結末のわからない恋の物語

出雲沙之介

里香さん

さて、どこからお話ししましょうか。

まずは私という人物の紹介からさせて頂きましょうか。

私は、大型ショッピングモールのテナント雑貨屋『kururi』で雇われ店長をやっている、まぁ何処にでもいるような平々凡々な男です。

歳は39歳。妻子があり娘2人は中2と小6。

娘たちの成長とともに、だんだん家にお父さんの居場所がなくなって来ています(笑)

幸せかどうかはわかりませんが、まあ現代の家庭としては平和な方じゃないでしょうか。

現在の店舗では、オープニングから勤めて丸3年。

2年目から店長として働いています。

オープニングから一緒に店を作ってきた最初の店長は本社勤務になり、マネージャーとして月に数回顔を出します。

『kururi』の隣に、30〜40代の大人女子向けのアパレル店『melt』があります。

この春、その『melt』に新人の店員さんが入ってきました。

名前は藤井里香さん。あとで30代と知るんですが、入ってきた時のイメージは25歳ぐらいで、可愛らしい方です。

後に彼女と恋に落ちてしまうんですが…またその話は順を追って話して行きましょうか。

隣の店舗と言っても、『kururi』と『melt』は90度で斜めに向き合うような配置になっているので、お互いが店頭に立っているとよく目が合います。

また、『kururi』は雑貨屋なので、店頭には目立つ商品を置いて、中の方は入って見ないとわからない…逆に言えば、他にどんな商品があるんだろう?って興味を持って店内に足を踏み入れていただくレイアウトになっていますが

お隣の『melt』では、表から店内の奥まで割とよく見えますので、こちらで店頭の商品を整えながらふと『melt』の方を見ると藤井里香さんがくるくるとよく動いているのがみえるので、里香さんの最初の印象は、働き者だなーという感じでした。



ショッピングモールは、9時に開店しますが、当然その時間にお客様はテナントにはいらっしゃいません。

9時にオープンしたショッピングモールのゲートを入り、テナントにやってくるまでには数分のタイムラグがあります。

その間、我々テナントスタッフは雑務を続けていたり、店頭に立ってお客様にお声掛けをいたします。

『kururi』では、手が空いている人がランダムで店頭に立ちますが、『melt』はどうやらそれは新人の仕事のようで、よく里香さんが立っていました。

なのでよく顔を合わせ、挨拶を交わしたりしていましたが、お互い同じ『藤井』だと知ると、里香さんの方から

「なんだか親近感がありますね(笑)」

と言ってくださいました。

それから、里香さんの方から少しずつ話しかけてくるようになり、私も打ち解けてちょっとした雑談をするようになりました。

「店長さんの声って癒されますね」

ある時、里香さんにそう言われました。

よく言われます。そして、そう言ってくださる方は、少なからず好意を持ってくださることが多かったので、里香さんも私に対し好意を持ってくれているのだなと思いました。

あ、もちろんここで言う『好意』とは、恋愛感情という意味ではありませんよ。純粋に人としてプラスイメージで受け入れてくれているということです。

ですがお調子者の私は、好意を持ってくださっているとわかると、途端に壁を外してしまう癖があります。

最初は『藤井さん』と呼んでいたのですが、よく話すようになったのと、お互い『藤井さん』ではなんだか面倒な気がしたので、『里香さん』と呼ぶようになりました。

里香さんの方は『店長さん』や『藤井店長』と呼んでくれていました。

里香さんは、髪型や眉毛の形などすごく細かい変化に気づいてはじっと見てくるようなり、なんだか凄く照れ臭くなってきました。

離れて立っていても、目が合うとにっこり笑ってしばらく見てきましたし、小さく手を振ったり小首を傾げたり、もしかしてこの人はLIKEではなくLOVEなんじゃないか?と私が疑うようになりました。

