ネトゲ廃人、異世界攻略はじめました。
16 報告と警告
目が覚めた。
まどろみなんていう、気持ちのいいものではない。無理やり、眠りの中から引き揚げられたような不快感が全身を包んでいる。
視界に移るのは無機質な単色の天井。
それを見るに、どうやら僕は自室に戻って来たらしい。
「……僕は、死んだんだな」
そうつぶやいて、僕は体を起こす。
嘘みたいに痛みなどどこにもない自身の体に呆れのようなものを感じつつ、僕はベッドから立ち上がった。
まるで、それを見計らったようにドアが三度ノックされる。
「マスター、おはようございます。ミケです。身支度が整い次第指令室までお願いします」
「……わかったよ」
彼女はドアを開けず、そのまま外から僕にそう声をかけた。
きっと、昨日の報告をしなくちゃいけないのだろう。
僕はさっさと身なりを整えると部屋を抜け、下の階にくだり、指令室に入った。
「おはよー、ミナトちゃん!」
「おはようございます」
おっす! とばかりに手をあげるルカ。それに朝の挨拶を返しつつ僕はさっそく席に着いた。
その席の隣にはアイリス、そして相も変わらず端っこにはミケがいる。
「おはよう。よく眠れたかしら?」
「うん。それはもう熟睡だよ」
僕は、ベッドに着いたのすら記憶がないしね、と言外に付け加えてアイリスに応じる。
多分、彼女はそれを読み取ったのだろう。かすかな苦笑いを浮かべた。
「さて、ミナトちゃん。身体の調子はどう?」
ルカは『新しい』身体の調子はどうかと僕に問う。
まだ、僕が死んだとか、『トランスティング』と呼ばれる精神の移し替えをされたとかそんなことは一言も言われていない。
だが、体が替わった、というのはしっかりと感覚として分かる。
「まったく問題ないです。調子が良すぎて気持ち悪いくらいですよ」
「それはよかった! さっそく昨日の報告確認をはじめよっかな!」
少し皮肉を交えたニュアンスで言ったつもりだったのだが、ルカは無垢な笑顔でそれに応じた。
……もしかしたら、その意図に気づいていて、わざと気づかないふりをしているのかもしれないが。
「じゃあ、あたしから。ミナトとあたしの二人は昨日、森林エリアにて『アルノーシカ』に遭遇。戦闘になった後、死亡した。損害はあたしとミナトのHIと、居合わせたアーツ3名よ」
「ふむふむ。こっちで確認してた情報と大体同じだね」
「僕からもひとつ。その『アルノ―シカ』との戦闘終盤。もう一体、別のエネミーが出現しました」
「別の……?」
やっぱり、あれはルカの方でも観測できていなかったようだ。
「えっと、全身青色の竜で……そう、あの図鑑にも載ってた――」
「――『アイネ』……?」
さきほどまでずっと口を噤んでいたミケが突然そうつぶやいた。
アイネ? それがあの蒼い竜の名前だろうか。……いや、そんな名前じゃなかった気がするが。
「多分、『蒼竜』だね。それが、そのエネミーの識別名。……そして、またの名を『蒼穹のアイネ』」
「蒼穹のアイネ?」
「そう。このシャヘルの頂点に立つ生命体で、絶対最強の統治者。地に降りることはほどんどなく、常にこのシャヘル上空を飛び回っているの」
急にトーンの下がった声でルカがそう説明しだしす。
さきほど驚きを含んだ呟きを漏らしたミケは、どことなく悲しげな顔で再び黙り込んでしまった。
そして、隣のアイリスはこの話題に対してあまり知識はないようで言葉は挟んでこない。
「冷酷無比で完全無欠な存在。それがあの『蒼竜』。そして、――8年前、探索隊を壊滅させたのも、あの『蒼竜』だった」
「もしかして、たった一体で……?」
「うん、そうらしいね。突如として『蒼竜』はフロントに姿を現し、一時間ほどですべてを燃やし尽くしてしまった……」
たった一体で、というところに焦点がいってしまったが、このルカの言葉にもう一つ、ひっかかる点が出てきた。
