クリフエッジシリーズ第四部:「激闘! ラスール軍港」

愛山雄町

第十七話

 宇宙歴SE四五一九年十二月二十八日

 アルビオン王国軍第一艦隊第一特務戦隊は軽巡航艦デューク・オブ・エジンバラ5号(DOE5)とS級駆逐艦シレイピス545号、シャーク123号の二隻に減っていた。
 その三隻のうち、シレイピスは大きなダメージを受け、駆逐艦の命ともいえる加速性能が五十パーセントも低下している。また、艦の心臓ともいえる対消滅炉も一系統が損傷し、充分なエネルギー供給ができなくなる可能性があった。

 戦隊指揮官であるクリフォード・コリングウッド中佐はシレイピスの艦長シャーリーン・コベット少佐にシャーリア法国の軍事施設に避難するよう命じた。
 このため、アルビオン側の戦力は軽巡航艦と駆逐艦各一隻となった。

 アルビオン戦隊はシャーリア星系第四惑星ジャンナの上空三十万キロで、帝国側から離れるように慣性航行を続けている。しかし、その速度は高機動艦である軽巡航艦、駆逐艦にとっては止まっていると言っていいほど低速の〇・〇一光速であった。
 しかし、その艦首は敵に向いており、DOE5とシャークは主砲による攻撃を加え続けていた。

 一方の帝国戦隊だが、旗艦である軽巡航艦シポーラは健在であるものの、五隻あった駆逐艦は二隻にまで撃ち減らされ、そのうち一隻は戦闘力を完全に失った状態で漂流している。また、三隻あったスループ艦も一隻が沈められ、残り二隻となっていた。
 司令官であるセルゲイ・アルダーノフ少将は半数以下にまで減った自軍の戦力に自らの未熟さを思い知らされた。彼は熟練の艦隊士官である旗艦艦長ニカ・ドゥルノヴォ大佐に戦闘の指揮を任せ、自らは得意とする謀略に専念することに決めた。

 アルビオンと帝国はほぼ互角の戦力で対峙することになった。

■■■

 帝国旗艦シポーラの戦闘指揮所CICでは、ドゥルノヴォが部下たちを鼓舞していた。

「敵は我らの策に嵌った! 多くの戦友が散ったが、敵の次期国王を捕らえられれば、祖国にとってこれ以上ないほどの利益をもたらす!」

 部下たちにはこう言っているものの、彼は王太子がDOE5に乗っている可能性は低いと考えている。

(誘い出すような敵の行動と先ほどの無謀な攻撃……敵は我々を、いや、このシポーラを沈めに掛かっている。つまり、王太子はあの艦に乗っていない。決戦を求める艦に次期国王を乗せておくとは思えんからな)

 しかし、そのことは口にしなかった。戦闘の指揮を任されたとはいえ、この戦隊の司令官はアルダーノフ少将であり、彼が王太子の存在を否定しない状況で、次席指揮官に過ぎない自分がそれを否定することはできない。
 もちろん、余裕があればその旨を進言したのだが、秒単位で目まぐるしく変わる高機動艦同士の戦闘中にそのことを議論している余裕はなかった。

「敵軽巡航艦に攻撃を集中してくれたまえ、艦長」

 アルダーノフが静かに命じた。

「了解しました。しかし、よろしいのですか?」

「あの艦に王太子は乗っておらんよ。恐らく軍港に残っているのだろう。全艦で出撃してきたことで一杯食わされたが、敵の行動を冷静に見れば、王太子を守ろうというものではないことは私でも分かる」

 そして、自嘲気味に付け加えた。

「敵の指揮官は若いが、私より遥かに老練だ。私は自分の未熟さを嫌というほど思い知ったよ」

 ドゥルノヴォはその言葉には答えず、「敵軽巡航艦を確実に仕留めてみせます」と言い、

「王太子は軍港に潜んでいるはずです。我々が軍港に向かえば、敵は慌てるはず。軍港に向かう許可を」

 彼の言葉にアルダーノフは「指揮は艦長に任せている」と許可を出す。

「最大加速で後退せよ! 目標ラスール第二軍港!」

 部下たちにそう命じる。

(敵に考える余裕を与えてはいけない。攻撃を加えつつ、何か手を打った方が……)

