異世界で美少女吸血鬼になったので”魅了”で女の子を堕とし、国を滅ぼします ~洗脳と吸血に変えられていく乙女たち~

kiki

40 今日はゴミの日

 




 正直に行って、リリィは他の騎士の顔を見たくは無かったし、全く進歩していない引きこもり王に関する報告をするのも嫌だった。
 だが、最初の会議から数日が経ち、さすがにこのまま黙っておくわけにもいくまい、と彼女は覚悟を決めたのだ。
 こうして、胃痛に苦しむ騎士団長の元に7名の騎士が集まったわけだが――

「……気にせずに始めちゃっていいんじゃない?」
「いや、だがな」
「ボクも無視するべきだと思うね。もっとも、事態が進展していないのは明らかだから、このまま解散でも構いやしないけど」

 騎士たちの視線は揃ってアーシェラとラライラライに向けられていた。
 2人が犬猿の仲であることは、彼らの共通認識だ。
 つい数日前にも大喧嘩をして、盛大にやらかしたばかりなのだから。

「それにしても、この急激な方向転換には、さすがのワタシでも戸惑いを隠せないわ。おーいおふたりさん、話聞いてるぅー?」

 ナルキールが語りかけても、返事は無かった。
 アーシェラとラライラライは腕を絡めたまま、お互いに見つめ合って2人だけの世界を作り上げている。
 ……と思いきや、何だかんだで声は聞こえていたらしく、アーシェラがナルキールの方を見て言った。

「さっきから、もしかしてあたいとラーラのこと言ってんの?」
「それしか無いでしょうがっ! 何よその距離感……てか、その呼び方も!」
「ラーラはラーラよ、この子からそう呼んで欲しいって頼まれたの」
「お母さまはわたくしのことをそう呼んでいた記憶が残っていまして、ですからママにも呼んでほしいな、と」
「……ママ?」
「はいっ、アーシェラママです!」

 まるで子供のように純粋な、ラライラライの笑み。
 あまりに汚れのない表情を向けられ、ナルキールはふらりと崩れ落ちた。

「大丈夫か、ナルキール」
「マディス、薬をひとつちょうだいな……とびきり強い、現実逃避ができるやつを」
「無いことは無いが、二度と現実に戻ってこれなくなるぞ?」
「それでも構いやしないわよ! あのラライラライアーシェラのこと”ママ”って呼んでるのよ!? 悪夢よ、悪夢に違いないわ! と言うかセインツとダヴィッド、あなたたち落ち着きすぎじゃない!?」

 受け入れ難い光景を見せられ、しかし2人の世界に罵倒は無駄だと悟ったナルキールは、怒りの矛先を別方向へと向けた。
 しかしセインツもダヴィッドも、「ははっ」と投げやりに相槌を打つだけだ。
 そうこうしている間にも、見つめ合う2人の雰囲気は高まっていく。

「ねえママ、もうわたくし我慢できませんわ」
「いいのか? みんな見てるぞ」
「構いません、誰が見ていようと、何を言おうと、わたくしの耳にはママの言葉しか届きませんもの」
「ラーラ……」

 そして、彼女たちの唇は近づいていく。
 興味がなさ気なマディスに、頭を抱えるリリィ、怒り狂うナルキール、そしてあまり反応が無い死体が2体。
 その場に、アーシェラとラライラライの暴走を止められる物は誰も居なかった。

「ん、ふ……むぁ……はむ、んふぅ……ちゅ、んあっ……あ、ふぅ……ん」

 ついに、2人は舌を絡め始める。
 それだけでは飽き足らず、互いに体が密着するまで強く抱きしめあい、手のひらで臀部や太ももを撫でながら、高め合う始末。
 これにはさすがのナルキールも我慢できず――

「あああぁぁぁあああっ! 何マジでやっちゃってんのよおおぉぉおおお!?」

 声がかすれるほど大声で怒鳴りつけるものの、完全に向こうの世界へ行ってしまった彼女らには届かない。
 マディスは同情するようにナルキールの肩を叩くと、リリィに言った。

「団長、手早く結論だけ言って欲しいんだけど。王はどうなった?」
「……どうにもなっていない、王は相変わらず閉じこもったままだ。今日は謝るつもりでみなを集めた」
「ならこれ以上続けても時間のムダだね、解散ってことで」
「あぁ……目眩がするわ。団長ちゃん、結果が出るまでもうワタシたちを集める必要は無いから、別に謝罪とかも聞きたくないし!」
「……すまない」

