異世界で美少女吸血鬼になったので”魅了”で女の子を堕とし、国を滅ぼします ~洗脳と吸血に変えられていく乙女たち~
17 光ある場所に影はあり、光なき場所には影しかない
放たれた光球を、エリスが爪で切り裂く。
球形を保てなくなった魔力の塊は、術式破綻を起こし、形を歪ませながら爆発し、衝撃波を放ち消失した。
「くうぅっ!」
視界を埋め尽くす閃光を腕で目を隠し防御、さらに吹き飛ばされそうな爆風を足を踏ん張って耐える。
光が当たっているせいか、ちりりと肌が焼ける感触があったが、痛みと呼べるほどではなかった。
ある程度まで衝撃波が収まると、いつの間にか前方から迫っていた次の光球を横っ飛びして避け、素早くレイアを見据える。
魔法を放っているのはやはりあの人間の方だ、人形であるリースはあくまで意思疎通のための道具に過ぎない。
なぜ本人の口で喋らないのか――と言う疑問はあったものの、エリスはすぐさま思考を破棄した。
”どうせ死ぬのだから考える必要もない”のだ。
「はあああぁぁっ!」
エリスはレイアに向けて跳躍する。
一気に爪で首を刈り取ろうとしているらしい。
そんな彼女の姿を視界に捉えながらも、レイアは回避運動すら取らなかった。
恐怖で体が動かないのか――それとも、他に防御の手段があるのだろうか。
エリスは訝しみつつ、仮に何らかの魔法でインターセプトされたとしても、すぐに対処できるよう思考に余裕を持たせておく。
『単調だ、やっぱり人外なんてそんなものか』
人形の声が聞こえた。
そしてリースは、布で出来た拳を構え、レイアの前に立ちはだかる。
「ぬいぐるみ程度で止められるわけがッ!」
『僕はレイアを守る、でなきゃ”リース”である意味がない』
リースは飛び跳ねると、レイアに向かって振り下ろされた爪を受け止めた。
ガギン、というまるで金属とぶつかりあったような感触。
ただの布ではない、おそらく魔法によって強化が施されているのだろう。
エリスは一旦人形と距離を取る。
だがリースは彼女を逃がさない、黒猫人形は二足歩行でちょこまかとエリスに接近し、飛び跳ね、顔、腹、そして足にと続けざまにパンチを放った。
『諦めなよ、避けたところで君に勝機はない!』
エリスはリースの攻撃をギリギリで避け続けた。
だがこのまま続けていてもキリがないこともわかっている。
敵はリースだけではないのだ、すでにレイアは新たな光球を生み出し、こちらに向けて飛ばそうとしているのだから。
「目障りなのよぉッ!」
リースが着地したタイミングを狙って、エリスは蹴りを繰り出した。
だが人形はそれを避けることもしない。
真正面から受け止めると、エリスの足をがしっと両手でつかむ。
「うそっ! きゃあああぁぁっ!?」
そしてそのままを引きずり倒すと、掴んだままぐるんぐるんとエリスを振り回した。
『だから僕は言ったんだ、身の程を知れと!』
リースが手を離す。
するとエリスの体は投げ飛ばされ、そのまま壁面に衝突した。
城全体に響くような破砕音。
彼女はレンガ造りの壁にめり込むと、ゆっくり少しずつずり落ちて行き、ぐったりと地面に倒れ伏した。
そこにレイアが、先ほどよりも巨大化した光球を向ける。
『吸血鬼のくせに光に弱くないってのは解せないけど、さすがにこれでおしまいさ。じゃあね吸血鬼、せいぜい、あの世で人間に手を出したことを反省しな』
リースが捨て台詞のように言うと、レイアの手から光球が離れた。
エリスの体をすっぽりと飲み込むほど大きな魔力の塊が、彼女に迫っていく。
ようやく意識を取り戻したエリスは、顔を上げて近づくそれを見たが、体がうまく動かない。
――お姉さま、怒るだろうな。
勝手に抜け出して、勝手に都を殺そうとして、そして勝手に死んで。
さすがに千草も愛想を尽かすだろう、ただの嫉妬の末の暴走で命を落とす眷属など、捨てられて当然だ。
「ごめんなさいお姉さま……私、馬鹿で……」
「本当ですよ、無茶しすぎです」
「え?」
エリスの耳元で、死ぬほど聞いた、そして死んででも聞きたかった大好きな人の声が聞こえた。
死の間際に聞いた幻聴かとも思ったが、エリスの影から彼女は姿を現す。
「ですが、私の半端な行為が引き起こしてしまったことですから。馬鹿なのはお互い様ですよ、エリス」
