ネトゲ廃人、異世界攻略はじめました。

陽本奏多

11 ボルグハルグ

「彼ら、アーツは自衛隊から特別に編成されたシャヘルの対エネミー部隊です」

「自衛隊、か……」

 フロントを出発してからかなり時間がが経った。しかし、ぐねぐねと大型のエネミーを迂回しながら進んでいるので、いまだ目的地には着いていない。
 そんな中、僕は隣のミケ、アイリスにいくつか解説をしてもらっていた。

「アーツの隊員には、予備のHIは基本的に用意されていません。すなわち、マスターやアイリスのように殺害されて生き返る、なんてことはできないということです」

「だから、あの人たちは近接戦闘は行わず、安全な遠距離攻撃しか行わないの」

 彼女たちの質問に「なるほど」と相槌を打ちながら、先頭を行くクラノの背中を見やる。
 的確にエネミーをよけながら進行できているのは、彼のしっかりとした命令があってこそといったところがある。彼以外にも、アーツのメンバーは移動しながら地形のマッピングや、遠目からのエネミーの観察など、余念がない。

 その中の一人、進行方向の観察を行っていた一人の隊員が声を上げた。

「ポイント、発見しました! 前方約300メートルです!」

 その声に、部隊全員が前方に目を細める。
 草原の中、ひっそりと横たわる岩の影に、銀色の円筒を見つけることができた。

「やっと着いたか……」

 僕は一人、安堵の声を漏らす。はっきり言って、シャヘルの大地はそこを歩いているだけで精神を削られているような錯覚を覚える。
 巨大なエネミーの足音や、遥か遠くを高速で走り抜けるエネミーの群れ。それらが聞こえたり視界の中に入るたび、冷や汗が滝のように背中に流れるのだ。

 それは屈強な男やいかにも強気な女性ばかりのアーツの皆さんも同じらしく、ぴんと張りつめていた空気がポイントを見つけた瞬間、一気に弛緩した。

「ミケ、周囲にエネミーは?」

「反応なしです。エネミーが寄ってくる前にアクティベートを済ませるのが得策でしょう」

 アイリスの確認に、ミケがメニューを見ながら答える。彼女の言う通り、見渡す限りでは脅威となり得そうなエネミーは見受けられない。

「先行して、ポイントの状態を確認してきます」

 今は安全だと判断したのか、アーツの一人がポイントに向かって駆けていった。その足取りは任務の成功を予見してか、少し軽いように思える。

 その瞬間だった。
 静かに飛来した大きな銀色の槍。それに前を走っていった隊員の腹部は貫かれた。
 いや、槍というにはそれは太すぎる。それをもし言葉で表すなら、鉄杭のほうが正しいだろう。

「あ、あぁ……」

 悲鳴は上がらなかった。その隊員は、ここまで聞こえるぎりぎりの声量ほどで最後にうめき声を残すと、かくりと気を失ったようだ。首も、足も、腕も、まるでその鉄杭に垂れ下がったようにぶらりと脱力した。

 その状況をただ見つめて、アーツ隊員は全員、自我を失ったように硬直している。
 このままじゃいけない。
 頭の中に鳴り響いた警鐘に導かれるまま、僕は叫んでいた。

「全力で散開しろ!!!」

 その絶叫の直後、アーツの面々は意識を取り戻すと、半ば跳ねるように散り散りに散開した。直後、彼らが今さっきいた場所に別の鉄杭が高速で飛来する。
 ……いや、違う。それは飛んできていたのではなく、『伸びて』きていた。恐ろしく長く、太く、そして鋭い杭が高速でここまで伸びてきていたのだ。

 その杭は一つのターゲットをしとめられないまま空中に一時停止すると、するすると伸びてきた方向に素早く縮んでいく。
 その先。その杭が伸びてきた方向には、ポイントと大きな岩が。その陰からそれは伸びてきていた。

 岩から、ゆらりとシルエットが出てくる。それを端的に表すとしたら、猿、ということばが正しいだろう。
 シルエットはほぼ地球の猿と変わらない。だが、その背の高さは僕の二倍ほどあり、また猿で言う前足部分にはあの杭が。

「ボルグ……ハルグ……」

 少し離れたところから、ミケのつぶやきが聞こえた。きっとそれがあのエネミーの識別名だろう。

 さきほどはアーツ隊員の腹部を容易く貫くほど固く鋭かった前足の杭。それはまるで熱に溶かされたかのようにどろりと形状を失うと、液体状に変化。そして、杭の形から前足の形へ瞬時に変形した。これにかかった時間、一秒未満。

「ミナト! 私と一緒に前に出るわよ! ミケはアーツを物陰に隠れさせて!」

 響いたのは叫ぶようなアイリスの声。それに僕は「了解!」と返し、腰のナイフを引き抜く。そして、『ボルグハルグ』へと駆ける。
 大地を蹴って距離を詰めていく僕の横に、アイリスが並んだ。

