ネトゲ廃人、異世界攻略はじめました。

陽本奏多

06 からかいの理由

 先ほどとは別のエレベーターを使って僕とアイリスは地上へ出た。ルカとミケはそれぞれ別の仕事があるようで一緒には来ていない。

 地上に出るまでにアイリスから教えてもらったのだが、このエレベーターはシャヘルのいろいろな場所へつながっているらしい。なんでも、10年前に来た調査団はこのエレベーターを目的地までのショートカットとして使っていたとか。
 だけど、このエレベーターは地上でそのフロントから繋がっている場所を確認し、アクティベートしなければ稼働はできないらしい。いわゆる、一度行った場所にしかワープできない、というシステムに似ているかもしれない。

 さて、本題だ。

「ミナト、さっきあたしはレベリングって言葉を口に出しました。さて、ゲーム上でこれは何を意味するでしょう?」

 突然の問いに、僕は脳内のボキャブラリーを総動員して答える。

「えっと、モンスターを倒したりやクエストを達成することによって経験値を得て、レベルを上げ、ステータスを上昇させる行為、かな」

「レベリングについてそんな形式ばった説明するやつなんて初めて見たわ……まぁ、模範解答でこちらは助かるんだけど」

 あれ、本気で答えすぎただろうか。僕のその答えを聞いたアイリスは少しの苦笑いを見せた。
 だめだな。ゲームのことになるとマジになってしまう癖がこのシャヘルに来ても発動している。

「ゲーム内のレベリングはミナトが言った通りね。補足しようもないわ。それで、あたしが言いたいのはこのシャヘルにおける、HIを操作する『プレイヤー』のレベリングについて」

「プレイヤー、か」

「うん。このシャヘルを攻略する人たちのこと。アーツっていう名前があるらしいけど、あたしはこっちのほうがしっくりきてね」

 エレベーターを出てすぐの草原を歩きながら僕たちは話す。

「それで、この星でのレベリングについてだけど……ミナト、このHIの操作がものすごく難しいのは知ってるわよね」

「うん、普通の人だと指ぐらいしか動かせないんだよね。僕は全然普通なんだけどな」

「それ」

 何気ない僕の言葉に、アイリスは立ち止まり指をさした。

「……えっと、どれ?」

「だから、全然普通、ってところ。その普通はね、まだあなたの現実世界での感覚なの」

「どういうこと?」

「ミナト、GoSにログインした瞬間、カチッて何かがはまる感じがして体が軽くなったことはない?」

 アイリスの問いに僕は少し考えこむ。GoSにログインしたとき……あ。

「ある。あるよ、そんなこと」

「でしょ? それは、脳の運動をつかさどる部分が、VRのアバター用に設定を切り替えた瞬間なの。えっと、現実の体ってのはある程度以上の負荷をかけると壊れてしまうでしょ? だから脳は自然にそうならないよう出力にリミッターをつけて制限しているの」

「そういうことか」

「もうわかったの?」

「うん、たぶん。現実世界ではリミッターをかけている必要があるけど、どんなに無理したって体が壊れることなんてないVR世界ではそんなリミッターなんて必要ない。だから……」

 その僕の言葉をアイリスが引き継ぐ。

「そう。だから、VR世界に長時間入っている脳は、やがてVR世界でのみリミッターを解くことを覚え始める。それが解ける瞬間が、あのカチッて音なんだと思う」

 彼女のその言葉を聞いて、なんとなくあの感覚が変わる瞬間について理解できた。
 詰まる話、僕やアイリスのようなVR世界に長時間インしている人間の脳には現実世界用の、リミッターがある脳と、仮想世界のノンリミットな脳が存在するらしい。

「でも、それがこのHIっていう今の体と何の関係が?」

「そう、一見関係ないようでしょ? だけど、違うの。今、ミナトの脳は現実世界用のリミッターがある状態でHIを動かしている」

「そりゃあ、ここは現実世界だし、体を壊すわけにはいかないからね」

「でもね、考えてみて。このHIと現実の体の運動能力の限界は同じかしら? HIは動力こそ人間と同じだけど、筋肉、骨格なんかは人工の強化素材でできているわ」

 問われた瞬間はその問いの真意が僕にはわからなかった。今の僕の体と、現実の体の限界……。

「現実の体より、HIの体のほうがよっぽど丈夫なはずだよなぁ……」

「その通りよ。現実の体より、HIのほうが運動の限界は上ね。最後のヒントよ。このHIは現実世界のものだから、リミッターなしではすぐに壊れてしまう。だけど、そのリミッターの上限は現実世界の体より高くてもいいんじゃない?」

「……やっとわかった」

 彼女の言葉を聞いて僕のなかでやっと何かが繋がった。

 すなわち、だ。僕の脳はいま、体が壊れないように運動にリミットをかけている。だが、そのリミットは現実の体が壊れないようにするためのリミットで、半分機械のような強化されたこの体の実際のリミットはもう少し上なのだ。だから、この世界でのレベルアップとは。

