クリフエッジシリーズ第四部:「激闘! ラスール軍港」
第十八話
宇宙歴四五一九年十二月二十八日
アルビオン王国軍第一艦隊第一特務戦隊、通称王太子護衛戦隊とスヴァローグ帝国軍の外交使節戦隊はシャーリア星系第四惑星の衛星軌道上で激しく戦っていた。
当初は帝国側が二倍以上の戦力を有し、圧倒的に有利であったが、クリフォード・コリングウッド中佐の活躍により、その戦力差は逆転している。
現状ではアルビオン側が軽巡航艦デューク・オブ・エジンバラ5号(DOE5)とS級駆逐艦シャーク123号が健在で、更にS級駆逐艦シレイピス545号が中破ながらも戦闘力を維持している。
一方、帝国側は軽巡航艦シポーラとスループ艦二隻であり、実質的な戦力は軽巡航艦のみだ。
しかし、アルビオン側にも懸念材料はあった。
それはシポーラが大型ステルスミサイル“影”を温存したままであるということだ。この大型ミサイルが直撃すれば、軽巡航艦といえども一瞬にして轟沈するため、油断できない。
それでもアルビオン側が有利であることに変わりはない。クリフォードはこの機にシポーラに集中的に砲撃を加え、一気に決着をつけるつもりでいた。
「シレイピスも砲撃に加われ! シャークはDOE5に続け!」
常に冷静な指揮を執る彼にしては珍しく、強い口調で命令を発する。
情報士のクリスティーナ・オハラ大尉から、「シャークのラブレース艦長から連絡が入っています」と伝えられる。
クリフォードとしては時間を無駄にしたくないが、何かトラブルでも起きたのかと思い、すぐに回線を繋ぐ。
すると、興奮しているのか、上気した顔のイライザ・ラブレース少佐が指揮官用コンソールのスクリーンに現れた。
「シャークに敵側面を突く許可をお願いします! 敵が混乱している今がチャンスです!」
彼女は敵が単独になったことから、シャークをシポーラの側方に移動させ、敵の防御スクリーンを分散させる作戦を提案してきた。
二隻で一方向から攻撃するより、二方向から攻撃した方が防御スクリーンの能力は格段に落ちる。
常識的な戦術ではあるが、クリフォードは即座に却下した。
「駄目だ。戦力を分散させれば、敵ミサイルの迎撃が難しくなる。このまま押し切る。それでこちらの勝利は揺るがない」
クリフォードは敵ミサイルを警戒し、迎撃用の対宙レーザーの数を減らすことを嫌った。
シレイピスを含め、三隻の対宙レーザーがあれば、対消滅炉の停止や戦術系システムの異常などの不測の事態が起こっても、ミサイルに充分対応できる。
彼はこれ以上の犠牲を出すことなく、勝利できると確信していた。
しかし、ラブレースは納得しなかった。そして更に強く主張する。
「それでは時間が掛かりすぎます! ラスール軍港が制圧されれば王太子殿下の身が危険にさらされます! それにこの距離なら、DOE5だけでもミサイルの迎撃は可能です! ぜひ、許可を!」
クリフォードも彼女の言わんとすることは理解できたが、それでも考えは変えなかった。
「いくら言っても、答えはノーだ、艦長。今は議論している時ではない。艦の指揮に専念してくれ」
この時、彼は敵の反撃が単調であることに何か理由があるのではないかと疑っており、そのため、戦力の分散を嫌ったのだが、その理由が自分でも明確ではなく、ラブレースに明確に説明できなかった。
また、宇宙港の制圧には少なくとも、あと一時間は掛かる。近距離での砲撃戦である、この戦闘がそこまで長引くことはありえない。
ラブレースはクリフォードを睨みつける。
「了解しました。議論の時間はありませんので、指揮官としての責務を果たします」
それだけ言うと一方的に通信を切った。
この時、彼女は焦りを感じていた。
ライバル視しているシレイピスの艦長シャーリーン・コベット少佐がミサイル攻撃で敵駆逐艦一隻を沈め、更に損傷した艦の主砲でもう一撃の駆逐艦を沈めている。そのため、自分も武勲を挙げねばと焦っていたのだ。
