クリフエッジシリーズ第四部:「激闘! ラスール軍港」

愛山雄町

第十三話

 宇宙歴SE四五一九年十二月二十八日、標準時間〇一二〇

 帝国の軽巡航艦ルブヌイはクリフォードらアルビオン軍の突入部隊に奪われないよう自爆した。計七百テラワットの対消滅炉が暴走し爆発すると、膨大なエネルギーと共に様々な放射線が撒き散らされる。更に質量百三十万トンにも及ぶ残骸デブリが宇宙空間に飛び散っていく。

 アルビオンの軽巡航艦デューク・オブ・エジンバラ5号(DOE5)は爆発の直前に離脱したため、僅かな距離しか離れることができなかった。そのため、膨大なエネルギーと放射線、その後に無数の破片デブリの直撃を受け、激しく揺れる。
 その膨大なエネルギーを受け止めた防御スクリーンが過負荷に陥っており、危機的な状況だった。
 戦闘指揮所CICで指揮を執るサミュエル・ラングフォード少佐は衝撃で大きく揺れる中、CIC要員に報告を命じた。

「直ちに損害の有無を報告せよ」

「機関異常なし! 質量-熱量変換装置MECの処理が追いつきません! スクリーン過負荷状態!」

 機関士の報告に続き、「操舵系異常なし!」、「兵装関係異常なし!」と次々と報告されていく。幸いなことに防御スクリーンが過負荷状態になっている他は軽微な損傷のみであり、艦の航行に支障はなかった。

「敵戦隊より攻撃を受けています! 至近弾多数! 駆逐艦主砲直撃!……」

 戦術士ベリンダ・ターヴェイ少佐の緊張した声がCICに響く。

操舵長コクスン! 駆逐艦とスループ艦は無視していい。軽巡航艦にだけ注意を払ってくれ! できる限り軍港を間に入れるようにして、敵が撃ちにくくなるようにしてくれると助かる」

 更に機関制御室RCRにも繋ぎ、

機関長チーフ! 最低一系統トレインは維持してください! 方法は問いません!」

 サミュエルは焦りながらも、可能な限り冷静さを保とうと努力する。そして、思いつく限りの対応を命じていく。

 DOE5はゆっくりとだが、着実に後退していた。しかし、その間にも次々と駆逐艦とスループ艦の主砲が直撃していく。
 最大の懸念である敵軽巡航艦の主砲については、一度だけ直撃を受けたが、ギリギリの状態でスクリーンは耐え、徐々に過負荷状態は解消されていった。


 スヴァローグ帝国のセルゲイ・アルダーノフ少将は有効弾の数が少ないことに怒りを爆発させる。

「何をしている! 敵はヨタヨタと後退するだけの標的ではないか! なぜこれほど命中せんのだ!」

 その糾弾に旗艦シポーラの艦長ニカ・ドゥルノヴォ大佐が静かに反論する。

「敵はラスール軍港を巧みに間に入れております。慎重に狙わねば軍港に被害が出ますが、よろしいのですか」

 彼はアルダーノフが僚艦を切り捨てたことに怒りを感じていた。当初の予定通り、シャーリアに王太子を捕らえさせ、それを受け取れば無駄な損害は受けなかった。
 そのため、アルダーノフに対し、内心では強く反発していたのだ。

「そのようなことは分かっている。だが、敵は反撃してこないのだ。軍港に損害を与えないという条件であったとしても、それほど難しいことだとは思えん」

 実戦経験が少ない彼は、手動回避中の高機動艦に精密砲撃を行うことの難しさを、全く理解していなかった。
 確かに相対速度はゼロに等しい好条件だが、機動性の高い軽巡航艦が回避に徹すれば、人工知能AIの助けを借りたとしても命中させることは困難だ。特に敵がシポーラ一隻から回避しようとしていることは明らかで、低速であることを加味しても軍港に当てない配慮をしながらの砲撃は、通常とは難易度が大きく異なる。

 ドゥルノヴォはそれ以上議論することなく、戦闘指揮に集中していく。

 アルダーノフは反抗的なドゥルノヴォを一瞥すると、メインスクリーンに映るDOE5を睨みつける。

(軍港に逃げられるな。だとしても、元の状態に戻っただけだ。戦力的にはまだ充分に我々の方が有利なのだ。敵が軍港から離れた瞬間、こちらはミサイルを撃ち込める。そのことを理解していれば、軍港からノコノコと出てくることはなかろう……)

