異世界で美少女吸血鬼になったので”魅了”で女の子を堕とし、国を滅ぼします ~洗脳と吸血に変えられていく乙女たち~

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6  光は今日も穢されるために輝いている

 




 その日の夜は、嵐のように雨が降っておりました。
 こういった時、この薄暗い教会にひとり、と言うのは妙に寂しく感じてしまうもので。
 ふいに”誰かが来てくれたらいいのに”と甘えたことを考えるのですが、そういった時ほど誰も来てくれないもの。
 当然です、外は大雨なのですから。
 魔導灯に照らされた部屋に中で、わたくしは時折不安げに雨粒の当たる窓を見つめながら、本の頁をめくりました。
 パラリ、パラリ。
 それは読み古した一冊の小説、貴族の少年と少女が立場を捨てて駆け落ちする、聖職者が読むべきではない娯楽のためだけに存在する書物。
 ですが、わたくしは元より正式に認定されたシスターなどではありません。
 身勝手に打ち捨てられた教会に潜り込み、身勝手に修道女を名乗っているだけの女。
 ですので、今更気にするようなことでもありませんでした。

「雨季が始まったのでしょうか」

 寂しさを紛らわすように、時折独り言がこぼれます。
 近頃は気温も上がり、夏が近づいてきているのを肌で実感していました。
 厳しい日差しが降り注ぐ盛夏はもうすぐ――ですがその前には、今日のように毎日雨が地面を濡らす雨季が挟まっています。
 憂鬱でした。
 湿気で食料はかびやすくなりますし、お洗濯物も乾きづらくなります。
 なにより、天気が悪いと人々の心も曇ってしまうものです。
 持ちかけられる相談事も、増えてゆくことでしょう。
 今から、あるかもわからない未来を不安がっても仕方ないのですが、わたくしがこの教会にやってきてからは決まってそうでしたから。
 経験則と言うのは、時にどのような理論よりも正確性を持つものです。

「明日は、晴れると良いのですが……」

 再び、独り言。
 するとわたくしの声に重なるように、外から”ごそり”と、何かが動く音が聞こえたような気がしました。
 すでに外は暗く、街は寝静まるような時刻。
 泥棒、あるいはこの時間でなければならない悩みを抱いたどなたか、でしょうか。
 わたくしは読みかけの頁に栞を挟むと、本を閉じ、部屋を出ました。
 そして教会の入り口にある大きなドアの前までやってくると、恐る恐る開き、外の様子を伺います。
 するとそこには、少女が2人、身を寄せ合いながら座り込んでいました。
 わたくしの視線に気づいたのか、2人のうちの一方――黒髪の少女が、座ったままこちらを見上げました。
 暗い夜でもはっきりと分かる、真紅の眼。
 その瞳の美しさに、わたくしは一瞬だけ呼吸すら忘れてしまうほど、魅了されていました。
 しばしそのまま見つめ合っていると、少女は眉を垂らしながら、困ったような表情をして口を開きます。

「あの、もしよかったら中に入れてもらえませんか? 私たち、行く宛が無くて困っているんです」

 その声に「はっ」と正気を取り戻したわたくしは、黒髪の少女と同じく赤色の瞳をした橙髪の少女の方を見ます。
 彼女の纏う、ボロ布のような服……ひと目見てわかりました、廃棄街の住人のようです。
 以前に一度だけ、今と同じように廃棄街の少女が教会を訪れたことがありました。
 彼女がやってきたのも、雨ではないにしても夜だったはずです。
 あの時は、自室の窓から外を見て、助けを求めているのが廃棄街の人間だとわかったので……迷わず、見捨てました。
 きっとわたくしで無くとも、別の誰かが助けてくれるはずなのですから、と他人に責任を押し付けて。
 そして翌朝、教会からそう遠くない道端で、私刑を受けて潰れたように死んでいる少女が見つかりました。
 死体の話を聞いて、わたくしは――全く良心を痛めることも無ければ、罪悪感を覚えることもなかったのです。
 聖職者を名乗っておきながら、廃棄街の人間は死んで当然だと考えている自分がいる。
 それがあまりにショックで、情けなくて。
 次に同じことがあれば、必ず助けなければならない。
 目の前の2人の少女を見て、そう心に決めていたことを思い出しました。
 例え、廃棄街の人間を救うことが、法を犯すことだったとしても――