(あの高慢なコベットが武勲を挙げた。それに引き換え、シャークは敵を一隻も沈めていない。放っておいても勝利は間違いないわ。今残っている“獲物”は軽巡航艦だけ。幸い、帝国の軽巡航艦の側面スクリーンならシャークの主砲でも充分に貫ける。DOE5が敵を釘付けにしている間に私が止めを刺してあげるわ)
ラブレースはシポーラがシャークを攻撃する可能性は低く、艦尾追撃砲の射角に入りさえしなければ、危険はないと考えていた。
彼女の認識は強ち間違っていない。同級の艦同士が正面から打ち合っている時に、艦首を振って側面を晒すとは考え難く、更にこれだけ接近していれば、DOE5から離れる時間も短く済むため、自艦が攻撃を受ける可能性は少ないはずだった。
ラブレースはクリフォードの命令を無視する形で加速を命じた。
「最大加速で敵の側面を突くわよ! 一番美味しいところシャークがもらうわ! ミサイルとスループ艦には注意しておきなさい!」
明確な命令違反だが、戦場での指揮官の判断であり、戦果さえ上げれば問題視されることはないと高を括っていた。
彼女は高揚した気分で、次々と命令を下していく。
<a href="//7896.mitemin.net/i263886/" target="_blank"><img src="//7896.mitemin.net/userpageimage/viewimagebig/icode/i263886/" alt="挿絵(By みてみん)" border="0"></a>
「シャーク加速開始! 敵艦の右舷を狙うようです! クソ! 美味しいところを持っていくつもりよ!」
DOE5のCICで、シャークが加速したことが報告された。戦術士のベリンダ・ターヴェイ少佐はシャークが自分たちを囮にし、戦果を上げようとしていることに怒りの声を上げる。また、他のCIC要員たちもその身勝手さに怒りを覚えている。
クリフォードは明らかな命令違反に内心では激怒していた。
(あのまま攻撃を加えていれば勝てたはずだ! 敵からの砲撃を嫌ったのか?)
彼にはラブレースが功名心に逸ったという認識はなく、敵艦からの砲撃がシャークを狙う可能性を嫌ったのではないかと考えた。
彼は航宙日誌にシャーク123号が指揮官の命令を無視し持ち場を離れたと記載する。
「シャークのことは気にするな。自分の責務を果たせばいい」
彼の落ち着いた声で、CIC内の動揺は収まっていった。
シャークが離脱したことにより、DOE5に砲撃が集中するが、防御力重視の艦は問題なく持ち堪えている。そして、シャークはラブレースの思惑通り、シポーラの側面を狙える位置に付くことができた。
■■■
スヴァローグ帝国軍の軽巡航艦シポーラでは、艦長であるニカ・ドゥルノヴォ大佐が部下たちに冷静かつ的確な指示を与えていた。
それにより圧倒的に不利な状況であるにも関わらず、致命的な損傷を受けないまま、ゆっくりと後退している。
この機動によりシポーラは大破し漂流している駆逐艦ヴァローナをDOE5との間にいれることに成功した。
しかし、敵駆逐艦シャークが側面に回る機動を開始すると、悲観的な雰囲気がCICを支配する。
司令官であるセルゲイ・アルダーノフ少将はシャーリア法国の首脳を恫喝していたが、CICの雰囲気に気づき、ドゥルノヴォに声を掛ける。
「不味いのではないか、艦長」
ドゥルノヴォはその雰囲気を吹き飛ばすかのように「いいえ、これで勝てます!」と力強い声で答える。
「敵はミサイルを撃ち落しにくくなったのです。敵の軽巡航艦を沈めれば、後はミサイルを撃ち尽くした駆逐艦のみ。敵は詰めを誤ったのです! 我らの勝利は確実なものとなりました!」
彼の言葉にアルダーノフだけでなく、CIC要員たちも大きく頷いていた。彼らにも自分たちが有利になったことを認識できたのだ。
「“影”発射後、ヴァローナを自爆させよ!」
ドゥルノヴォは大型ステルスミサイル“影”の発射を命じた。十本の発射管からミサイルが静かに宇宙に滑り出していく。