 結局、リリィは思うように謝罪の言葉も伝えられないまま、会議は終了となった。
 扉に近い位置に居たダヴィッドとセインツが、真っ先に部屋から出ていく。
 その後ろに居たナルキールは、おもむろに鼻を抑えながらセインツの背中を睨みつけた。

「ねえあんた、ちゃんと体洗ってる? 腐った肉みたいな匂いするんだけど」
「わたくしがですか? それは心外ですな、神へ捧げる体を清潔に保つことは当然の務め、それをわたくしが欠かすわけが無いではありませんか!」
「でも臭いもんは臭いの! 体洗っても消えないってんなら、香水でも付けときなさいよ」
「どうしてもというのなら、ボクが作ってあげてもいいけど?」
「ぬぅ……そこまで言うのならば考えておきましょう」

 そんなやり取りをしながら、4人は部屋を出て行く。
 遅れてキスを終えたアーシェラとラライラライも、いちゃいちゃしながら退室し――

「リリィ」
「どうした、キシリー」
「あとで話がしたいから、部屋に行くかもしれない」
「わかった、待ってるよ」

 最後までリリィの隣に立っていたキシリーも、そう言い残して出ていった。
 一人きりになると、リリィは大きく息を吐き出して、体を投げ出すように椅子に座った。
 いつから、孤独な空間にここまで安堵を覚えるようになったのか。
 思えば、長い間――誰かと一緒に居て安心する、という感覚を味わった覚えがない。
 すなわち、彼女にとって真に友人と呼べる相手は、カミラが最後だったのである。
 あれから、千草とは何度か話した。
 そのせいか、最近はよくカミラのことを思い出す。
 まだ最後に何が起きたのかまでは伝えていないが、じきにそこも話すことになるのだろう。
 不思議だった。
 墓まで持っていくつもりだったのに、千草を前にすると自然と口が滑ってしまう。
 そしてそれを、”救い”であると感じている自分がいることに、彼女は呆れていた。

「口では自分が悪いと言いながら、結局は責任を背負いたくないんだな、私は」

 誰だってそうじゃないだろうか。
 仮に、100%自分が悪いことだったとしても、背負わずに済む責任なら投げ出してしまいたい。
 そのせいで、残りの人生の全てを不幸に過ごすぐらいなら、被害者の気持ちはさておき、自分の利益だけを考えるのなら逃げ出すのが一番利口な選択だからだ。
 正義感は何も生まない。
 他者の幸福ではお腹は膨れない。
 それでも、と言う奴がいたのなら、そいつは間違いなく異常者だ。

「だが私は、それ・・にならなければならない。私がここに居る理由は、居られる大義名分は、それぐらいしかないのだからな」

 騎士団長たるもの、常に正しくあるべきである。
 リリィは幼い頃から親に繰り返しそう言われてきた、そして親だけではなく周囲の人間からもそう期待されてきた。
 例外はカミラぐらいのものだ。
 だからそうなろうと努力してきたが――いかんせん、彼女は常識的すぎた。
 才能も、能力も、性格も、きっと魂単位で異常にはなれない定めなのだ。
 普通に生きていたのなら、普通に誰かを幸せにして、普通に自分も幸せになっていただろう。
 それだけの能力はある。
 だが、親や環境、友人に恵まれなかったばかりに、要らぬ不幸を背負わされてしまった。
 騎士団長などという地位は、本来ならリリィには必要ないものである。
 両親がそうしたいと願ったから、彼女は今、ここに居る。
 ならば彼女の願いは、一体どこにあると言うのか――

「それでも私は、間違って居なかったと言い続けなければならない」

 ――例え、自らが最も再会を望んでいたはずの、最愛の友人を殺すことになったとしても。

「リリィ、またそんな顔してるですか」
「……姫様」

 また、だ。
 気づけばサーラは部屋の前に居て、リリィのことを見ていた。

「余は、そういうのは良くないと思うです。そうやって、言いたいことを自分の中に押し込めていたら、いつか壊れてしまうです」
「そんなにヤワではありませんよ、私は騎士団長ですから」
「嘘です。それに余は騎士団長ではなく、リリィという個人の人間に話しかけているのです」