「そんなに濡れていては風邪を引いてしまいます、早く中にお入りください」

 廃棄街であろうとなんであろうと、人は人、命は命。
 生まれた場所と育ちだけで分け隔ててはならない。
 寝床を見つけ喜ぶ2人の笑顔を見て、わたくしは改めて、そう確信したのでした。



 ◇◇◇



 礼拝堂の長椅子に、可愛らしく肩を寄せ合って座る2人に、わたくしはそれぞれタオルを手渡します。

「ありがとねっ」

 橙髪の少女が、人懐こい笑みを浮かべました。
 廃棄街の人間はしつけがされていないので礼儀もなっていない――それが市街に住む人間の共通認識なのですが、彼女の場合は例外のようですね。
 それに、あんなボロボロの服さえ着ていなければ、誰も彼女のことを廃棄街出身だとは思わないでしょう。
 わたくしはさらに、自室で余っていた修道服を2枚取り出し、2人に渡しました。
 仮にその服がお気に入りだったとしても、びしょ濡れの状態では気持ち悪くて、眠るのにも一苦労でしょう。

「泊めるだけじゃなく、服まで借りてしまっていいんですか?」
「人々を救うのが聖職者の役目ですので、遠慮なさらずにお使いください。えっと――」
「あ、名前でしたら、私はチグサと言います」
「私はエリスって言うの」
「チグサさんと、エリスさんですね。わたくしはナナリーと申します。おふたりよりは5歳ほど年上、でしょうか。よろしくお願いいたします」

 そう言って礼をすると、2人も同じようにわたくしに向けて頭を下げました。

「うんうん、お姉さまともどもよろしくね」

 お姉さま、という呼び方がやけに引っかかりましたが、目の色が同じということは、姉妹なのでしょう。
 しかし、廃棄街の人間にとって、この街は生きていくにはあまりに辛い場所。
 一度寝床を提供してしまった以上は、生きる術を見つけるまで、彼女たちをここに住まわせる義務が生じたということでもあります。
 いつまでの付き合いになるかはわかりませんが、ここまでの2人を見る限りでは――上手くやれそうな、そんな気がしていました。



 ◇◇◇



 それは、チグサさんとエリスさんが教会にやってきた、その日の深夜の出来事。
 一度は眠りについたわたくしでしたが、ふと深夜に目を覚ましてしまいました。
 じめじめとした空気に、体が寝苦しさを感じたのかもしれません。
 ぼんやりとした頭のまま起き上がり、時計に目を向けると、時刻は2時23分。
 いくら聖職者と言えど、まだ起きるには早すぎる時間でした。
 すぐさま再び眠っても良かったのですが、妙に喉の渇きを感じたわたくしはベッドから抜け出し、部屋を出て台所へと向かいました。
 棚からコップを手に取り、蛇口をひねり、出てきた澄んだ水で喉を潤します。
 わたくしが子供だったころは、蛇口から出てきた水は飲んではならないと親から躾けられていましたから、魔法による浄化技術の進歩には舌を巻くばかりです。
 乾きより回復したわたくしは台所を出て、再び自室へと戻ろうと歩きはじめました。
 しかしその時、雨の音に混じって、違う音が鳴っていることに気づいてしまったのです。
 それが聞こえるのは、自室とは逆の方向、チグサさんとエリスさんの2人に渡した部屋の方からでした。
 盗み聞きは良くない――そう善意が警鐘を鳴らすものの、その聞き覚えのない甲高い音に好奇心を刺激されてしまったわたくしは、足音を殺しながら、ゆっくりと、ゆっくりと2人の部屋へと近づいていきます。

「ぁっ……ま……っ」

 部屋に近づくほどに音ははっきりとしてゆき、ドアの前に立つ頃には、誰の声なのかわかるほどになっていました。

「はっ、はああっ……お姉さまあぁっ!」

 間違いありません、エリスさんの声です。
 荒い呼吸に、まるで喘ぎのような熱のこもった声、そして部屋の中から響く湿った音。
 それに、わたくしは聞き覚えがありました。