その直後、シポーラの前方にあるヴァローナが爆発した。
CICのメインスクリーンの光量調整が間に合わないほどの光が放出され、一瞬スクリーンがホワイトアウトした。すぐに機能は回復するが、その直後、大きな衝撃が襲う。
「デブリ多数! 防御スクリーン能力低下!」
更に大きな衝撃がCICを襲う。
「敵駆逐艦主砲直撃! 右舷第二デッキ減圧!」
「該当ブロックを放棄せよ」というドゥルノヴォの冷静な声が興奮気味のCIC要員を落ち着かせていく。
「敵軽巡航艦にミサイル命中! 訂正します。至近弾です! しかし、軽巡航艦からの攻撃は止まりました!」
戦術士官が興奮気味に報告するが、そこでもドゥルノヴォは冷静だった。DOE5は漂流しているものの、防御スクリーンが消失していなかった。瞬時にそれを見て取った彼は側面に回ったシャークを先に攻撃するよう命じた。
「駆逐艦を先に沈める! 主砲発射用意! 撃て!」
ドゥルノヴォは強いガンマ線によって混乱している今、防御力の低いシャークの方がより仕留めやすいと考えた。
六テラワットの加速された荷電粒子がシャークに襲い掛かる。
手動回避が止まり、無防備な状態になっていたシャークはその膨大なエネルギーの直撃を受けた。
シャークの防御スクリーンはシポーラの主砲に耐え切れず、その膨大な量の荷電粒子はほとんど減衰することなく、艦首部分をえぐるように溶かしていく。
爆発こそ免れたものの、シャークは攻撃力と防御力を失った。
「敵駆逐艦大破!」
「もう一隻の駆逐艦も沈めてしまえ!」
ドゥルノヴォは先にシレイピスを攻撃するよう命じた。今の速度を維持すれば、DOE5とシレイピスに挟み撃ちにされる可能性が高く、簡単に無力化できるシレイピスを狙うことにしたのだ。
シレイピスはヴァローナの爆発から離れており、混乱していなかった。
しかし、速度が遅いため数度の砲撃を回避した後、直撃を受けてしまう。シレイピスの艦首部は大きく損傷し、外部から見ても主砲が使えなくなったことは明らかだった。
<a href="//7896.mitemin.net/i263887/" target="_blank"><img src="//7896.mitemin.net/userpageimage/viewimagebig/icode/i263887/" alt="挿絵(By みてみん)" border="0"></a>
ドゥルノヴォはニヤリと歯を見せる。
「駆逐艦の主砲は潰した。これで敵軽巡航艦に集中できる! だが、油断はするな! まだ敵は反撃の機会を狙っているはずだ! スループは敵軽巡航艦の後方に向かえ!」
部下が油断しないように注意を喚起するものの、彼自身は勝利を確信していた。
(軽巡航艦は大きな損傷を受けている。この状況で攻撃してこないことがその証拠だ。だが、こちらには戦闘に支障が出るような損害はない。それに策も尽きているはずだ。一応降伏勧告をすべきか)
彼はアルダーノフに指示を仰いだ。
「我が軍の勝利は確定的です。降伏勧告を行ってはいかがでしょうか」
それに対し、アルダーノフは首を横に振る。
「王太子が亡命してきたことにしたい。敵を殲滅してくれたまえ」
ドゥルノヴォは「了解しました、閣下」と言って攻撃を命じた。
■■■
クリフォードは傷付いた艦で必死に指揮を執っている。
「損傷箇所を報告せよ! 機関長にパワープラントの状況を確認してくれ」
その指示に次々と報告が上がってくる。
「格納庫全損! 減圧継続中。Jデッキ隔離できません! Iデッキ隔離中です!」
「兵装関係、冷却系の一部に不具合はあるものの、戦闘に支障なし!」
「防御スクリーン、B系列再展開完了! A系列機能喪失! 再展開できません!」
「対消滅炉再起動シーケンス中! 現在、質量-熱量変換装置からエネルギー供給中! リアクターの再起動完了まで三十秒!」
「通常空間用航行機関再起動完了! 下部スラスター全損! Zプラス方向に機動できません!」
