
「ねえ扇里、お口あーんしてみて」
「また変なことするんじゃ……」
「しないって。それに、さっきのも気持ちよかったでしょ?」
「それは……まあ、そうだけど……」
エリスの言う通り、扇里は口から影の形をした魔力を注ぎ込まれながら、今まで経験の無い快楽を全身で感じていた。
巫里と違い、彼女は知識がそれなりにある。
異性との経験はないが、自分の手ですることは多い。
その感覚を知ってはいるのだ、だが大きさと言うべきか、量と言うべきか、とにかく押し寄せる怒涛の質量に圧倒されてしまったのだ。
”また味わいたい”。
間違っていると知りながらも、そう望んでしまうほどに。
「じゃあ私の言う通りにして、さっきよりもっと気持ちいいのあげるからさ」
先程の喉を通り過ぎ、体全身に染み込んでいく甘い感覚を思い出し、ごくりと唾を飲み込む扇里。
そしてエリスから微妙に視線をそらしながら、大きく口を開いた。
エリスは口の中を覗き込むと、舌に、口蓋、頬の内側と順番にチェックしていく。
「無いなぁ……どこに出ちゃったんだろ」
言いながら、彼女は人差し指を扇里の舌に乗せてぎゅっと軽く押し潰す。
扇里は「んが」と気の抜けた声を出した。
奥に赤い口蓋垂がぶら下がっている。
「んん?」
エリスは、ようやくそこで印を見つけた。
口蓋垂のさらに奥、喉に張り付くようにうっすらとハートのマークが浮かび上がっているのだ。
「うわ、こんな場所に出てるし。珍しいこともあるもんだ」
そのまま指を奥に進め、餌付く扇里に「ごめんねー」と軽く謝りつつ、印に指先で触れた。
「あがっ、あおぉぉおおおおおっ!?」
すると扇里は、突如喉奥に走った電流のような感覚に、仰け反りながら雄叫びを上げる。
エリスは満足げに笑いながら手を抜き取ると、まとわりついた唾液を舐め取った。
「今のが印。ね、比べ物にならなかったでしょ?」
扇里はまだ余韻に浸り、ぼーっとした表情を浮かべている。
視線も虚空を彷徨っており、まだ意識が戻ってきていないようだ。
「いきなり触るのはちょーっと刺激が強かったかな。でも、さっきのは軽く指先で触れただけ、もっとがっつり触ったらどうなっちゃうんだろうね。楽しみだよね?」
「あぅ……うぅ……」
呻きながらも、ゆっくりと頷く扇里。
それをさらなる行為に対する同意と受け取ったエリスは、彼女に唇を近づけた。
「ただ、さすがに普通の人間の喉をべたべた触ったら痛みも出るだろうし、その辺のケアもしながら可愛がったげる」
「キス……する、の?」
「するよぉ、私らのながぁい舌で扇里の気持ちいいとこ舐めたげる」
「舐める……さっきの、所……」
期待に扇里の瞳が潤む。
そんな彼女を見て、エリスは歯を見せながら笑った。
「しししっ、扇里は素直でいいねえ。でもわかってる? これ、ただ気持ちよくなるだけの遊びじゃないからね。三日間耐えたら人間のまま逃してあげるっていうゲームなんだから」
忘れてはいない。
もちろん人間を辞めて化物になりたいとは思っていないし、姉を裏切らないためにも三日間耐え抜いて見せるという使命感はある。
だが――一方で、扇里は疑念も抱いているのだ。
果たして耐えて、逃げた所で、この世界に逃げ場所などあるのだろうか、と。
それに、巫里と違って扇里は無力だ。
一般的な女子高生の平均よりも、身体能力で遥かに劣る彼女が、抵抗を諦めるのは合理的ですらあった。
「んま、私としては扇里みたいな女の子が気持ちよくなって、幸せになってくれればそれでいいんだけどさ。んじゃ始めよっか、まずはキスからで」
「……うん」
扇里が頷くと、エリスは唇を寄せた。
単純に”キス”と呼ばれる行為としては、これが初めてと言ってもいいのかもしれない。
2人の口と口が重なり、にゅるりとエリスの舌が扇里の口内へと侵入していく。
扇里は最初から口を軽く開いており、それを拒んたりはしなかった。
もっとも、舌を絡めあってのキスは彼女にとって初めての経験なので、何をどうしたらいいのかなど全く想像も付かなかったが。
「んちゅ……れるぅ……んふ、ふううぅんっ……」
扇里から鼻がかった喘ぎが零れる。
エリスの舌は巧みに彼女の舌を根本から絡め取り、自らの唾液を絡めながら、丁寧に愛撫していった。
初めて感じる、他人の舌の感触。
ほんの少しざらりとしていて、けれど基本的にはにゅるりとしていて、想像していた以上に心地よかった。
他人の体液を味わうという行為も、扇里は自分で思っていた以上にすんなりと受け入れている。
むしろ、甘い唾液を舌の上で転がして、喉を通り過ぎ、体の一部とする度に、エリスとの距離が近づく気がして――気付けば彼女は”もっと欲しい”と思うようになっていた。
だが、半吸血鬼の責めがそんな甘っちょろい動きだけで終わるわけもない。
エリスの長く伸びた舌は、扇里の舌を巻き取りながら更に奥へ進んでいった。
そして微かにしょっぱい喉奥に触れ、印のある場所を舌先で上下に舐めあげていく。
「ふごっ、ぉ、おおぉっ、んぐっ、もごぉっ!」
エリスの口に塞がれた状態で、くぐもった喘ぎをあげる扇里。
一見してもがき苦しんでいるようにも見えたが、だが彼女はエリスの舌を拒まない。
むしろ後頭部に腕を回して、催促するように抱き寄せている。
喉の壁を舐められる度に、扇里に与えられるのは快楽だけではなかった。
エリスは舌に魔力を込め、今後の愛撫にも耐えられるよう、肉体を変質させていたのだ。