「この世界でのレベルアップとは、脳のリミッターを少しずつ緩め、HIの限界に近づけていくこと……」

「ご明察。まさか、ここまで理解が早いなんてね」

 彼女はそう言ってかすかに笑った。

「今のあたしたちの脳ではこのHIの能力はすべて生かしきれていない。だから、レベルを上げるの」

「その、レベリングはどうするの?」

「簡単よ。この体に脳が早く慣れればいいわけでしょ? だから、動けばいいの」

「動く……?」

「そう。体を思いっきり動かして戦って、脳に『あれ、この体だったらもう少し動いても壊れないんじゃないか?』って思わせるの」

「ぶっ飛んだ話だね」

「あたしも最初聞いた時はそう思ったわよ」

 再び、彼女と僕は苦笑い。この笑いは、少し呆れたというか、ゲームじみた現実離れした世界が可笑しかったのだと思う。
 そんなことを考えていると、彼女は何かを思い出したように「あ」とつぶやいた。

「すっかり忘れてたわ。はい、これ」

 彼女はウエストポーチから何やら筒のようなものを取り出すと僕に渡した。それを受け取って、まじまじと眺めてみる。
 それは、腕輪のような何かだった。近年ではだれもがつけているようになった腕時計型端末。そのディスプレイをスマートフォンほどまで大きくしたいかつい腕輪。アイリスが僕に渡したのはそれだった。

「ルカから渡しておいてって言われたの。シャヘルじゃみんなつけてるものよ」

「へぇ。これでなにができるの?」

 僕は試しに装着して見ながら彼女に尋ねる。僕の腕にはまるや否や、それは勝手に認証登録を始めた。

「なにが……ねぇ。あえて言うなら、これは現実世界のメニューウィンドウとでも言うべきかもしれないわね。というか、みんなそう呼んでるし」

「メニュー?」

「そ。探索して、登録した場所の地形がホログラム表示されたり、自身のレベルを確認したり、とかかしら」

「なるほど。本当にゲームのメニューみたいだね」

 やはりこの星は、ゲームそのものだな、と改めて感じる。そんな馬鹿げた話なのに、メカメカした機械を体に装着しちゃうだけで少しワクワクしてしまうのは、男の子の性というやつだろう。
 そこで、ひとつ素朴な疑問が浮かぶ。

「アイリス、一つ尋ねていいか?」

「……えぇ。いいわよ」

「えっと、アイリスも僕と同じ、GoSの大会で優勝したからシャヘルに来たんだよね?」

 彼女は、GoSのUSサーバーの大会で優勝したから、この世界に送り込まれた。まずそのことを彼女に確認する。

「えぇ。そうだけれど……そんなの、わかってたことでしょ?」

「ううん、聞きたかったのはこの後。どうして、アイリスは僕よりもいろいろ知ってるのかな、って」

「なんだ、そんなこと。答えは簡単。あなたよりあたしが先にここへ来たからよ。USサーバーの大会はJPサーバーよりだいぶ早く行われたからね」

「なるほど、そうだったのか」

 これで納得した。僕と同時にシャヘルへ降り立ったにしては、あまりにもたくさん情報を持っていたので疑問に思っていたのだ。しかし、この質問が僕の墓穴を掘ることになってしまった。

「でも、ミナト? あんたはあたしのファンで、試合はいつも見てくれてるんじゃなかったの?」

 急に目つきが変わったアイリスが僕に詰め寄る。
 いたずらっぽいというか、からかうというか、そんな目つきの彼女はじりじりとこちらに歩み寄ってきた。

「い、いや、その、自分の試合が控えていたので、緊張で……!」

「そういうときこそ、あたしの姿で気持ちを落ち着けたりとかしないのかなぁ……」

「も、もちろんですよっ! テスト前とかアイリスさんの姿を見てものすごく落ち着いてましたよっ!」

「あんた、学校行ってなかったでしょ」

 あー、何言ってるんだろう、僕。あまりにもおつむが残念過ぎて穴があったら爆弾と一緒に入って爆死したい……。
 しかし、当のアイリスさんはそんなあたふたする僕の姿がおもしろかったらしい。

「……ふっ、ふふっ。あー、おもしろい。ミナト、なかなかにいじめ甲斐があるわね」

「そりゃどうも。……全然嬉しくないですけど」

 そんな不満げな声がまた可笑しかったらしく、アイリスはさらに笑った。
 あぁ、なんだかここまで笑われると少し悲しくなってくるな……

 だけれど。僕の考えすぎかもしれないけど。
 もしかしたら、彼女は僕のことを思ってこういうことをしてくれているのかもしれない。

 訳も分からないまま訳も分からない星に飛ばされ、はっきり言って少しまいっていた。
 そんな僕を見かねて、彼女はくだらない冗談でからかってくれた。

「ありがと、アイリス」

「さて、なんのことかしら」

 そう言って微笑む彼女は、僕の目にはとても輝いているように映っていた。



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