 そう考えた彼はすぐに軍港管制室に通信を送った。
 それまでも軍港からは「軍港に損害を与える戦闘行為は禁止されている」と何度も警告を送っており、すぐに回線は繋がった。
 管制担当官のサイード・スライマーン少佐がスクリーンに映し出される。

「こちらは偉大なる銀河帝国皇帝アレクサンドル二十二世陛下の名代、セルゲイ・アルダーノフ少将である。貴国の指導者、ウスマーン導師イマームは我が国と協定を結ぶと断言した。貴官らは導師の意向を尊重し、直ちに停泊中のアルビオン王国軍の艦船を接収せよ。我々の忍耐を試すつもりなら、やってみるがいい。貴国民のみならず、神の教えとやらも、この宇宙から消え去ると知れ!」

 彼はあえて傲慢な口調で交渉を行った。彼の理解では宗教による支配では指導者の言葉に妄信的に従い、命よりも宗教を重んじるというものだ。そのため、宗教そのものを失わせるという脅迫を行った。

「そちらこそ、やれるものならやってみるがいい。我らシャーリアの民は神の定めし戒律に従うのみ。ウスマーン導師が戒律をないがしろにするのであれば、彼は道を誤ったのだ。つまり、人々を導く導師イマームたる資格を失ったということなのだ。そのような者の言葉に従う必要はない!」

 アルダーノフは強気に出るスライマーンに対し、更に高圧的に応じた。

「貴官の思い上がりがシャーリア十五億人の運命を決めることになる。これが最後の勧告だ。アルビオン王国の艦船を接収し、エドワード王太子を当方に引き渡せ。従わねば、シャーリア全土が劫火に焼かれると思え!」

 スライマーンはその脅しにも屈しなかった。

「我らを頼ってきた者に対し、安全を保障すると神に誓って約束したのなら、それは神との契約に当たる。神との契約はいかなることがあろうとも守らねばならぬ。それはシャーリア法に明確に規定されている……」

 シャーリア教は神との契約を何よりも尊重する。すなわち、神に誓って約束したことを破ることは神に対する背信なのだ。そのことが教義であるシャーリア法に記載されており、それを守る民の国ということで、シャーリア法国を名乗っている。それほどまでにシャーリア法は重要な教えだった。

 スライマーンの反論は更に続いていく。

「……導師イマームはアルビオンの外交使節に対し、安全を保障すると約束した。それを破るのであれば、導師は神の裁きを受けるであろう。もちろん、それを知って導師に協力した者も同様だ。神の教えを守るために、神との契約を破る。それこそ本末転倒! 神との契約を守って殉死することこそが、真のシャーリアの民である!」

 彼は堂々と言い放った。

「貴官との交渉は決裂した。その傲慢さに後悔せねばよいがな」

 アルダーノフはそう言って冷笑を浮かべた。

 スライマーンは今のやり取りをシャーリア全土に向けて転送した。
 その結果、反帝国の機運が高まることになる。


 アルダーノフはラスール第二軍港のシャーリア軍が動かないと見て、すぐに最高指導者、ハキーム・ウスマーン導師に通信を入れた。

「貴国は我が帝国との関係をどうお考えか! 貴国が約束を違えるなら、我らはこの足でロンバルディアに向かい、彼の国にも同じ条件で交渉する。もちろん、彼の国が従えば、貴国に認めた権利は一切なかったものとなる」

 彼はシャーリアとロンバルディアのどちらか一国に対してのみ自治権を認めると脅した。ウスマーンはロンバルディアがその脅しに容易に屈すると思った。

(あの国に命を捨ててまで国を守ろうという気概のある者はおらん。僅かでも有利になるならと帝国の提示した条件を飲む……あの国では帝国軍が進軍すればすぐに全面降伏するだろう。そうなれば、我が国への先兵としてロンバルディア軍が使われてしまう。頭が固い教条主義者は反対するだろうが、私の判断が正しかったことは歴史が証明してくれるはずだ……)

 ウスマーンのロンバルディア評は的を外しているものではなかった。アルビオンが防衛に協力すると確約せず、自由星系国家連合にも期待できないとなれば、ロンバルディアがシャーリア法国を生贄にする可能性は高い。

「至急ラスール第二軍港に軍を向ける。それも信用できる者を。今しばらくお待ち頂きたい」

 そう答えたものの、彼は後にこの決断を後悔することになる。
 この時点で彼が知らない事実があったのだ。彼に通信を入れる前にアルダーノフとスライマーンが交わした会話が、全土に向けて公表されたことだ。
 もし、この時点でそれを知っていれば、彼もアルダーノフの要求を呑むことはなかっただろう。

