異世界で美少女吸血鬼になったので”魅了”で女の子を堕とし、国を滅ぼします ~洗脳と吸血に変えられていく乙女たち~

kiki

45 本物の幸福と希望のような形をした何か

 




 人が人である意味とは何なのか。
 キシリーは、アーシェラと、遅れて部屋にやってきたラライラライの手に弄ばれながら、冷静になる度に考えたが、答えは出なかった。
 誇り、名誉、矜持――それらはどれも、キシリーが持っていないものだ。
 なぜなら、彼女は生まれつき道具となるために育てられてきた人間だから。
 命令を受け、他人のプライドを守ることはあっても、そこに自分の意思は介在しない。
 それでも彼女は、人でなしになることを拒んだ。
 つまり、その拒絶の根源は、矜持ではなく人間という種を残そうとする本能から来るものなのかもしれない。
 人が命の危機に瀕したとき、子を成したくなると言われているように。
 種が拒む。
 個の望みではない。
 人生など、所詮は自己満足を極めるための旅にすぎない。
 だとするのなら、人間という種に縛られる意味とは一体。
 随分と時間がかかったが――キシリーは、ようやくそれが無意味であるのだと、納得しつつあった。

 全ては快楽に上書きされていく。
 生まれつきインプリントされた本能すらも、圧倒的なそれの前には薄れていくしかないのである。

 ラライラライの舌が口から挿入され、肺を埋め尽くした。
 さらにアーシェラも喉をこじ開けるように長い舌をねじ込み、また胃袋を占領する。
 もちろん”正気”の状態では、とても受け入れられる行為では無かったが、繰り返すうちに抵抗感は消えていった。
 今ではむしろ、「また入れて欲しい」と自らねだるほどである。
 腹部と胸部の内側で蠢く、生暖かく柔らかい彼女らの舌が、今では愛おしかった。

 だから、お返しをしてあげたいと思う。
 自分の中身を滅茶苦茶にされた後は、今度は逆にラライラライを押し倒し、そして顔を近づけてきたアーシェラと口づけを交わす。
 唾液を撒き散らし、長い舌を絡め合わせると、それをラライラライの喉奥へと突っ込んだ。
 そして彼女の体内でディープキスを続けながら、胃まで埋没させていく。
 食道をゴリゴリとえぐられる感触に、「んごっ、んもおぉぉっ!」と嬉しそうに啼くラライラライ。
 キシリーとアーシェラは、その声を媚薬代わりに使いながら、お互いに甘い喘ぎ声を響かせた。

 もはや、キシリーの体には2人が触っていない部分など1つも無かった。
 足から頭に至るまで余すこと無く舐られたし、内側・・だって例外ではない。
 肉については、影がぞぶりと沈み込み、筋の1つ1つに至るまで丁寧に撫でられていた。
 体に存在する穴は、その奥の奥、届く限りの部位まで愛された。
 穴から突っ込んで届かない臓器については、腹を開かれ、臓器を直接手で持ち上げられながら舐めしゃぶられた。
 特に心臓の時はすごかった、文字通り死ぬかと思うほどの強い快感が走り、舌が触れるたびに意識が飛んでしまうほどだった。
 もちろん、最初に体を開かれた時は、キシリーは思わず叫ぶほど恐怖したが、じきに慣れていった。
 普通は慣れないのかもしれない。
 だが、慣れさせられてしまうのだ。
 なぜなら、気持ちいいから。
 それが快楽を与える行為だと知ると、人は途端に警戒心を失っていく。
 そして、心と体が人外に適応していくのだ。

 これの繰り返しである。
 結果、キシリーはついに自らの意思で、彼女たちに告げた。

「なりたいっ、私も……2人とおんなじ、半吸血鬼デミヴァンプになりたいぃっ!」

 もう脳内に潜む影は必要ない。
 窮屈な世界にさようなら。
 底なし沼にこんにちは。
 人は苦痛の末に報われることこそが最上であると勝手に決めつけるけれど。
 それは違う、ただの妥協のための言い訳だ。
 恒久的に続く幸福に勝るものはない。
 誰だって本当は、それを知っているはずだった。