そのおかげで、扇里は全く痛みを感じること無く、印から与えられる快楽を貪ることができた。
できれば生身の人間の状態のままの方が好ましかったが、そう出来ない場所に印が出てしまったのだから仕方がない。
「こ、か……はっ……はあぁ……ん、ふうぅ……ふー、ん……はぁ……ん……っ」
エリスは唇を離し、にゅぽっと透明の雫が滴る長い舌を引き抜く。
明らかに人間のものと比べて逸脱した形をしたそれが、彼女の口の中に収まり元のサイズに戻っていくのを、扇里は惚けた表情で、胸を上下させながらぼんやりと見つめていた。
「キス1つ取っても人間よりずっと良いんだよ、それが半吸血鬼ってわけ。今のでわかったでしょ?」
こくん、と頷く扇里。
確かに気持ちよかった、想像していたキスより遥かに何十倍も。
未だに、口の中がぴりぴりと痺れているほどだ。
「人よりも身体能力で優れ、高い魔力を持ち、争いもなく、誰もが愛し合い、それでいて毎日が人間の身では味わえない快楽に満ちている……って説明してもさ、みんなまだ拒むんだよ? 私には、そうまでして”人間”にしがみつく心理が理解できないな」
「誰だって……化物には、なりたく、ないから」
「扇里は私のことを化物だと思う?」
扇里に向かって、至近距離で笑いかけるエリス。
人懐っこい、悪意などひとかけらも感じられないその表情に、扇里の心臓は跳ねた。
エリスは扇里の目から見ても、文句なしの美少女である。
いや、彼女に限った話ではない。
千草だってそうだし、思えば紗綾だってそうなりつつあった。
みな、同性であろうと惹かれてしまうほどの美貌を備えており、なおかつ表情の裏側にある悪意のようなものが感じられない。
いたずら心は存在しても、他者を傷つけるためのものではない。
彼女らが扇里に見せているのは、紛れもなく相手を幸福にするための”善意”だ。
彼女らを化物だというのなら――人間はもっと、醜悪な何かと言わざるをえない。
だが半吸血鬼が人殺しであることもまた事実。
男性を命であると認識しない、そんな習性によるものだ。
悪意はない、それは目の前の笑顔が証明している。
しかし、人殺しという行為は悪である、扇里の価値観がそう判断しているから。
目に映る光景と、脳内との情報との間に齟齬が生じ、彼女を惑わせる。
答えに窮した彼女は、何も言わずに視線をそらした。
するとエリスは、その目すら逃すまいと両手で顔を抑え、まっすぐに見つめあう。
「扇里はいい子だね、頭ごなしに私たちを否定しない。先入観に囚われやすい子だとこうは行かないの、人の話も聞かずに私たちを化物化物ってさ」
「あたしは……」
「ねえ、なっちゃおうよ。気持ちよかったでしょ? ああいうの嫌いじゃないんでしょ? わかるよ、こっちの世界に来てからもう何人も仲間にしてきたし、扇里がそういうタイプの子だってことぐらい。だったらさ、毎日朝から晩まで嫌なことなんて何も考えないでいい、気持ちいいことだけ出来る私たちの世界においでよ。恥ずかしがらなくたっていい、絶対にそっちのが幸せだって」
エリスの指先が扇里の耳をくすぐる。
こそばゆい感触に、扇里は「ん……」と艶っぽく喉を鳴らした。
正直言って、惹かれるものはあった。
単純に快楽しか存在しない世界というのにもそうだし、何より”嫌なことなんて何も考えないでいい”というエリスの言葉に心が反応する。
嫌なこと。
家族のこと。
自分だけ仲間外れで、血の繋がった家族なのに蚊帳の外にいるような気分になること。
孤独じゃないのに、ふいに寂しさが襲ってくる。
家族との触れ合いですらその寂しさを消せないというのなら、特効薬なんてきっと人間の世界には存在しない。
それこそ、人外の力でも借りない限りは。
「まだわかんないかな、それとも感触が薄れてきた? だったら、もっかい味わっておこっか」
「まっ――」
扇里の静止はエリスの耳に届かない。
2人は再び唇を重ねると、すぐさまねっとりと交尾する蛞蝓のように舌を絡め合う。
一度体の中に入られると抵抗の術はもうない。
歯茎から舌の裏、さらには付け根に至るまで、余すこと無く舐られ、体をくねらせる扇里。
そしてぞぶりと喉奥にそれが挿し込まれると、また脳を焼き焦がすような快楽が彼女を支配した。
「ふぐっ、ぐうぅっ、んごおぉっ、ごっ、おぼ、んおおおぉおっ!」
扇里の腰は浮き、喉をさらけ出すように仰け反り、目はぐるんと上を向く。
少しでも気を抜くと意識が吹き飛んでしまいそうな強烈な感覚。
もはや自分がどこにいて、誰にこんなことをされているのかもわからなくなり、ただひたすらに”もっと欲しい、もっと欲しい”と本能がリピートしている。
それを表すように、彼女の両腕はまたしっかりとエリスの体に回されていた。
もちろん、抱き寄せられたエリスも彼女のその行動を見て、”もっと激しいのを期待されてる”と気を良くし、動きを早め、大きくしていく。
「おご、ごぉっ……おふっ、ぐぶっ、ぶ、ちゅ……じゅぶっ、びゅ、はぼぉっ!」
ぐちゅ、ぐちゅ、と舌が唾液を纏いながら、扇里の喉や食道を拡張していく。
気づけばエリスの舌も太く大きくなっており、ピンク色の肉塊が唾液を撒き散らしながらピストンする。
喉の奥を突かれているのに吐き気は無い。
呼吸も出来ないはずなのに苦しくもない。
ただただ、理性を押し流すような大漁の快楽が、扇里の正常な思考を奪っていく。
にゅぼっ、じゅぼっ、じゅぶぶっ!
