異世界で美少女吸血鬼になったので”魅了”で女の子を堕とし、国を滅ぼします ~洗脳と吸血に変えられていく乙女たち~

kiki

32 君は物語の主役、まさしくヴィアンド

 




「うわああぁぁぁあああああっ!」

 彩路は目を覚ますと同時に勢い良く上体を起こし、叫んだ。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 肩を上下しながら荒い呼吸を繰り返し、瞬きも忘れ周囲を見渡す。
 ここは――彩路の部屋で、彼の体はベッドの上にある。
 完全に死んだと思っていた。
 痛みもあって、体が冷たくなっていく感触も確かにあった。
 だというのに、手足がついている。
 もちろん首だって。

「夢……だった、のか……?」

 そんなバカな、と言いたくなるほどのリアリティだった。
 しかし、自分がこうして自分の部屋で寝ていると言うことは、そうとしか考えられない。
 だとしたら、どこかがらどこまでが現実で、いつから夢に堕ちていたのか。
 彩路は頭を抱えた。
 わからない、現実と夢の境目がどこにあるのかの検討すら。
 できれば、全てが夢幻であってほしい。
 そう願う彩路だったが、直後、背後にある壁からあの音が聞こえてきた。

 カリカリカリカリ――

 心臓が鷲掴みにされたかのような強烈な緊張感に、彼の全身が強張る。
 瞬きどころか呼吸すら忘れ、胸を抑えて前のめりになった。
 涙が溢れそうだ。
 一体何なんだ、これは。
 誰が、何のために、どうして自分が巻き込まれなければならない。
 思い当たる節は、無かった・・・・
 そう、何も無かったのだ、彩路は自分のことを罪人だと思ったことはなかった。

 カリカリカリカリ――

 まるでそれを諌めるように、異音は鳴り続ける。
 彩路の反省が認められるまで。
 あるいは、狂ってしまうまで。

「ふざけんなよ……クソがッ!」

 彩路はシーツを投げるように退かし、ベッドから降り、大股で部屋から出た。
 向かう先はもちろん、”イハイ”の部屋だ。
 音の原因がここにあるっていうんなら、ぶん殴ってぶっ飛ばしてやるつもりだった。
 拳が効かない相手だったとしても、彩路にだって多少なら魔法を使うことができる。
 それで消し飛ばしてやればいい。
 彩路はなぜか鍵のかかっていないドアを開き、だだっ広い、ただそれだけの部屋へ足を踏み入れる。

「っ……!」

 そこには、おそらく誰も居ないのだろうと思っていた。
 しかし、彼ら・・はそこで、彩路を待ち受けるように立ち尽くしていた。
 4人の男性。
 顔は俯いている上に部屋が暗いのでよく見えないが、おそらくその容貌からして城で働く兵士だろう。

「ようこ、そ」

 右端の兵士が、かすれた声で言いながらとある方角を指差す。

「イハイ、へ」

 続けて、その隣の兵士も。

「いっしょ、みんな、ずっと」

 そして3人目が告げると――4人目、つまり左端の兵士が顔をあげ、”にぃ”と血まみれの歯を見せつけ笑いながら、彩路の方を見て言った。

「おめでとう、さいじ、かざおか。おめで、とう」

 いや、彼だけではない。
 同様の残り3人も全員が彩路を見ながら不気味に笑っている。
 彩路は、言葉を失っていた。
 異様な状況に、かつ彼らの顔に見覚えがあったからだ。
 特に左端の4人目、彼は昨日、食堂から飛び出したあとに壁に頭を打ち付けて死んだ兵士だったはず。
 それがなぜ、この部屋で生きて彩路を待っていたのか。
 いや、そもそも――本当に生きているのだろうか。
 そんな彩路の疑問に答えるように、兵士たちの体はぐずぐずと、どろどろと崩壊を始める。
 まずは皮が失せ、肉が溶け、眼球や脳、内蔵はべちゃりと地面に叩きつけられる。
 しまいに骨だけになると、最後に彼をあざ笑うかのように壁を指先で”カリカリ”と鳴らし、崩れた。
 要するに、答え合わせだ。
 あの音は――彩路を悩ませたカリカリという音は、自分たちが犯人であると。