 ウスマーンは軍法官カザスケルアル・サダム・アッバースにラスール第二軍港奪還を命じた。
 アッバースは陸戦隊一個連隊に対し、ラスール軍港で反乱が発生したとし、その鎮圧を命じた。また、スライマーンらが反乱したのは現指導部に対する不満であり、彼らが主張しているスヴァローグ帝国との密約については事実無根であり、反乱の口実にしているだけに過ぎないと断言した。

 この陸戦隊連隊は訓練を終え、帰港しようとしていた部隊で、宇宙空間にあったことからスライマーンの流した情報を入手していなかった。
 これが混乱を更に大きくした。

■■■

 クリフォードは船外活動用防護服ハードシェルを脱ぐと、痛む右肩を押さえながら戦闘指揮所CICに向かった。
 未だに帝国側の攻撃は続いていたが、防御スクリーンは安定しており、艦の動揺も小さくなっている。
 格納庫があるJデッキからCICがあるCデッキへのエレベータの中で指揮官用個人用情報端末PDAで艦の状況を確認したが、大きな損傷は見られなかった。

(サムはよくやっている。あの状況でほぼ無傷だ……)

 しかし、宙兵隊員の情報を確認し、暗澹たる表情になる。

(未帰還が十五名か……全滅すらあり得る状況だったが、それでも多い。敵の戦力を大きく減らすことができたが、あまりに大きな犠牲だ……)

 しかし、エレベータを降りたところで表情を自信に満ちた指揮官のものに切り替える。苦悩した表情のリーダーでは士気が落ちると無理やり笑顔を作ったのだ。

 CICに入ると、サミュエルの出迎えを受ける。

「お帰りなさい、艦長。ご無事で何よりです」

 彼はDOE5の指揮に専念していたため、クリフォードから連絡を受けるまで彼が生還したことを知らなかった。

「ありがとう。では、指揮を引き継ぐ」

 そう言って指揮官用のシートに座った。

 その後も攻撃を受け続けたが、重巡航艦並の防御力を誇るDOE5は大きな損傷を受けることなく入港した。

 軍港ではシャーリア法国軍の兵士たちが待ち受けていたため、一瞬、反乱が鎮圧され、拘束されるのかと身構えたが、王太子およびアルビオン戦隊の護衛部隊であると説明された。
 艦を降りると、真面目そうな顔付きの少壮の保安隊大尉がクリフォードに近づき、状況を説明する。

「帝国の特使が再び恫喝してきましたが、我々が貴官らを引き渡すことはありません。地上には多くの同志がおり、軌道エレベータは封鎖されております。ご安心を……」

 クリフォードは敬礼し、「貴官らの誠意ある行動に感謝します」と伝えると、ロセスベイ1にいる王太子のところに向かった。

 ロセスベイ1に入ると、笑顔の宙兵隊員らに敬礼をもって迎えられ、彼は真面目な表情で応える。しかし、すぐに表情を緩めた。

「まだ、配給酒グロッグを飲ますわけにはいかないが、すべてが終わったら、倍量にするよう主計長に伝えておく! これは作戦に参加しなかった者も同様だ! だから、今少しがんばってくれ」

 彼の言葉に歓声が上がり、それに片手で応えながら王太子のいる貴賓室に向かった。

 貴賓室に入ると、王太子と彼の秘書官であるテオドール・パレンバーグ、侍従武官のレオナルド・マクレーンが出迎える。

「よくやってくれた、クリフ」と言って王太子が彼の右手を取るが、クリフォードは真剣な表情を崩さなかった。

「敵の戦力を減らすことには成功しましたが、まだ危機的状況を脱したわけではありません」

 彼の言葉にパレンバーグも大きく頷いている。

「艦長の言う通りです。軍港はスライマーン少佐が押さえていますが、国全体の方向性は未だに帝国寄りです。シャーリア政府が殿下の身柄をいつ要求してきてもおかしくないのです」

 王太子はそれに頷き、「この後、どうすべきか教えてくれないか」と二人に問い掛ける。
 パレンバーグがクリフォードに頷き、先に話し始めた。

「シャーリアの民衆を味方に付けるしかないでしょう。スライマーン少佐の言葉ではありませんが、法国の指導者の行いは彼らの戒律に大きく反した行為のようです。この国の指導者たちも民衆の言葉を無視し得ないでしょう」