 ◇◇◇



 ベッドの上で横になったキシリーは、口を開き、舌を出し、興奮した様子で「へっへっ」と息を吐きながら、何かを待ちわびていた。
 胸のあたりで握られた手や、だらしなくがに股で開かれた足も相まって、主に平服する忠犬にしか見えない。
 アーシェラとラライラライは手を開くと、手のひらを上にした状態で、そんな彼女の口に指先を近づける。
 そしてもう一方の手の爪を伸ばし、鋭く尖ったそれを、手首にあてがった。
 爪先がつぷりと皮を貫き、肉を裂き、じわりと血が滲む。
 更に手に力を込めると裂傷は深さを増し、あふれる真紅の体液もその量を増していく。
 2人の表情からは、苦痛を感じている様子は見て取れなかった。
 腹をかっさばいで快楽を得ることが出来るほどなのだ、手首を切って恍惚としていても何もおかしくはない。
 流れ出た血液は手のひらを通り、指を伝い、雫となってキシリーの唇を濡らした。
 内側からいずるぬめりとした舌が、それを舐め取る。
 滴る血は時間に比例してその流れを速め、次々にキシリーの体へと流し込まれていく。
 彼女はそれら全てを、舌に絡めて味わいながら、嬉々として飲み込んでいた。

「(2人の血、甘いよぉ……鉄臭くて、甘くて、最高っ……こうやって飲んでると、まるで、私が吸血鬼になったみたいっ……!)」

 以前のキシリーからは考えられないほど浮ついた思考で、赤い甘露を飲み干していく。
 彼女の体は外部からの魔力を弾くため、魅了の魔法を受け付けない。
 そこでラライラライは千草に相談したのだ、こういう場合はどうやって魅了してやればいいのか、と。
 その答えがこれだった。
 外側からで無理なら、内側から――魔力の濃縮された血液を与えてやればいい、と。
 とは言え、それでも通常の魅了に比べれば大量の魔力が必要ではあったが、二人分あれば十分だ。

 血液で頬と首、そして服の襟周りを濡らしながら、キシリーの体は徐々に半吸血鬼デミヴァンプとなるための準備を進めていく。
 そして、彼女のお腹がぽっこりと膨らむほど血を体内に取り込んだ頃、ようやくそれは浮かび上がった。
 ”印”だ。
 赤いハートマークに悪魔のような羽が生えたその模様を確認すると、2人の傷口はぴたりと塞がる。
 物足りなさそうに見上げるキシリー。
 アーシェラはそんな彼女の左頬に舌を伸ばすと、にゅるりと舐め上げた。

「ひあぁぁぁぁっ!」

 するとキシリーは高く甘い声をあげ、びくんと体が跳ねさせる。
 ラライラライは彼女の耳元に唇を寄せ、囁いた。

「準備は終わりましたわよ、キシリー」
「あ……あぁ、私……やっと、なれるんだ……」
「ええ、なりましょう、なってしまいましょう。わたくしたちの家族に」

 家族という言葉に、頬をほころばせるキシリー。
 今までだって十分幸せだった。
 なら、自分も人間をやめて、本当の家族になれたとき、得られる幸せは今の何倍ぐらいなのだろう。
 想像するだけで期待に胸が膨らむ。
 もう、生理的な嫌悪感も、人間にこだわる気持ちも微塵も存在しない。
 キシリーは両手を広げ、猫なで声で言った。

「アーシェラ、ラライラライ、お願い……はやく、して」

 彼女の体は2人の腕に支えられ、上体を起こす。
 アーシェラはオーソドックスに首に口を近づけ、ラライラライはキシリーのスカートをめくり、太ももに口を近づける。
 そして口を開き、噛み付こうとした時――コンコン、とドアをノックする音がした。
 続けて、声も聞こえてくる。

「キシリー、居るか?」

 声の主はリリィだった。
 完全に水を差すタイミングでの来訪に、不満げなキシリー。
 だが、アーシェラはにやりと笑い、彼女に提案する。

「ちょうどいいゲストじゃないか、あんたの門出を祝ってもらいな」

 ああ、それは良い案だ、とキシリーは首を縦に振った。
 そして、リリィを部屋に招き入れる。

「いいよ、入って」

 何も疑わずに、彼女は魔境に足を踏み入れた。
 おそらく特に用事など無かったのだろう、暇つぶしにキシリーと戯れるつもりで部屋を訪れたに違いない。
 それを証明するように、リリィの表情はいつもより柔らかい。
 だが、その柔和な表情は、ベッド座る血まみれのキシリーと、その両側に抱きしめるようにして座っているアーシェラとラライラライを見た瞬間に凍りついた。

「何を……してるんだ?」

 想像すらしていなかった光景に、思考すらも静止する。
 まずキシリーに付着した血液、あれはどこから流れたものなのか。なぜ口元を濡らしているのか。
 それに、アーシェラとラライラライは、何のためにこの部屋に。
 そもそも、2人はともかく、キシリーとの間に接点など無かったはずなのに――
 湧き上がる無数の疑問。
 だがその答えは、あっさりと見つかった。