「……タチの悪いお化け屋敷にでも迷い込んだのか、俺は」

 全部ジョークなら、早くそうと言って欲しい。
 仕掛け人は誰だろうか、一番の候補は峰あたりが、桜奈も十分ありうる。
 それとも、まだ出てこないってことは、さらに仕掛けが残ってるのだろうか。
 しかし、それにしてもリアルな作り物だ。
 肉や内蔵の、要するに人の死体の臭いが部屋には満ちているのだ。
 吐きそうだった。
 だが吐くものがない、そういえば昨日は夕食も食べていなかった。
 だからなのか、彼の歩みには力がない。
 ふらふらと今にも倒れそうな足取りで部屋の中央へと進むと、先ほどの4人が指差していた木箱――つまりは”イハイ”に近づく。
 箱の表面に顔を近づけると、そこに何か文字が刻まれていることに気づく。
 それは久々に見る漢字だった。

「風岡、彩路……だってさ。は、はは……あははははっ……おいおい、俺はもう死んでるって言いたいのかよ、んなわけねえだろが! ここに、こうして生きてんだよッ!」

 彩路は怒鳴り、箱を蹴飛ばした。
 その勢いで蓋が開き、中からどろりとした肉片や骨らしき物が出て来る。
 だがもう興味は無かった。

「ただのハッタリだ、演出もここまで行くと茶番だな」

 笑い飛ばしながら彩路は振り向き、部屋から出ようする。
 するとそこには、先ほどまで無かったはずの姿見鏡が置かれていた。
 彼は一瞬だけ驚き、体を縮こまらせたが、すぐに口角を上げ笑った。
 要するに強がっているのだ。
 笑っていれば、少しでも恐怖が和らぐようにして。

「鏡なんざ用意して何がしたいんだか、こんなものにビビるほど俺は――」

 目の前にあるのは何の変哲もない鏡だ。
 つまりは、これに彩路を驚かせるような意図はない。
 ただ確認して欲しかっただけである。
 彼がなぜこの部屋に導かれたのか。
 なぜイハイに彼の名前が刻まれていたのか。
 その理由を。

「……やめろよ、そういうの」

 そして彩路は気づく。
 自分の首に、昨日まで無かった傷跡が刻まれていることに。
 それはまるで縫合跡のようなギザギザとした痕跡で、指先で触れると凸凹が感じられた。
 イタズラで描かれたものじゃない、確かに本物だ。
 ならば、なぜ、首にそんなものが刻まれているのか。
 思い出すのはもちろん、昨日の記憶だ。
 友人たちに体をおさえられ、調理員に両手足を、そして最後には首を切り離された、あのあまりに生々しい夢。

「夢じゃ……ないのか? あれは、全部、現実だったってのか?」

 本当に自分の首が切り落とされていたんだとしたら、そのあと体とつなぎ合わされて――だったらあのイハイに入っているのは本当に彩路の体だったのかもしれない。
 ならば、この体は誰の物なのだろう。
 そう考えた瞬間、全身が粟立った。
 部屋に転がる5つの死体よりも、遥かに自分の体の方がおぞましく感じられる。
 両手を見れば、いつも見ている自分の手より大きいような。
 足だって、こんなに太かっただろうか。
 よく見れば肌の色だって違うんじゃないか。
 見ればみるほど、自分の体が自分の物ではないような気がしてくる。

「あ……ああぁ、あああぁぁぁあああああっ!」

 彩路は両手で鏡に手を伸ばすと、力いっぱい引き倒した。
 ガラスの割れる音が、暗い部屋に響く。
 あるいは、砕けたのは彼の心だったのかもしれない。
 壊れてしまった彩路は、飛び散る破片を踏み潰し、部屋を出る。
 幽鬼のごとくふらりふらりと左右に揺れながら隣の自室に戻り、ベッドに近づき、仰向けになって体を投げ出した。
 ぼふっ、と柔らかなベッドに体が沈んでいく。

「覚めろよ……覚めてくれ、頼む……頼むから、もう、こんなのは嫌だ……」

 今まで恐怖で流したことのない涙があふれようとしていた。
 雫は重力に押し流され、こめかみを通って布団に染み込んでいく。
 だが、彼女はまだ手を緩めない。
 コンコン。
 畳み掛けるようにドアがノックされた。