ですが、話をする中で互いに既婚者だとわかり、ただ私がからかわれているだけなのだろうと自己完結していました。

なので、ちょっとやりかえしてやろうとイタズラ心で、たまにこちらからじっと見つめ返して見ると、凄く照れ臭そうに顔を伏せ、店内に駆け込んで行っては、こっちをチラチラ見ながらまた出てきたり、とても楽しそうでした。

そんなこともあり、いつのまにか『里香さん』から『里香ちゃん』に呼び方が変わってきました。



そんなある日のこと。

「藤井さん、お疲れっす。ちょっといいっすか?」

前店長でエリアマネージャーの村上さんがやってきました。

村上さんは、肩書きは私の上司なんですが、歳は10歳ぐらい若いので私には敬語を使って話します。

もちろん、若いからといっても上司なので、私も彼には敬語で話します。

「藤井さん、最近隣の女の子と仲良いらしいッスね」

「ああ、まぁ…」

間違いなく里香さんのことだろう。

色恋沙汰は厄介の種になるから控えてくれという話かと、私は思いました。

それならば安心してください、私と藤井里香さんはそういう関係ではありませんから。

そう言おうとしたら、村上さんの方が先に口を開きました。

「私語ダメって、知ってますよね」

少し、村上さんの口調が強くなったのがわかりました。

「ああ、はい。すいません」

私の『ああ』は、『そっちか!!』の『ああ』だったんですが、村上さんにはどう聞こえたかはわかりません。

「他テナントのスタッフとのフロアでの私語は、テナント評価のマイナスになります。かなり厳しいです。しかも店長がそれをやっているっていうのは他のスタッフにも示しがつかなくなります。来期の更新で撤退させられたら、藤井さんのせいですからね」

こっ酷く釘を刺され、その後の売り上げチェックやクレーム報告、お客様のご意見や新商品に対する相談も、どこか私は身が入らず、村上さんも終始いつもより厳しい感じでした。

「じゃあ藤井さん、頼みますよ」

最後にいろんな意味を含めたであろう『頼みますよ』を言って、村上さんは帰って行きました。

いやいや、軽率でしたね。

そうでした。フロアでの他テナントのスタッフさんと喋ってはいけないんでした。

軽い挨拶だったつもりが、いつの間にか里香さんのペースにつられ、お喋りしてしまっていたことに、今更ながら気付き反省しています。

いや、里香さんのペースにつられっていうのは、里香さんのせいにしてしまっていますね。

実際にお喋りしていた当事者は私なんですから。

しかし、そんなことを言われた後でも、私はどうやらあまり反省していなかったようです。

なぜなら、お喋りしないように気を付けようということよりも、明日から突然話さなくなったら里香さんはどう思うのだろうと考えていました。

気が付くとずいぶん仲良くなっていました。下手すると『kururi』のスタッフよりも仲良しかもしれません。

突然話さなくなったら、里香さんは私に嫌われたかと思って傷つけてしまうんじゃないか。

急に素っ気なくなった私に、変な不信感を持って私を嫌ってしまうんじゃないか。

そんなことばかり考えていました。



翌日、私はいつものように早めに開店準備を済ませると、店頭に立ちました。

そこでも気付きます。

そういえば最近、ずっと私が朝の店頭をやっていることに。

もうこれは、里香さんと話したいがためだと思われても、何の言い訳もできないですね。

何か適当にやることを見つけて、他のスタッフに代わってもらおう。

そう思い踵を返した時、隣の『melt』からスタッフさんが出てくるのが見え、私は明らかに何かを意識している動作でそちらを振り向きました。

里香さんではありませんでした。小柄な里香さんよりも背の高い、少し前からいるスタッフさんで、私の顔を見ると軽く会釈して、目の合わない位置で立っていました。

なるほど、あちらの店長さんの判断でしょうか、確かにそれが正解です。

私も店内に入り、別のスタッフに代わってもらうよう声を掛け、商品のチェックなどをしていました。

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