異世界に転生したので楽しく過ごすようです

十六夜 九十九

第165話 現実を突きつけられるようです

 女神に王国まで送ってもらった俺は、王城の前まで来ていた。

 昨日、ジュリ達を連れて来た時は国王の前に直接転移をした為、こうやって城の前に来るのは久しぶりだ。

「あなたはジュリエット王女様の旦那様では?」

 王城の前で女神と一緒に立っていたら、門番に話をかけられる。

 旦那様と呼ばれるのは不思議な感じなのだが、まあ結婚しているしな。間違いではない。しかし、今となってはもう……。

 おっと……。また暗くなってしまうところだった。とりあえず、門番に返事をしなければ。

「そうだが、何か用か?」

「いえ!ここに立っていたので何をなさっているのかとと思いまして」

「ああ、そうか。傍から見たら不審人物だもんな」

「滅相も御座いません!」

「そう畏まらなくてもいいさ。それで、お願いがあるんだが、至急国王に取り次いでくれないか?要件は言えないが、あの事と言えば分かる」

「はっ!かしこまりました!では中でお待ちください!」

「えっ?」

「どうかしたんですか?」

「いや、今、中でって言わなかった?」

「ジュリエット王女様とご結婚なさったって事は王族になったのですよね?何故、ご自分の自宅に入るのを疑問に思われるのですか?」

「あ、そっか。確かにそうだわ」

 言われるまで気付かなかった。確かに言われてみればその通りだ。しかし、今は聖王様の使者という立場なんだよなぁ。

 門番の説明に納得した俺は、その門番と共に王城の中に入った。

「では、国王様に取り次いで来ますのでしばしお待ちください」

 門番は急ぎ足で国王の元に行った。

 恐らく、国王様はすぐに俺との面会を了承すると思う。この国にとって重要な事だからな。ただ国王様も忙しい身であるだろうから、すぐにと言っても時間はあくかもしれない。言い換えれば出来るだけ早くと言ったところか。