 サーラは彼女のことを騎士団長としてではなく、リリィ個人として見ている。
 それはわかっているのだ。
 きっと、リリィがリリィであるのなら、それを”嬉しい”と感じたはずだし、すぐにでも友人になってくれと頼み込むぐらいだったはずだ。
 だが2人は友人にはなれない、あくまで騎士団長と姫という関係でしかない。
 その体に流れる血脈が、2人の接近を――いや、正確にはリリィの心の解放を阻害する。
 サーラがミリオソール家の一員である限り、きっとリリィは騎士としての振る舞いを止めはしないだろう。

「これは命令なのですリリィ、余を姫と思わないで欲しいのです」
「また無茶をおっしゃる」
「姫の命令なら無茶でも聞くのが騎士団長と言うものなのです!」
「言ってることが滅茶苦茶ですよ、姫様」
「滅茶苦茶だったとしても、こうでもしないとリリィは救われないのですよ!」

 それでもサーラは、彼女に語りかけるのをやめない。
 諦めたくなかった。
 幼いころから、サーラは孤独だった。
 父は父でなく王でしかなかったし、母は母で、父の血を引く彼女のことをあまり良くは思っていなかった。
 周囲に人は沢山居たが、孤独だったのだ。
 そんな中、唯一サーラの目を見て語りかけてくれたのが、リリィだった。
 2人が出会ったのは、サーラが物心ついてからだったが、それでも人格形成に大きな影響を及ぼしたのは言うまでもない。
 リリィは無自覚だったかもしれないが、彼女が幼いうちは本心から、姫や騎士という立場など関係なく可愛がっていたはずなのだ。
 サーラが、あんな腐った両親から生まれておきながら、どうにかまともに成長出来たのは、そのおかげだった。

「余はリリィのことが好きなのです、だと言うのにリリィは余に姫としての接し方しかしなくなった。それが、どれだけ悲しいことかわかるのですか!?」
「……申し訳、ありません」
「謝って欲しいわけではないのです。リリィ、そなたの役目は、余を不幸にすることでは無いはずなのです!」
「申し訳ありません、姫様」
「リリィッ!」

 リリィは横を通り過ぎ、部屋から出ていった。
 そんな彼女の背中に、サーラは必死で呼びかける。

「余は諦めないのです。絶対に、絶対に――リリィを幸せにしてみせるのですッ!」

 感情が揺さぶられる、胸が苦しくなる。
 本当は、泣きたいほど嬉しいのだ。
 だが、それでもなお、リリィの表情は動かない。

『お前はいついかなる時も騎士団長であり続けろ』

 彼女の頭の中では、そんな父親の低い声が何度もリフレインしていた。



 ◇◇◇



「しっかし信じられないわぁ、いくらなんでもあのアーシェラとラライラライだけは、世界がひっくり返ってもありえないと思ってたのに」

 会議から少し後、ナルキールは気持ちを落ち着かせるために、城の中を歩き回っていた。
 1人で部屋に引きこもっていると、先程の衝撃的な光景が思い出されて、冷静になれないのだ。

「衝撃的だわ、スキャンダルよ、と言うかセインツとダヴィッド、あれ絶対にリアクション薄すぎよ! あとマディスも、団長ちゃんがまともに見えたのなんてこれが初めてだわ!」

 それほどまでに、色恋沙汰に興味のない連中なのだ――と言ってしまえばそれまでなのだが。
 しかし、色に満ちた生活を送っているナルキールにはそれでもやはり、納得はできなかった。
 そんなそわそわとした様子で歩き回っていると、偶然にもアーシェラの部屋の前を通り掛かる。
 するとナルキールは部屋のから少し離れた場所で立ち止まり、ドアをじっと観察しだした。

「外で耳をすませば、アレの音が聞こえるのかしら」

 それは性的な興味ではなく、単なる好奇心だった。
 あの魂レベルで噛み合わなさそうな2人が、一体どんな情事を行っているのか。
 新発見の生物を観察する時のような気分である。

「べ、別に盗聴してるわけじゃないわよ、あくまで知的好奇心を満たすためなんだから。ワタシは悪くないわ、あんな場所で白昼堂々とあんなことやっちゃう2人が悪いの。そうよ、ええ、全くその通りだわ!」

 そうやって誰かに言い訳しながら、足音を殺し、じわじわとドアに近づいていく。
 彼はそこで気づいた。
 なんと、ドアが微かに開いているではないか。
 そして近づいた時点で、中の音が聞こえ始めた。

「んあっ……あぁ……ママぁ、そこっ、あぁぁぁんっ! 気持ちいひっ、ひもちいれすぅっ」
「いい子だよラーラ、もっとその調子で鳴きな」
「ひゃあうぅんっ! あぅっ、は、ひゃあぁぁっ!」

