ネトゲ廃人、異世界攻略はじめました。
12 仮定と懺悔
「あの時、どうしてボルグハルグの動きを予想できたの?」
ふいに話しかけられ、僕は「え?」と聞き返す。
あの、ボルグハルグとの戦いの後、すぐさまアーツの隊員とミケはポイントのアクティベートに乗り出した。
そんな、専門技術的なことは僕やアイリスにはあまり手伝えないので、周囲の警戒という名目で、散歩をしながら雑談している最中だ。
「だから、あの鎌の攻撃よ。普通、あんなのわかりっこない」
なにかあるんでしょ? と言いたげな瞳が、こちらを見つめていた。
僕も、あの戦闘の後、少し考えてわかったことがある。
「アイリス、GoSのフィールドモンスターと戦ったことはある?」
「フィールドモンスター……? あるにはあるけど、あたしはほとんど対人戦ばっかりしてたからあんまり記憶はないわね」
そのフィールドモンスターとは、GoSのあらゆるマップに出現する、様々な敵のことだ。
PvP――プレイヤーバーサスプレイヤーが主なゲーム内コンテンツと言えるGoSの中で、好き好んでモンスターと戦うプレイヤーなどなかなかいなかったので、アイリスの言ったことはある意味では正しいかもしれない。
「そっか。僕はね、VR世界での体の動かし方を学ぶとき、ずっとそのモンスターたちを狩って練習してたんだ」
「どうして? あんなモンスターたちを狩っても大して経験値ももらえないし、ドロップアイテムなんてまともなものはなかったじゃない」
そう、その通りなのだ。GoSのモンスターはやけに強い割に、得られるリターンが少なすぎた。しかも、このゲームにはワープ機能が実装されていたため、モンスターのうろつくフィールドをわざわざ歩く必要などない。すなわちモンスターとの戦闘は避けようと思えば避けられる仕様になっているのだ。
「そんなものに時間を費やすなんてただの無駄に思えるけど?」
疑問に満ちた声音でアイリスが僕に尋ねる。
まぁ、時間は腐るほどあったし――と心の中で前おいて、僕は彼女に返答した。
「好きだったんだよ。あの、モンスターとの戦闘が。あと、ほとんどのプレイヤーには知られていなかったみたいだけど、ごくたまに恐ろしく強いモンスターが湧くんだよ。そいつらとの戦いを楽しみに、ひたすらフィールドにこもってたこともあるね」
「ふーん、変な奴」
変な奴とは失礼ではないだろうか……と内心へこみながらも、話を続ける。
「さて、話を戻すね。あのボルグハルグとの戦闘であいつの行動が予測できた理由。それは、GoSにあれと同じようなモンスターがいたんだ」
「GoSに?」
「うん。外見こそ少し違えど、あの攻撃パターンはほとんど同じだった」
だからあの時、半ば本能的に危険を感じ取り、攻撃を回避することができた。
また、エネミーとの距離から杭がこちらに届く時間を計算し、当たる寸前でその軌道をずらすこともできた。
「つまり……あんたはGoSにいたモンスターがこのシャヘルには存在する、って言いたいの?」
そんな馬鹿な、と目が言っていた。しかし、僕の頭の中には一つの仮説がすでに立っていた。
「逆だよ、アイリス。きっと、シャヘルのエネミーをもとに、GoSのモンスターは作られたんだ」
「え? どういうこと?」