 そう考えたドゥルノヴォは「主砲発射用意! 目標敵軽巡航艦! 撃て!」と命じ、更に無傷で生き残った駆逐艦サブサーンをシポーラから切り離し、アルビオン側の側方を脅かす策に出た。

「サブサーンに敵右舷側に回り込むよう伝えろ! スループも独自の判断で側方に回り込め!」

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 サブサーンと二隻のスループ艦はそれぞれ別の方向からアルビオンの側面を狙うように動き始める。

 アルダーノフはラスール第二軍港に通信を送り、エドワード王太子の身柄を拘束するよう交渉を始めた。これは通常の通信であり、アルビオン側に聞かせ、焦りを生じさせるための謀略だった。

■■■

 クリフォードは戦闘指揮所CICで戦闘の指揮を執りながら、敵の動きにどう対応すべき考えていた。

(敵軽巡航艦が後退している? 軍港に向かうつもりか!)

 ドゥルノヴォの意図に気づいたクリフォードは直ちに加速を命じた。

「最大加速!」

 その直後、情報士のクリスティーナ・オハラ大尉が報告を上げる。

「敵司令官が王太子殿下の身柄を拘束するようシャーリアに通信を入れています!」

 シャーリア法国の動向も気になるが、今できることはないと考え、「了解。今は戦闘に専念してくれ」と指示を出す。
 その間に敵の駆逐艦とスループ艦がシポーラから離れていく。

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 クリフォードは敵駆逐艦が離れていくことに危機感を抱く。

(駆逐艦が後方に回ると厄介だ。しかし、敵は回避に専念している。手間取れば軽巡航艦からの攻撃を一方的に受けることになる。だからといって、シャークを回すのは愚策だ。敵にはまだステルスミサイルが残されている。分散すればそれだけミサイルを迎撃しにくくなる……)

 戦闘艦の防御スクリーンは集中的に使用する運用が前提であり、例え駆逐艦の小出力の主砲であったとしても、前後から挟撃されると非常に不利になる。

 彼が悩んでいると、シレイピスのコベット艦長から連絡が入る。

「挟撃に向かっている駆逐艦はシレイピスに任せてください」

 クリフォードは一瞬、コベットが盾になるつもりなのではないかと考え、返答に詰まる。

「本艦の戦闘力は健在です。今は擬態でよろよろとラスール軍港に戻っていますが、主砲も防御スクリーンも短時間であれば百パーセントの性能を発揮できるのです」

 彼女の自信に満ちた顔にクリフォードは思わず頷いていた。

「確かに奇襲効果は充分にある……了解した。敵駆逐艦はシレイピスに任せよう。だが、敵軽巡航艦からの攻撃には充分に注意を払っておいてほしい。敵はこちらの護衛艦を減らした後、ミサイル攻撃を仕掛けようとするはずだ」

「了解しました。今、作戦案を送付しましたので、承認願います」

 指揮官用コンソールに作戦案が送付されてきた旨の表示が点滅していた。
 戦闘中であり、熟読する時間はないが、概略を理解すると、すぐに承認した。

「見事な作戦案だ。我々の背中は少佐に任せる」

 通信を切った後、すぐに戦隊全体に向けて放送を行った。

「敵は戦力を分散させた! 今、敵軽巡航艦に支援できる艦はない! この機を逃さず、敵旗艦を沈めるんだ! 駆逐艦は軽巡航艦を沈めれば何もできない! DOE5とシャークで一気に雌雄を決するぞ!」

 クリフォードにしては珍しく興奮気味の口調で、CIC要員は驚きを隠せなかった。
 そして、この放送は簡易暗号を用いて行われた。帝国側に傍受させるためだ。

(これでこちらが猪突すると思ってくれればいいんだが……敵の指揮官は非情だが、どう動く? 防御を固めて、駆逐艦が後方に回るまで攻撃を手控えてくれればいいんだが……)