 ナルキールは思わず吹き出しそうになって、慌てて口元を手で抑えた。
 まさか、本当にやっているとは。
 そのままそーっと隙間に顔を近づけ、片目で部屋の中を覗き見る。

「あら、なんだ服着てるじゃない。しかも口に手を突っ込まれてるだけ……なのになんでラライラライ、あんなに気持ちよさそうに喘いでるのかしら」

 そう、決して2人は、裸で抱き合っているわけではなかった。
 アーシェラは人差し指と中指をラライラライの口内に入れ、彼女はその指を必死にしゃぶっている。
 ナルキールが目を凝らすと、どうやら舌にはハート型のタトゥーが刻まれているようだった。

「舌に刺青って、またコアなことを。あれってかなり痛いって聞いたわよ」

 1人でぶつぶつ呟いているうちに、アーシェラは口から指を引き抜いた。
 そして強引にラライラライの顔を自分の方に向けると、食らいつくように口を重ねる。

「ふうぅぅ、んっ、んごっ、おぉっ……ん、んんんんーっ!」

 舌で一方的に蹂躙する、暴力的なキス。
 アーシェラはサディスティックに微笑みながら、びくびくと体を震わせるラライラライを見ていた。
 その感じ様は、どう見ても普通じゃない。
 足の指をピンと力いっぱい立てて、内股で足をもぞもぞと動かし。しかし腕はアーシェラの背中を強く引き寄せる。
 まるで本当に2人は交わっているかのよう。
 口を離すと、ラライラライは完全にとろけた表情でアーシェラを見て、「ままぁ」と甘えるように呟く。
 するとアーシェラは胸にラライラライを抱き寄せ、母が子供にするように、優しく頭を撫でた。

「じゃあそろそろ始めるよ、ラーラ」
「うん、ママ」

 その言葉に、ナルキールの期待が高まった。
 やはり今までのは前戯だったのだ。

「ついに2人のおセックスが見れるのね……!」

 10代前半の男子のような喜び方をするナルキール。
 しかしそんな期待を裏切るように、2人は予想外の行動を始めた。
 また抱き合ったかと思うと、アーシェラがラライラライの首に顔を埋めたのだ。
 そして口を開き、噛み付く。

「んああぁぁぁあああっ!」

 すると、ラライラライは仰け反りながら、ひときわ大きな声をあげた。
 その後も、口を半開きにして、涎を垂らしながら声を震わせる。

「あぁっ、あ……んあぁっ、ママ、が……入って……くるぅっ」

 ナルキールは最初、彼女たちが何をしているのかわからなかった。
 だが、アーシェラの喉が動いているのを見て気づく。

「まさかあれ、血を吸ってるの? 嘘でしょ、確かにあのアーシェラなら血ぐらい飲みそうだけど、それにしたってとびきりの特殊性癖だわ」

 などと、半ばジョークのつもりで呟く。
 無論、その行動がただの特殊性癖などでは無いことぐらい、この時点ですでに気づいていた。
 それでも観察を続けたのは、確かな証拠が必要だったからだ。
 やがて血を吸われ続けたラライラライは、肌の色が変色し、肉体もより扇情的に変貌していく。

「……団長ちゃーん、あんたのことは信用してなかったけど、さすがにこれはマズイわよぉ」

 カミラの話は、ナルキールも知っていた。
 姫が魅了されかけ、リリィが吸血鬼を退治した。
 だが――あのお飾り騎士団長に、そんなことが出来るだろうか、と騎士団の人間は懐疑的だったのだ。
 もっとも、実際はカミラではなく、もっと危険な吸血鬼の仕業なのだが。
 この時点で、ナルキールがそれを知る由もない。

「ぁ……ふ……ふふ、ふふふ……ママ。これでわたくし、ママと、同じになれましたのね」
「ようこそラーラ。これで、あたいとラーラは永遠に結ばれた」
「あぁ、ママぁ……」

 部屋の中では、吸血鬼に成り果てたラライラライとアーシェラが、誕生を祝うように口づけを始めている。
 そして同時に服を脱がせている。
 今度こそ体を重ねるのだろう。

「さて、どうしますかねえ。やっぱりまずは、魔物退治のスペシャリストに聞くべきかしら」

 ナルキールに化物の交合を見守る趣味などない。
 彼は部屋から距離を取ると、真っ先に、ほど近いセインツの部屋に向う。
 コンコン。
 ドアをノックする。返事は無い。