「簡単な話だよ。あのGoSという世界はこのシャヘルに送りこまれる一人を決めるために作られた世界だったよね。そして、すでに10年前、人類はこのシャヘルに降り立ち、エネミーのデータを残していた」
さらに情報をつけくわえると、GoSのサービスが始まったのはいまから3年前だ。
僕の言葉に、アイリスはさらに驚きで顔を染めた。
「あのモンスターたちは、シャヘルでの戦いに備えたVR訓練用のオブジェクトだった……?」
「多分、そういうことだと思う」
アイリスに頷いて、僕は空を見遣る。
そこには空を悠々と泳いぐエネミーがいた。
あのエネミーも、昨日戦ったルースだって、GoSで戦ったことがあるような気がする。
ミケの見ていたホログラムをのぞいた時に感じた違和感はきっとこれからきたのだろう。
「でも、どうして運営はモンスターと戦わなくてもいいような仕様にしていたの? それじゃ、せっかくエネミーをもしたモンスターを造った意味がないじゃない」
「おそらくだけど、きっとGoSを造った主目的はシャヘルに送りこむプレイヤーの選定なんだ。だから、モンスター狩りを専門にしてあの公式大会に出ないなんて人を減らすためにモンスターからのリターンを少なくしたんだと思う」
「ふーん、なるほど」
そう言って、アイリスはそっぽを向いてしまう。
もしかして、GoS内でモンスターと戦っていなかったことを後悔しているのだろうか。
「……ミナト、あんたレベルいくつ?」
突然のその問いに、僕はメニューを見て確認する。
「4、だけど」
僕はその数字を口に出してげんなりする。普通のゲームだったらチュートリアル達成するだけで10ぐらいまではいくんだけどなぁ……。
その僕の言葉に、アイリスは大仰にため息を吐く。
「2よ」
「え?」
何の前振りもなく発せられたその数字。それに僕は聞き返す。
「一か月、アーツの隊員が必死に戦って上がったレベルよ。一か月間戦って、まだたったレベル2なのよ。あたしだって、まだレベル5」
ふっ、と彼女は笑みを浮かべた。諦観のにじんだ、どこか物寂しい笑み。
「なのに、あんたはたった二回の戦闘でレベル4? ……まったく、笑うしかないわね……」
半ば、呆れを含んだ声音で彼女はそう言う。そして、「近くの丘の安全確認に行くわ」とその場を立ち去ってしまった。
……怒らせてしまっただろうか。
いや、僕に原因があるとはいえ、僕が悪いわけわけではないとおもう。だけれど、こんなことで彼女との距離が開いてしまうのは避けたい。
「だけど、ここで棒立ちしてるわけにもいかないよなぁ」
アイリスがいなくなって、一人で警戒をする気になれなかった僕は、きょろきょろと周りを見回した。
そうしていると、ミケの姿が視界に入る。彼女はしゃがみ込み、倒れたボルグハルグの顔に手を添えていた。
どうしたのだろうか。
ポイントのアクティベートを優先してボルグハルグはそれが終わるまで放置、となっていたはずなのだが。
「どうかしたの? ――! ミケ、離れてっ!」
咄嗟にナイフを引き抜く僕。
先ほど、完全に息を引き取ったのを確認したボルグハルグだったが、いまそこにいるエネミーは、鼻息荒く呼吸し、体を上下させている。
――早く、仕留めなければ――!