そして千草はエリスの前に立ちはだかり、突き出した左腕で光球を受け止めようとした。
しかし、光球はまるで腕にまとわりつくように姿を変える。
先ほど、エリスが切り裂いた物とは根本的に別の魔法らしい。
そのまま包み込んだ腕を焼き尽くし、消滅させる――それがレイアの放った魔法だったのだ。
「お、お姉さま、腕がっ!?」
「受け止められると思ったんですが、思ったより強い魔法だったみたいです」
千草は落ち着いた様子で言った。
『新しい吸血鬼……しかも影を使ってる所を見ると、君が親玉みたいだね。でも、手負いの状態で僕たちには勝てない!』
「手負い?」
千草は首をかしげると、ほんの少しだけ、左腕の切断面に力を込めた。
すると――ずるり、とそこから黒い影が溢れ出し、失われたはずの腕を形成する。
やがて影は本来の肌の色に変化すると、失われたはずの左腕は完全に再生した。
『馬鹿な、いくら吸血鬼とは言え、そんな再生速度見たこともない!』
「他を知らないのでコメントできませんが、この程度なら影を使えば造作も無いことですよ?」
千草の態度には余裕がにじみ出ていた。
レイアはそんな彼女に、エリスとの格の違いを感じていた。
殺意のようなプレッシャーは無いが、それが逆に不自然で恐怖を煽る。
『つまり、ミヤコを魅了してたのも君ってことか。だが残念だったね、魅了はすでに解呪した、もう二度とミヤコは君に会いに来ないだろう』
「……そうですか」
千草は複雑な表情で、一瞬だけ目を伏せた。
悲しむべきか、喜んで良いのかわからなかったのだ。
「それにしてもあなた、御影先生の知り合いだったんですね」
『その呼び方……転移されてきた生徒たちと同じだ、もしかして君も転移者なのかい? いや、まさか――転移と同時に死んだチグサ・ヒナタ?』
「おや、私のことも知ってるんですか」
『どうしてあの状態から生きて……いや、吸血鬼になってるってことは、君をそういう体にした吸血鬼がどこかに居たってことだ。そんなのあいつしか居ないじゃないか――』
レイアの脳裏に浮かぶのは、少し前に”姫”を魅了しようと城に忍び込んだ1人の吸血鬼。
結局、姫の状態がおかしいことに気づいた騎士が切り伏せ、退治し、死体は廃棄場に捨てたと聞いていたのだが。
『騎士め、あのカミラとかいう吸血鬼を始末したとか言っておきながら、殺し損ねてたのか? しかも、よりによって転移者に力を貸すだなんて――冗談じゃない、つまり吸血鬼の力と転移者の力のハイブリットってことだ、危険すぎる!』
「何を言っているのかよくわかりませんが、私がカミラに命を救われたのは事実ですよ。いえ、正確にはお互いに命を救いあったということになるのでしょうが」
『ダメだ、ダメだ、ダメだ、君みたいな化物を野放しにすることは出来ない。ここで始末しないと!』
「……話が通じていないような気がするのは気のせいですか?」
千草は少し寂しそうに、エリスにそう問いかけた。
そんなやり取りの隙に、一瞬にしてリースが千草の背後に迫った。
「お姉さま、後ろッ!」
「私はエリスを連れて帰りたいだけなのですが」
千草は振り向き、リースの拳を片手で受け止めた。
いとも容易く。
普通の人間が、普通のぬいぐるみを掴むかのように。
『そこの吸血鬼とパワーが全然違う!』
「あまりエリスを舐めていると、さすがに怒りますよ?」
『ちぃっ!』
リースは千草から距離を取る。
『後始末が大変だからあんまり使いたくないけど……! く、ああぁぁぁぁぁあああッ!』
リースの体――ぬいぐるみの布を突き破り、内側から無数の刃があらわれた。
素早い動きを利用して、あの刃で斬りつける算段なのだろう。
さらにレイアはぼそりと詠唱を呟き、無数の光の玉を周囲に浮かび上がらせた。
だがそれらを見ても、千草の余裕は揺らがない。
いつものように、優しげな微笑みを浮かべるだけだ。
『その澄ました顔を、いつまでも続けられると思わないことだ!』
リースが地面を蹴り、千草へと特攻を仕掛ける。
千草はゆっくりと右手を前にかざした。
すると彼女の背後にある影から、無数の黒い手が現れ、リースを絡め取った。
『なっ……影が……!』
そしてそのまま影は全身を優しく包み込むと――
ブチィッ!