 そんな事を考えていたら、さっきの門番が誰かを連れて戻ってきた。

「すぐに通すようにと命令されましたっ!案内はジルドさんがしてくれるそうです!」 

「そ、そうか。ご苦労様?」

「あ、ありがとうございます!あなたに、労ってもらえるとは思ってもみませんでした!家族にいい報告が出来そうです!」

「お、おうそうか。良かったな」

「はい!」

「じゃあ、門番の仕事頑張れよ」

「はい!ありがとうございます!」

 門番は気合十分といった感じで、自分の仕事に戻っていった。

「どうもお久しぶりですね。元気にしてましたか?」

「どうもジルドさん。元気かどうかは微妙ですが、今まで出会ってきた人で一番の常識人はやっぱりジルドさんでした」

「ははは。そう言われると何故か恥ずかしいですね」

「ジルドさんみたいな常識人が増えるといいのですが……」

「多分あなたが濃いお人なので、周りには常識人があまり集まらないのでしょう。となると私も少なからず常識人では無いのかも知らませんね」

「そんな事ないです。ジルドさんが常識人じゃなかったら誰が常識人だ、ってことになりますから」

 ジルドさんとひとしきり世間話をした俺は、ジルドさんの案内で書斎室に連れていかれる。

 どうやら書斎室で国王様は待っているようだ。俺は書斎室に移動する間、ジルドさんと話に花を咲かせた。

 そして、書斎室の前に着く。ジルドさんがドアをノックして中に入る。

「おぉ、連れてきたか。中に入れてくれるかの?」

「かしこまりました」

 俺達はジルドさんに促されて、書斎へ入った。

「ジルドはまた作業に戻って置いてくれるかの?」

「かしこまりました」

 そう言ってジルドさんは、部屋を出て行った。それと同時に、国王様が俺に話をかけてきた。

「早速じゃが要件を聞こうかの。お主がまた来たって事は急ぎのそうなのじゃろ?」

「はい。バックス様にこれをお渡しする為です」

 俺は聖王様から預かった密書を国王様に渡す。

「これは……!お主には悪いが少しそこで待っていておくれ。今すぐ返事を書くからの」

 密書の中を見た途端に、国王様は目を見開き、筆を取った。俺には何が書いてあるのか分からなかったが、国王様の慌てぶりから、相当な事が書かれていたのだろう。

「遅くてすまんのぉ。歳をとると老眼で書面に記述するのも一苦労でのぉ」

「いえ、そんな事は……」

「して、お主に一つ聞いておきたいことがあるのじゃ。一人で戦って、お主に勝算はあるのかの?」

「それは……」

 勝算があるのかと言われれば、そんなものはない。教皇どころか、勇者にすら負ける俺では、手の出しようがない。

 だが、それでも俺が……俺だけがやらなければならない。

 もう決めた事だ。これだけはもう曲げない。

「一つだけ言っておくかのぉ」

 国王様は独り言のように呟く。

「お主の思い通りには絶対にならん。しかと覚えて置くことじゃ」

「…………」

「私には、お主が何を考えておるのかなどは知らぬ。だが、お主よりも長い人生経験とお主の人柄からそう断言出来るのじゃ」

「…………」

「……今のお主にはきついことかも知れぬが、それを乗り越えぬかぎり、お主は成長せぬ」

 聖王様は俺にそう告げる。確かに聖王様の言っている事は正しいのかもしれない。俺の思い通りになることなどない。身に染みる言葉だ。

 だが、国王様はまだ成長出来ると言った。乗り越えろとそう言った。ならばもう少し頑張れる。

「……書き終えた。これをお主に渡しておく。聖王に渡しておくれ」

「はい」

 俺は国王様から密書を受け取った。

「あの、バックス様にお願いがあります。ジュリ達は戦争にはなるべく遠ざけてやってください。本来、ジュリ達は戦わなくても良い子達なのです。あいつらにもそう伝えてください」

「いいじゃろう。じゃが、私は個人の意見を尊重する。話はするがジュリ達が聞き入れるかどうかは、知らんからの。それでも良いかの?」

「はい。お願いします」

 俺は国王様に一礼して、踵を返した。

「では、また」

「うむ。近い内にまた会うじゃろう。その時は謁見の間に来ると良い」

「はい。分かりました」

 そうして俺は書斎を後にする。

 次は、帝国だ。

「女神……」

「うん。帝国だね」

「すまない」

「ううん。じゃ行くよ」

 そして俺達は帝国へと飛んだ。


◇◆◇◆◇


 今度の転移では、城の前に直接転移した。

 すると目の前に、帝王が立っていた。

「……っ!なんだお前か。いきなり転移してくるとは何事か」

「申し訳ございません。ですが、急ぎの用だったので」

「急ぎの用だと?」

「はい。今日は聖国の使者としてここに来ました」

「使者だと?何故お前が使者として送られてくるのだ」

「聖王様曰く、各国の王と懇意にしているからと……」

「私はお前と懇意にした事なんてないと思うのだがな」

「…………」

「ふん。まあいい。今は使者として扱おう。着いてこい」

 そう言って帝王は、城の中に入っていく。

 着いてこいと言われた俺は言う通りに、帝王の後を追いかける。

 帝王は俺の事を元々よく思っていない。それが昨日のことで、もっと悪くなってしまった。だが、それだけでフェイ達を戦わせずに済むなら安いものだと思う。

 少しして、俺が連れてこられたのは謁見の間だった。玉座の間には付き人と思わしき人達が並んでいた。そんな中、帝王は玉座に座り、俺を見据える。

「お主は使者と言ったな?何をするためにここへ来た?」

「聖王様より預かった密書を届けに参りました」

「その密書とやらは何処だ」

「こちらでこざいます」

 俺は跪き、頭を下げ、密書を掲げる。

「それをこっちに持って来い」

 俺が掲げた密書を付き人が持っていき、帝王に渡した。

 密書を一読する帝王。すると目を見開き、驚いた表情をする。

「お主は内容を知っておるのか?」

「いえ、何も」

「この密書に関しての返事だが、聖王に『受けよう』と伝えろ。よいな?」

「はっ!」

 俺の帝国での仕事は終わったも同然だ。だから、頭を下げ、謁見の間を後にしようとしたその時だった。

「待て」

 帝王の重く響く声が聞こえた。

「お前はたった今、使者としての仕事を終えたな?」

「はい。そうです」

「ならばお前をもう使者として扱う事はせぬ!」

 帝王は静かに声を荒げる。

「お前は己のやっている事がどれだけ愚かな事か理解をしているのか!」

「…………」

「今やお前の側にはその女と従魔だけではないか!お前がどれだけ女々しく後悔をしようとも過去は変えられぬのだぞ!分かっておるのか!」

 帝王の言っている事は俺の心を的確に突いてくる。

「お前が何をしようとしているのか興味はない。だが、今のお前は好かぬ!今のお前は駄々をこねる子と同じだ!自分の我儘を通す為のそれだ!己の状況を今一度見直して見よ!」