上がってくる報告を聞き、クリフォードは内心では安堵していた。
(敵がこちらと同じ手を使ってくるとは思わなかった。しかし、運が良かった。艦の下部でなかったら、戦闘不能に陥っていたはずだ……防御スクリーンが片系、回避機動が難しいが、敵も一隻しかいない。これなら何とかなる……)
彼は運が良かったと考えているが、軽微な損傷で済んだのは運だけが要因ではない。
敵駆逐艦ヴァローナが自爆した直後、彼はシレイピスの対宙レーザーをDOE5の人工知能に制御させ、合理的な迎撃を行っていたのだ。
この方法はジャンプポイントでのステルス機雷への対応と同じだが、咄嗟に命じたクリフォードとそれに対応したシレイピスのコベット艦長の決断力が艦を救ったのだ。
クリフォードが艦の状況を確認している間に、情報士のクリスティーナ・オハラ大尉が冷静な声で報告する。
「シャーク被弾しました。艦首損傷大。防御スクリーン消失……」
彼女を含め、CIC要員はシャークの命令無視が今回の危機を作った原因だと怒りを覚えていた。
DOE5とシレイピスの対宙レーザーで九基のミサイルを撃ち落としていた。もし、シャークの持つ対宙レーザー十基が加わっていたならば、無傷であった可能性が高い。
「シャークは独自の判断で退避せよ。リアクター再起動後、DOE5は適宜反撃しつつ、このまま加速し、敵の側面を抜ける!」
CIC要員たちはクリフォードの意図を掴みかねていたが、即座に命令を復唱し、自らの任務に集中していく。
クリフォードは指示を出したものの、明確な目的があったわけではなかった。とりあえず方針を示し、部下たちの士気を維持したに過ぎない。
「シレイピス被弾! 主砲損傷! 防御スクリーン再展開確認」
「コベット艦長より連絡です」
コベットの姿が映し出される。疲れた表情だが、未だに冷静さは失っていない。
「シレイピスへの指示をお願いします。主砲は失いましたが、艦尾迎撃砲で牽制くらいはできます」
クリフォードは即座に断った。
「申し出はありがたいが、艦尾迎撃砲では牽制にもならない。軍港か要塞に速やかに退避してほしい。あと、先ほどは助かった。艦長の判断がなければDOEは沈んでいた」
彼の言葉に「ありがとうございます。では、ご武運を」といってコベットは通信を切った。
DOE5はシポーラとすれ違った。
クリフォードは部下たちに指示を出しながらも、打開するための策を必死に考えていた。
(敵にも損傷は与えたようだが、これでほぼ互角か。しかし、時間が経てば敵は有利になっていく。これ以上、時を費やせばシャーリアの上層部も本腰を入れてくるはずだ……)
そこであることを思いつく。
(スライマーン少佐に同調する者が多かった。帝国の恫喝の事実を知っている部隊は上層部に反旗を翻していた。それを使えないか……)
彼は自らのコンソールで利用できる施設がないか確認していく。そして、使えそうな施設を見つけた。
「大至急、ハディス要塞に通信を繋げ! 高収束レーザー通信で頼む」というクリフォードの命令に即座に通信回線が開かれる。
シャーリア法国軍との通信では暗号が使えないため、敵に傍受されにくい、高収束レーザー通信を使用したのだ。
「こちらはアルビオン王国軍キャメロット第一艦隊第一特務戦隊のクリフォード・コリングウッド中佐です。国籍不明艦からの攻撃を受けております。シャーリア法国に対し、救援を要請いたします」
彼は帝国側が未だに敵味方識別装置を使用していないことに気づき、国際法に従った救援を要請した。
この時、ハディス要塞は第四惑星ジャンナの裏側にあったが、アルビオン軍、帝国軍ともにジャンナから離れたことから、攻撃が可能な位置にあった。
ハディス要塞は直径六十km、二百五十兆トンの小惑星を改造して作られたシャーリア最大の要塞で、四基の八ペタワット級動力炉と百テラワット級陽電子加速砲三百門を備えている。要塞砲の最大有効射程距離は三百門を集中運用した場合、二光分だが、単独で運用する場合でも四十光秒、千二百万キロメートルある。