一気に多方向に向かって、人形を引きちぎった。
「っ!?」
レイアの表情が恐怖に歪む。
大量の魔力を注ぎ込み、強化したはずの人形が、いとも容易く破壊されてしまうなんて。
確信する。
自分の前にあらわれた、このヒナタ・チグサという吸血鬼は――今まで戦ってきたどんな敵よりも、遥かに強い、と。
向かうところ敵なし、王国の誇る最強の魔女、それがレイアだった。
人間相手ならば、例え強力な魔力を持つ転移者ですら敵わない、それが彼女だというのに。
「ごめんなさい」
目を見開いて千草の方を見ていたレイアは、深々と頭を下げる彼女を見てさらに驚愕した。
「ただの人形と思っていたんですが、どうやらその反応を見る限り、大事な人形だったようですね」
「……っ、……」
「元に戻すので、そんなに怖がらないでください」
再び千草の背後から影が伸びると、ばらばらになったリースのパーツをかき集める。
そして影がその縫い目を補っていき、あっという間に黒猫人形は元の形に戻ってしまった。
「それと、お詫びの印としてあなたにプレゼントです」
しかし、一度壊れてしまった人形には、すでにレイアの魔力は篭っていない。
ただのぬいぐるみであるはずだった。
しかしリースはひとりでに立ち上がると、レイアへと近づいていく。
『やあレイア、僕はリースだよ』
「っ……!?」
『レイアが愛してくれたおかげで、こうして自我を持つことができたんだ』
ゆっくりとレイアに歩み寄っていくリース。
その姿を見て、レイアは必死で首を左右に振り回した。
違う、違う、これはリースではない、とでも言うように。
「ぬいぐるみに残った記録を元に影で人格を形成させたんです。もちろん何も仕込んでいませんから、きっと今まで以上に仲良くできると思いますよ」
千草には善意しかなかった。
本当に、心の底から、良かれと思って人形を再生し、自我を与えたのだ。
だがレイアには――それが善意であることを理解できるからこそ、得体が知れず、受け入れることができなかった。
手のひらに光球が浮かぶ。
彼女はそれをリースに向けて放ち――
『レイア、どうしてそんなことするの? 待って、ねえレイア、僕はずっとレイアのことを守ってきた。だって、僕はレイアのことが大好……ぎゃああぁぁぁあああッ! 熱いっ、熱いよぉ、助けて、レイアっ、レイアぁぁぁぁぁ……っ!』
リースを、消失させた。
薄暗い空間に断末魔の叫びが響く。
それを聞いたレイアは、体を震わせながら、涙を流してへたり込む。
「ごめんなさい。喜んでくれると思ったのですが、まさかこんなことになってしまうだなんて」
そう言って、千草はゆっくりと、茫然自失の状態になったレイアへと近づいていく。
そんな千草の様子を、地面に倒れたままのエリスはうっとりとした表情で見ていた。
これだ、これこそが自分が愛しているお姉さまなのだ、と。
「っ……こ、こない、で……」
「やっと声を聞くことができました。安心してください、今日はまだ、あなたを魅了するつもりはありませんから」
「……や、やだ……」
「ですがお詫びは、しっかりとしておかないといけませんので。今度のはきっと、レイアさんも喜んでくれると思いますよ」
「ゃ……やぁ……っ」
恐怖に顔を歪めながら千草を見上げるレイアの体に、ゆっくりと影が伸びていく。
はっきりとした形を持たない、泥のような暗闇。
それらはレイアの体をぴったりと覆うように這ってゆく。
「ぁ……あぁっ……」
最初は恐怖の声を漏らしていたレイアだったが――
「ん、ぁ……あ、は……はあぁっ……」
次第に声に熱が篭っていく。
いつの間にかレイアが纏っていたゴシック調の服は溶け、全身はぴったりと、てらつく影に包み込まれていた。
それは全て、いわば千草の手のひらである。
「直接触っていませんから、これなら魅了は行われないはずです。あとはゆっくりと、愛でるように、気持ちよくしてあげますね」