およそ人の口から出る音とは思えない、激しくかき混ぜる音と共にひたすら抽送運動を繰り返すエリスだったが、おもむろに舌をずぼぉっと引き抜く。
「はごおぉぉっ!? お……ん、おおぉ……ほ、ほぉ……」
引き抜かれる瞬間、扇里はひときわ大きく体を仰け反らせた。
そしてぐったりと体をベッドに投げ出すと、大きく胸を上下させて息を整える。
汗ばんだ頬に、髪が張り付いている。
エリスはそれを指で退けると、頬と額に軽くキスをした。
ギャップのある優しさに、扇里の心がぐらりと揺れる。
それを知ってか知らずか、今度はエリスが先程の肥大化した舌をでろんと伸ばすと、彼女の目の前で揺らす。
すぐに意図は察せた。
拒もうとも思わなかった。
唾液滴るそれを、扇里は自ら大きく開いた口に含む。
「はぶっ……ん、ぼ……ほ、ぉ……ん、ぐっ」
エリスは動かない、あくまでこれは扇里の意思で行われていることだ。
普通であれば絶対に飲み込むことは出来ないはずの大きさのそれを、扇里は躊躇なくずるずると飲み込んでいく。
口いっぱいにひろがるエリスの味と匂いに、頭がくらくらする。
先程まで与えられていた快楽への期待からか、自然と体も熱く疼いた。
「じゅぼぉ……にゅ、ぷ、んぼっ、はぶ、ちゅうぅ……っ」
しかし扇里は、やられてばかりではいられない、と思ったのか、エリスの舌を喉奥へと導くのを途中で止め、その場で舐めしゃぶり始めた。
頬をすぼめながら、舌と涎を絡ませ奉仕する。
ぎこちないその動きに、エリスは快感というよりは、愛おしさを感じていた。
少しでも自分に気持ちよくなって貰おうと必死になるその姿に、庇護欲が掻き立てられたのだろう。
エリスの手が扇里の頭を撫でる。
すると彼女は、心地よさそうに目を細めながら、その調子でにゅぼっ、にゅぼっ、と頭を前後させながらしゃぶり続けた。
しばしそれを続けたあと、飲み込むのを再開する。
太い肉が喉を通り過ぎ食道へと差し掛かると、扇里の首は外から見てわかるほどぼこっと盛り上がった。
「んごおぉ、ぉおおぅ……ふんっ、ん、っふううぅぅぅううぅぅんっ!」
印をざらりとした舌が擦るたび、意識が吹き飛びそうになる。
それを必死で繋ぎ止めながら、扇里はさらに奥へ奥へとエリスの舌を導いていった。
そして舌先が胃袋付近まで到達した時、主導権は再び移行する。
少し離れていた2人の唇がぴたりと密着し、エリスは乱暴に抜き差し、撹拌を始めた。
扇里の喉から獣の如き喘ぎ声が響き、腰が激しくくねる。
だがやはり、両腕はしっかりと相手の体に回されており――彼女は自ら望んで、人外の悦楽を受け入れるのだった。
◆◆◆
「あぁ千草様、千草様ぁっ!」
巫里は発情した兎のように千草に抱きつき、体を擦り付ける。
布ずれのこそばゆさすら、今の彼女には至高の悦びであった。
なにせそれは、千草から与えられたものなのだから。
千草様は今の自分の全て。
肉体も、心も、生き方も、時間も、何もかもを彼女が与えてくれた。
だから心酔する、崇拝する、何よりも千草という存在を優先する。
ただそれだけで巫里は幸せだった。
だが――
「ん……あぁ、千草様っ、ふああぁぁ……っ」
千草は愛することを許可するだけでなく、自らの手で巫里を愛でてくれる。
甘えてくる巫里を、心底愛おしそうに見つめながら頭を撫でてくれる。
神の寵愛を受けた信徒は、もはや言葉も失い、唇を震わせながら喜びを噛みしめることしかできない。
「私、半吸血鬼になれてよかったぁ。千草様のおかげです、千草様が私を捕まえてくれたから、そして私を許してくれたから、こうして人間では到底届かない幸福を得ることが出来た。いくら感謝の言葉を並べても足りません。ありがとうございます、ありがとうございます、好きです、大好きです、私の命をいくつ捧げても足りないぐらい愛しています、全てを捧げたいと思っています。体も、心も、魂も、何もかもを。それでも私なんかのでは足りないでしょうけど、少しでも足しになるよう自分を磨くことを忘れませんから。だからっ、だから千草様っ! 私を――」
溢れ出す思いを抑えきれず、雪崩のように言葉を並べる巫里。
興奮した様子の彼女を千草は微笑んだままそっと抱きしめると、耳元で「私も愛していますよ」と一言だけ囁いた。
何千文字も、何万文字も、彼女への想いを羅列した所で――ああ、この一言にすら届かないのか、と巫里は自分の矮小さを自覚する。
そして同時に、そんな偉大なる千草の寵愛を受けられることを、心の底から誇りに思い――
◇◇◇
――そこで、巫里は目を覚ました。
仰向けの状態で右手を上にかざし、現実であることを確かめるように何度も閉じて開いてを繰り返す。
それを眺めているうちに、次第にぼんやりとした視界はクリアになっていった。
だが頭はまだ重い、寝起きだから仕方がないのだが。
彼女はかざした手を下ろし、手のひらで顔を覆うと、大きくため息をついた。
「はあぁ……最悪。悪夢だわ」
夢のくせにはっきりと覚えている。
自分が千草に媚びた仕草で擦り寄る姿を。
確かに、昨日は正気を失っているとしか思えないほど乱れていたが、だが心はまだ抵抗を忘れていない。
だというのに、あのような夢を見るのは――
「どんな夢を見たんですか?」
真隣から聞こえてきたその声に反応して、巫里の首はギギギと錆びたブリキ人形のようにぎこちない動きで横を向いた。
千草の赤い瞳とばっちり目が合う。
「おはようございますね」
笑いながら言う彼女に、思わず巫里は頬を引きつらせた。
「まさか、あんたが見せてたんじゃないでしょうね?」
夢の中に現れるのは、妖の類の常套手段だ。
何でもありの”影”を操る彼女になら、その程度できたっておかしくはない。
「良い夢見だったみたいですね。初めての試みなので不安でしたが、楽しんでもらえたみたい嬉しいです」
「楽しめるわけないでしょうがっ! 悪趣味よ! あんた趣味が悪すぎんのよッ!」
「でも気持ちよかったでしょう? 夢の中なのに、まるで現実のように感じて」
「それとこれとは話が別よ!」
巫里は否定しない。
事実、夢だというのに体には疼きがまだ残っていたからだ。
もちろん、千草を前にして本音を隠しきれるはずもなく、全てお見通しだったが。
彼女は巫里の首に手をのばすと、飼い犬にそうするように顎の下を撫でた。
「ふああぁうっ!?」
びくん、と過剰に反応するのは、現在彼女の印がそこにあったからだ。
昨日は手の甲、腋、そして胸に印を移動させられたあと、最後は首を呼吸困難に陥るまで責め立てられた。
呼吸が出来ず、酸素も足りないはずなのに、不思議と苦しくはない。