「ひょっとして、さっきの気にしてシャワーでも浴びてるのかしら」

 あるいは、どこかに出かけているのか――と試しにドアノブに手をかけてみると、鍵はかかっていなかった。

「あら、うかつねえ」

 ドアが開くと同時に、部屋から溢れ出してくる不快な匂い。
 先程セインツから漂っていたものをさらに濃くしたような悪臭に、ナルキールは反射的に顔をしかめた。

「あいつ、一体何やってんのよ……っと!」

 出来ればそのまま立ち去りたかったが、そういうわけにも行かない。
 ナルキールはドアを蹴飛ばして開く。
 そして部屋に入ると、彼はベッドに寝そべるセインツを発見した。

「おや、ナルキールではないですか。どうかしましたか?」

 彼は何事も無かったかのように、普通に話しかけてきた。
 だが、彼の右腕には肉が無い。
 胸部も肋骨が剥き出しで、腐った肉のような色をした心臓が、どくんどくんと不気味に脈動して血液を吐き出している。
 要するに、先程会議の時に彼が匂わせていたのは、自身の腐臭だったのだ。

「あんた、それ……」
「いやはや困りましたね。実はわたくし、この城に来る前に死んでいたのですが、今日までとある方の目的を果たすために生きたフリをしていたのです」
「何よ、何がどうなったらそんなことになるのよォ!?」
「不思議ですねえ。わたくしは光の魔法を得意としていましたが、これが対となる影の力だそうです。しかし、死体の肉が腐るのは道理、ナルキールに指摘されるほど臭ってしまった以上は、もはや役目を果たすこともできませんな」
「わけ……わかんないわ」
「わたくしもよくはわかりません。ですが、こうしてあなたの前に真実の姿を晒したと言うことは――」

 セインツは影ひとつ無い笑みを浮かべ、言った。

「用済み、と言うことですかな」

 そして心臓が風船のようにパァンと弾けると、二度と動かなくなった。
 残されたナルキールは、口を開いたまま、ぽかんとその場に立ち尽くす。

「死んでた、ですって? そんなの……そんなことがっ、いくら魔法でも出来るはずないわ!」

 乱暴にドアを閉めると、別の部屋に向かう。
 彼はこれでも騎士だ、この程度のまやかし・・・・に惑わされるほど単純ではない。
 そんなナルキールが次に向かったのは、ダヴィッドの部屋だ。
 ノックもせずにドアノブを握ると、やはり鍵はかかっていない。
 しかしダヴィッドの場合、普段からガサツなので鍵をかけないことが多いのだ。
 だから特に気にせず、一気にドアを開く。

「ダヴィッド、居る!?」

 ダヴィッドは、珍しく椅子に座り、机に向き合い、デスクワークをしているようだった。

「大事な話があるの」
「ん、どうしたナルキール」

 そして彼は体をひねることもなく、首を180度回転させてナルキールの方を向く。
 およそ人間には不可能な動きだ。
 仮にそれが人間離れしたダヴィッドだったとしても。

「……まさか、あんたも」
「ああそうだ、死んだんだ、死んだはずなんだ、俺は。なのになんで、ここに居るんだろうな。あー、わからん。全然わかんねえなー」

 彼らしくもない、気の抜ける声でそう言うと、ぐるりぐるりと首が回り始める。
 一回転、二回転、三回転。
 そのような馬鹿げた動きに人間の肉体がついていけるわけもない。
 やがて回転を続けたダヴィッドの首はねじ切れ、ぼとりと床に落ちた。

「あー、あー、わからん。なんだこれは、わからん、俺はどうなってるんだ、わけがわからない。なあナルキール、俺は――」

 ぜんまい仕掛けが壊れるように、ぴたりと、動きが止まる。
 首からは噴水のように血液が溢れ、地面を濡らしていった。
 もちろん床に落ちたダヴィッドの頭も、少しずつ血で汚れていく。

「幻よ、こんなの……! このクソッタレェッ! ワタシは、一体いつからこんな魔法にかかってたの!? 会議の時? それとももっと前!? じゃあ、つまり、さっきのアーシェラとラライラライだって幻覚で、今も犯人はワタシが慌てふためく様を見て笑ってるに違いないわ! ねえ、ねえ、そうなんでしょう!?」