「待ってください」
僕がナイフを掲げたその瞬間、ミケがそう言い放った。
こちらに背中を見せているので表情はうかがえないが、その声はほんの少し震えているような気がした。
「このエネミーはすぐに息絶えるでしょう。とどめをわざわざ刺す必要はありません」
彼女のその言葉に、見えてはいないだろうが僕は頷く。
よく観察すれば、横たわるボルグハルグはとても苦し気で、到底暴れることなどできなさそうだ。
「……ごめんなさい……」
「え……?」
彼女の背後に立つ僕。そこで、ミケの呟きを聞いた。
彼女はいま確かに、『ごめんなさい』と……。
僕はミケの横に歩み寄り、そしてしゃがみ込んだ。横から彼女の顔を見ると、そこにはやはり張り付いたような無表情が。
しかし。
その白磁のような白い頬。そこに、一粒の雫が流れていた。
「もう……もう、いいのです」
そう言って、彼女はそのエネミーの頭を撫でた。
細い指が、小さな手のひらが、何度目か触れたそのとき、静かにボルグハルグは息を引き取っていった。
「本当に、ごめんなさい――」
ふいに話しかけられ、僕は「え?」と聞き返す。
あの、ボルグハルグとの戦いの後、すぐさまアーツの隊員とミケはポイントのアクティベートに乗り出した。
そんな、専門技術的なことは僕やアイリスにはあまり手伝えないので、周囲の警戒という名目で、散歩をしながら雑談している最中だ。
「だから、あの鎌の攻撃よ。普通、あんなのわかりっこない」
なにかあるんでしょ? と言いたげな瞳が、こちらを見つめていた。
僕も、あの戦闘の後、少し考えてわかったことがある。
「アイリス、GoSのフィールドモンスターと戦ったことはある?」
「フィールドモンスター……? あるにはあるけど、あたしはほとんど対人戦ばっかりしてたからあんまり記憶はないわね」
そのフィールドモンスターとは、GoSのあらゆるマップに出現する、様々な敵のことだ。
PvP――プレイヤーバーサスプレイヤーが主なゲーム内コンテンツと言えるGoSの中で、好き好んでモンスターと戦うプレイヤーなどなかなかいなかったので、アイリスの言ったことはある意味では正しいかもしれない。
「そっか。僕はね、VR世界での体の動かし方を学ぶとき、ずっとそのモンスターたちを狩って練習してたんだ」
「どうして? あんなモンスターたちを狩っても大して経験値ももらえないし、ドロップアイテムなんてまともなものはなかったじゃない」
そう、その通りなのだ。GoSのモンスターはやけに強い割に、得られるリターンが少なすぎた。しかも、このゲームにはワープ機能が実装されていたため、モンスターのうろつくフィールドをわざわざ歩く必要などない。すなわちモンスターとの戦闘は避けようと思えば避けられる仕様になっているのだ。
「そんなものに時間を費やすなんてただの無駄に思えるけど?」
疑問に満ちた声音でアイリスが僕に尋ねる。
まぁ、時間は腐るほどあったし――と心の中で前おいて、僕は彼女に返答した。
「好きだったんだよ。あの、モンスターとの戦闘が。あと、ほとんどのプレイヤーには知られていなかったみたいだけど、ごくたまに恐ろしく強いモンスターが湧くんだよ。そいつらとの戦いを楽しみに、ひたすらフィールドにこもってたこともあるね」
「ふーん、変な奴」
変な奴とは失礼ではないだろうか……と内心へこみながらも、話を続ける。
「さて、話を戻すね。あのボルグハルグとの戦闘であいつの行動が予測できた理由。それは、GoSにあれと同じようなモンスターがいたんだ」
「GoSに?」
「うん。外見こそ少し違えど、あの攻撃パターンはほとんど同じだった」
だからあの時、半ば本能的に危険を感じ取り、攻撃を回避することができた。
また、エネミーとの距離から杭がこちらに届く時間を計算し、当たる寸前でその軌道をずらすこともできた。
「つまり……あんたはGoSにいたモンスターがこのシャヘルには存在する、って言いたいの?」
そんな馬鹿な、と目が言っていた。しかし、僕の頭の中には一つの仮説がすでに立っていた。
「逆だよ、アイリス。きっと、シャヘルのエネミーをもとに、GoSのモンスターは作られたんだ」
「え? どういうこと?」
「簡単な話だよ。あのGoSという世界はこのシャヘルに送りこまれる一人を決めるために作られた世界だったよね。そして、すでに10年前、人類はこのシャヘルに降り立ち、エネミーのデータを残していた」