そんな人間では味わえない感覚を味あわされたまま、気絶するように眠ってしまった。
また昨日の再現をしようとでもいうのか。
千草は印の位置を下顎から首の横に動かすと、そこに口を近づける。
そして、キスマークをつけるように印に吸い付いた。
「んああぁぁっ、あ、くうぅ……っ!」
可能な限り千草の思惑通りにならぬよう、声をこらえる巫里。
だが、必死に我慢する彼女の姿こそが、何よりも千草を喜ばせていることに彼女は気づいていない。
ちゅぱっ、とわざとらしく音を立てながら口を外すと、そこには真っ赤な跡が残っていた。
今度は舌を伸ばし、キスマークを上から舐め取っていく。
「ふううぅ、ん、ううぅっ、あ、ああぁっ、はあううぅっ」
吸われるのとはまた違う感覚に、巫里は先程よりも大きな声を漏らした。
どうやら彼女は舐められるのが一番好みのようで、ちょうど今のように露骨に反応が良くなる。
巫里が気持ちよくなってくれている、そう思うと千草の気分も高揚し、彼女はさらにペースを早めて愛撫を続けた。
「んふふ、首を舐めていると、どうしてもその下にを流れる血を意識してしまいますね。いっそこのまま吸ってしまうのも面白そうです」
「あ……ま、待って……約束がっ……!」
「なら抵抗したらどうです? ほら、牙が少しずつ首に食い込んで行きますよ、わかるでしょう? ずぶぅっ、て体の中に私が入っていくのが」
千草は実際に巫里の首に口を近づけると、2本の牙を彼女の首に突き立てた。
「あ……あぁ、んああぁ……っ!」
巫里は抵抗したいのはやまやまだったが、快楽に体が震えて言うことを聞かない。
体に穴を空けられ、本当は痛いはずなのに、不思議と彼女の首に走る感覚は、熱い液体を内側に注がれるかのような痺れだけだった。
千草も千草で、本当は冗談のつもりだったのだが、こう首に食らいついてしまうと、吸血鬼の本能が”本当に吸ってしまえ”と語りかけてくる。
やろうと思えばいつだってそうできた、けれどそうしなかったのは、”罰”と”演出”のためだったはず。
刹那の快楽に身を任せてしまえば、それが台無しになる――そう自分に言い聞かせる千草は、目を閉じ、気持ちを落ち着け、牙を引き抜いた。
そして手をかざし、影で傷を埋める。
「あ……あれ?」
「冗談ですよ、ルールはルールですから、巫里が望まない限り私から血を吸うことはありません。でも、随分と抵抗が弱かったですね、本当は吸われたかったんじゃないですか?」
「ち、ちがっ……!」
一瞬でも”もうこのままでもいいか”と諦めてしまった自分を、巫里は猛烈に恥じた。
まだ二日目だ、諦めるには早すぎる。
それに扇里だってまだ戦っているのだから、ここで姉である自分が折れるわけにはいかない。
例えどんなに気持ちよくて、どんなに体が彼女たちの手や口を求めたとしても。
「……まだ、全然なんだから。タイムリミットは明日でしょう? ふふ、この調子なら……よ、余裕ね!」
「そうですね、余裕でしょうね。まあそれでも構いませんよ」
「昨日もそんなこと言ってたわね。どういうつもり? 私を仲間にするために連れてきたんじゃなかったの?」
「だって、まだメインイベントが終わっていませんから。その前に堕ちられたんでは、楽しみが半減してしまいます」
「何をするつもりなの?」
閉じ込め、姉妹を分断しただけに飽き足らず、千草たちは何かを企んでいる。
巫里は敵意を剥き出しにして睨みつけると同時に、抵抗の術を持たぬがゆえに不安で心を曇らせた。
「そろそろ頃合いでしょう、あちらの様子を見てみましょうか」
千草が壁に設置されたモニターに視線を移すと、それを察知したように電源が入った。
映し出されるのはもちろん、下着姿の扇里とエリスの居る部屋の様子だ。
2人はベッドの上で膝立ちの状態で抱き合いながら、深く舌を絡めている。
『んちゅ……むちゅっ、んふうぅ、はぶ、じゅるっ……んううっ、は、あんっ、エリスぅ……っ』
「せ、扇里……?」
扇里が淫靡に半吸血鬼と交わる姿に、巫里は戸惑いを隠せない。
まだ妹も戦っているはず、だから自分も耐えなければ。
そう考えていた巫里の気持ちが微かに揺らぐ。
「扇里だめよっ、目を覚まして! そいつらは人殺しの化物なのよ!?」
「無駄ですよ、今はあちらと繋がっていませんから。一方的に私たちが部屋の様子を見ているだけです」
「じゃあ繋ぎなさいよ!」
「嫌ですよ、せっかく盛り上がっているのに。それに水をさしたら私がエリスに怒られます」
都とエリスにたっぷり責め立てられた日の記憶は、未だに千草のトラウマだ。
「でも、あのままじゃ……」
「扇里が自ら半吸血鬼になることを望みそうだ、と?」
「っ……」
巫里の不安は、モニターに映る彼女の姿を見てさらに膨らむこととなる。
ねっとりとした唾液が糸を引きながら、2人は口づけを終えた。
扇里とエリスは見つめ合いながら視線でディープキスをすると、ついばむように数回唇を重ねる。
『じゃああれ、やっちゃおうか』
『うん、欲しい。あれちょうだい』
扇里はそう言うと、大きく口を開き、さらに人差し指を唇の箸に引っ掛けてさらに広げる。
エリスの方は手を開いて指をピンと伸ばし、それを舌を突き出しながら待ち受ける扇里の口に近づけていった。
「何をするつもりなの?」
エリスが手を口に入れようとしていることも、それを見て扇里がうっとりと目を細めていることも、巫里には理解できない。
それでも事は進んでいく。
唾液にまみれた粘膜にエリスの手は飲み込まれていき、その指先が喉に触れた時――『はおおぉんっ!』と扇里は大きな声をあげた。
それに驚いた巫里の体がびくっと跳ねる。
「あんな場所に印があるみたいですね」
「だ、だからって……あんなの、死ぬっ、死んじゃうわ!」
「傷つける意図はありませんから、エリスもちゃんとその辺は考えてると思いますよ。それにほら、見てくださいよ扇里の幸せそうな顔」
確かに彼女は恍惚としていた。
だが、だからこそ、巫里は恐ろしいのだ。
あのような人ならざるものの交わりを、自分の妹が受け入れてしまっているという事実が。
『ん、おごっ、ご……ぐ、ぇ……んぐおおぉおおおおんっ!』
『扇里の中、ぬるぬるしててきゅうきゅう締め付けてきて気持ちいいよ、もっと奥に入れるからねっ』
『ぐごおおぉおおおおっ!』
エリスの腕は、ずぶずぶと扇里の体の中に沈んでいく。
口は顎が外れたように大きく開き、頬の皮も今にも千切れそうなほど張り詰めている。
そして何より、腕により広げられた喉が、肌の上から見てもぽっこりと膨らんでいるのが特別不気味だった。