 叫び、振り向く。
 そこには誰もいないと思っていた。
 幻覚魔法をかけた張本人が、そうのこのこと姿を表わすものか、と。
 だが、そこには橙色の髪をした、ショートヘアの少女が立っていた。

「なんで……立ってんのよ。なんで姿を表わすのよ? ねえ、あんたが、ワタシにこれを見せてんの!?」

 少女は動かない。

「はっきり言いなさいよ、ねえ!」

 やはり少女は動かない。

「言えつってんだよこのクソアマがアァァァァァッ!」

 ナルキールが怒りで顔を歪ませながら胸ぐらを掴んでも、動かなかった。
 そう、彼の手はするりと少女をすり抜け、貫通してしまったのだ。
 そして少女の体はどろりと解け、黒い影に戻ると、今度はナルキールの背後に現れる。
 気配を感じた彼は、慌てて振り返った。

「ナルキール、だったっけ。男の名前は別に覚えたいとは思わないんだけどさ」
「あんた、誰よ」
「エリス。あんたを殺しに来た半吸血鬼デミヴァンプ
「あら、ワタシを誰だと思ってんの? 騎士よ、王国最強の人間である騎士よ!? それを、出来損ないの魔物程度が殺す、ですって?」
デミを出来損ないだと思ってるんだ」
「当然よ、だってあなた、ワタシに幻覚しか見せてないじゃない。こんなショボい魔法でワタシを殺そうだなんて百万年早いわよッ!」

 声を荒げながら、腰に手を当て、グリップを握って一気に引き出す。
 それは――ナルキールが最も得意とする武器、金属で編まれた強靭な鞭であった。
 一般的な鞭は叩くために利用されるが、彼の場合は違う。
 砕き、切り裂くために使うのである。
 だが、そんなことは千草から力を預かったエリスにとってはどうでもいい。

「幻じゃないって、全部現実なんだから」
「出来るわけないじゃない、セインツやデヴィッドがあんたらみたいなのに殺されるほどヤワじゃないっての!」

 鞭でエリスの肉体を切り裂くため、振りかぶるナルキール。
 そしていざ攻撃を開始しようと力を込めた時――そこにはすでに、腕は存在していなかった。
 斬られた実感すら無く、腕が消失していたのである。
 戸惑う彼を、見下し笑うエリス。

「出来るよ、お姉さまの力なら」
「あんた、これ――」

 次は左腕。
 その次は右足、左足。
 まるで闇に飲み込まれるように、次々とナルキールのパーツが消失していく。
 そして胴体までもが飲み込まれると、ごとりと彼の首は床に落下した。

「う、うそよ……こんなの、悪い夢よ。そんな馬鹿なことが――」
「コツは掴んだし、どうせ簡単に戻せるってお姉さまは言ってたし、こいつ気持ち悪いし、やっぱトドメは刺しておこー、っと」
「待ちなさいっ、止めてっ、お願いだから! ワタシはまだ美しくなるためにやりたいことがッ!」
「男なんかが美しくなんてなれるわけないじゃん、馬鹿じゃないの?」

 エリスは助走を付け、地面に転がるボールを蹴飛ばした。
 ドバァンッ!
 飛翔するそれは廊下の壁に激突すると、水風船が割れるように破裂する。
 周辺には血液や、彼の頭の断片らしきものが飛び散っていたが、もはやナルキールの一部であることを判別するのは難しい。

「エリス、随分と派手にやりましたね」

 そこにやってきた千草の姿を見た途端、エリスの表情は一気に明るくなった。

「あっ、お姉さま! んへへ、実はレイアに負けた時から、一回で良いから強い人間を倒してみたかったんだよね。それよりもほら、頑張ったんだし私を褒めてよー」
「わかっていますよ、ほら」

 千草は両手を広げ、エリスを抱きしめる。
 頭を撫でられ、胸に頬ずりをして上機嫌な彼女を見て、千草もまた微笑んでいた。

「んー! やっぱお姉さまに触ってる時が一番幸せぇ……あ、そういえば姉さま、確か次はキシリー、だっけ」
「ええ、すでにアーシェラとラライラライに指示を与えましたから。ほどなく命令を遂行してくれるはずです」

 千草の言葉通り、彼女から命令とを与えられたアーシェラとラライラライは、キシリーを魅了するべくすでに動き始めていた。
 それが終われば、あとはサーラとリリィを堕とすだけ。
 だがその前に――カミラの真実を知らなければならない。
 それこそが、今の千草のルーツなのだから。





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