異世界に転生したので楽しく過ごすようです

十六夜 九十九

第61話 お別れをするようです

 皆と別れた俺は自分が寝ていた部屋に戻ってきた。とういのも俺の身体が充分に回復してないかもしれないと聞いたので寝る為だ。

 いや、もう治っててもおかしくないんだけどね。俺には自己再生のスキルあるからな。タクマに飛ばされた左腕なんて戦闘中に再生してたし。逆に治ってないとおかしいほどだろ。

 まぁいいや。とりあえず寝て明日になれば治るだろ。

 俺はベッドに横たわって、眠る体制にはいる。

 フカフカのベッドとフワフワの毛布。まるで楽園にいるかのような気分になるな。

 例えるなら、周りには天使がいて、俺を祝福するかのように歌い、ハーブを引き、そして、俺の手を引く。その手に引かれた俺は、満面の笑みでお花畑を走り回る。そんな感じ……。

 って何考えてんだ俺!俺の頭の中の方がよっぽどお花畑だわ!

 これは重症だわ……。明日になっても治らない可能性が大きい。俺ってこんなに残念なやつだったか?そうじゃないと思いたい……。

 ふわぁぁ。くだらんこと考えてたらいい感じに眠くなってきた……。

 俺の瞼が段々と閉じられ、微睡みの中に落ちていく。

 ふわふわとした時間。それは現実と夢との境目。今薄く開いている目から見えている光景が現実なのか夢なのか分からなくなる。

 だからだろうか。開くはずのない扉が開き、誰かが入ってきた気がしたが、それが現実だったのか、それとも夢だったのか、分からなかった。

 そして、俺は分からないままに深い眠りに落ちていった……。


◇◆◇◆◇


 私はなるべく音を立てないように彼の部屋に入った。彼が寝ていた時に起こさないようにするためだ。

 私は扉を閉めて、彼の状態を確認する。

 ……眠ってるみたいね。よかった。もし起きてたらどうしようかと思った。

 私は、眠っている彼を起こさないようにゆっくりと隣に腰掛ける。

 眠っている彼の寝顔は子供のようで、それでいてどこか大人びた雰囲気がある。

 私は無意識に彼の顔を指先で撫でていた。顔にかかった髪を優しく梳くようにして分ける。その時の彼はくすぐったそうに、されど気持ちよさそうに見えた。

 ……あなたにはこの世界がどうみえてるのかな?沢山の色に溢れた美しい世界?それとも白黒で何もないつまらない世界?

 私はあなたに見えている世界が、美しい世界だったらいいなって思うんだ。

 だって、あなたが自分から望んできたこの世界がつまらない世界だったら、とてもやるせないと思うから。

 あなたには幸せになって欲しいと、あの時からずっと願ってきた。

 今のあなたは女の子達に囲まれてハーレム状態。しかもその女の子達全員があなたに好意を寄せている。あなたは気付いてないみたいだけど……。

 もし今が幸せでなかったとしても、楽しいって思ってくれたらいい。多分あなたを幸せにしてくれる人が時期に現れる。

 私は彼の頬にそっと口づけをした。彼が幸せになれるようにという願いを込めて。

「女神様ももしかしてそういう感じなのかしら?」

 背後から唐突に声をかけられた。完全に油断をしていた。

「今さっきキスしてたわよね?」

「ジュリさん、見てたのですか……。入ってきたのなら声をかけてくださいよ……」

「女神様があまりにも美しかったから邪魔をしたくなかったのよ」

「そうだったのですか……」

「それで?女神様も彼の事が好きなんでしょ?」

「私のこれは好きとは少し違うと思います。ただ、彼には幸せになってもらえればと思っています」

「女神様はなんでそこまで彼を想うの?ただの女神が一人の人をそこまで思う理由がないわ」

「……ジュリさんは彼の事をどれくらい知っていますか?」

「私は彼が転生したってことだけしか知らないわ。それは私に限ったことだけじゃないと思う」

「……私は彼の過去を知っています。それを知っているからこそ幸せになって欲しいと願うのです」

 それきりジュリさんは喋ることはなかった。ただ、私と彼を1回見て俯いただけだった。そして、そのまま部屋を出ていこうとする。

 部屋を出ていく際にようやくジュリさんが話した。

「彼のその過去は直接聞いた方がいいわよね」

「はい。彼を待っていてあげてください。いつか皆さんに話せるようになるはずですから」

「分かったわ。それじゃ私は皆の所に戻るわ」

「私ももう少ししたら皆さんの元へ行きます」

 ジュリさんは1回頷いて、そのまま出ていった。

 私も彼の頬を撫でから、ジュリさんを追いかけるようにして、部屋をあとにした。


◇◆◇◆◇


 次の日の朝。

 なんだか妙に目覚めがよかった。元気100倍になった気分。

 まぁそんな冗談はおいといて、とりあえずこれからどうするか決めないとな。タクマ達も決めたみたいだし。

 と言っても俺達の次の目的は帝都で開催される武道会に参加することなんだがな。あと3週間位で始まるはず。事前に参加登録しといた方がいいだろうし早めに帝都に着いておきたいところだ。