「なぜ、フロント内に? あのエレベーターを使えるとは思えないし、ほかにルートはないはず……」
「だから、言ったでしょ? 現れたんだよ。一瞬にしてあの竜は。当時の記録に断片だけだけど、そう書かれてた」
「そんな馬鹿な……」
ルカの言っていることが本当ならば、あの『蒼竜』はなんらかの特殊な手段を用いてこのフロント内に潜入したのだと思われる。それが示すのは、『蒼竜』が何かしらの普通ではありえない能力をもっているということ。
そこで、初めてアイリスが口を開いた。
「でも、どうして? その『蒼竜』がミナトと『アルノ―シカ』が戦っている場所に現れたの?」
確かにそうだ。あの『アルノ―シカ』もおそらく『蒼竜』と同じぐらい驚異的な力を持った存在。それらが一か所に集まって、ただ僕を殺しに来たとは思えない。
「ミナト。あたしが死んだあと、どうなったの? 詳しく聞かせて」
「……ごめん。詳しくは思い出せないんだ。靄がかかってるっていうか、なにかに覆い隠された感じがして……」
必死で頭をひねるが、全くそれを思い出せそうにはない。
アイリスがやられて、僕は立ち上がって、『蒼竜』が現れて……それから、どうなった……?
――早々に、立ち去りなさい――
「……えっ?」
「どうしたの、ミナトちゃん」
「あ、や、いま何か聞こえませんでした?」
「そうかなぁ? 何が聞こえたの?」
ぼんやりとまだ残る感覚。それをゆっくりつなぎ合わせて、ひとつの文章を作る。
「聞き間違いかもしれないですけど、……早々に、立ち去りなさい、と」
それを聞いて、その場にいた皆が程度は違えど驚きを表した。
「それって、つまり……」
「えぇ。おそらくミナトは、あの竜たちと邂逅したときにそう告げられたのよ」
淡々と言ってのけるアイリス。竜が言葉を話すのか? という疑問が頭に浮かび、それを口にしようとしたのだが、ルカがその前に口を開いた。
「もしかしたら、それはシャヘルからの警告、なのかもしれないね……」
「……シャヘルからの……?」
「うん。これ以上自分たちの聖域を侵そうものなら、どうなっても知らないぞ、っていうね」
妙にルカが冗談めかして言ったものだから緊張感には欠けたが、言っていることは筋が通ってる気がする。
だって、突然現れて土地を開拓している僕たち人間は、エネミー側から見れば、ただの侵略者なのだ。
「でも、だからっていまさら『はい、今すぐ立ち去ります』なんて言えないでしょう?」
「それはまぁ、ね」
アイリスの問いかけにルカは肩をすくめてみせる。
その仕草が少しかわいらしいということは置いておいて、現状の再確認をする。
「つまり、今回の探索から出てきた問題は……問題は……あれ、大して問題自体は増えてないんじゃないか?」
「まぁ、実際のところそうだね。あの竜たちみたいな強力なエネミーがいることは最初からわかってたことだし、ミナトちゃんが言ったあの言葉もどこまで信じていいものかわからないしね」
「……つまり、今のところ何もできない、と」
「そんなことないよ。戦力の増強や、資源の確保。ポイントのアクティベートだっていつか来る竜たちとの対決の準備になる。今は、それを必死にやっておくべきなんだよ」
……あれ、司令官だ。
ここに来て初めて、ルカが本当の司令官に見えた。あれ、おかしいな……。
「あー、なんだかミナトちゃんがこっち見つめてほけーってしてる! なになに? 惚れちゃった?」
「全然、惚れてないですから。じゃあ、これで昨日の報告は終わりですね」
「うん、もうおしまい。……というか、ミナトちゃんちょっといまのはひどくない?」
ちょっぴりしょんぼりとしたルカに苦笑いを送って、僕は席を立つ。
やらなければことは多い。
さぁ、一つ一つ着実に積み上げていこう。