「は……あ、んああぁぁぁっ……」

 リリィに見せつけるように、吸血が始まる。
 キシリーの首と太ももに牙が食い込み、新鮮な血液を流しつつ、同時に人外の種子を注ぎ込まれていく。

「なっ……なんだ、なぜ噛み付いて……まさかっ!?」

 その行為に、リリィは心当たりがあった。
 脳裏を掠めるカミラの姿。
 自分が殺したのだ、そんなわけが――と疑ってしまいたかったが、、目の背けようがない現実が、眼前に存在している。
 疑う余地はない。
 それに、アーシェラとラライラライに関しては、それ以前から奇妙な行動を取っていたのだ。
 吸血鬼化の影響だと考えれば、それにも合点がいく。

「まさか騎士ともあろう者が外道に堕ちていたとは! だが騎士団長として、そのような行いは断じて許すわけにはいかない!」

 剣を抜いたリリィは、問答無用でまずはアーシェラへと切りかかる。
 だが――本人とて気づいている。
 そもそもの技量に、そして力量に、比べ物にならないほどの差があるのだ。
 ましてやアーシェラが人外となった今、万が一にも勝てる見込みなどなかった。

「くっ!?」

 リリィの体は見えない壁に激突した。
 影によって作られたその壁はクッションのように柔らかく、幸いにして激突した彼女に怪我はない。
 その気遣いが余計に、彼女の神経を逆なでした。
 必死で剣を振るい、壁を切り裂こうと試みるリリィ。
 しかし、物理的な攻撃で突破など出来るはずもない。

「っあ……んああぁ……はあぁぁぁんっ!」

 そうこうしている間にも吸血は進行する。
 キシリーは足の指をぴんと伸ばし、シーツを掴みながら必死で快感に耐えていた。
 だが、少しずつ体に力が入らなくなっていく。
 人間としての死が確実に近づいている――それはリリィにも見て取ることが出来た。
 肌が白くなり、血の匂いに混じって香るほんのり甘い体臭が、濃くなっているのだ。

「やめろっ、それ以上はダメだっ! なあキシリー、なぜ抵抗しない!? 早く逃げるんだっ!」
「ん……っく、はふ……ふふ……ねえ、リリィ……っ」
「キシリー!?」
「ど、して……はぅ、ん……人間、に……こだわっ、るぅ……のぉ?」
「何を言ってるんだ……?」
「無意味、だよ……っ、だってぇ、人間、苦くて……辛い、だけ、だもんっ……やめた方が、ずぅっと……おぉっ……気持ち、いくてぇ……っ、しあわ、せえぇっ!」
「そんなわけがない! 人間としての誇りを捨てるなっ、化物なんかに屈するなっ! 刹那の快楽に身を任せたって待っているのは地獄だけだ!」

 必死で呼びかけるリリィ。
 だが、キシリーは冷たく言い放った。

「うそ、つき」
「な――」
「地獄は、人間……こっちは、天国……だよ。あ、はっ……ん、あ、お、おおぉぉおおっ……!」

 そしてキシリーはひときわ大きく体を震わせ、その後、動かなくなってしまった。
 肌の色の変化は全身に及んでいる。
 吸血が完了したであろうことは、リリィにも理解出来た。
 もう、手遅れなのだ。
 アーシェラとラライラライが肌から口を離す。
 血液混じりの唾液が糸を引いた。
 2人は口元を手首で拭うと、赤い瞳をリリィの方に向ける。
 いつも彼女は2人に見下され、嘲笑われていたが、今日は違う。
 哀れみ、慈しむような表情。
 それを感じ取ったリリィは、その不気味さに強い悪寒を感じた。

「キシリーの言う通りだよ、人間なんざにしがみついてたって何も良いことなんて無い」
「所詮は憎しみ合うことしか出来ない生き物ですわ。ですが、今のわたくしたちは違う。どれだけいがみ合っていた相手とでも、愛し合うことが出来る。ほら、こんな風に」

 アーシェラとラライラライは、見せつけるように、長い舌を絡め始めた。
 2人は舌だけでなく視線も絡め合い、その様は恋人同士の交わりにしか見えない。
 経験が浅いリリィにも理解出来る。
 2人は愛し合っているのだ、それはおそらく、間違いない。
 だが――リリィは認めるわけにはいかなかった。
 例えそこに愛があったとしても、人外は人外である。
 排除対象だ、下劣な生物だ、崇高なる人間の足元にも及ばない。