 ちょっと皆にも聞いておかないと。都合が悪いとかあるかもしれないしな。

 俺は魔王城を歩き回り、皆を探した。途中から女神が付いてきて、話がややこしくなったりしたが、まぁそれはいつもの事だ。たいして変わらん。それに慣れてる俺も俺なのだがな……。

 そして、皆に帝都に向かうと言ったところ、ふたつ返事で了解が得られた。皆はもともと、俺が起きたら少し休んで帝都に行くつもりだったらしい。

 帝都に向かうとなると、魔王様とミルにはしばらく会えなくなる。ミルは魔王様に会わせるために仲間にしたようなものだし、ミル自身も魔王様に会いたがってた。ここでお別れだろう……。

 俺は帝都に向かう趣旨を魔王様に話した。それを聞いた魔王様はお礼に帝都に転送するよと言ってくれた。

 俺達はそれならと今日の内に帝都に向かう事にした。

 魔王城での最後の食事をとり、タクマ達に別れの言葉を告げ、そして別れの時間がやってきた。

俺、ゼロ、レン、ジュリ、リン、それと女神が横一列に並び、眼の前に魔王様とミルが立っている。

「魔王様。色々お世話になりました。ありがとうございます」

「お礼を言うのはこっちの方だよ。君達は赤の他人だったはずの私の為に、自分を犠牲にしてでも勇者を止めてくれた。感謝してもしきれないよ」

「俺はただ、勇者にやられただけですけど、そう言ってもらえると気が楽になります」

 皆も俺の言葉に頷く。

「ミルも勇者との戦いで随分頑張ってくれました。俺達が帝都に行ったあとでもいいので目一杯褒めてやってください」

 俺はミルの方を見て魔王様にそう言った。その時のミルは悲しそうな顔をして口を噤み、片手を胸のところで強く握り、もう片方は魔王様の服を掴んでいた。

 そんな姿を見た俺は、ミルと過ごした日々を思い出していた。

 出会った頃はまだ真面目だったはずなのにいつしか一番頭がぶっ飛んでしまっていたり、極度の負けず嫌いで、俺と戦って負け時に本気で悔しそうにしていたり。勇者との戦いでも唯一、一人で勇者に立ち向かって行ったと聞いた。

 でも俺の中で一番印象深いのはなんと言っても大食いだろう。

 アルーロスの街であった祭りで大食い選手権に出て、ゼロを差し置いて1位を取ってきた事を今でも覚えている。それからというもの、食事の時は大食いの勝負をゼロとやっていて、全戦全勝していた。

 そんなミルとの出会いは偶然なもので、何か一つが欠けていたら出会わなかっただろうと思う。旅の途中は、いつも笑い笑わせ俺達の雰囲気を良くしてくれていた。ミルの心の底からの笑顔は一生忘れないだろう。

「お前達は何も言わなくていいのか?」

「私達は既に済ませてあるわ。別れるのは悲しかったけれど、もう大丈夫よ」

「そうか……」

 皆の表情も悲しそうなものだった。中でもリンは今に泣き出しそうだった。

「君達に私から1つだけお願いしたい事があるんだけどいいかい?」

 そんな時、魔王様にそう言われた。

 一体魔王様の願い事とは何なのだろうか。

「はい。俺達に出来ることであればですが」

「それなら大丈夫だよ」

 そう言った魔王様は微笑んだ。その微笑みは魔王である時のものではなく、いつしか見たあの父親の時のものだった。

「君達の旅にミルも連れて行って欲しいんだ。ミルには時期に魔王になってもらうつもりでいるし、その為の力をつけてもらわないといけないからね。それなら君達と旅をした方がいいだろう?」

 なるほど。そういう事か。魔王様も素直じゃないがミルの為にしてあげたいことだって言う事がよくわかる。

「パ、パパ…!」

「ミルはどうだい?皆と一緒に旅をする気はないかい?」

 魔王様は少し意地の悪い、されど確かな親心を見せてそうミルに問いかける。

「あたしも行きたい…!皆と一緒に笑ったり、遊んだり、もっと色んな事をやりたい…!」

 ミルの心の奥に留めていたものが全てそこにあったような気がする。それは魔王様のほうが感じ取れているだろう。

「君達はどうだい?ミルを連れて行ってくれるかい?」

 この人は分かっているくせに聞いてくるもんな。

 だがそこに、一切不快感は無い。それどころか魔王様の優しさというものが感じ取れる。

「当然ですよ。皆もだろ?」

「当たり前よ」

「ミルとまた勝負できるのー!」

「ミル様がいないとなんか落ち着きませんしね」

「ぐすっ……また一緒に旅ができるのがうれしいです……!」

 女神はその光景を優しそうな目で見ていた。その目の端には何か光るものがあったような気がした。

「それじゃあミルをよろしく頼むよ」

「はい。任せてください」

 魔王様はミルの背中を押して俺達の方に連れてくる。

「パパ……。偶に帰ってくる。その時はよろしく」

「楽しみに待ってるよ。いってらっしゃい」

「いってきます」

 それは家族の美しい形の用で、とても暖かな気持ちになった。

「それじゃ君達を帝都に送るよ」

「お願いします」

「……転送!」

 そして、俺達は魔王城を去った。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品