「…………」

「くっ!もう一度言う!今のお前は好かぬ!いつまでも、そうやって都合の悪い時だけ黙っているがいい!!!」

 帝王は足を踏み鳴らし、怒号を飛ばして立ち上がった。その時の衝撃で、城は揺れ、威圧混じりの怒号によって付き人は皆倒れる。

「あなた一体何があったの!?」

「お父さん!今のは何!?」

「敵襲か!?」

 帝王が起こした衝撃をしり、フェアリア様と、フェルト、レオンが謁見の間に入ってくる。

「お前達か。なんでもない。ただのこの男の事を見損なっただけだ」

「あ、あなたは……」

「ふん。お前の顔を見ているとこっちまで気が悪くなるわ!私は部屋に戻る!」

「ちょ、ちょっとあなた!」

 帝王はそのまま謁見の間から姿を消した。

 帝王の言い方はきつかった。だが、全てが核心をついていた。だから俺は何も言い返す事が出来なかった。

「ごめんなさいね。あの人はあれでもあなたの事を……」

「いえ、全てフェラリオン様が正しいんです……。ダメなのは俺です。だけど、どんなにフェラリオン様が正しかったとしても、俺はもう……」

 俺はその先の言葉が出なかった。いや、言いたくなかっただけなのかもしれない。だから、その先の言葉を濁して逃げた。

「フェアリア様。どうかフェイ達を戦いから遠ざけて貰えませんか。不躾な願いな事は重々承知です。ですがあいつらは戦う必要はないんです。今まで戦ってきたのだって、俺が巻き込んだだけです。だから……」

「……分かったわ。でも、あなたも戦う必要はないのではないの?」

「俺にはケジメがありますから。こうなってしまったケジメを付けなければ……」

「そう……」

「では、俺はこれで失礼――」

「待ちなさい!」「待てやコラ!」

 俺が今度こそ謁見の間を出ようとした時の事だった。俺の前にフェルトとレオンの二人が立ち塞がる。

「あなたは本当にお姉ちゃんを置いていくつもりなの?」

「あぁ、そうだ」

「お前!本当にそれでいいのかよ!前に会った時は皆で楽しく騒いでただろうが!」

「そんな時もあったな……」

 あの頃はこんな事になるなんて思ってもみなかったな。むしろ、結束が強まった気がしていた。だが、現実はこうだ。

「お前達に言っておく。絶対に勇者に関わるな。あれは俺が殺る」

「殺るってお前……」

「あなたはあの時、勇者を救うって言ってた!それは嘘なの!?」

「少なくともあの時は嘘じゃなかった。だが今は違う」

 復讐なんかじゃない。ましてや、仕返しがしたい訳でもない。ただ、そうしなければ勇者達を救う事が出来ないと直感したからだ。

 だが、そんな事誰にも言えない。誰かに言えば手伝うだの一緒に戦うだのと言って、俺の望まない死がまた生まれる。蘇生できるから大丈夫というわけじゃない。死はいつも重くなければならない。少なくとも、俺の中では死はとてつもなく重いものだ。

「見損なったぞ!」

「あなたは凄い人だと思ってた!なのに……っ!」

「どうとでも言ってくれ。だが、俺が言った事だけは絶対に守れよ」

「うるせぇ!力ずくでもお前の考えを正してやる!フェルト手伝え!」

「分かった!」

 レオンとフェルトが臨戦態勢に入った。だが、俺はそんな事など気にしない。

『女神、聖国に送ってくれ』

『いいの?』

『あぁ』

『分かった。じゃあいくね』

 俺は女神に触れた。それを見たレオンとフェルトは何をしようとしてるのかを悟り、俺達に襲いかかってきた。

 しかし、レオンとフェルトの攻撃は空を切る。

「くっそぉぉぉぉ!!!」

 俺の居なくなった謁見の間には、レオンの咆哮が響いた。

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