異世界で美少女吸血鬼になったので”魅了”で女の子を堕とし、国を滅ぼします ~洗脳と吸血に変えられていく乙女たち~
27 人間という名の人でなし
優しさの押しつけほど迷惑なものはない。
それが間違いだと諭そうとしても、相手はそれを正しさだと信じてやまないからだ。
だから、自分がやろうとしていることが、ただのエゴであることを私は否定できない。
選択肢は2つ。
1つは、チグサの誘いに乗ってリーナを半吸血鬼へと変え、体を元に戻すこと。
もう1つは、私の手でリーナを殺し、人間として人生を終わらせること。
どちらをリーナが望んでるかなんて、私にはわからない。
だからきっと、どっちを選んだってこれは私の身勝手だ。
そしてその判断基準もまた、私の価値観に過ぎない。
正しいのは人間か、それとも吸血鬼か。
私はそれを確かめるために――フェンブルグ伯爵の屋敷へとやってきた。
当時、兵を率いて滅びた村から私を救い出した彼は、その直後に現役を退き、その息子が世襲する形で領地を引き継いだ。
元々王と親交があったらしく、今は王都の郊外でひっそりと隠居している。
私が王都にやってきてからは、しばらくの間、彼が身元引受人として私の面倒を見てくれた。
だから私は彼のことを、親しみを込めて、”おじさま”と呼んでいる。
そんな関係だから、私は警備の兵に止められることもなく屋敷へと入ることが出来た。
そしてすぐさまメイドに客間へと案内される。
ふかふかの椅子に腰掛けて、お茶を啜りながら待っていると、数分後におじさまがあらわれた。
「珍しいな、レイアが連絡もせずにここに来るとは」
短く整えられたあごひげを撫でながら、おじさまはゴツゴツとした手で私を撫でた。
いつもだったら嬉しいのに、今はまるでそれが無機物のように感じられる。
「やけに難しい顔をしているではないか、何か相談事でもあるのか?」
「おじさまに……聞きたいことが、あって」
「私に? 言っておくが、魔法のことはてんでわからんぞ、見ての通り肉体派だからな」
おじさまは向かいの椅子に座りながら言った。
確かに、彼の体は大きいし筋肉質だ。
今では随分と衰えたらしいが、昔は王国に名を轟かせるほどの武芸者だったらしい。
故郷で私を助けてくれた時も、最前線で兵を率いていた。
「私の、故郷が、襲われたときのこと……知りたいの」
「故郷の? 吸血鬼の襲撃については私よりレイアの方が詳しいんじゃないか。情けないことに、私たちが到着したのは全てが終わってからだったからな」
「あれは……本当に、吸血鬼の仕業、だったのかな」
「はっ、まさかレイアよ、城に蔓延しておる妙な噂を真に受けているのではないだろうな?」
おじさまも噂のことは知っているらしい。
彼は王の相談役として頻繁に城に出入りしているのだから、それも別に不思議な事ではない。
「噂は噂、証拠などどこもありはしない。お前の故郷は吸血鬼に襲撃され滅びたのだ」
「だったら、聞くけど。吸血鬼が人を攫って……その、人間に売りつけることが、あるの?」
「……何?」
「例えばの話で――故郷で死んだはずの人間が、奴隷として売買されていたとしたら……それが、吸血鬼の仕業だとは私には思えないの」
「それは当然だ、奴らが人間相手に商売するなど、そのような話は聞いたことがないからな。売るぐらいなら血を吸い尽くして殺すだろうよ」
ついに、おじさまの口からそれを聞いてしまった。
だとするのなら、彼女は――私が見たリーナは。
「レイア、考えすぎだ。あの町で生き残った人間など1人も――」
「居たんだよ、それが」
おじさまの頬の筋肉が引きつる。
一瞬の出来事だったけど、私はそれを見逃さなかった。
「先日、パーティ会場で、貴族の死体が大量に発見されたよね」
「ああ、今も大騒ぎだな。だが、それと何の関係が?」
「おじさまも知ってると思うけど……あれはパーティ会場なんかじゃなかった。あそこでは、奴隷オークションが行われてたの」
「……そう、だな」
それは貴族ならば誰でも知っている話だ。
そして誰もが暗黙の了解として、それを口にしてはいけないことを知っている。
「実は私、その犯人と接触してね」
「なっ……どこで会った、誰がやったんだ!? まさか――あの町の生き残りが犯人だとでも?」
珍しくおじさまが取り乱す。