「おーい、彩路、起きてるか? 昨日から何も食ってないみたいだから、美味い食いもん持ってきたぞ。話しながら一緒にどうだ?」

 峰だ。
 昨晩、彩路の体がバラバラになるのを見て笑っていた峰だ。

「少ししたら凰弥も来るってさ。なんか……色々大変みたいだけどさ、きっと適当に駄弁ってりゃ少しは気分も晴れるって、な?」

 うるさい、うるさい、うるさい。
 あれはもうまともな人間ではないのだ。
 彩路の耳には、峰の言葉などすでにただのノイズにしか聞こえていなかった。

「桜奈と冬花も心配してたぞ。まあ、桜奈はいつもの調子で”ホームシックとか笑えるんですけど”とか言ってたけど、あれでも本心じゃお前のこと考えてんだよ」

 何が、心配だ。
 人の体を奪っておいて。
 それだけじゃない、桜奈と冬花が絡んでるのを見ても笑っているだけだった。
 人が解体されていくのを見ても笑っているだけだった。
 しかも、あれを、食べたんだ。
 彼らはカニバリストだ、例え元友人であったとしても許容できるものではない。

「化物め……」
「お、なんか声っぽいのが聞こえたぞ。やっぱ起きてんだろ、だったら返事しろよ」
「黙れ……うるさい……」
「正直さ、オレもお前が居ないとつまんないんだわ。長い付き合いで初めて言うけど、これで結構頼りにしてんのよ」

 何を言っているのか理解は出来ないが、とにかくうるさい。
 声を聞くだけでイライラする、ムカムカする。
 どうせ部屋を開けたら、昨日みたいに狂った笑顔で碌でもない”食べ物”を見せつけるに違いない。
 しかし――と彩路は考える。
 昨日のように、城の出口から食堂にワープさせるような真似ができるというのなら、このまま部屋に引きこもっていても、いずれ外に出されるだけではないか。
 なら、だったら、彩路が選ぶべきスタンスは受け身じゃない。
 自ら、攻めなければならない。
 殺される前に、殺さなければ――
 彩路はベッドから起き上がり、部屋に備え付けてあったフルーツナイフの場所を確認した。
 いつもでも掴めるように意識しつつ、ゆっくりと峰を招き入れる。

「よう、彩路。元気だったか? 『ひひゃははははっ、ひひひっ!』

 顔を見せた峰は、案の定狂った笑顔を浮かべていた。
 すぐさまナイフを突き立てようかとも思ったが、まだ早計だ。
 完全に峰が隙を見せたタイミングに実行することに決めた。

「昨日『は楽しかったよなあ』。なあ、『肉になって料理にされて、なかなかできる体験じゃない』ぜ?」
「ああ、そうだな。お前らはさぞ楽しかったろうさ」
『でさ、今日も昨日の続ってわけよ。』だからさ、これ持ってきたのよ」

 そう言って峰が彩路に見せつけた皿の上には、ピンク色の肉が数枚乗っていた。

「何だよ、これ」
『凰弥の刺し身』

 刺し身と来たか。
 彩路は思わずにやりと笑った。
 今までのただ驚かせるだけの仕掛けに比べれば、いささかウィットに富んだジョークじゃないか、と。

「凰弥も心配してたんだよ、だから『こんな風に自分を刺し身にして』まで用意してくれたんだぞ?」
「頼んでないだろ」
「おいおい、そんな言い方は無いだろ! いつもなら絶対に自分からは言い出さないあの凰弥が、『自分の体を切って』まで準備してくれたってのに!」
「いらねえつってんだよ!」

 彩路は峰が手に持った皿をはたき落とした。
 盛られていた凰弥の刺し身は、”ごとり”と床に落ちる。
 それを見た峰は激昂し、彩路の胸ぐらを掴んだ。

「いくらなんでもそりゃねえぜ、彩路! お前、『刺し身になった』凰弥の気持ちを考えたことあんのかよ!」
「あるわけねえだろうがッ!」
「なっ……『は、ひひ……はひゃひゃひゃ、そりゃそうだ、ははははっ、オレも刺し身になった人間の気持ちなんて考えたこと無かったわ! ははははははっ!』

 彩路を解放した峰は、腹を抱えながらゲラゲラと笑っている。
 確かに、刺し身になった人間の気持ちなんて誰も考えたことはないし、言葉だけを聞けば笑える類ものワードではあるかもしれない。
 しかし、もちろん彩路は笑えない。
 かつて友人だった何かが、自分の肉を切って自分に食わせようとしているのだ。
 笑えるわけがない。