シポーラはその充分過ぎる射程の内に捉えられていた。
アルビオン王国軍第一艦隊第一特務戦隊、通称王太子護衛戦隊とスヴァローグ帝国軍の外交使節戦隊はシャーリア星系第四惑星の衛星軌道上で激しく戦っていた。
当初は帝国側が二倍以上の戦力を有し、圧倒的に有利であったが、クリフォード・コリングウッド中佐の活躍により、その戦力差は逆転している。
現状ではアルビオン側が軽巡航艦デューク・オブ・エジンバラ5号(DOE5)とS級駆逐艦シャーク123号が健在で、更にS級駆逐艦シレイピス545号が中破ながらも戦闘力を維持している。
一方、帝国側は軽巡航艦シポーラとスループ艦二隻であり、実質的な戦力は軽巡航艦のみだ。
しかし、アルビオン側にも懸念材料はあった。
それはシポーラが大型ステルスミサイル“影”を温存したままであるということだ。この大型ミサイルが直撃すれば、軽巡航艦といえども一瞬にして轟沈するため、油断できない。
それでもアルビオン側が有利であることに変わりはない。クリフォードはこの機にシポーラに集中的に砲撃を加え、一気に決着をつけるつもりでいた。
「シレイピスも砲撃に加われ! シャークはDOE5に続け!」
常に冷静な指揮を執る彼にしては珍しく、強い口調で命令を発する。
情報士のクリスティーナ・オハラ大尉から、「シャークのラブレース艦長から連絡が入っています」と伝えられる。
クリフォードとしては時間を無駄にしたくないが、何かトラブルでも起きたのかと思い、すぐに回線を繋ぐ。
すると、興奮しているのか、上気した顔のイライザ・ラブレース少佐が指揮官用コンソールのスクリーンに現れた。
「シャークに敵側面を突く許可をお願いします! 敵が混乱している今がチャンスです!」
彼女は敵が単独になったことから、シャークをシポーラの側方に移動させ、敵の防御スクリーンを分散させる作戦を提案してきた。
二隻で一方向から攻撃するより、二方向から攻撃した方が防御スクリーンの能力は格段に落ちる。
常識的な戦術ではあるが、クリフォードは即座に却下した。
「駄目だ。戦力を分散させれば、敵ミサイルの迎撃が難しくなる。このまま押し切る。それでこちらの勝利は揺るがない」
クリフォードは敵ミサイルを警戒し、迎撃用の対宙レーザーの数を減らすことを嫌った。
シレイピスを含め、三隻の対宙レーザーがあれば、対消滅炉の停止や戦術系システムの異常などの不測の事態が起こっても、ミサイルに充分対応できる。
彼はこれ以上の犠牲を出すことなく、勝利できると確信していた。
しかし、ラブレースは納得しなかった。そして更に強く主張する。
「それでは時間が掛かりすぎます! ラスール軍港が制圧されれば王太子殿下の身が危険にさらされます! それにこの距離なら、DOE5だけでもミサイルの迎撃は可能です! ぜひ、許可を!」
クリフォードも彼女の言わんとすることは理解できたが、それでも考えは変えなかった。
「いくら言っても、答えはノーだ、艦長。今は議論している時ではない。艦の指揮に専念してくれ」
この時、彼は敵の反撃が単調であることに何か理由があるのではないかと疑っており、そのため、戦力の分散を嫌ったのだが、その理由が自分でも明確ではなく、ラブレースに明確に説明できなかった。
また、宇宙港の制圧には少なくとも、あと一時間は掛かる。近距離での砲撃戦である、この戦闘がそこまで長引くことはありえない。
ラブレースはクリフォードを睨みつける。
「了解しました。議論の時間はありませんので、指揮官としての責務を果たします」
それだけ言うと一方的に通信を切った。
この時、彼女は焦りを感じていた。
ライバル視しているシレイピスの艦長シャーリーン・コベット少佐がミサイル攻撃で敵駆逐艦一隻を沈め、更に損傷した艦の主砲でもう一撃の駆逐艦を沈めている。そのため、自分も武勲を挙げねばと焦っていたのだ。