もっとも、扇里はその膨らんだ喉に触れ、皮越しにエリスの腕の感触を確かめるのが楽しくて仕方ない様子だったが。
「や、やめてっ、やめてよぉっ! 千草、ねえお願いだから、あのままじゃ扇里が壊れちゃう! 戻れなくなっちゃう!」
「そうするためにしているんですから、当然ですね」
「ふざけないでっ! 私たちが何をしたっていうの!?」
「だから、仲間を傷つけたと。それでも殺そうとしているわけでは無いんですから、優しい方だと思いますよ」
「どこがよ!?」
「気持ちよくしてあげてるじゃないですか。扇里だって、自ら望んであれを受け入れている。それは見ている巫里だって理解しているんじゃないです?」
再びモニターに目を向ける巫里。
その向こうでは、唾液を撒き散らしながら腕を出し入れされ、見たことのない壊れた表情で快楽を享受する扇里の姿があった。
確かに、自ら望んでいる。
確かに、幸せそうではある。
だが――人である巫里は、あれを正しい幸福として受け入れる事が出来ない。
「まあ、優等生である巫里に許してもらおうとは思っていません。無理でしょうから。あくまで、人を捨てるか、それとも姉を裏切らないために幸福を捨てるのか、選ぶのは扇里です」
自分を選ぶという自信があるのなら、本当は取り乱す必要もないのだ。
だが巫里は不安だった。
扇里との間に、薄氷のごとき些細な物だとはいえ、壁が存在していたこと。
そして他でもない扇里自身が、それをコンプレックスに思って家族との間に距離を感じていたこと。
”そんなことは関係ない、私たちは家族だ!”と主張するのは簡単だが、それで彼女が納得することは無いだろう。
姉も、そして父も母もその問題を知りながら、解決することが出来ないまま、今日という日を迎えてしまった。
もしもその微々たる隔絶が、致命的な結果を招くのだとしたら――
『がぼぉっ!?』
モニターの向こうで、にゅぽぉっ! と勢い良くエリスの腕が引き抜かれた。
粘液がいくつも糸を引き、そして名残惜しそうに切れ落ちていく。
『おっ、おほおおぉ……おぉん、ん、ほおぉ……ふうぅ……ふぅ……はぁ……』
扇里は引き抜かれる瞬間に与えられた強烈な感触の余韻に、口を半開きのまま放心状態に陥っていた。
エリスはそんな彼女を気遣うように、抱き寄せ、額や頬にキスを落とし、耳元で愛の言葉を囁く。
気持ちが落ち着いてくると、今度は扇里の方から唇を突き出しキスをせがんだ。
そして2人は、まるで恋人がするように優しく、ゆるやかなフレンチキスを繰り返す。
『扇里……そろそろ気持ちは決まった?』
優しく語りかえるエリス。
問いかけられた扇里は、迷いを表情に滲ませながらも、ゆったりと頷く。
「あ……あぁ、扇里……っ!」
姉の絶望の声は、2人の耳には届かない。
千草は巫里を慰めるように抱き寄せたが、彼女はもはや抵抗すらしなかった。
『でもね、吸血の前にやってもらわないといけないことがあるんだよね』
『何を?』
『ふふふ、ちょっとした余興だよ。大丈夫、とっても簡単なことだから。それさえ終われば、私たちは正真正銘の血の繋がった家族になれる』
『家族、に……』
エリスは扇里が家族に対し悩みを抱えていることを知らない。
だが、偶然にもそれに関する単語を聞いた時、彼女がやけに大きな反応を見せることに気づいたのだ。
それを利用し、エリスは少しずつ彼女の心を絆していった。
もちろん人の身では与えることも味わうことも出来ない強烈な快楽も後押ししていたが、扇里が首を縦に振ったのは、”家族になれる”という言葉の影響が大きい。
無論、嘘ではない。
半吸血鬼同士は愛し合う、それは肉体に少なからず同じ血が流れているからだ。
白金家と違って、そこに差別や別け隔てはない。
扇里のように、一人だけ仲間外れにされることもない。
『ナナリー、入っていいよ!』
エリスが合図すると、ドアが開き、修道服に身を包んだ女性が姿を表した。
ナナリーは40代ほどに見える男性を連れており、彼は部屋に入るなり扇里とエリスの前に乱暴に転がされる。
『お父さん!』
「父さんっ!?」
モニター越しに、姉妹はほぼ同時に声をあげた。
驚くのも当然だ、その男性は、他でもない2人の父親だったのだから。
2人が家を出た時は仕事で不在だったが、巫里は本家に保護するよう求めていたはず。
だが本家もあっさりと陥落し――おそらくそこで捕まってしまったのだろう。
『扇里ちゃん……無事だったんだね!』
『うん、お父さんも生きててくれたんだ』
『ああ、みんなが殺されていく中、なぜか私だけはここに連れてこられてね。ところで巫里ちゃんは?』
『お姉なら、別の部屋にいるよ』
『そうか、巫里ちゃんも無事だったのか……よかった、本当によかったぁ……!』
そのリアクションに他意はない、ただ自分の娘が無事だったことを喜んでいるだけだ。
だが扇里には、自分の時よりも姉の時の方が父が大きく喜んでいるように見えていた。
感動の再会を客観的に見ていた巫里は、画面に映り込む違和感に気づく。
それは部屋に入ってきたナナリーの手に握られた、凶器である。
普段はあまり見かけることのない、鉄製の斧。
なぜそんなものを彼女が持っているのか――巫里は強烈な悪寒を感じずには居られなかった。
『さて扇里、それじゃあ私たちが家族になるための儀式を始めよっか』
『なに、それ』
『本来は別に必要無いんだけどね、知っての通りこれは”罰”だからさ。こういうのも必要だってお姉様の提案でね』
「……別に私のせいにしなくてもいいのに」
事実ではあるが、ふてくされる千草。
それだけ多くの仲間が傷つけられたと言うことだ、もしこの姉妹が姉妹でなく兄弟だったとしたら、瞬時に灰にされている程度には彼女は憤っていた。
ただし、それは負傷者の報告を聞いた時の話であって、今は随分と沈静化しているのだが。
しかしどうせ準備したのだし、と予定通りに事は進んでいく。
『ナナリー、それを扇里に渡して』
『意外と重いですから、片手では持てないと思いますので気をつけてくださいね、扇里さん』
『は、はあ……』
何が何だかわからずに、ナナリーから手斧を受け取る扇里。
彼女が両手でそれを握ったのを確認すると、エリスは背中から抱きしめながら耳元で囁いた。
『じゃあ、それでお父さんのこと殺してみよっか』
『……へ?』
「なっ――」
全く想像もしていなかった言葉に、扇里は時が止まったかのように固まった。
別の部屋でそれを聞いた巫里もまた、同じように停止する。
――この人は何を言っているんだ。
殺せ? 殺せと言ったの? 誰を? お父さんを、私が?