まどろみなんていう、気持ちのいいものではない。無理やり、眠りの中から引き揚げられたような不快感が全身を包んでいる。
視界に移るのは無機質な単色の天井。
それを見るに、どうやら僕は自室に戻って来たらしい。
「……僕は、死んだんだな」
そうつぶやいて、僕は体を起こす。
嘘みたいに痛みなどどこにもない自身の体に呆れのようなものを感じつつ、僕はベッドから立ち上がった。
まるで、それを見計らったようにドアが三度ノックされる。
「マスター、おはようございます。ミケです。身支度が整い次第指令室までお願いします」
「……わかったよ」
彼女はドアを開けず、そのまま外から僕にそう声をかけた。
きっと、昨日の報告をしなくちゃいけないのだろう。
僕はさっさと身なりを整えると部屋を抜け、下の階にくだり、指令室に入った。
「おはよー、ミナトちゃん!」
「おはようございます」
おっす! とばかりに手をあげるルカ。それに朝の挨拶を返しつつ僕はさっそく席に着いた。
その席の隣にはアイリス、そして相も変わらず端っこにはミケがいる。
「おはよう。よく眠れたかしら?」
「うん。それはもう熟睡だよ」
僕は、ベッドに着いたのすら記憶がないしね、と言外に付け加えてアイリスに応じる。
多分、彼女はそれを読み取ったのだろう。かすかな苦笑いを浮かべた。
「さて、ミナトちゃん。身体の調子はどう?」
ルカは『新しい』身体の調子はどうかと僕に問う。
まだ、僕が死んだとか、『トランスティング』と呼ばれる精神の移し替えをされたとかそんなことは一言も言われていない。
だが、体が替わった、というのはしっかりと感覚として分かる。
「まったく問題ないです。調子が良すぎて気持ち悪いくらいですよ」
「それはよかった! さっそく昨日の報告確認をはじめよっかな!」
少し皮肉を交えたニュアンスで言ったつもりだったのだが、ルカは無垢な笑顔でそれに応じた。
……もしかしたら、その意図に気づいていて、わざと気づかないふりをしているのかもしれないが。
「じゃあ、あたしから。ミナトとあたしの二人は昨日、森林エリアにて『アルノーシカ』に遭遇。戦闘になった後、死亡した。損害はあたしとミナトのHIと、居合わせたアーツ3名よ」
「ふむふむ。こっちで確認してた情報と大体同じだね」
「僕からもひとつ。その『アルノ―シカ』との戦闘終盤。もう一体、別のエネミーが出現しました」
「別の……?」
やっぱり、あれはルカの方でも観測できていなかったようだ。
「えっと、全身青色の竜で……そう、あの図鑑にも載ってた――」
「――『アイネ』……?」
さきほどまでずっと口を噤んでいたミケが突然そうつぶやいた。
アイネ? それがあの蒼い竜の名前だろうか。……いや、そんな名前じゃなかった気がするが。
「多分、『蒼竜』だね。それが、そのエネミーの識別名。……そして、またの名を『蒼穹のアイネ』」
「蒼穹のアイネ?」
「そう。このシャヘルの頂点に立つ生命体で、絶対最強の統治者。地に降りることはほどんどなく、常にこのシャヘル上空を飛び回っているの」
急にトーンの下がった声でルカがそう説明しだしす。
さきほど驚きを含んだ呟きを漏らしたミケは、どことなく悲しげな顔で再び黙り込んでしまった。
そして、隣のアイリスはこの話題に対してあまり知識はないようで言葉は挟んでこない。
「冷酷無比で完全無欠な存在。それがあの『蒼竜』。そして、――8年前、探索隊を壊滅させたのも、あの『蒼竜』だった」
「もしかして、たった一体で……?」
「うん、そうらしいね。突如として『蒼竜』はフロントに姿を現し、一時間ほどですべてを燃やし尽くしてしまった……」
たった一体で、というところに焦点がいってしまったが、このルカの言葉にもう一つ、ひっかかる点が出てきた。
「なぜ、フロント内に? あのエレベーターを使えるとは思えないし、ほかにルートはないはず……」