(あの高慢なコベットが武勲を挙げた。それに引き換え、シャークは敵を一隻も沈めていない。放っておいても勝利は間違いないわ。今残っている“獲物”は軽巡航艦だけ。幸い、帝国の軽巡航艦の側面スクリーンならシャークの主砲でも充分に貫ける。DOE5が敵を釘付けにしている間に私が止めを刺してあげるわ)
ラブレースはシポーラがシャークを攻撃する可能性は低く、艦尾追撃砲の射角に入りさえしなければ、危険はないと考えていた。
彼女の認識は強ち間違っていない。同級の艦同士が正面から打ち合っている時に、艦首を振って側面を晒すとは考え難く、更にこれだけ接近していれば、DOE5から離れる時間も短く済むため、自艦が攻撃を受ける可能性は少ないはずだった。
ラブレースはクリフォードの命令を無視する形で加速を命じた。
「最大加速で敵の側面を突くわよ! 一番美味しいところシャークがもらうわ! ミサイルとスループ艦には注意しておきなさい!」
明確な命令違反だが、戦場での指揮官の判断であり、戦果さえ上げれば問題視されることはないと高を括っていた。
彼女は高揚した気分で、次々と命令を下していく。
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「シャーク加速開始! 敵艦の右舷を狙うようです! クソ! 美味しいところを持っていくつもりよ!」
DOE5のCICで、シャークが加速したことが報告された。戦術士のベリンダ・ターヴェイ少佐はシャークが自分たちを囮にし、戦果を上げようとしていることに怒りの声を上げる。また、他のCIC要員たちもその身勝手さに怒りを覚えている。
クリフォードは明らかな命令違反に内心では激怒していた。
(あのまま攻撃を加えていれば勝てたはずだ! 敵からの砲撃を嫌ったのか?)
彼にはラブレースが功名心に逸ったという認識はなく、敵艦からの砲撃がシャークを狙う可能性を嫌ったのではないかと考えた。
彼は航宙日誌にシャーク123号が指揮官の命令を無視し持ち場を離れたと記載する。
「シャークのことは気にするな。自分の責務を果たせばいい」
彼の落ち着いた声で、CIC内の動揺は収まっていった。
シャークが離脱したことにより、DOE5に砲撃が集中するが、防御力重視の艦は問題なく持ち堪えている。そして、シャークはラブレースの思惑通り、シポーラの側面を狙える位置に付くことができた。
■■■
スヴァローグ帝国軍の軽巡航艦シポーラでは、艦長であるニカ・ドゥルノヴォ大佐が部下たちに冷静かつ的確な指示を与えていた。
それにより圧倒的に不利な状況であるにも関わらず、致命的な損傷を受けないまま、ゆっくりと後退している。
この機動によりシポーラは大破し漂流している駆逐艦ヴァローナをDOE5との間にいれることに成功した。
しかし、敵駆逐艦シャークが側面に回る機動を開始すると、悲観的な雰囲気がCICを支配する。
司令官であるセルゲイ・アルダーノフ少将はシャーリア法国の首脳を恫喝していたが、CICの雰囲気に気づき、ドゥルノヴォに声を掛ける。
「不味いのではないか、艦長」
ドゥルノヴォはその雰囲気を吹き飛ばすかのように「いいえ、これで勝てます!」と力強い声で答える。
「敵はミサイルを撃ち落しにくくなったのです。敵の軽巡航艦を沈めれば、後はミサイルを撃ち尽くした駆逐艦のみ。敵は詰めを誤ったのです! 我らの勝利は確実なものとなりました!」
彼の言葉にアルダーノフだけでなく、CIC要員たちも大きく頷いていた。彼らにも自分たちが有利になったことを認識できたのだ。
「“影”発射後、ヴァローナを自爆させよ!」
ドゥルノヴォは大型ステルスミサイル“影”の発射を命じた。十本の発射管からミサイルが静かに宇宙に滑り出していく。
その直後、シポーラの前方にあるヴァローナが爆発した。
CICのメインスクリーンの光量調整が間に合わないほどの光が放出され、一瞬スクリーンがホワイトアウトした。すぐに機能は回復するが、その直後、大きな衝撃が襲う。