 コベットの提案した作戦は以下のようなものだった。
 シレイピスは通常空間航行用機関NSDが損傷しているため、DOE5に付いていけない。そのため、シレイピスとの間に自然と距離が開く。

 敵駆逐艦がシレイピスを警戒し、その後方に回ろうとすれば時間が掛かりすぎ、シポーラへの支援ができなくなる。逆に早期に支援を行うため、DOE5とシャークの側面に回り込もうとすれば、シレイピスに対して側面をさらすことになる。

 シレイピスは敵駆逐艦が側面を見せるまで、主砲が損傷したように見せかけ、回避に専念しながらラスール軍港に向かう航路を進む。
 そして、駆逐艦が側面をさらした時、油断している敵に主砲での砲撃を加える。

 しかし、この作戦には賭けの要素が強かった。
 もし、帝国の指揮官が冷静であれば、シレイピスとシャークを先に沈めようと考える。
 同じクラスであるシポーラの正面防御スクリーンをDOE5の主砲だけで貫通させることは難しく、また、シャークの二・五テラワット級粒子加速砲が加わったとしても、同時もしくは連続的に命中しなければ、シポーラの防御スクリーンを貫通させることはできない。その間にシャークを沈め、次に動きが鈍いシレイピスを狙えば、安全に一対一以上に持っていける。

 アルビオンにとって大きな懸念は、シポーラには十基のステルスミサイルが温存されていることだ。
 一騎打ちの状態であれば、敵の行動を把握することは難しくないため、迎撃そのものは不可能ではない。
 しかし、相対速度と相対距離がほぼゼロといえる現状では、複数からの攻撃を受けながら、ステルスミサイルを迎撃することは困難だ。

 帝国側の指揮官が冷静なら、前面からの攻撃ではほとんど役に立たないスループ艦のみを後方に回し、その上でシレイピスとシャークを狙うだろう。
 装甲が薄い駆逐艦では小出力のスループ艦の主砲であっても、側面や後方から狙われれば、防御スクリーンを展開せざるを得ない。

 このように数に任せた嫌がらせを行いながら、シポーラがシレイピスとシャークを狙い、両艦を沈めた後に、駆逐艦サブサーンをDOE5の後方に送る。
 そして、挟撃を加えた状態でミサイルを撃ち込めば、DOE5は耐えきれない。

 クリフォードにはまだ懸念があった。

(敵は王太子殿下が乗っておられないことに気づいている……)

 帝国の目的はアルビオン戦隊の殲滅ではなく、エドワード王太子の拉致だ。そのため、今までの攻撃ではDOE5に攻撃が集中することはなく、降伏を促している。
 しかし、王太子が乗艦していないとなれば、DOE5を沈めても問題はなく、敵に攻撃の選択肢が増えることになる。

 多くの懸念があるものの、クリフォードは積極的に攻勢に出るしかなかった。
 なぜなら、ラスール軍港はスヴァローグ帝国に譲歩する導師イマーム派が優勢であり、王太子がシャーリア法国に拘束されてしまうためだ。また、シポーラが軍港に入港すれば、王太子が捕えられることになり、シポーラを沈めるか、軍港に向かわせないようにしなければ、今の状況を打破できないのだ。

「敵の防御スクリーンは我が軍より脆弱だ! シャークとタイミングを合わせてスクリーンを過負荷にするんだ!」

 クリフォードの声がDOE5のCICに響いていた。

■■■

 DOE5とシャークが最大加速で前進する。また、シポーラも後退を停止し、迎え撃つ。
 このため、シポーラとDOE5の距離が一気に縮まっていく。更に相対距離も一光秒以下と軽巡航艦同士の戦闘では、ゼロ距離と言えるほど近い。
 この距離で両者は激しく撃ち合い、再び激戦の幕が開いた。

 アルビオンは勝利のための決定力に欠けていた。
 DOE5とシャーク123が健全であるものの、軽巡航艦であるシポーラを圧倒するほどの攻撃力を持っていない。

 一方、帝国側にはシポーラに十基の大型ミサイルがあり、一発でも命中すればDOE5を轟沈できる。
 更にサブサーンをアルビオン戦隊の後方に送り込んでおり、これが成功すればアルビオン側は後方にもスクリーンを展開しなければならず、帝国側が圧倒的に有利になる。
 この状況で帝国側の実質的な指揮官となったドゥルノヴォは次の展開を考えていた。

