結末のわからない恋の物語

出雲沙之介

All I wont for Christmas is You

翌日、職場で顔を合わせた里香ちゃんは、どこかよそよそしいというか、あまり目を合わせてくれませんでした。

原因は、昨日のLINEでのやり取りでしょう。

私は、昨日のそれではっきりと2人の温度差を感じてしまいました。



『冷静だね』



彼女は私にそう言いました。

私としては、私たちの関係上、冷静でいることは必要なことだと思っています。

燃え上がってしまえば、必ず破滅を迎えます。

破局ではないです、破滅です。

冷静さを失い、燃え上がってしまうと周りが見えなくなるでしょう。
周りが見えなくなると、どこかで誰かの知るところとなり、それがいつか互いのパートナーの耳に入れば、今の家族はもちろん、親兄弟にまで影響は広がります。

そうやって周りの多くの人を巻き込み、取り返しのつかない大きな大きな破滅を迎えます。

だから、冷静でいなくてはいけない。

こういう恋愛をするなら、必須条件だと思っていますし、里香ちゃんも考えているものだと思っていました。

しかし、昨晩の彼女は、お酒に任せ取り乱し、自らの欲求に負けそうというか、負のスパイラルへと墜ちていました。

結果的には、私の冷静さが彼女を負のスパイラルから引き上げたのだろうと思いますけど、それは良かったことなのか、私には判断が付きません。

現に、今日の彼女には今までにない距離を感じます。

このまま2人の関係が終わってしまうのか…

「そんなの嫌だ!!」と言う自分と

「それはそれでしょうがない」と言う自分とが

天使と悪魔のように脳内で戦い続けています。

特に今は時期が悪いです。



「店長、こんな感じでどうですか?」

シーズン物のコーナーの飾り付けをしている山口くんが私を呼んで、赤、白、緑をメインに拵えられた、薄い黄金色の文字が輝く飾り付けを見せます。

「お、流石山口くん!!素晴らしいね」

ハロウィンも終わると、まだ11月も始まりまったばかりだというのに、ショッピングモール内の各テナントが、クリスマスカラーに彩られていきます。

日本人て何かにつけてイベントが好きなんですよね。

私が学生の頃バイトしてたお店では、10月11月と言えば紅葉や毬栗など、秋の風景を感じる飾り付けをしたもんですが、ずいぶん変わりましたね。

あの頃はハロウィンなんていうのは欧米の風習で、日本人には馴染みのないイベントでした。

クリスマスも、12月に入る頃から飾り付けをしていたように思います。

最近は、夏の終わりからハロウィンが始まり、クリスマス、年末年始、バレンタイン、ひな祭り、イースターときて、新年度、GW、そして夏休みからのまたハロウィンと、ほとんど止め処なく何かのイベントに乗っかっているような気がします。

で、今はクリスマスに向かって色々と準備が進んでいます。

もちろん飾り付けだけでなく、商品もクリスマス関連の物が、シーズン物のコーナーだけでなく、店舗の大半を占めています。

そしてクリスマスと言えば、本家キリスト教圏では家族で過ごす日といいますが、日本では恋人たちのためのイベントです。断言してしまっていいと思います。

あ、子供たちも楽しみにしていますね。恋人たちと子供たちのためのイベントですね、日本のクリスマスは。

まぁ、アメリカでも歌姫的な歌手が歌う『クリスマスに欲しいのはあなただけ』という意味の歌が、クリスマスの定番になっているなど、恋人同士で過ごす日という認識も強いように思いますがね、私は。

そして私も、クリスマスは恋人と過ごしたいと強く思っています。

恋人?愛人では?というツッコミは無しでお願いします。

そういうとこ、気にするんです。

まぁ、里香ちゃんとはちゃんと付き合っているのかどうかもはっきりしていませんが。

だからこそ、今のこの状況…里香ちゃんがなかなか目を合わせてくれない、なんとなく冷たい雰囲気…はとても悩むのです。

流石に12月24日の夜は会えないので、その2日前に忘年会という事にして2人で会う予定です。

まだ1ヶ月以上先ですが、今のこの状態が長引くとどうなってしまうか…

せっかく楽しみにしているクリスマスデートが憧れのまま消えてしまうのか…

そんなことばかり考えています。





『今日、なんか全然目を合わせてくれなかったから寂しかったぞ( ̄ε ̄)
ちょっとすねてkururiの中に引きこもっちゃったじゃないか』

『そんだけー( ̄▽ ̄)
意外と寂しがり屋なんだぞとお伝えしたかっただけでございます(´ω` )
お仕事お疲れ様でした』



休憩時間、あまりにも里香ちゃんと目が合わないし、妙に雰囲気が気まずいしで、ついついLINEしてしまいました。

仕事終わりに見るだろう想定ですので、お疲れ様の一言も忘れずに。

そして、こんなフォローするようなことしているということは、やっぱり私は里香ちゃんと離れたくないんだなーと、痛感してしまいました。

何が冷静ですか。冷静なフリしてるだけですよ。

ただいろいろ気にしすぎて、熱くなり方を忘れてしまっているだけです。

今日は気まずいので、あまり表に出ずに中で仕事をしていましたし、こんなLINEでも送っておけば、『冷静に見えるかもしれないけどけっこう感情的になるんだぞ』とアピールできるでしょう。