そんな馬鹿な事――
混乱する扇里は、半笑いでエリスに聞き返す。
『冗談、だよね? そんなの、無理に決まってるし』
「そ、そうよ、そんなこと出来るわけないし、扇里がするわけないじゃない! は、ははは、まさか千草、本気で気持ちいいだけで人の心が操れると思ってるの?」
「私に未来予知はできませんので、ありのままの結果を受け入れるしかありませんね」
ありえない、巫里はそう言い切る事が出来たが、余裕の表情を崩さない千草に一抹の不安を抱いていた。
一方、モニターの向こうでは再びエリスが、優しい声で扇里に囁いている。
『これは家族になるための儀式なんだって。扇里があの男を殺したら、すぐに血を吸ってあげる。そしたら私も、そこにいるナナリーだって、お姉様もそう、みんなが扇里の家族になるの。血の繋がった、誰もが愛し合った、扇里が一番欲しがってた家族に』
扇里は生唾を飲み込むと、喉が脈動する。
巫里同様に、彼女も”ありえない”と心の中では思っていたが、なぜか手斧を捨てられないでいる。
心臓の音がうるさい、けど一向に止む気配はなく、むしろ背中にエリスの体温を感じる度に鼓動は大きくなっている。
どくん、どくんと、自分の頭の中でめぐるふざけた考えが膨らむのと比例して、脈を打っている。
『君たちが何を企んでいるのかは知らないが、扇里ちゃんが私を殺すわけなんて無いだろう!? それよりも早く私たちを開放してくれ、もう退魔の組織も壊滅したんだ、抵抗はしないと誓うから! 頼むよ!』
無条件での開放を望む父の嘆願を、エリスは鼻で笑って一蹴した。
そもそも、男の言葉など聞くに値しないのだ。
すぐさま汚れたセンテンスを脳内から追い出して、意識を扇里の方に戻す。
『そ、そうだよ、あ、あたしが、お父さんを殺すなんてこと……』
『でも、この人とは家族になりきれなかったんだよね。いいや、この人だけじゃない。お母さんとも、お姉さんとも』
『っ……』
エリスなりに頭を使い、扇里と一緒にいる間は彼女の事ばかりを考えていた。
――なぜ家族という言葉に過剰に反応するのか、しかもネガティブな方向で。
千草が担当している巫里と異なり、見たところこの扇里という少女には特別な力は無いようだ。
話によると、母親は吸血鬼と戦う力を探すために”るーまにあ”と呼ばれる遠い国に旅に出たのだという。
イコール、母親にも力は宿っているということ。
また、父親も”本家”とやらに保護されていたことを考えるに、特別な力を持つ人間を管理する団体との繋がりはある。
すなわち、扇里のみ仲間外れなのだ。
確かに今回、”ねっと”とか言うよくわからない技術を使って妨害を試みたが、これは姉である巫里と協力してのことだという。
巫里は出来た姉なのだろう、妹が”自分だけが仲間外れになっている”という悩みにいち早く気づき、それをケアするために”ねっと”での工作を依頼した。
だが、結果としてそれが半吸血鬼を引き寄せることになってしまったわけだ。
溝は埋まらなかった。
いや、むしろ自分の失敗によって絶望的な状況を作ってしまったのではないかと気に病み、悩みはさらに深くなっているかもしれない。
扇里はまだ苦悩している、自分だけが家族になれていないということに。
そこにつけ入る隙がある――
我ながら冴えてるな、とエリスは自画自賛したい気分だった。
扇里の反応を見るに、おそらく彼女の予想は的中している。
面白いように扇里の心は揺らぎ、人から化生の側へと傾こうとしていた。
『私たちは家族だよ、一度繋がれば絶対に離れない。どこに居たって、どんな時だって、扇里が私たちを想ってくれるのなら、同じだけ私たちも扇里のことを想ってる。同じ高さの目線で』
『本当……に? それは、本当、なの?』
『嘘なんてつかないよ、私たちは。実際、私とお姉様だって他人だった。私とナナリーだって他人同士だった。でも今は――ほら』
エリスが目配せすると、ナナリーは彼女に近づいた。
そして自然と引き寄せられるように唇を重ね、激しく舌を絡める。
扇里の耳元で、淫らな水音と、2人の喜悦の声がユニゾンした。
満足するまで長いキスを交わすと、愛おしそうに見つめ合いながら互いの名前を呼び合う。
当然のことで、いつもやっていることで、ポーズだけなんかじゃない。
正真正銘、心の底から2人は愛し合っていた。
友人のように、恋人のように、夫婦のように、そして家族のように。
それを、一番近い場所で全てを聞いていた扇里は肌で感じていた。
『これが私たち。そして扇里もこうなるの、同じ輪の中で一生を――永遠を生きていく』
『あたしも、同じに……』
『ずっとそうなりたかったんでしょ? だったら簡単なことだよ、あの男に斧を振り下ろせばいい。大丈夫、すぐにお姉さんも来るし、少ししたらお母さんだって一緒になれる。でもあの男だけが邪魔なんだ、殺さないと』
『殺さないと……殺さないと、あたしは、いつまでも幸せになれない……』
エリスが耳元で口を開くたび、扇里の目つきが据わっていく。
覚悟を決めたような、惑わされているような――明らかに雰囲気が変わっていく娘を見て、父は焦った様子で声をかけた。
『扇里ちゃん? お、落ち着いて、惑わされちゃだめだ!』
「そうよ扇里っ! 早くその斧を捨てなさい!」
声が届かないと知っても、必死に語りかける巫里。
だが、扇里には父の声すらも届いていない様子だった。
明らかに様子のおかしな妹に、巫里はそばにいる千草に疑いの目線を向ける。
「扇里に、何かしたの? どうせ心を操ってるんでしょ!? やめさせて、今すぐに!」
「確かに心を操ればやめさせることは出来ますが、彼女の本心を侵すことが巫里の望むことなんですか?」
遠回しに”自分は何もしていない”と主張する千草。