「あの杭を受けたら一発でおしまいよ」

「わかってる!」

 再び、ボルグハルグの腕は杭の形に変化すると、こちらに高速で伸びてくる。それを横にぎりぎりで回避しつつ、一気に加速する。

 ――近づけば近づくほど、あの杭はよけにくくなる。だけど、懐にもぐりこめばこっちのものだ。

 正確にエネミーを分析して、状況を判断する。そして、再びボルグハルグを正面に見据えた。
 あれ、あいつ……どこかで……。

 エネミーとの距離はもう30メートル。
 さらに加速しつつ距離を詰めていき、アイリスは背に携えた二丁の銃剣を音高らかに抜き去った。そして、突撃の構えをとる。
 ここで、あと20メートル。

 あの杭は速度、攻撃力ともに高いようだが、一つ欠点がある。それは、その棒状という形状による攻撃範囲の狭さだ。至近距離まで近づけば、あの攻撃を動き回る僕たちに当てれるわけがない。

 そう僕が脳内で確信したときには、もう10メートルまで迫っていた。

「行くわよ!」

 アイリスがそう声を上げる。
 瞬間。頭の中で、バチリとスパークがはじけた感覚がした。

「だめだっ!」

 僕は高速で駆けるアイリスの手をつかみ、全力で真横に転がった。それに引きずられて突撃体制に移っていたアイリスも地面へ転がる。

「なにするの――」

 彼女が僕に文句を叫ぼうとしたその時。僕たちの頭の上を鉄色の巨大な鎌が通り過ぎた。
 それは、紛れもないボルグハルグの腕が変形したものだった。

 なぜ、それが予見できたのか。僕はそのことはわからなかったが、この場所で止まっていたら確実に攻撃を受けることだけは理解できた。
 どの方向から攻撃が飛んでくるかなんてわかりやしない。だから、僕は適当な方向へ全力で跳んだ。僕が何も言わずとも、アイリスもその場所から瞬時に離脱した。

 そして、彼女は空中を舞いながらデュアルウェポンをガンモードに切り替える。武器のモード変更が終わるや否や、アイリスはトリガーを引いてボルグバルグへ鉛球を叩き込んだ。しかし、それらの銃弾は盾のように平たく広がった前足によって防がれてしまう。

 遠隔攻撃はほぼ無効。逃げようにも背中をきっと貫かれる。馬鹿正直に突撃しても、鎌に変形した前足で薙ぎ払われるだけだろう。
 まさに、八方ふさがりという言葉がお似合いのこの状況。

 しかし、僕の頭にはこの状況を打開できるかもしれない最適手が浮かんでいた。

「アイリス、僕が合図を出したら銃弾をみんな叩き込んで!」

「了解――って、どこに行くの!」

 アイリスに作戦を伝え、彼女がそれに返答した瞬間、僕はボルグバルグに背を向け駆けだした。後方に退避していたアーツの隊員が皆、驚きを顔に浮かべて僕を見つめていた。

 もちろん、簡単に逃がしてくれるわけもない。ボルグバルグはすぐさま片方の前足を鉄杭に変えると、直線に逃げる僕へそれを伸ばしてきた。
 コースは完璧。完全に直撃コース。だが、その先端が背中に突き刺さる直前、僕は身を翻しながらナイフを横一文字に振り切った。

 きぃん、という甲高い音がして、鉄杭と僕のナイフが衝突する。

「アイリス、今だ!」

 ナイフによって鉄杭の軌道をずらし、それと同時に自分もターンして杭のすぐ横を駆ける。
 普通に考えれば、この状況は絶体絶命だ。ボルグハルグは鉄杭を鎌に変え、僕を薙ぎ払えばいいのだから。

 しかし、こいつにそれはできない。なぜなら、この前足の形を変えるとき、ボルグハルグは毎回自分のそばまで一度戻してから形状を変化させていた。
 それは逆に言えば、体の近くに戻さなければ、形状を変化させることはできないということを表している。

 変化する前足が使えないこいつなど、ただの木偶の坊同然。僕は風を切ってボルグハルグ本体へ駆ける。
 普通なら、ここで逆の前足が僕を攻撃し、本体への接近を阻もうとするのだろう。しかし、そのもう片方の足は今アイリスが撃っている銃弾の防御で手いっぱいだ。

 銃弾をいくらか受けるのを覚悟で、盾を変形させてこちらに攻撃してくる可能性を少し心配していたが、それは杞憂だった。
 ボルグハルグは、銃弾より、いかにも小さくて弱そうな僕のナイフを受けることにしたようだ。

 だが、その判断は間違いだ。

「はぁっ!」

 僕はその体の目前で、全力の跳躍をした。まるで、VRの世界にいるときのように体が軽く飛び上がり、大きな猿面の正面へ。
 驚くそのエネミーににやりと笑いかけ、僕はその両目を一気に切り裂いた。

 苦悶の咆哮が大地に響く。しかし、僕とアイリスはそれに耳も向けず、一目散に退散した。その方向には、きっちりとした隊形を組み、銃を構えるアーツの姿が。

「撃てぇっ!」

 勇敢に吼えるクラノ。その声に続いて数多の轟音が響いた。
 音速を超えて飛ぶ銃弾は、全てがボルグハルグの体をとらえた。いくら、変幻自在の盾を持っていようと銃弾の飛んでくる方向が見えなければ、そんなものあってないようなものだ。

 しばし続いた発砲。フルオートで射出される銃弾を一マガジン打ち切りリロードに移った時には、ボルグハルグは息絶え、倒れこんでいた。


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