「あ……えへへ……アーシェラぁ、ラライラライぃ……」

 すると、そこに半吸血鬼デミヴァンプとして目覚めたキシリーが参加する。
 絡み合う舌から滴る唾液を、大きく口を開いて味わい始めたのだ。

「あぁ……キシリー、そんな……」
「おいひ……にちゅ、じゅる……んふ、おいひぃよぉ? リリィ、人間じゃ、無理だからぁ……っ、絶対に、出来ない……ぺちゃ……か、らぁ……っ、こっち、おいでよぉ……っ」

 キシリーは体液を口内で溜め、くちゅくちゅと咀嚼し、飲み込む。
 見るに耐えなかった。
 全ての光景が、汚物にしか見えなかった。

 やはりそうだ、間違っては居なかった。
 リリィはそう確信する。
 カミラを斬った、あの時は友人を殺した自責の念が重くのしかかったものだが、あれはあれで良かったのだ。
 こんな物が――こんなおぞましい交わりは、人間として、否定して然るべきなのだから。

 だが悲しいかな、今のリリィに3人に抵抗するだけの力は無い。
 ここは退散する。
 他の騎士を呼んできて、協力して撃破するのだ。
 敵は強大だが、セインツ、ダヴィッド、ナルキール、マディスがいれば数の上ではこちらが勝る。
 あとは魔女と呼ばれるレイアでも呼んできて、兵たちも動員して戦えば、きっと、きっと勝てるはずなのだ。

「はぁ、はぁ、はぁ……っ!」

 これは逃亡などではない。
 だから、例えリリィが腰を抜かしていようとも、体が震えて思うように動けなくとも、辛うじて四つん這いになって移動できたとしても、現実から目を背けて逃げたわけではないのだ。
 全身から吹き出す汗。
 だがやけに寒い、汗で濡れているから余計にそう感じるのか。
 部屋から離れてもしばらくの間は、耳にまとわり付くように絡み合う舌の音が、そしてキシリーのやけに艶めかしい喘ぎ声が聞こえているような気がしていたが、それもようやく消えたところで、リリィは壁を背もたれにして廊下に座り込んだ。

「何も、出来なかった。目の前に居たのに、私は! ……いや、やめよう。悔やむのは後でも出来るはずだ、今はとにかく戦力を集めて――」
「団長、そこに居るのかい?」
「……マディス?」

 なんという偶然。
 部屋に呼びに行こうと思っていたマディスは、ちょうど近くに居たらしい。
 リリィは立ち上がり、彼の姿を探した。
 だが、少なくともこの廊下には見当たらない。
 それにしては、やけに鮮明に声が聞こえるような気がするのだが。

「ああ、いいよ。そのままで聞いてくれ。実はボクからとても残念がお知らせがあってさ」
「どうしたんだ?」
「もしかしたら団長は、奴らと戦うためにセインツやダヴィッド、ナルキールを呼びに行こうとしてるんじゃないのかい?」
「ああそうだ。マディスも吸血鬼の存在に気づいていたんだな」
「まあ、ね。でも……それはもう無駄だよ、団長」

 諦めたような彼の言葉に、リリィは強めの口調で言い返す。

「諦めるにはまだ早い、騎士の力を結集すれば必ず――」
「その騎士がさ、とっくに死んでるって言ったらどうする?」
「はっ、そんな馬鹿なことが」

 自分ならともかく、他の騎士は化物揃いだ。
 そう簡単に死ぬはずがない、リリィはそう思っていた。

「見てきたよ、みんなの死体を。特にセインツの死体は腐敗が始まってた。つまり、城に到着する前にすでに死んでたってことだ」
「まさか!? 彼は生きていた、生きて話をしたはずだ!」
「そういう風に振る舞うよう、魔法で命令されていたんだろうね」

 そんな高度な芸当、人間の持つ魔法では実現できるわけがない。
 リリィは、人間と吸血鬼の間にある差を痛感させられていた。

「そしてダヴィッドも同様に、死後数日が経過してた。たぶんナルキールは、まだ割と死にたてかな」
「すでに3人もやられているとは……くそっ、なぜ連中が入り込んでいることに今まで気づけなかったんだ、私は!」

 カミラを斬ったリリィなら、気づけていたかもしれない。
 だが半吸血鬼デミヴァンプは、通常の吸血鬼に比べると、ほぼ人間と差のない容姿をしている。
 纏う雰囲気も、言われなければ人外だとはわからないほどだ。
 だから、騎士は誰も気づけなかった。