巫里は悔しさから強く歯を食いしばり、睨みつける。
「仮に斧を捨てないことが扇里の意思だったとしても! それは、喉に手を突っ込まれるとか頭のおかしいことをされて混乱してるだけなのよ、それを本心とは呼べないわ! あなたたちが本当に私たちのことを”愛してる”って言うんなら、辞めさせるべきじゃないの?」
「快楽と、家族の間にある見えない軋轢と。それだけなら、巫里の言う通り”本心”とは呼べないのかもしれません」
「……他に、何か理由があるとでも?」
「ネットでの工作もそうでしたが、扇里は一般的な同世代の女子と比べて賢い子のようですね。だからこそ理解しているのでしょう」
千草はしなだれかかるように、ゆるりと巫里を背中から抱きしめると、エリスが扇里にそうしたように耳元に口を寄せる。
誰かの心を折ろうとする時、声は近ければ近いほど効果的である。
微かな呼吸音すら聞こえる密接な距離に、巫里はくすぐったそうに身をよじった。
そのまま、千草は甘く囁く。
「仮にゲームに勝って外に出られたとして、半吸血鬼だらけの世界で生きていけるわけがない、と」
ぞくりと、二重の意味で巫里の背中に冷たいものが流れる。
瞬きすら忘れ、目を見開いた彼女に向かって、千草は追い打ちをかけた。
「もちろん、約束は守りますよ。勝利した場合、私の仲間たちが自らの意思であなたがたに手を出すことはありません。ですが、親友も、幼馴染も、みぃんな愛し合って幸せそうにしているのに、あなたたちだけ蚊帳の外。傍にみんなが居てもひとりぼっち。そんなの、耐えきれるんですか?」
「せ、扇里が……扇里さえ居れば、耐えられるわっ……!」
「ですがその妹さんはそうでもないようですよ? 世界でふたりきりになっても生きていけると言うのなら、その美しい愛情をもう少しだけ、普段から彼女に伝えておくべきでしたね」
「……っ」
足りなかった。
愛情が、あと少しだけ。
退魔の巫女としての役目を果たしながら、学校に通い、部活にも参加して――そんな忙しい毎日の中で、扇里のために裂ける時間は限られている。
最近でこそ非常事態ということで彼女を守るために近くに居たが、普段は顔を合わせる機会すらあまりなかった。
それでも仲が悪いわけではない、姉妹としての関係は良好な方で――いや、もしかすると、距離が離れているからこそ、”良い関係で無ければならない”と意識していたからかもしれない。
何にせよ、もう手遅れだ。
巫里が本家を捨てて扇里に寄り添っていれば、役目よりも家族を優先していれば、このような悲劇は引き起こされなかったのだろう。
「モニター、消しますか?」
それは千草の心からの優しさだった。
画面の向こうでは、斧を握った扇里がエリスから離れ、幽鬼のようにふらりふらりと父親に近づき始めている。
「あ……ああぁ、扇里……ダメだよ。そんなの、絶対に間違ってるよぉ……っ」
それでも巫里はモニターから視線を外さない。
彼女の強い責任感は、千草も認めるところだ。
だからこそ本家の役割を捨てられなかったのだろうし、それゆえに扇里は救われなかった。
『やめるんだ、扇里ちゃんっ! 君はそんなことをする子じゃなかったはずだ!』
腰を抜かしながら、顔に冷や汗をびっしりと浮かばせて、じりじりと交代していく父親。
それを追従して、表情の死んだ扇里は距離を詰めていく。
『そんなこと、する子だよ、あたしは。家族が欲しかった……ずっと、あたしを見てくれる家族が欲しかった……』
『家族だっ! 僕やママ、巫里ちゃん、みんな家族だよ! 確かに扇里ちゃんには退魔の力は無いかもしれない、でもあんなもの本当は必要ないんだ!』
『必要だった! あたしには、少なくともそれさえあれば、ずっと一人ぼっちにならなくて済んだんだから……!』
『それは違う! 扇里ちゃんを想ってのことだったんだよ。本家なんて碌な場所じゃない、人間の欲望が渦巻き、権力闘争ばっかりやってるどうしようもない連中ばかりが集まった場所だ、それに扇里ちゃんを巻き込みたくは無かった!』
『言い訳なんて聞きたくないッ!』
扇里の感情的な怒鳴り声が、狭い部屋に反響した。
普段の彼女からは想像できないその迫力に、父親は身を竦ませる。
『もう遅いよ、何もかも、手遅れなの。お父さんもお母さんもっ! お姉は、ちょっと頑張ってくれたけど、でもみんな、あたしが本当に欲しいものを与えてくれなかった。それをくれる人がいる、くれない人がいる、じゃあどっちを選ぶかなんて、わかるでしょ? わかるよね?』
『せ、扇里ちゃん……』
父親も彼女の決意を悟ったのだろう。
説得を諦め、恐怖に声を震わせる。
目の前に居るのが自分の娘ではなく、ただの殺人鬼であるということを認めたのだ。
自らに向けられる視線が、娘に対する物から他人に対する物に変わったことを悟った扇里は、『にひっ』と場違いに笑った。
「扇里ぃ……っ」
巫里はとっくに瞳から涙の雫をぼろぼろ零して、頬を濡らしている。
一方で千草は無表情に、モニターに映し出される家族の末路を眺めていた。
扇里の両手に、強い力がこもる。
もっとも、あまり運動が得意ではない彼女の全力などたかが知れていたが、それでも斧を持ち上げるには十分だ。
LEDの明かりに照らされ、刃が輝く。
『扇里、ちゃん……』
父親は表情に諦めと絶望を滲ませながら、唇を震わせ、今にも振り下ろされんとする刃を見つめる。
『じゃあねお父さん。あたし、幸せになるから』
そこで”だったら構わない”と言える父親なら、少しは扇里の気持ちも変わったのだろうか。
いや――それは彼女にとってあまりに都合が良すぎる妄想だ。
現実なんてそんなもの。
父親の最後の言葉は、『嫌だ――』という、裏返った声で発されるひどく情けないものだった。
ドチュッ!