『ははっ……ふ、くくくっ、やばい、ごめん、ツボ入ったわ。刺し身になった凰弥の気持ちって……ははははっ、あははははっ!』

 それでも峰は、お腹を抑えながら、膝までついて笑い続けている。
 ”今がチャンスだ”と、確信した。
 彩路は素早く棚に置いてあったフルーツナイフを手に取ると、鞘から出し、刃をむき出しにして襲いかかった。

「彩路、な――『あはははははっ、今度はオレを刺し身にすんのか? いや待てよ、それは凰弥が来てからでもいいだろ? どうせならオレの体も凰弥に食べてほしいしさ、新鮮な方が良いに決まってるじゃねーか!』
「うるさい、うるさい、お前なんか人間じゃない、人間じゃないんだ、どうせ俺の体をまたバラバラにして殺すんだろうが、だったら俺が殺す、殺す、死ねええぇぇぇぇっ!」

 無論、峰は抵抗する。
 運動神経では元より彩路より峰の方が上だ、いくらマウントを取りかけているとは言え、手首を押さえられた腕はびくともしない。
 そこで彩路は、膝で相手の顔面を複数回蹴りつけた。
 怯んだ瞬間に、完全に押し倒す。
 そして馬乗りになって容赦なくナイフを突き立てたが、それでも峰は両手で彩路の腕を止めてみせた。
 さらにはナイフを奪い取り、投げ捨てる。
 動揺する彩路に、峰はその隙を見逃さなかった。
 するりと抜け出し、素早く立ち上がり、再び彩路と向き合う。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 峰は額に汗を滲ませながら、彩路を睨みつけた。
 しかしその表情も、彩路には笑っているようにしか見えなかった。
 自分が殺されようと言うのに、まだ笑っている。
『俺を刺し身にするんだろ?』などと煽ってくる。
 やはりそうだ。
 こうして自分の目で見て彩路ははっきりと確かめた、あれはもはや峰などではない。
 どうやら峰はまだ何やら彩路に話しかけようとしているみたいだが――一切聞く耳を持たず、低い姿勢でタックルを試みる。

「がっ……!?」

 彼の肩は無防備だった峰の腹部にめりこみ、そのまま彼は壁に強く背中を打ち付けた。

「うおおおぉぉおおおおっ!」

 彩路が吠える。
 彼はひるんだ峰の髪の毛を掴むと、引き倒し、頭を木製の床に叩きつけた。

「あぐっ、うぅ、や、やめっ……彩路ぃっ!」
「今更何を言ってんだ、俺を殺したくせに、食ったくせに、お前らがそう来るなら俺がっ、俺がっ、俺があぁぁぁっ!」
「ぎっ……うがっ、ご、がぁっ」

 頭の皮膚が切れたのか、床に血が付着し、髪の毛にもねちゃりと絡みだす。
 それを見て彩路は笑った。
 あと少しだ、それでまずは1人始末できる。
 道は長い、やつら・・・に狂わされた人間を全て始末しなければ未来は来ないのだから。
 だが、そのためにはまず、一人目をきっちりと殺す必要がある。
 これはその第一歩だ、大いなる希望に向けての、救いの一歩なのだ――

「な、ひゃ、んで……はがっ……さい、じ……お、れ……っ」
「人食らいの化物どもがっ! 俺が、唯一まともな俺が、お前らを殺してやる! これ以上、やらせるかよぉおおおっ!」
「おま、え……と、ふぎゅっ……い……と、たの……しく、ぎっ、て……み、んな……」
「へ、へへへへっ、あと一息だ、あと少しで、死ねっ、死ねぇっ!」
「さく……な、も……と、か……お、う、や……」
「これで、トドメだあぁっ!」
「おか、さ……おと……」
「うわあああぁぁぁあああああっ!」

 ぐしゃっ。
 骨が砕け、肉が潰れたような音が鳴ると、峰の目から光が失われる。
 抵抗は彩路が頭を叩きつけ始めた時点で無くなっていたが、これで声すら聞こえなくなった。

「は……ははは……はははははっ、あっははひゃひゃははははっ! やった、やったぞ、まずは一人目だ! これで、俺は!」

 勝ち誇り、笑う彩路。

「変な声が聞こえたが……なんだ、元気そうじゃないか彩路。峰もここに――なっ!?」

 そこに送れてやってきた凰弥が現れる。
 彼は峰の死体を見て驚『笑って』いる。
 彩路は棚の上に置いてあるフルーツナイフを手に取ると、鞘から出し刃をむき出しにして、凰弥に突進した。