「デブリ多数! 防御スクリーン能力低下!」
更に大きな衝撃がCICを襲う。
「敵駆逐艦主砲直撃! 右舷第二デッキ減圧!」
「該当ブロックを放棄せよ」というドゥルノヴォの冷静な声が興奮気味のCIC要員を落ち着かせていく。
「敵軽巡航艦にミサイル命中! 訂正します。至近弾です! しかし、軽巡航艦からの攻撃は止まりました!」
戦術士官が興奮気味に報告するが、そこでもドゥルノヴォは冷静だった。DOE5は漂流しているものの、防御スクリーンが消失していなかった。瞬時にそれを見て取った彼は側面に回ったシャークを先に攻撃するよう命じた。
「駆逐艦を先に沈める! 主砲発射用意! 撃て!」
ドゥルノヴォは強いガンマ線によって混乱している今、防御力の低いシャークの方がより仕留めやすいと考えた。
六テラワットの加速された荷電粒子がシャークに襲い掛かる。
手動回避が止まり、無防備な状態になっていたシャークはその膨大なエネルギーの直撃を受けた。
シャークの防御スクリーンはシポーラの主砲に耐え切れず、その膨大な量の荷電粒子はほとんど減衰することなく、艦首部分をえぐるように溶かしていく。
爆発こそ免れたものの、シャークは攻撃力と防御力を失った。
「敵駆逐艦大破!」
「もう一隻の駆逐艦も沈めてしまえ!」
ドゥルノヴォは先にシレイピスを攻撃するよう命じた。今の速度を維持すれば、DOE5とシレイピスに挟み撃ちにされる可能性が高く、簡単に無力化できるシレイピスを狙うことにしたのだ。
シレイピスはヴァローナの爆発から離れており、混乱していなかった。
しかし、速度が遅いため数度の砲撃を回避した後、直撃を受けてしまう。シレイピスの艦首部は大きく損傷し、外部から見ても主砲が使えなくなったことは明らかだった。
<a href="//7896.mitemin.net/i263887/" target="_blank"><img src="//7896.mitemin.net/userpageimage/viewimagebig/icode/i263887/" alt="挿絵(By みてみん)" border="0"></a>
ドゥルノヴォはニヤリと歯を見せる。
「駆逐艦の主砲は潰した。これで敵軽巡航艦に集中できる! だが、油断はするな! まだ敵は反撃の機会を狙っているはずだ! スループは敵軽巡航艦の後方に向かえ!」
部下が油断しないように注意を喚起するものの、彼自身は勝利を確信していた。
(軽巡航艦は大きな損傷を受けている。この状況で攻撃してこないことがその証拠だ。だが、こちらには戦闘に支障が出るような損害はない。それに策も尽きているはずだ。一応降伏勧告をすべきか)
彼はアルダーノフに指示を仰いだ。
「我が軍の勝利は確定的です。降伏勧告を行ってはいかがでしょうか」
それに対し、アルダーノフは首を横に振る。
「王太子が亡命してきたことにしたい。敵を殲滅してくれたまえ」
ドゥルノヴォは「了解しました、閣下」と言って攻撃を命じた。
■■■
クリフォードは傷付いた艦で必死に指揮を執っている。
「損傷箇所を報告せよ! 機関長にパワープラントの状況を確認してくれ」
その指示に次々と報告が上がってくる。
「格納庫全損! 減圧継続中。Jデッキ隔離できません! Iデッキ隔離中です!」
「兵装関係、冷却系の一部に不具合はあるものの、戦闘に支障なし!」
「防御スクリーン、B系列再展開完了! A系列機能喪失! 再展開できません!」
「対消滅炉再起動シーケンス中! 現在、質量-熱量変換装置からエネルギー供給中! リアクターの再起動完了まで三十秒!」
「通常空間用航行機関再起動完了! 下部スラスター全損! Zプラス方向に機動できません!」
上がってくる報告を聞き、クリフォードは内心では安堵していた。
(敵がこちらと同じ手を使ってくるとは思わなかった。しかし、運が良かった。艦の下部でなかったら、戦闘不能に陥っていたはずだ……防御スクリーンが片系、回避機動が難しいが、敵も一隻しかいない。これなら何とかなる……)