当然といえば当然か、あれだけの数の貴族が一斉に死んだのだ、犯人を見つけられなければ王国の威厳に傷がつく。
「落ち着いて、おじさま。生き残りと犯人とは関係ないから。重要なのは……保護された、奴隷の方で」
「まさか……」
「うん、そのまさかなの。その中にね……私の親友であるリーナが混ざってたの。全身滅茶苦茶にされて、見る影もなかったけど」
おじさまは顔を右手で覆った。
指の間から見える顔色は、見たことがないほどに青ざめている。
「そんなに真っ青になって、都合の悪いことでも、何かあった?」
「……いや、なんでもない。話を続けてくれ」
「うん、わかった。それで犯人なんだけど、吸血鬼だったんだ。先日、城を襲撃したのと同じ」
「つまり、以前ん姫を籠絡しようとしたカミラとかいう吸血鬼だったのか?」
「ううん、あれは騎士に敗北したから、それとはまた別の――まあ関係があるかはどうかはわからないけど、すごく変わった吸血鬼だったかな」
半吸血鬼ということはあえて伝えない。
誰が味方で誰が敵なのか、まだはっきりしていないから。
「それでね、その吸血鬼が言ってたの。私の故郷の人間が……皆殺しにされたのは妙な話だ、って」
「妙なものか、魔物は人間を殺すものだ」
それは人間の勝手な思い込みでしょう。
チグサと話す前から、魔物は必ずしも人間と敵対するものではないと知っていましたよ、私はね。
「魔物が人をなぜ殺すのか。それは、自分たちの縄張りを守るためであったり、食料を確保するため。そして……吸血鬼が人を襲うのは、血を吸うためと、仲間を増やすため」
「そうだ、だから殺して――」
「おじさま、殺したらどちらも満たせなくなるの。だから……吸血鬼は言ったの、私の故郷が壊滅したのは妙な話だ、って」
「……それがどうしたというのだ。そういう吸血鬼だって居るかもしれない、いや居たのだ、現実にな。だからレイアの故郷は滅びたんじゃないのか」
「なら、リーナが奴隷として、生きていたことについては?」
「人間と取引する個体も中には存在するかもしれぬだろう」
チグサを見ていると、そういうこともあるのかもしれない、とは思える。
しかし、リーナほどの恵まれた少女を、あえて仲間にせず奴隷として売り払った意味は何だったのか。
それよりかは――王が力を求めて、私を攫うためにそうさせたと、その方が納得の行く話にならないだろうか。
「第一、仮に噂が事実だったとしてもだ、私たちに領内の町を滅ぼしてまでレイアを攫う必要がどこにある?」
「王は、力を求めてる。他国を侵略するために。異世界から人間を召喚したのも、その一環だった。そして……力を持つためなら、民を、平気で犠牲にすることも知ってる」
事実、召喚された彼らの慰み者として充てがわれた女性たちは、みな町から強引に連れてこられた人間ばかりだった。
夫や恋人が居ても、処女でも、幼くても、召喚者の好みならば誰でも連れ去った。
「思うに、私の両親は、拒んだんじゃないかな」
「拒む?」
「私を引き渡せっていう、誘いに。だから……王の逆鱗に触れて、町ごと、滅ぼされた」
「無茶が過ぎるな、暴論だ」
「無茶は王の専売特許だよ、おじさまも、それは知っているはずだよね」
付き合いの浅い私でも知ってるのだから、長年の付き合いがあるフェンブルグ伯爵が知らないわけがない。
「それでもだ、疑うにしても証拠がなさすぎる、レイアらしくもないぞ。まだ王への侮辱を続けるつもりなら、いくらレイアでも怒るぞ」
その声の調子は、いつも私を諭す時と同じなのに、今日はやけに胡散臭く聞こえる。
私の勘が、彼は嘘をついていると告げている。
思えば――仮に故郷を襲ったのが王の指示だとするのなら、おじさまは自分の手で両親を殺した少女の前で、父親面をしていたということになる。
どんな気持ちだったんだろう。
心の中では私を見て”愚かな子だ”とあざ笑っていたんだろうか。
本当はおじさまの言葉を信じて、”ああやっぱり違ったんだ、悪いのは吸血鬼だったんだ”って結論を出してしまいたい。
けれど、あのリーナの姿を見てしまった以上、確かめるまで退くわけにはいかない。
「光の当たらない場所は全て影。その考え方は、私の視界を一気に広げてくれた」
「なんのことだ?」
「まだ私は納得できてない、おじさまのことが信用できないの」