「おい彩路、これ……は、何……を……?」

 凰弥は油断しきっていたのか、彩路のナイフを避けることすらしなかった。
 刃渡りの短い凶器ではあったが、ナイフをぐるりと九十度回し、さらには突き刺したまま体重をかけ、下へとずらしたことでその傷は致命傷となった。

「い、づ……あ……あぁ……?」

 腹を抑えながらうめく凰弥。
 彩路はさらにナイフを引き抜くと、血まみれの刃を彼の首に突き立てる。
 凰弥は首から血を吹き出しながら、バランスを崩す。
 壁を背もたれに座る彼に、彩路は馬乗りになると、首から顔にかけて、さらに繰り返しナイフを突き刺した。

「はははははっ、あっはははははっ! これで、これで平和になる! 死ね! 死ね! お前らが悪いんだ、俺はまともなんだ、ずっとまともだった、なのに、なのにお前らがおかしなことするから! ひゃはは、ひははははぁっ!」

 とうに凰弥は死んでいたが、それでも狂った彩路は手を休めない。
 もはや彼が彼であると判別するのが難しくなるまで顔面をミンチにし、その様を見て楽しそうに笑っている。
 どちらが狂っているかなど――もはや自明であった。

 凰弥を始末し、正義を成した彩路。
 死体に馬乗りの状態で放心状態になっていた彼の元に、1人の女性が声をかけた。

「よくやったわね、彩路くん」
「みやこ……先生?」
「大丈夫、私は正気よ。ごめんなさいね、最初に再会したとき変な反応になっちゃったのは、やつら・・・の目を欺くためだったの」
「あぁ、そうだったんだ。はは、やっぱ先生はすげえな、はひゃひゃっ」
「ええ、すごいのよ、先生は。だからあなたにももっとすごい力を与えることができる」
「すごい、力……?」

 具体性のないあやふやな言葉だったが、それに彩路は心を躍らせた。
 すごい力と言うからには、やつらに狂わされた人間たちを一網打尽にするだけの威力があるに違いない。
 そう期待しているのだ。
 そんな彩路の目の前に、都はポケットから取り出した小瓶を見せつける。

「これはね、少量で人間を死に至らしめる毒なの。この毒を、あの忌々しい食堂の鍋に入れてしまえば……」
「狂った人間たちを、全員、殺せる……全員、俺が、救うことができる……」
「そう、あなたが救うのよ、彩路くん。もう頼れる人はあなたしか居ないの」

 その言葉に、彩路は自分が正しいという想いを強くしていった。
 そして迷いなく小瓶を受け取る。

「これを、鍋に入れるだけで良いのか? でも気づかれるんじゃ」
「大丈夫、あなたが正しいなら食堂に入り込んでもバレないはずよ。それに死体だって、あなたが正しいならすぐには見つからない」
「そう、だな……俺は正しいんだ、正しいから、見つからない……はは、そりゃそうだよな!」

 もはや彼に、正常な判断力など残っていなかった。
 どの道、数少ない味方であった友人2人を殺してしまった彼には、もはや引き返す道は存在していないのだ。
 だから進む、地獄へ向けて。
 過ちを正しさと信じて、数多の正しい人間を殺すために、間違った彩路は人外に導かれるがままに食堂へと向かう。
 そんな彼の後ろ姿を、都は手を振りながら見送った。
 そして見えなくなると、影を操り死体を別の場所へと送り、血痕も消し去る。

「これでいいんだよね、ちーちゃん」

 都がそう言うと、千草は近場の影から姿を現し、背後から彼女を優しく抱きしめる。

「ありがとうございます、みゃー姉。あんな汚らわしい男と言葉を交わすなんて嫌でしたよね」
「うん……本当はすぐに殺したいぐらいだったけど、ちーちゃんのお願いだから」
「みゃー姉……」

 千草は感極まって目の端に涙を浮かべながら、都の背中に顔を埋めた。
 体が大きくなっても、人間をやめても、あの頃と変わらない千草に、都は母性をくすぐられる。
 もはや2人の頭に彩路の存在は残っていない。
 結果は出た。
 ならばあとは待つだけなのだから、気にする必要もないのである。

 かくして、その日に食堂で食事を取った兵は、地獄のような痛みと共に体を内側から溶かされると言う奇妙な死に方で全滅し――その容疑者として、風岡彩路は牢に囚われたのだった。





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