「は、はひゃぅ……や、うぅ……ッ!」
レイアが体をびくびくと痙攣させる。
全身に襲い来る、人間では到底与えることのできない、人外の悦楽。
それを、ほとんどそういった知識の無いレイアが与えられるのだ。
抗えるはずもなかった。
「んあっ、ああぁっ、や、やらぁっ、やなのおぉっ……!」
「こんなに可愛い声をしているのに、黙っているだなんて勿体無い」
レイアの顔は紅潮し、目は潤んでいる。
もはや彼女の脳は完全にその感覚に支配され、千草への恐怖すら消失してしまっていた。
千草はレイアが溺れ始めたのを確認すると、さらに影を広げる。
首から下までを覆っていた影は徐々に上へと這い上がり、最初は口へと侵入していった。
「はっ、はがっ……お、おおぉおおっ……!」
舌から喉へ、喉から食道、肺、さらには胃腸――外側だけではなく、影は内側まで入り込んでいく。
やがて口だけではなく、耳や鼻、目、ありとあらゆる隙間から入り込んでいき、レイアは心が壊れそうな快楽を全身で味わされる。
「おっ、おひっ、ひ、ひゃ……ん、がぁ、ああぁぁぁぁあっ!」
声からレイアということは判別できたが、外見はもはやただの黒い塊だ。
まるで死にかけの幼虫のように体を震わせる彼女を、千草は上機嫌に眺めていた。
影はレイアの脳から細胞の一つ一つに至るまで全てに染み込み、支配し、逃げようという意志すら刈り取って行く。
とにかく”気持ちいい”と感じる以外の全ての術を奪われ、少女はそのまま意識が朦朧とするまで、その肉体を清らかなままで汚され続けるのだった。
◇◇◇
レイアの反応が薄れてくると、千草は影を取り払い彼女を解放した。
影に飲み込まれていた服も元に戻り、そして先ほどの反省を活かしてか黒猫人形のリースも特に細工はせず、そのまま再生させる。
「ま、ま……て……」
体を震わせながら、涙と涎を垂れ流すレイアは、立ち去ろうとする千草に向かって必死で手を伸ばした。
もちろん届くことはないが、千草は彼女の精神の強さに感銘を受け、足を止める。
「お姉さま?」
「少し待っててください、エリス。彼女に伝言を残しておこうと思います」
そう言ってレイアに近づくと、しゃがんで耳元に口を近づけた。
「御影先生に伝言をお願いします」
「わた……しが、ど……して……」
「別れの言葉ぐらいいいじゃないですか」
それでもレイアは納得していなかったが、千草は一方的に言い放つ。
「”ごめんなさい、今までありがとう、みゃー姉”と。そう伝えておいてください」
「みゃ……ねえ?」
レイアにはそう言われてもさっぱりだろうが、伝われば十分だ。
今日を最後に、都がもう二度と会いにこないというのなら、それでもいい。
なぜだか千草には、そう思えた。
つまるところこれが、エリスの不満の原因である、千草に残った”人間らしい部分”と言うことになるのだろう。
しかし、都が二度と会いに来ないのなら、それももうおしまいだ。
もはや千草が人間らしい感情を抱くことは無いし、ひたすらに吸血鬼として、己が望む世界を実現するために進み続けるだろう。
「さあ、帰りましょうエリス」
「うん……怒らないんだね、お姉さま」
「私にも反省点はありましたから。ですが、それでも怒ってほしいと言うのなら、おしおきぐらいは考えますよ」
そう言って千草は妖しく笑った。
その表情を見て、エリスは頬を赤く染める。
何をされるか、すぐに想像できたからだ。
「……じゃ、じゃあ、おしおきだけお願いしよっかな」
恥じらいながら言うエリスの体を抱きしめると、2人は影の中に溶けるように消えていった。
レイアはその光景を見ながらも、何も出来ない。見送ることしか出来ない。
自分の無力さに打ちひしがれながら――2人が消えた瞬間、張り詰めていた糸が切れるように、彼女は意識を失った。
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