さらに情報をつけくわえると、GoSのサービスが始まったのはいまから3年前だ。
僕の言葉に、アイリスはさらに驚きで顔を染めた。
「あのモンスターたちは、シャヘルでの戦いに備えたVR訓練用のオブジェクトだった……?」
「多分、そういうことだと思う」
アイリスに頷いて、僕は空を見遣る。
そこには空を悠々と泳いぐエネミーがいた。
あのエネミーも、昨日戦ったルースだって、GoSで戦ったことがあるような気がする。
ミケの見ていたホログラムをのぞいた時に感じた違和感はきっとこれからきたのだろう。
「でも、どうして運営はモンスターと戦わなくてもいいような仕様にしていたの? それじゃ、せっかくエネミーをもしたモンスターを造った意味がないじゃない」
「おそらくだけど、きっとGoSを造った主目的はシャヘルに送りこむプレイヤーの選定なんだ。だから、モンスター狩りを専門にしてあの公式大会に出ないなんて人を減らすためにモンスターからのリターンを少なくしたんだと思う」
「ふーん、なるほど」
そう言って、アイリスはそっぽを向いてしまう。
もしかして、GoS内でモンスターと戦っていなかったことを後悔しているのだろうか。
「……ミナト、あんたレベルいくつ?」
突然のその問いに、僕はメニューを見て確認する。
「4、だけど」
僕はその数字を口に出してげんなりする。普通のゲームだったらチュートリアル達成するだけで10ぐらいまではいくんだけどなぁ……。
その僕の言葉に、アイリスは大仰にため息を吐く。
「2よ」
「え?」
何の前振りもなく発せられたその数字。それに僕は聞き返す。
「一か月、アーツの隊員が必死に戦って上がったレベルよ。一か月間戦って、まだたったレベル2なのよ。あたしだって、まだレベル5」
ふっ、と彼女は笑みを浮かべた。諦観のにじんだ、どこか物寂しい笑み。
「なのに、あんたはたった二回の戦闘でレベル4? ……まったく、笑うしかないわね……」
半ば、呆れを含んだ声音で彼女はそう言う。そして、「近くの丘の安全確認に行くわ」とその場を立ち去ってしまった。
……怒らせてしまっただろうか。
いや、僕に原因があるとはいえ、僕が悪いわけわけではないとおもう。だけれど、こんなことで彼女との距離が開いてしまうのは避けたい。
「だけど、ここで棒立ちしてるわけにもいかないよなぁ」
アイリスがいなくなって、一人で警戒をする気になれなかった僕は、きょろきょろと周りを見回した。
そうしていると、ミケの姿が視界に入る。彼女はしゃがみ込み、倒れたボルグハルグの顔に手を添えていた。
どうしたのだろうか。
ポイントのアクティベートを優先してボルグハルグはそれが終わるまで放置、となっていたはずなのだが。
「どうかしたの? ――! ミケ、離れてっ!」
咄嗟にナイフを引き抜く僕。
先ほど、完全に息を引き取ったのを確認したボルグハルグだったが、いまそこにいるエネミーは、鼻息荒く呼吸し、体を上下させている。
――早く、仕留めなければ――!
「待ってください」
僕がナイフを掲げたその瞬間、ミケがそう言い放った。
こちらに背中を見せているので表情はうかがえないが、その声はほんの少し震えているような気がした。
「このエネミーはすぐに息絶えるでしょう。とどめをわざわざ刺す必要はありません」
彼女のその言葉に、見えてはいないだろうが僕は頷く。
よく観察すれば、横たわるボルグハルグはとても苦し気で、到底暴れることなどできなさそうだ。
「……ごめんなさい……」
「え……?」
彼女の背後に立つ僕。そこで、ミケの呟きを聞いた。
彼女はいま確かに、『ごめんなさい』と……。
僕はミケの横に歩み寄り、そしてしゃがみ込んだ。横から彼女の顔を見ると、そこにはやはり張り付いたような無表情が。
しかし。
その白磁のような白い頬。そこに、一粒の雫が流れていた。
「もう……もう、いいのです」
そう言って、彼女はそのエネミーの頭を撫でた。
細い指が、小さな手のひらが、何度目か触れたそのとき、静かにボルグハルグは息を引き取っていった。
「本当に、ごめんなさい――」
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