彼は運が良かったと考えているが、軽微な損傷で済んだのは運だけが要因ではない。
敵駆逐艦ヴァローナが自爆した直後、彼はシレイピスの対宙レーザーをDOE5の人工知能に制御させ、合理的な迎撃を行っていたのだ。
この方法はジャンプポイントでのステルス機雷への対応と同じだが、咄嗟に命じたクリフォードとそれに対応したシレイピスのコベット艦長の決断力が艦を救ったのだ。
クリフォードが艦の状況を確認している間に、情報士のクリスティーナ・オハラ大尉が冷静な声で報告する。
「シャーク被弾しました。艦首損傷大。防御スクリーン消失……」
彼女を含め、CIC要員はシャークの命令無視が今回の危機を作った原因だと怒りを覚えていた。
DOE5とシレイピスの対宙レーザーで九基のミサイルを撃ち落としていた。もし、シャークの持つ対宙レーザー十基が加わっていたならば、無傷であった可能性が高い。
「シャークは独自の判断で退避せよ。リアクター再起動後、DOE5は適宜反撃しつつ、このまま加速し、敵の側面を抜ける!」
CIC要員たちはクリフォードの意図を掴みかねていたが、即座に命令を復唱し、自らの任務に集中していく。
クリフォードは指示を出したものの、明確な目的があったわけではなかった。とりあえず方針を示し、部下たちの士気を維持したに過ぎない。
「シレイピス被弾! 主砲損傷! 防御スクリーン再展開確認」
「コベット艦長より連絡です」
コベットの姿が映し出される。疲れた表情だが、未だに冷静さは失っていない。
「シレイピスへの指示をお願いします。主砲は失いましたが、艦尾迎撃砲で牽制くらいはできます」
クリフォードは即座に断った。
「申し出はありがたいが、艦尾迎撃砲では牽制にもならない。軍港か要塞に速やかに退避してほしい。あと、先ほどは助かった。艦長の判断がなければDOEは沈んでいた」
彼の言葉に「ありがとうございます。では、ご武運を」といってコベットは通信を切った。
DOE5はシポーラとすれ違った。
クリフォードは部下たちに指示を出しながらも、打開するための策を必死に考えていた。
(敵にも損傷は与えたようだが、これでほぼ互角か。しかし、時間が経てば敵は有利になっていく。これ以上、時を費やせばシャーリアの上層部も本腰を入れてくるはずだ……)
そこであることを思いつく。
(スライマーン少佐に同調する者が多かった。帝国の恫喝の事実を知っている部隊は上層部に反旗を翻していた。それを使えないか……)
彼は自らのコンソールで利用できる施設がないか確認していく。そして、使えそうな施設を見つけた。
「大至急、ハディス要塞に通信を繋げ! 高収束レーザー通信で頼む」というクリフォードの命令に即座に通信回線が開かれる。
シャーリア法国軍との通信では暗号が使えないため、敵に傍受されにくい、高収束レーザー通信を使用したのだ。
「こちらはアルビオン王国軍キャメロット第一艦隊第一特務戦隊のクリフォード・コリングウッド中佐です。国籍不明艦からの攻撃を受けております。シャーリア法国に対し、救援を要請いたします」
彼は帝国側が未だに敵味方識別装置を使用していないことに気づき、国際法に従った救援を要請した。
この時、ハディス要塞は第四惑星ジャンナの裏側にあったが、アルビオン軍、帝国軍ともにジャンナから離れたことから、攻撃が可能な位置にあった。
ハディス要塞は直径六十km、二百五十兆トンの小惑星を改造して作られたシャーリア最大の要塞で、四基の八ペタワット級動力炉と百テラワット級陽電子加速砲三百門を備えている。要塞砲の最大有効射程距離は三百門を集中運用した場合、二光分だが、単独で運用する場合でも四十光秒、千二百万キロメートルある。
シポーラはその充分過ぎる射程の内に捉えられていた。
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