ああ、なんかこういう打算的なところが、そう見えるんですかねー。

打算的…恋愛においてはどうなんでしょう?あるていどの駆け引きは必要かもしれませんが、あまり考えすぎると恋愛を楽しめなくなるというか、自分が何をやっているのかよくわからなくなりそうな気がしますね。

感情をストレートにぶつけられるような恋愛がしたいですねー。




休憩から戻っても、『melt』と『kururi』のわずか数メートルの間が、いつも以上に遠く感じます。

ま、そりゃそうですよね。仕事中に携帯は見れませんから、さっきのLINEにだって、里香ちゃんは仕事が終わらないと気付くこともないんですから。

だから私は、また奥の方へ引きこもって仕事をしていました。

流石にこの時は、マリちゃんや他のスタッフの視線を気にする余裕はなかったです。





『お疲れ様です。 
私もチラチラ見てたよ(ハート)
あまり目が合わなかったねー 
でも今日は真顔で見てたかもしれない、色々考えごとしてました。 
ごめんね(´・ω・`)』



仕事が終わって携帯を見ると、里香ちゃんから返事が来ていました。

文面の雰囲気から、とりあえず気まずい壁は無くなったかなと思います。

ま、なんだかんだ二人とも大人ですからね。そこはそれなりに上手くできてしまうのでしょう。

壁が無くなったところで、お調子者の私はハートマークだらけの文を送りたいと思ってしまうところですが、この時間はお家に旦那さんもいるので、LINEは禁止です。



はぁ、切ない…。

本当に、切ない恋をしていると思います。

なんていうんでしょうか、お互い想い合っていて、それをお互い知っているのに、まるで片想いのような感覚。

決っしてゴールへ向かうことを求めてはいけない関係が、恋愛として深く踏み込んではいけないという概念を生み出しているが故に、互いに一歩引いてしまっているからなのか

それとも、恋愛に対する経験の少なさから、自信を持てないからか。

私は、子供の頃は少し体の弱い子でした。季節の変わり目には必ず体調を崩し、運動会やマラソン大会なんかは恥を晒すだけのつまらないものでした。

小学生の男子の人気要素といえば、スポーツが得意か面白いかの二択でしょう。そこにイケメンが揃って初めて、2月14日の朝に下駄箱や机の中にチョコレートが入っているという事件が起きます。

もちろん、私はそんな事件の当事者になることはありません。

運動もできない、人気者にもなれない、おまけに学力も最底辺とくれば、自分に自信を持つなんてことはできなくなります。

そして周りには似たような男友達が集まるようになり、女の子はどんどん遠い存在になっていき、次第に会話すらしなくなります。

そして、身近に接する異性は少年漫画の中に描かれるヒロインぐらいになり、現実の女の子とのギャップに更に打ちひしがられることになります。

そうやって育まれた男心はしっかりと精神にこびりつき、こうして恋愛の邪魔をして来るのです。



そう思いつつも、とりあえずは気まずい雰囲気がなくなり、これでクリスマスのデートは大丈夫かなと安堵しました。

里香ちゃんはお酒が好きらしく、デートは飲み会からの予定です。

時折、酔っ払ってデレメールしてくる里香ちゃんですので、一緒に飲んで酔っ払った里香ちゃんを妄想するだけで、どちらかというと下心から湧き上がってくるニヤケが浮かびます。

近場のちょっとしたイルミネーションスポットをネットで調べてみたり、飲み屋からそこまでの電車移動の時間を調べたり、やったことのない飲み屋のネット予約なんかしてみたり…デートプランを考えているだけで本当に楽しくなります。

イルミネーションの中を、手を繋ぎ寄り添い歩く2人の姿を想い浮かべていると、世界的に有名なあのクリスマスソングが脳内BGMで流れてきます。



クリスマスに欲しいのはあなただけ



クリスマスその日では無いとしても、私と里香ちゃんにとってのクリスマスは、飲み会を企画したその日です。

聖なる夜の前倒し。

それでも、こんな関係の2人には贅沢すぎることだと思っています。

彼女と触れ合えある距離にいること

それが、今は1番幸せに感じます。



まだほんの少し複雑な気分は残っていますが、それでもだいぶ落ち着くことができて、そのまま眠りにつきました。

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