結末のわからない恋の物語

出雲沙之介

まるで初恋

【結末のない恋の物語】④

【まるで初恋】

「店長、寝不足ですか?」

開店作業をしながら大きなあくびをした私に、数少ない男性スタッフの山口君が心配そうに声をかけてくれました。

「どうせ変なこと考えてて寝れなかったんじゃないですか」

「マリちゃん、最近店長に厳しくない?」

私が山口君に答えるより先に、マリちゃんの辛辣なツッコミが飛んできました。

そしてマリちゃんのツッコミに私が反応する前に、山口君がマリちゃんにツッコみます。

「別に、そんなことないですよ」

山口君はマリちゃんより5つぐらい歳上のアラサー男子。

まだ独身ですが、最近彼女ができたとかできないとか、若者たちの噂話が耳に入ってきています。

昨夜は里香ちゃんとのことを思い出しては悶々としてしまい全く眠れず、今朝は酷い寝不足です。

とりあえず朝一番、せっかく連絡先を交換したので、里香ちゃんにLINEを送りました。

お疲れ様です
昨日はどーもでした。
またいろいろお話お聞かせください。
ではでは。

という、なんとも社交辞令溢れる内容です。

彼女にも旦那さんがいるので、万が一見られても疑われることのない内容にしておきました。

彼女もわかってくれたようで、当たり障りのない返答でした。

いやはやしかし

まさか自分がこんなことになるなんて、思いもよりませんでした。

来年40歳ですよ。

同世代の話題といえば、腰痛にいいのはマッサージか整体どっちかとか、母親が最近ボケてきたとか、薄毛が気になるとか、誰それが脳梗塞で入院しただとか

そんなことばかりです。

少しでも色気のある話があるとすれば、だいたい飲み屋の女の話ですかね。

独身者やバツイチも周りに多いですが、『恋』なんて単語はまず出てきません。

まぁ、私も厳密にいえば『恋愛』ではなく『不倫』や『浮気』になるのでしょうが。

そんなことを考えていたら、いつの間にか自然にオープン前の店頭に立っていました。

『melt』は今日も別の人が店頭にいますが、店の奥に里香ちゃんを見つけました。

私と目が合うと、里香ちゃんは可愛く小首を傾げる仕草をしてくれます。

私も、首のストレッチをするフリをして、それに応えます。

たったそれだけのやりとりが、昨日までよりも何倍も幸せに感じます。

仕事中も、何かと店頭に出ては里香ちゃんを探し、目が合えば何かしらサインを送り合います。

それだけで、相思相愛を感じて舞い上がってしまいます。

マリちゃんにニヤケ顔を見られないように気を付けながら、その幸せを堪能していました。

大型ショッピングモールと言えど、人通りが少なくなる時間もあります。

そんな時間を狙って、朝一のように店頭に立っていると、里香ちゃんも私に気付いて表の方へ出て来ます。

そして誰も見ていないことを確認すると、おもむろに手でハートマークを作るもんですから、私は思わず吹き出してしまい、一旦店内へ逃げ込みました。

そしてまた店頭へ出て、こちらもハートマークでレスポンスしてやろうと思いましたが、お客様が歩いて来たのでやめました。



本当に幸せな1日でしたが、夕方を過ぎて里香ちゃんが帰る時間になり、また店頭に立って見送ると、途端に寂しさが押し寄せて来ます。

これもまた想像以上でした。

中学生の時、初めて失恋した時の感覚みたいでした。

ため息が出て、しばらく何も手につかず、ボーッとしていました。

「店長、ちょっといいっすか?」

山口君の呼ぶ声に我に返り、なんとか仕事に戻りましたが、気持ちはどーんと沈んだままでした。

けど、仕事終わりが近づいて来ると、また明日会えるという希望が湧いて来て、少し元気になれました。



翌朝

昨日のことを思い出すと、明らかに『失態』です。

舞い上がっていたことも、里香ちゃんが帰ってから魂が抜けたようにボーッとしていたことも

『店長』という立場にあるまじきことです。

いわゆる、『プライベートを仕事に持ち込む』ことをしていました。

濃いメイクをした女芸人扮するキャリアウーマンに「気になる娘がいて仕事が手につかない?」と怒られそうです。

今日は出来るだけ里香ちゃんに接しないようにしよう。

そう決めました。

昨日のLINEの社交辞令溢れる内容を理解してくれた里香ちゃんなら、たぶん察してくれるでしょう。

今日はほとんど店頭に立たず、仕事に集中しました。

幸いお客様の流れもコンスタントにあり、暇をもてあますことがあまりありませんでした。

流れで店頭に出ることも数回ありました。その度に、視界の端に里香ちゃんを確認しましたが、そっちを見ることはせず、まるで無視するかのようにサッと店内に入りました。



里香ちゃんのあがり時間になり、さりげなく…本当に何の気なしに店頭に出た時です。

里香ちゃんも、店頭近くの商品棚を整理していて、目が合いました。

お互いにニッコリ微笑み合いました。

「一昨日は、全然眠れなくて昨日は寝不足で大変だったよ」

自然に言葉が出てきました。

いや、この状況は『出てきてしまった』と言った方が適切かもしれません。

村上さんに注意されて以来、挨拶以外で初めて店頭で話しました。

本当はダメなやつです。

「そうなんですか?今日は大丈夫だったんですか?」

「うん、今日は大丈夫」

「そっか。なんで寝不足だったんですか?」

分かりきったことを聞くんじゃない!と思いました。

「すごくね、いろいろ考えちゃって。最近大変なの」

「そうなんですね」

ここで、会話が止まります。

たぶんお互いに、店頭での私語禁止を意識したのだと思います。

ただ、視線は見つめ合ったまま、首を傾けたり、微笑み合ったり、意味のない…強いて言えばお互いに相手に対し「好き」と伝わるサインを送り合います。

「藤井さん」

「はーい」

『melt』の奥から他の店員さんが里香ちゃんを呼び、里香ちゃんは声を出さずに「バイバイ」と口パクして奥に入って行きました。

やばい

これはやばい

幸せすぎて死ねる(笑)

まるで付き合い始めの中学生ですよ、これは。

初恋ですよ、まるで。

このドキドキは、何十年ぶりでしょう。



そのまま時間が過ぎ、里香ちゃんが帰って行く時、私は店内で作業をしていて挨拶できませんでした。

けど、これはわざとそうしました。

今日1日、里香ちゃんを無視するような行動を取った後、里香ちゃんの反応が強くなっていました。

以前、暇つぶしにネットサーフィンしていた時に見つけた記事で、モテる男の秘訣を読んでいた時です。

私には『モテる』という現象は無縁だと思っていたので、こんな記事読んでも意味がないと思っていました。

しかし、その記事には今までに見た類似するタイトルのものとは全く異なることが書いてあったのです。

それは『ネグる』という言葉でした。

育児放棄などを意味する『ネグレクト』の『ネグ』です。

意味的には『無視する』『放置する』といった行動を指します。

今日、ふと思い出してなんとなくやってみました。

モテない私にしてみれば、無視すれば100%嫌われると考えてしまいます。

けれど、少しでも好意を持っている相手ならば、高確率でこちらに対する気持ちが増すと言います。

細かいことは他にもありましたが、とにかくやってみました。

その結果…かどうかはまだわかりませんが、里香ちゃんのこちらに対する言動から、気持ちというかなんか…好き好きアピール?

そういうのが強くなったように感じました。

そんなわけで、最後はあえて顔を合わせずに今日を終わらせてみました。

明日が楽しみです。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品