「具体的にはどうするのだ、テディ? スライマーン少佐たちに任せるのかね」

「それしかないですね。彼らにとって我々は異教徒に過ぎないのですから」

「つまり、事態が動くまでこの軍港に留まるということだね。分かった。では、クリフ。君の考えを聞かせてくれ」

 王太子の問いにクリフォードはどう答えるべきか迷っていた。
 パレンバーグの言う通り、シャーリアが反帝国に傾けばいいのだが、その消極的な策で十分なのかと言われれば疑問を感じずにはいられなかった。

(シャーリアの上層部は帝国に怯えている。スライマーン少佐のような人物が多くいればいいが、それを期待して策を立てていいのだろうか。法国の指導者たちも愚かではないはずだ。何らかの手を打ってくることは間違いない……)

 彼は王太子の問いにしっかりとした口調で答えていく。

「タイミングを計って脱出すべきです。そのための作戦は今から検討しますが、シャーリアに期待するだけでは危険だと考えます」

 王太子はその言葉に頷く。

「私としてもシャーリア国内にしこりが残るような方法は心苦しい。できれば、我々の力だけでこの事態を何とかしてほしいと思う。もちろん、兵たちの命を無駄に捨てるようなことは考えていないが」

 王太子の発言の後、パレンバーグが釘を刺す。

「そうは言ってもこの状況で殿下の安全を確保しながら脱出が可能なのか? 我々が優先すべきは殿下の安全。先ほどのような冒険的な作戦は認められないぞ」

「もちろん理解しています。ですが、状況が不安定であることは間違いありません。最悪の場合、安全策を採る余裕がないことも考えられます。状況の推移を見ながら、策を用意しておいた方がよいと考えます」

 その答えに満足したのか、パレンバーグは小さく頷き了承した。

 王太子の部屋を後にし、ロセスベイ1の艦長カルロス・リックマン中佐の下に向かった。

「無事そうで何よりだ」と言って相好を崩して握手する。

 クリフォードはそれに応えながらも深刻な表情を浮かべて話し始めた。

「最悪の場合、この艦を放棄する必要があります」

 彼は大上段にそう告げる。

ロセスベイこいつの足が遅いからか?」

 真面目な表情でリックマンが問うと、クリフォードは申し訳無さそうに頷く。

「敵の軽巡航艦の加速性能は五kGです。航路の選択さえ間違えなければ六kGのDOE5と駆逐艦は逃げ切れるでしょう……」

 そこで一旦口篭り、再び口を開く。

「この艦の乗組員と宙兵隊を各艦に分乗させるつもりです。艦長にはその準備をお願いしたい。言いにくいのですが、ロセスベイを囮に使って……」

 リックマンはクリフォードの話を遮り、彼が言いにくそうにしていることを自ら口にした。

「つまりだ。こいつを囮にして敵を引き付け、その隙に逃げ出すということか?」

「はい。しかし、まだ決定ではありません。シャーリアが帝国に屈しなければ必要ありませんので」

 リックマンは愛艦を喪うかもしれないと聞き、顔を顰めているが、気持ちを切替えたのか、笑みを浮かべて「殿下をお守りするのが、我々の使命だ。気にするな」と言ってクリフォードの肩を軽く叩く。
 クリフォードは打撲した肩を触られたことに一瞬顔を顰めた。
 その表情に驚き、「負傷していたのか。すまん」と謝罪する。

「ただの打撲ですから」と言って笑うが、すぐに表情を引き締めなおす。

「三十分以内に計画案の提出をお願いします。私としては一時間以内に準備を完了させておきたいと考えていますので」

 リックマンはあまりに短い時間であることから目を見開くが、事態が逼迫しているのだと大きく頷いた。
 クリフォードが退出した後、リックマンはすぐに副長と宙兵隊の大隊長リチャードソン少佐を呼び出し、各艦への人員と必要な物資の割り振りの検討を始めた。


 DOE5の航法長マスター、ハーバート・リーコック少佐は失意に打ちひしがれ、自室に篭っている。

(なぜ私は敵艦に向かわなかったんだ……これで私の未来は閉ざされた。あんな醜態を見せた士官を英雄である艦長は許さないだろう……)

 彼の心は壊れかけていた。
 そして、自暴自棄になり部屋に置いてあるブランデーを呷り始める。

(敵は強力なんだ。何をやってもこの艦は沈む。なら、どうなってもいいじゃないか……)

 ぶつぶつと呟きながらボトルに口をつけているが、誰も彼に気を回す者はなかった。彼はロセスベイ無人化の混乱の中、一人軍港に降り立っていた。

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