骨が砕ける音と、肉が潰れる音が混ざり合う。
刃はまっすぐに彼の頭のど真ん中に突き刺さり、頭蓋骨を貫通し、脳を損傷させた。
幸運なことに即死である。
体がバランスを崩し、ふらりと右側に倒れる。
すると突き刺さった斧がずるりと抜け、ぱっくりと開いた傷口からピンク色の液体が流れ出た。
「父さん……ああぁああああああっ、父さぁん……っ! うううぅ、ううぅぅあああああぁぁぁあああああああああっ!」
巫里は両手で顔を覆うと前に倒れ込み、咆哮する。
千草にはその気などさらさら無かったが、一応、背中を撫でて慰めた。
扇里は両手をだらんとぶら下げて、大きく肩を上下させながら、父親の亡骸を慰める。
初めての人殺し。
手のひらにはじとりと汗が――いや、手のひらだけでなく全身が濡れている。
”ひょっとすると自分は、とんでもない過ちを犯したのでは?”
そんな思考が浮かびかけた時、誰かが彼女の肩を叩いた。
振り向くと、そこには何時になく明るい笑顔を浮かべるエリスの姿。
『いじわるなお願いしてごめんね、辛かったよね。でももう大丈夫、これで私たちは家族だからさ』
そう言って、扇里を抱き寄せる。
彼女は力なくエリスの背中に腕を回した。
父を殺した、姉も裏切った、もはや縋る相手は彼女しかいない。
『エリス……あぐっ!?』
甘えるために名前を読んだ次の瞬間、扇里の首に燃え上がるような熱が突き刺さった。
エリスの牙だ。
扇里が冷静さを取り戻し、余計なことを考えないで済むように、とにかく早く吸血してやるのが最高の救済だと考えたのだ。
『あ……んぁ、はあぁぁっ……すわ、れて……入って、くる……エリスぅ、エリスうぅっ……!』
扇里は全身を包むふわりと浮かぶような夢心地に、恍惚とした表情を浮かべて身を委ねた。
難しいことは何も考えなくていい。
今日からはエリスが家族で、無条件に愛し合えて、幸せで、それだけで十分なはず。
『ああぁぁぁっ、熱くて、冷たい……の。あたし……はあっ、変わってるぅっ、変わってくうぅぅんっ……!』
口から涎まで垂らしながら、吸血の快楽に浸る扇里。
牙が突き刺さり、吸血鬼の何かが注がれていく熱さ。
血液と共に人間性が奪われ、体温を失った人外の肉体へと置き換えられていく冷たさ。
その2つを同時に味わいながら、扇里は終わっていく。
「うぐうぅぅ……ふううぅぅ、ううううぅぅぅうううっ……!」
巫里は崩れ落ちた状態で、変わりゆく妹の姿を睨みつける。
八つ当たりのように人差し指を噛み、血を滲ませながら、怒りと悲しみと憎しみと失望と――ありとあらゆるネガティブが混じり合った感情を、うめき声という形で吐き出していく。
無論、それだけでは足りない。
濁流のように流れ込んでくる感情は、巫里の中に蓄積し、彼女の心を曇らせていく。
「せん、り……っ、父、さん……っ、うぅぅぅぅ……ッ!」
元々白かった扇里の肌は、半吸血鬼になってもさほど色は変わらなかったが、それでも変化は明らかだ。
少しだらしなかった体型は適度に引き締まり、しかし胸部や臀部はさらに女性的な魅力を強調するように膨らむ。
表情にも、元の彼女には無かった色気が備わり、同性をも引きつける魔性の美しさを備えていった。
じわりと蝕むように広がっていったそれは、やがてつま先まで及び、全身を包み込む。
そして、扇里は意識を失った。
エリスは彼女の重みを確かめるように抱きしめて、慈しむように頭を撫でる。
それから5分ほどの時間が経過した。
完全に人の身を捨てた扇里が目を覚ます。
赤い瞳で、自らを救い、愛でてくれたエリスの姿を見つめ、目を細める。
『おはよう扇里。おはよう、私の愛しい家族』
『エリス……ううん、今からは、お姉ちゃんって呼んでもいい?』
『もちろんに決まってるじゃん。だって家族だもんね』
『うんっ! にひひっ、お姉ちゃん大好きだよっ!』
扇里はエリスに抱きつくと、自ら唇を押し付けた。
自らの妹が、化物を姉と慕い、激しく舌を絡め合う情景。
悪夢のような現実を、一切目をそらさず、巫里は見続ける。
「さて、それではメインイベントを始めましょうか」
千草は上機嫌に微笑みながら、巫里にそう告げる。
しかし彼女の耳には声が届いていないようで。
今は目の前の現実を受け入れ、処理するので精一杯なのだろう。
だからきっと、彼女はまだ想像すらしていない。
なぜ扇里が先に堕ちなればならなかったのか。
なぜ今までがただの余興に過ぎなかったのか。
それは――妹自身の手で、巫里の心を折るということ、それこそが真の”罰”だったから。
彼女はまだ知らない、何も、何もかも。
その時が来たら、巫里は一体どんな絶望を見せてくれるのだろう――嗜虐嗜好を持っているわけではないですが、と前置きしつつも、千草はその瞬間が楽しみで仕方なかった。
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コメント
トリュウ♪
今日の更新も良かったです。また今度の楽しみにしています。
頑張ってください!