(サブサーンが回り込めれば勝機はある。しかし、敵の指揮官がそれを許すとは思えん。私なら駆逐艦を向かわせるが、別の手を打ってくる可能性がある……)

 ドゥルノヴォの懸念はすぐに現実のものとなった。
 DOE5とシャークはサブサーンを無視し、シポーラに向けて加速を続けていたのだ。

(敵の指揮官は大胆な手を打ってくる。こちらは戦力を分散したから、各個撃破の絶好の機会だ。しかし、この状況で敵の懐に入ろうとするには相当な勇気がいる……)

 アルビオン艦二隻からの攻撃を受け、シポーラの防御スクリーンは何度も過負荷状態に陥り、戦闘指揮所CICには警報音アラーム人工知能AIの警告が絶えず流れていた。

『防御スクリーンA系列トレイン五十パーセント能力低下……防御スクリーンB系列トレイン過負荷オーバーロード停止トリップ。再展開まで五秒、四、三、二、一、再展開完了……』

 彼はアルビオン側の動きを確認してから、力強い言葉で味方を鼓舞していく。

「これでサブサーンが敵の後方に回りこみやすくなった! 挟み撃ちにすれば、主砲だけで片を付けられる! 今は耐え続けるんだ! 勝利は手の届くところにある!」

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 サブサーンはDOE5、シャークとすれ違うと、百二十度ほど艦首を回した。そして、DOE5の無防備な艦尾に向けて主砲を放とうとした瞬間、漂流していると思っていたシレイピスから砲撃を受ける。

 この時、ドゥルノヴォはシレイピスの存在を忘れていた。正確にいえば、メインスクリーンに中破と表示され、減速もままならずヨタヨタという感じでラスール軍港に向かっていることには気づいていた。しかし、一度も攻撃に加わらなかったため、戦力外であると意識から締め出していた。
 情報担当士官が悲鳴を上げるかのように状況を報告する。

「サブサーン被弾! 対消滅炉リアクター全系統停止トリップ! 通常空間航行用機関NSD損傷! 防御スクリーン全停!……ああ!」

 情報担当士官の悲鳴がCICに響く。メインスクリーンにはサブサーンが爆散したことが表示され、帝国軍はすべての駆逐艦を失った。

(油断した……いや、巧妙に仕組まれていたというべきか。敵の指揮官、コリングウッド中佐は瞬時にこうなると判断し、駆逐艦に指示を出していたようだ。ここまで先が読める敵と戦うのは初めてだ。私に勝てるのか……)

 ドゥルノヴォはクリフォードの策に嵌ったことで自信を失っていた。

(この状況でシポーラ一隻からミサイルを発射しても敵に撃ち落されるだけだ。敵がやったような斬新な策が必要なのだが……敵が使った策をそのまま使えないか? 大破したヴァローナの対消滅炉はまだ生きている。敵も自分が使った手をそのまま使われるとは思っていないだろう……)

 彼は起死回生の策として、アルビオンのミサイル攻撃で大破した駆逐艦ヴァローナを自爆させることを思いつく。

「全速後退! このままでは終わらん! ヴァローナの乗員の脱出状況は!」

 その問いに戦術士官もドゥルノヴォの意図に気づき、興奮気味に答える。

「既に終えています! 対消滅炉リアクターもいつでも自爆させられます!」

 その報告に了解し、アルビオン側の動きを確認する。
 サブサーンを攻撃するために加速していたが、回避機動にシフトしたのか、加速度を落とし、相対速度はそれほど大きくなっていない。

(敵も決着をつけるつもりだ。敵には駆逐艦が二隻いる。軽巡航艦とタイミングを合わされると、耐え切れない。何としてでもヴァローナを使って攻撃を加えねば……)

 ドゥルノヴォは賭けに出た。

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