「だから、言ったでしょ? 現れたんだよ。一瞬にしてあの竜は。当時の記録に断片だけだけど、そう書かれてた」
「そんな馬鹿な……」
ルカの言っていることが本当ならば、あの『蒼竜』はなんらかの特殊な手段を用いてこのフロント内に潜入したのだと思われる。それが示すのは、『蒼竜』が何かしらの普通ではありえない能力をもっているということ。
そこで、初めてアイリスが口を開いた。
「でも、どうして? その『蒼竜』がミナトと『アルノ―シカ』が戦っている場所に現れたの?」
確かにそうだ。あの『アルノ―シカ』もおそらく『蒼竜』と同じぐらい驚異的な力を持った存在。それらが一か所に集まって、ただ僕を殺しに来たとは思えない。
「ミナト。あたしが死んだあと、どうなったの? 詳しく聞かせて」
「……ごめん。詳しくは思い出せないんだ。靄がかかってるっていうか、なにかに覆い隠された感じがして……」
必死で頭をひねるが、全くそれを思い出せそうにはない。
アイリスがやられて、僕は立ち上がって、『蒼竜』が現れて……それから、どうなった……?
――早々に、立ち去りなさい――
「……えっ?」
「どうしたの、ミナトちゃん」
「あ、や、いま何か聞こえませんでした?」
「そうかなぁ? 何が聞こえたの?」
ぼんやりとまだ残る感覚。それをゆっくりつなぎ合わせて、ひとつの文章を作る。
「聞き間違いかもしれないですけど、……早々に、立ち去りなさい、と」
それを聞いて、その場にいた皆が程度は違えど驚きを表した。
「それって、つまり……」
「えぇ。おそらくミナトは、あの竜たちと邂逅したときにそう告げられたのよ」
淡々と言ってのけるアイリス。竜が言葉を話すのか? という疑問が頭に浮かび、それを口にしようとしたのだが、ルカがその前に口を開いた。
「もしかしたら、それはシャヘルからの警告、なのかもしれないね……」
「……シャヘルからの……?」
「うん。これ以上自分たちの聖域を侵そうものなら、どうなっても知らないぞ、っていうね」
妙にルカが冗談めかして言ったものだから緊張感には欠けたが、言っていることは筋が通ってる気がする。
だって、突然現れて土地を開拓している僕たち人間は、エネミー側から見れば、ただの侵略者なのだ。
「でも、だからっていまさら『はい、今すぐ立ち去ります』なんて言えないでしょう?」
「それはまぁ、ね」
アイリスの問いかけにルカは肩をすくめてみせる。
その仕草が少しかわいらしいということは置いておいて、現状の再確認をする。
「つまり、今回の探索から出てきた問題は……問題は……あれ、大して問題自体は増えてないんじゃないか?」
「まぁ、実際のところそうだね。あの竜たちみたいな強力なエネミーがいることは最初からわかってたことだし、ミナトちゃんが言ったあの言葉もどこまで信じていいものかわからないしね」
「……つまり、今のところ何もできない、と」
「そんなことないよ。戦力の増強や、資源の確保。ポイントのアクティベートだっていつか来る竜たちとの対決の準備になる。今は、それを必死にやっておくべきなんだよ」
……あれ、司令官だ。
ここに来て初めて、ルカが本当の司令官に見えた。あれ、おかしいな……。
「あー、なんだかミナトちゃんがこっち見つめてほけーってしてる! なになに? 惚れちゃった?」
「全然、惚れてないですから。じゃあ、これで昨日の報告は終わりですね」
「うん、もうおしまい。……というか、ミナトちゃんちょっといまのはひどくない?」
ちょっぴりしょんぼりとしたルカに苦笑いを送って、僕は席を立つ。
やらなければことは多い。
さぁ、一つ一つ着実に積み上げていこう。
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