「まさか、2人がそういうご関係だとは……」

 いえ、だとしても、助けを求めた教会でいきなり、と言うのはさすがにいかがなものかと。
 しかしながら、部屋の中に入って注意するほどの勇気は、わたくしにはありません。
 悩みに悩み、困り果てた結果、今日は見て見ぬふりをして部屋の前を去ることにしました。
 明日以降、もし何らかの形で迷惑を被るようなことがあれば――その時になって注意しよう、と心に決めて。

 ですが、部屋に戻ってベッドに潜り込んでも、距離からしてそんなはずは無いのですが、エリスさんの声が聴こえるような気がしてきます。
 恥ずかしさから顔が火照り、とてもではありませんが眠れるような状況ではありません。
 結局、そのままほとんど起きた状態で朝を迎えてしまい、翌日は寝不足の状態で1日を過ごすことになってしまったのでした。



 ◇◇◇



 そして次の日、思ったよりも早く目を覚ました2人は、何事も無かったかのようにわたくしに挨拶をしました。

「おはようございます、ナナリーさん」
「おはよ、ナナリー」
「お二人とも、昨晩はぐっすり眠れましたか?」
「はい、おかげさまで」

 一切動揺した様子を見せずに返事をするチグサさん。
 あまりに平然としているので、昨晩のことは夢だったのではないかと思いこんでしまうほどです。
 しかし2人の関係を知ってしまうと、その一挙手一投足が気になってしまいます。
 時折不自然に触れ合う体や、絡み合う視線は――2人の繋がりの強さをしめしているようで。
 心ここにあらず、そんな状態で朝食の準備を進めていると――

「いたっ」

 わたくしは、包丁で自分の指を切ってしまっていました。
 とっさのことに顔を歪めながら指を抑えていると、背中に暖かな感触が。
 気づけば、わたくしは背中からチグサさんに抱きしめられています。
 そして、そのままわたくしの手を取ると、指をぱくりと咥えてしまったのです。

「チ、チグサさんっ!?」

 動転するわたくしのことなど気にも留めずに、血が流れ出る指を、唾液を絡めながら舐めしゃぶるチグサさん。
 その舌使いに、昨晩のことを思い出してしまい、心臓はばくばくと大きく脈打っていました。
 それに、ただ指を咥えられているだけだというのに、その指先が彼女の舌でねぶられるたびに、ゾクゾクとした感覚が背中を通り抜けていきます。
 これ以上は、おかしくなってしまいそうで――もう限界でした。
 わたくしは彼女の口から指を引き抜くと、急いで蛇口に向かい、傷口を水で洗い流しました。
 彼女が舐めてくれたおかげなのか、血は止まっていましたが。

「ごめんなさい」

 まるで汚らわしい物を触ったかのような扱いをしてしまい、機嫌を損ねたのではないかと不安だったのですが、チグサさんにそのような様子は全くありませんでした。
 むしろわたくしの手を慈しむように撫で、心の底から心配するように、洗い流される指先を見ています。
 それにしても……なぜ、なのでしょう。
 彼女に触れられていると、ただ指先が当たっているだけなのに、肌がやけにくすぐったく感じるのです。
 今だって、そう。
 まるで、体温以外の何かが彼女の体から流れ込んでくるような感覚。

「急なことで驚かせてしまいましたね」
「い、いえ、チグサさんが心配してくださったのは、ちゃんと理解していますので。ただ、わたくしにああいった行為の耐性が無かっただけです」
「良かった。嫌われてしまったのではないかと、少し心配していたんですよ」

 そう言って怪しげに笑うチグサさん。
 赤い瞳は、まるでわたくしの心を引き寄せるように、まっすぐにこちらを見ていて。
 じっと見つめ合っていると、深い深いその淵に引きずり込まれてしまいそう。
 高鳴る心音に沸騰する血液。
 まるで――かつて、わたくしがあの人に、間違った恋をしていた時のような。
 いえ、あの時よりも遥かに強い、心を溶かす感触が、わたくしの魂を包み込んでゆきます。

 ああ……この人は、魔性、だ。

 悪意の有無はさておき、このまま見つめ合っていればいずれわたくしの心は奪われてしまう。
 そう結論づけ、とっさに視線を外しました。
 彼女からみると、頬を赤らめながらそっぽを向くわたくしは、恥ずかしがっているように見えたのかもしれません。
 そんなわたくしを見てチグサさんは口に手を当てると、上品に、艶やかに、「くすくす」と笑うのでした。





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