「おいレイア、いい加減に――」
「だから……最後に、魔法使いらしい手段を使うね。それで私が間違ってたなら、その時は、死ぬほど私を怒って」
私はおじさまに向かって手をかざすと、意識尾を集中させ、魔力を”影”に流し込んだ。
「……がっ!?」
彼は目を見開くと、頭を抱えて苦しみ始める。
「な、なに、を……ぐ、レイア、なぜ……!」
「真実を、知りたいから」
もはやおじさまは私に逆らえない。
大丈夫、傷つけるわけじゃないから。
本当のことしか喋れなくなるだけ。
「おじさま……私の故郷を滅ぼしたのは、吸血鬼なの?」
「……っ、く、うぅ……」
本当はすぐさま言葉で返事が貰えるはずなのに、さすが武術の達人、一筋縄ではいかない。
でも体の方までは完全にコントロール出来ていないらしい。
おじさまは首を横に振った。
つまり、ノーである。
「おじさま、私の故郷を滅ぼしたのは――」
「や、やめ……ろ……」
「あなたなの?」
「……っ!」
おじさまの首は――ゆっくりと、縦に動いた。
酷く落ち込んだ気分になる。
私は歯を食いしばり、心臓を鷲掴みにされるような痛みに耐えた。
王都に来てからの思い出が、全てハリボテとなり、崩れ落ちる瞬間だった。
「……おじさま、もう耐えても無駄だよ」
「この……魔女めが……!」
それは、私がおじさまから向けられる初めての視線だった。
憎しみと侮蔑を込めた、貴族が平民を見下す時に使うような目。
ああ、魔法は解けたんだなって、私はそのときに実感した。
「じゃあやっぱり……」
「ああそうだよ……私は王からの指示を受けて、あの町を滅ぼした。見返りとして、世襲を認めてやると言われたのでな」
「リーナが奴隷になっていたのは?」
「さすがに町1つを失うとなると財政的にも痛手だったのでな、一部の高く売れそうな女子供は売って金に変えた、それだけだ」
「……お手本みたいな、クズだ」
「それだけ平民の命になど価値は無いということだ」
彼は本性を剥き出しにしながら言った。
結局、私を娘のように可愛がったのも利害のためで、そこに愛なんて無くて。
腐っていて。
証明されていく……何もかもがチグサの言うとおりだったと、正しさが保証されていく。
「だがレイアよ、それを知ってどうする? まさか、私や王を敵に回してこの国で生きていけるとでも思っているのか?」
「私を殺すの?」
「ああ殺す、都合の悪い人間は殺す。自分より下の人間は殺しても構わん、それがルールだ」
おじさまが小物みたいににやりと笑うと、勢い良く客間のドアが開く。
そこから入ってくるのは、武装した私兵たち。
彼らは私を取り囲むと、こちらに槍の先端を向けた。
「いくら魔女と言えど、何の準備もなしにこの状況は切り抜けられまい」
「まったくその通り、何の準備も無ければ無理かな。無ければの話だけど」
私が人差し指をくいっと動かすと、兵たちは一斉に槍の先をおじさまの方に向けた。
「いくらおじさまと言えど、丸腰でこの状況は切り抜けられないよね」
「馬鹿な……なぜ……!?」
「もし私の予感が当たってたら、きっと殺されるだろうとは思ってたから……準備だけは、しておいたの。そしたら、案の定だった」
私は席を立ち、おじさまに微笑みかける。
もっとも、うまく笑えてたかどうかはわからないけど。
本当はぼろぼろ泣いちゃいたいぐらい悲しかったから。
「じゃあね、おじさま」
じゃあね、人間。
「ま、待て――待ってくれレイア、話せばわかる、私の方にも事情がっ!」
私はみっともなく命乞いをする人間に別れを告げて、部屋を出た。
少し送れて、断末魔の叫び声と、繰り返し複数の槍が抜き差しされる凄惨な肉の音が聞こえてきた。
間違いなく、おじさまは死んだ。
これは決別だ。
王国との、そして人間との。
「人が人である限り、悲劇は消えない。貴族になれない人間たちは、いつまでも弱者であり続ける……」
そんなの、私はまっぴらゴメンだ。
ただリーナと2人で幸せになる、そんな些細な願いすら敵わないというのなら。
――人間でなくたって、構わない。
私は強く拳を握りながら、大股で一歩ずつ進み、教会へと戻っていった。
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