「だが……まだ、マディスと私が残っている。相手は3人だが、1人ずつおびき寄せられればあるいは!」
「……ああ、団長。ボクは出来れば君を絶望させたくなかった。頼りない団長だけど、最後の希望だと思ったから。でも、そうだね、このまま放置されてオブジェになるのは、正直ボクでも怖いや」
「何を言っている?」
「団長、上だよ、上。見上げて、ボクの有様を見ておくれ」

 言われるがままに、リリィは天井を見上げた。
 するとそこには、マディスの顔があった。
 まるで壁にへばりついているようにこちらを見て、彼女と会話していたのだ。
 まあ、騎士ならば天井に張り付くぐらいの芸当は出来てもおかしくはない。
 だが”おかしくない”と言えるのは、彼の首から下が、正常な形でそこに存在していたら、の話である。

「ひっ!?」

 マディスのあまりに凄惨な姿に、リリィは思わず女々しい反応を見せた。
 それも仕方のないことだ。
 確かに彼の体は、を除いてそこにあった。
 血管は1つとして破れることなく、細い糸のようにびっしりと天井に埋め込まれている。
 あれは動脈、あるいは静脈だろうか、所々が脈打っていて、まるで石壁が生命を宿しているようだ。
 背骨も同様に壁に埋め込まれていた。
 内臓は、まるでシャンデリアのようにぶらりと垂れ下がっていた。
 1つとして千切れていないのは、おそらく接続している血管が魔法によって補強されているからだろう。

「どうだい、悪趣味だろう? だけど、団長にも女らしい部分があるんだって、最後に見れたのは、ある意味でラッキーだったのかもしれないな」
「は……はっ、ひいぃっ……っ、こ、こんなことを……一体誰が……!?」
「レイアだよ、城に住む魔女のレイア。あれもとっくに吸血鬼になってたのさ。いいやそれだけじゃない、全員だ。転移者も、兵も、みいんな吸血鬼になってる」
「そん、な……では王は!?」
「死んでるんじゃない? それか、ボクみたいに生きたままおもちゃにされてるか。ああ、でも姫はまだ見てないなあ」
「ぶ、無事かもしれないんだな!?」
「希望は、まだあるかな」

 すでにリリィは心が壊れてしまいそうなほど追い詰められていたが、サーラが無事かもしれない、その可能性だけで自身をどうにか奮い立たせる。

「団長、できればさ、ボクを殺してくれないかな? たぶん、心臓を潰せば死ぬと思うからさ」
「……それは」
「この状態で生きるなんて、死ぬよりずっと辛いよ。しかもあいつら、ボクも含めて男性のことを微塵も”生命”だとは思ってないみたいでさ。生きてたってさらに酷い目に合うだけかもしれない」
「本当に、いいんだな?」
「くどいねえ」

 リリィは剣を抜き、その切っ先を、ぶら下がり、脈打つ心臓に当てがった。
 マディスは最期に、辛そうに表情を歪める彼女に問いかける。

「そうだ、最後に聞いておきたいんだけど、これからどうするんだい? 城にはもう味方は誰もいないよ」
「姫様を連れて逃げてみせる」
「そっからどうすんの?」
「姫様が残っていれば王家の血は途切れない。王亡き今、その血脈を守ることこそが私の役目だ」
「相変わらずの忠誠心だ、そこまでしたって王国は団長に何も報いてくれないのに。しょせん人間は”個”の生き物だよ、”群”のために命を賭したって報われやしない」
「いつにも増して饒舌だな。結局、何が言いたいんだ?」
「いつも思ってたことさ。あ、これが最後だから、聞いたらさくっと殺してね」

 きっとそれは、彼の遺言であり、彼なりの善意だったのだろう。
 弱っちいくせに、騎士団長などという重責を与えられ、歪んでしまった彼女に向ける、最大限の優しさなのだ。
 マディスはいつものように、皮肉っぽく言った。

「団長は哀れだね」

 言葉を聞き届けたリリィは剣を握る手に力を込めた。
 ぷちゅっ。
 ただそれだけで、彼の心臓に刃が沈み、多量の血液を吐き出しながら臓器は機能を停止する。
 血液の循環が行われなくなった肉体は、速やかに死へ向かう。
 壁に張り巡らされた血管の脈動が止まり、マディスはゆっくりと瞼を閉じた。
 さほど苦痛は無かったようだ。
 それだけが、唯一の救いだろうか。

 しばし無言で彼の死に顔を見上げていたリリィは、まとわりつく何かを振り払うように顔を揺らし、その場を去った。
 果たして最後の希望は、まだ残っているのか。
 次々と湧き上がるネガティブナイメージを受け流し、リリィはサーラの部屋へと向かうのだった。





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